広い室内に、方形に並んだ木目調のテーブルがまず眼に映った。奥の壁には移動式のホワイトボード。もっと小道具のごちゃごちゃした、小汚い部屋を壱八は想像していたが、殺風景な部屋を見て何だか肩透かしを喰らった気分だった。

「ん、誰だ君らは」

 ホワイトボード手前のテーブルに、肩幅の広い禿頭の男性が独り腰かけていた。男の前には何冊もの薄い雑誌がバラバラに積み上がっていた。

「会社の人間じゃないな。何の用だ。誰の許可を得てここに来た?」

 そう息巻く彼は、前の塞の神毒殺事件で、救護班の近くにいたスキンヘッドの男だった。

 訝しげな眼で遠慮なく二人を見る男に、将門は新しい名刺を差し出し、柔らかな声つきで、

「夜鳥プロダクションの渕崎さんですね」

「ああそうだけど」

「初めまして。わちき、占い稼業を営む円筒将門といいます。話は伺ってると思いますが」

 色香のある口調で囁くように言われ、スキンヘッドは思案顔で少々垂れ気味の眦を指で掻いていたが、ややあって手にした名刺から顔を上げ、

「あああれか。だけど変だな、俺はスケジュール訊かれただけで、会う約束なんかしてないぞ」

 好奇と好色の相半ばする眼でジロリと将門を見返して言った。

「ええ。あなたの居場所が判っているうちにさっさと押しかけたほうが、話が早いと思いまして」

 将門はありのままに答え、著名なディレクターさんにお会いできて大変光栄ですわ、と付け加えた。

 ハニートラップに乗じてのゴリ押しだろうが、渕崎の態度は少しも変わらなかった。

「非常識だな君は。どんな用件か知らんが、君に関わってる暇はない。事前に確認を取るなりして、きちんとした手順を踏むのが常識だろう」

 渕崎は尊大な態度を片時も崩すことなく、名刺をテーブルの隅に放り投げ、拡げた雑誌の一つに視線を戻した。名前の売り込みか何かで、自称占い師が乗り込んできたと思っているのだろうか。とにもかくにも、将門の色仕掛けは百戦錬磨のディレクターにはさっぱり効き目がなかった。脇に控える壱八に至っては、まるで興味がないのかちらりとも見ようとしない。

「お手間は取らせません。二、三質問に答えていただければ、すぐ退散しますので。渕崎さん、あなた〈ガダラ・マダラ〉のチーフディレクターですよね」

「それがどうした。番組内容に文句あるなら、受付の連中に好きなだけ言ってくれ」

 喰い下がる将門に、なおも高飛車な物言いで言い返す渕崎。

「苦情じゃなくて質問があるんです。あなた方が制作した番組の出演者が、三人も殺されたでしょう。そのことについて」

「おいおい、何なんだ君は。俺を揶揄いに来たのか」

 一見柔和そうなスキンヘッドの顔つきが、瞬時にして強張った。

「別にそんなんじゃないですよ。ただ、チーフディレクターのあなたに出演者のことを訊きたくて」

「ったく、占い師風情が名を売り込みに来たかと思えば。君はあの事件の関係者か何かか? あいにく事件に関して話すことは何一つない。何一つだ。俺は事件とは無関係だ」

「あなたがそう主張しても、周りは納得しませんよ。警察にも当然マークされてるでしょうし」

 渕崎はフンと鼻から息を出し、

「ああそうさ。秋の改編もようやく一段落で、これからが正念場だってのに、連中そんなこともお構いなしにしつこく訪ねてきやがる。そのくせ、いつ来ても代わり映えのない質問ばかりだ。いい加減うんざりだよ、あの事件の質問をされるのは。相手が色っぽい占い師でもな」

 と、居丈高に吐き散らす。

 先日の壮年刑事を思い出し、壱八はほんの少しだけスキンヘッドの言い分に同情したが、ここで態度を硬化されるのは得策ではない。

 更に間の悪いことに、遠方のドアがガチャリと音を立てて大きく開き、小振りの段ボール箱を抱えた男性社員が数人どかどかと踏み込んできた。

「渕崎さん、ちわーす。あ、お客さんですか」

 先頭のひょろ長い社員のフランクな挨拶が、非礼を詫びる弱い口調に変わった。一様に不健康そうな生白い顔は、威張り放題の上司に酷使される下っ端社員の証に見えなくもない。

「おう、いいところに。お前ら、このお二人さんを外へ連れ出してくれや」

「へ?」

「例の事件の調査をしてるんだとさ。ったく傍迷惑もいいところだ」

 別の一人が、さもたった今思い出したかのように、

「そういや、無断で企画室に向かったカップルがいるって受付が喚いてましたね」

 まずい展開になった。このままでは本当に襟首を掴まれて放り出されそうだ。それでも質問を続けるつもりなのかと将門を見ると、泰然とした様子ながら、やはり分の悪さは理解しているようで、

「ちゃっちゃと質問済ませて退散したかったんですが、どうやら日が悪かったようですね。今日は大人しく引き下がることにします。またいずれ」

 退却の言葉までもが驕慢に聞こえた。社員連中はピンと来ない表情で、段ボールを手にしたまま佇んでいた。

 テーブルの角に手を置き、渕崎のてらてらした頭を覗き込むように篤と見やった将門は、ごきげんよう、また来ますので、と言い残し、一流モデルじみた華麗な身ごなしで踵を返した。髪の翻し方まで計算ずくの、他人の視線を意識した完璧な動作だった。

 つかつかと出入り口へ歩み寄る将門に、社員らは無言で道を譲った。閉まりかけのエレベーター扉に滑り込む要領で、壱八も続いた。

「何なんだあの女は!」

 後ろ手にドアを閉めようとした瞬間、渕崎の凄まじい罵声が背後に迸り、壱八は逃げるように閉じかけのドアから離れた。

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