大型スクリーンの周りで盛んに事件を囃し立てていた学生もいつしか姿を消し、気づけばテラス内の客も大多数が入れ替わっていた。通行口にいた長髪のホールスタッフを呼びつけた将門は、メニューも見ずにバナナクリームパフェを注文すると、電子タバコの電源を入れてマニキュアと同じ色の唇を静かに開いた。

「先立つものは情報です。とにかく、今までに起きた三つの事件に関する、詳細な情報を集めるところからですね」

「まあ妥当だろうが、情報集めるにしたってテレビや新聞じゃ限界あるだろ。どうするんだよ」

「情報屋に頼むのが一番でしょうね」

「何だそりゃ」

「心当たりがあります」

 確かにこの占い師、商業柄なのか異様に顔が広かった。士業関係からかなりきな臭いアウトロー系まで、様々な方面とのコネクションを持っていた。

「本当は警察関係者に訊ければ手っ取り早いんですけどね。そこまでは無理っぽいので、やはり情報屋ですか」

 警察の人間に疑われていることをすっかり棚に上げて、将門は嘯いた。

「お前のそのツテを辿って、カバン持ちのほうも工面できないのか」

 返事の代わりに電子タバコの水蒸気を吹き出す将門。助手としての最初の提案は、あっさり却下された。

 〈ガダラ・マダラ〉の連続殺人とは関係ない社会欄の記事に眼を通している将門の席に、ややあって底の深いグラスが運ばれてきた。ヴァニラアイスとチョコレートの塊の上に、バナナやさくらんぼがランダムに添えられた、あまり見栄えの良くない混沌としたスイーツだ。

 眼を輝かせてパフェを食べ始めた将門に、壱八は侮蔑の表情を浮かべて、

「お前、占い師だろ。情報収集なんて七面倒なことしなくても、お得意の占いで当ててみたらどうなんだ」

 食べるのに夢中で返事もない。もっとも、そう問われたところで相手には答えようもない。

 わちきの占いは全部インチキですよ、と占い師自身が以前壱八に語っていた。来店した客に、その場で思いついた適当なことを己が霊力で予見したかのように仰々しく告げ、占い料を頂戴していたのだ。では、どうすればそんな芸当が可能なのか。

 似非占いの方法は、至ってシンプルなものだった。将門は多くの似非占者がそうするように、まず優れた観察眼でもって相手の素性を推理する。体型、服装、髪型、細かな動作、ものを話すときの口調等。人柄や職業、持病の有無、地方出身者か否か等は、外見とちょっとした雑談だけでおおよそ把握できるそうだ。

 客人が初見の場合、必ず将門はそれら知りえた事実を颯爽と指摘し、相手を驚かせることを怠らない。謂わば騙しの下準備だ。話してもいない身辺の事情をいきなり言い当てられた客は大いに驚き、一方で占い師が本当に霊感を持っているのではないかと多少なりとも考えるようになる。

 それから質問に移るのだが、占う内容以外に客人から訊き出すのは氏名年齢と血液型、生まれの星座程度で、それらの項目も単なる雰囲気作りに過ぎない。下準備さえ上手くいけば、後は簡単だという。依頼に即して行われた占いの〈結果〉なるものを、抽象度の高い語句を選んで捏造し伝えるだけだと。

 単純な例を挙げるなら、〈数週のうちにあなたの運命を左右する人に出会うでしょう〉、〈良くない結果が出ました。車があなたに危害を加える相が読み取れます。交通事故には特に気をつけましょう〉等々。

 人間の精神構造は大変都合良くできている。占った結果の〈解釈〉なるものは本人の身の回りの状況によって大きく変化する。数週という語句は時期を限定するには時間幅が広すぎるし、運命を左右するとは好転とも悪化とも取れる。占いの啓示を受けた者は、偶然出会った人物をそれこそ勝手に自分の運命を左右する人だと思い込むかもしれない。占いの結果を限定し過ぎないことで、将門は恣意的解釈の入り込む余地を多分に与えているのだ。

 車といっても車種は不確定のままだし、一番肝要な交通事故の内容も詳らかにされていないため、走行中の自転車と軽く接触した程度でも、交通事故の一種と受け取られる可能性がある。もし事故に遭わなかったとしても、実際はその可能性が一番高いのだが、それは自分が占いの結果を知っていて、爾来交通事故には注意を払ってきたから未然に防げたのだと、そう考えるかもしれない。この場合も、占いの結果自体は否定されていない。更に、マイナスと思われた運勢がゼロに戻れば、人はその安心感から占いと現実のズレをいちいち気にしなくなるものだ。

 占いを否定するもしないも、つまりは解釈の問題に帰結する。将門は占術にありがちな細々した条件や道具立てを排除しつつも、壱八の交通費や食費を肩代わりできる程度には繁盛していたのだから、方法論としてもそれなりに真理を穿っているのだろう。

「占い如きで犯人が判るなら、君に協力を仰いだりしません。そんな浅慮を実行に移せるのは、あの呪われた番組だけです」

 将門はそう言い、スプーンで掬ったアイスを尖った舌先に乗せた。その幸せそうな顔を壱八は冷たく見据えて、

「暢気にパフェなんか喰ってていいのか。殺人犯云々はどうでもいいが、インチキ占いが警察にばれてみろ。詐欺罪で結局アウトだ」

 捕まりっこないです、証拠がないですもの、と余裕たっぷりの似非占い師。

「俺が密告してもか」

「そこまでは考えてませんでしたけど、まず大丈夫でしょう。君の証言じゃ信憑性に乏しいでしょうし」

「考えてなかったって、俺そんなに見くびられてるのか」

「大体わちきの占いは詐欺じゃありませんよ。人生の迷路に迷い込んだ憐れなお客様に、進むべき道を照らすと同時に生きる活力を与える素晴らしい仕事なのですから」

 手振りを交えつつ将門は朗々と言った。

「まるっきり詐欺師の口上だな」

「世間には、カラオケ占いとか新体操占いなんてのも実在するんですよ。そんなのに比べれば、わちきの占いはまだ良心的です。まともな部類ですよ」

 パフェを粗方食べ尽くした将門が、溶けかかったアイスの残り僅かを名残惜しそうに口に運んでいると、離れたところで頓狂な声がした。

 首を巡らせる。長躯の男が一人立っていた。男はこちらを見つめたまま、テラスと店内を結ぶ通行口の脇でしばし立ち止まっていたが、程なくつかつかと近づいてきた。

 壱八の顔見知りではなかった。男の訝しげな両眼は真っ直ぐ将門のほうを向いていた。

 パーマネントの悪い見本を思わせる、無造作ヘアと呼ぶにはあまりにぐしゃぐしゃした頭髪が気になった。セピアグリーンのスーツも良い着こなしとはいえず、ネクタイの草臥れ具合からして服装には頓着しない質なのか。容貌は若いが身なりがそれに対応しておらず、一見しただけでは実年齢もよく判らない。

 血走った眼で占い師を見下ろし、風采の上がらない長身男は開口一番、

「奇遇ですな。こんな所でまた会うとは」

 とぼけた声色を装い、当てつけがましく声をかけてきた。将門は不愉快そうに横を向いたきり、視線を合わせようともしない。

 男は苛立った様子もなく、今度は壱八を手で示して、

「こちらの方は、ひょっとして恋人さん?」

 この男、円筒将門の正体については何も知らないようだ。

 壱八は呆れた顔で男を見やり、誤解を解こうと口を開きかけたが、向かいの半陰陽に先手を取られた。

「そんなことどうでもいいでしょう。本当に図々しいですね。わちきの後でも尾行けてきたんですか」

「いやいや、偶然ですよ。偶然聞き込みでこちらにお邪魔したまでです。お店のマスターにお話を伺いまして、ちょいとテラスで小休止をと思ったんですが、まさかここで円筒さん、あんたに会うとは思ってもみなかった」

 不敵な面構えで将門の傍らに立つ長身の男を、壱八は改めて見つめた。彼が今日将門の店に来た、津村という刑事らしい。

 壱八の視線に気づいた男はスーツの内ポケットに手を入れ、警察手帳を掲げるお決まりのポーズを取った。

「失礼しました。私、警視庁捜査一課に属する津村といいます。お見知り置きを」

 口調も表情も硬いのに、野放図な頭髪とよれよれのスーツというちぐはぐさが頼りなげな印象を見る者に与えたが、容姿はどうあれ警官は警官だ。警戒を解いて油断を誘うためのポーズかもしれない。

 一呼吸置いて、津村刑事は将門に向き直った。

「差し支えなければ、ここで何のご相談をしていたのか、お聞かせ願えますかね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る