将門指定の待ち合わせ場所は、とある駅の改札横にある銅製の彫像前。餌をやりすぎて膨れ上がった奇形の兎じみた、可愛らしさと前衛っぽさを折衷したオブジェは、待ち合わせの目印にしては地味で規模も小さい。電車を降りて改札を通過した際も、将門の他にその銅像付近を待ち合わせ目的に利用している者は見当たらなかった。

「やっと来ましたね。じゃ、早速動きましょうか」

 前回の質素な服装に比べると、今日の占い師はある種挑発的とも挑戦的ともいえる装いだ。穏やかな気温のせいもあろうが、ジャケットも羽織らずデコルテ風の格調高いワンピースのみ。露骨に胸の谷間を強調した青い襟刳りに、金のチョーカーが華々しく映えて見える。手首には金のブレスレット、そしてご丁寧に足首にまでアンクレット。全身で美のイデアを現前させようとでもいうのか。

「いいのかよ、そんな人目を惹く恰好で」

 事実、その服装は雑然とした改札周辺にあって場違いなくらい目立っていた。年齢の別も性の違いも関係なく、付近にいたあらゆる世代の人々が豪奢な青いワンピース姿をしげしげと見やる。ランドセルを背負った一人の少年が、将門と眼が合った瞬間に頬を染め、逃げるように走り去った。

「尾行するわけでもないし、別に大丈夫でしょう。それよりこのピアスどうです? 服に合わせて紺碧にしたんですけど、地味すぎますかね」

 そう言って、薄いピンク色に塗られた唇を突き出してくる。どぎつい紅色でないのが不思議なくらい、今日の占い師は艶容甚だしかった。

「知るかそんなこと。もっと動きやすい服で来いよ。股間のもっこりがバレても、俺は知らんからな」

「また触りたくなりましたか」

「お前なあ」

 肩口のタックを指で弄びながら、将門は私物のポーチを壱八に手渡した。ほとんど黒に近い濃紺のマニキュアが、猛毒を塗った殺人爪を連想させた。

「制作会社の眼の前にバス停があるので、駅からバスで行きましょう。正式名称は〈夜鳥プロダクション〉。〈ガダラ・マダラ〉制作の主要スタッフは、そこの社員なんですよ」

 駅前のバス乗り場に向かう短い道すがら、将門は予習がてら壱八に説明を始めた。

「番組制作の総指揮を執るのは南枳実きじつという女性です。敏腕プロデューサーとして業界でも名が知れています。まずは彼女と会ってみましょう。あと、彼女の片腕とでも言うべきチーフディレクター、渕崎柾騎まさき。可能なら、この渕崎からも話を聞きたいですね」

「よく調べたな。情報屋に聞いたか」

「これくらい自力で調べられますよ」

 次のバスを待つ行列の最後尾に二人が辿り着いたとき、折しも一台のバスがロータリーに現れ、乗り場手前で停車した。空席もなく、二人は乗車口近くの吊革に手をかけて立っていたが、程なくバスが発車した後も、予想通り後部座席の乗客らの視線は、絶世の美女ならぬ半陰陽に釘づけになっていた。

 見慣れない繁華街を短時間で一つ過ぎ越し、建物間の空隙と樹々の緑が増えてきた辺りで、バスは交差する広い通りを左に折れ、次第に速度を落とした。一つ目の停留所は目前だった。

「ここです」

 二人分の運賃を将門に払ってもらい、壱八はそそくさとバスを降りた。

 好天を反映してか、道路周辺にもラフな出立ちをした通行人が少なくなかったが、その容姿において将門に拮抗しうる者はやはりいなかった。

 制作会社の建物はすぐに見つかった。歩道沿いに延びる化粧ブロックの塀に彫り込まれた〈(株)夜鳥プロダクション〉の文字。

「ヤチョウって何だ? ヨルトリ、じゃないよな」

「さあ。フクロウとかですかね」

 玄関前の広いスペースには数台のバンが停まっていて、私服の人々がその周りを歩き回っている。ドアの開いた運転席に座り、ぼんやりコーヒー缶を咥えていた一人の男が、建物に近づいてくる将門の容姿に、思わず座席からずり落ちそうになった。

 建物に入り、シトラス系の清々しい香りが仄かに香る受付の前に立つと、将門は壱八の持っていたポーチを手荒に引ったくり、中から取り出した紙片を受付の青年に差し出した。名刺のようだ。

 それまで将門の胸許にのみ眼を向けていた青年は、受け取った名刺を見て胡散臭げに頬を歪めた。

「占い処。あなた、占い師さんですか」

「ええ。南さんと渕崎さんに用があって来ました。今日はこちらにいると伺ったんですが、お二人はどのフロアに?」

「南のほうは出払ってますね」デスク上の液晶画面を見ながら、青年は簡潔に答えた。「今日は戻らないと思います。渕崎なら第一企画室にいるはずですが。三階の」

「どうもありがとう」

 投げやりな返事を残して将門はすぐさまエレベーターへ向かう。慌てて壱八も後を追う。

「ちょ、待って下さい、まだアポの確認が」

 カウンターの中で声を張り上げる青年には構わず、将門は素早く鉄扉を潜った。

「お前アポ取ってないのか。何となくそんな気はしてたが」

 横幅しかない窮屈なエレベーター内部で、壱八は隣に立つ将門に声をかけた。

「断られるのがオチですから。時間の無駄です」

 言いながら、将門は豊満な肢体を押しつけるように壱八に詰め寄った。香水とコンディショナーの混ざった芳香が鼻先を掠め、反射的に顔を背けた。

 窮屈な密室を降りた二人は、意外と静かな廊下を交わす言葉もなく直進し、第一企画室のドアをノックした。部屋明かりは点いているが返事はない。将門は躊躇なくドアを開け、何者の了承も得ず中へ入った。

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