17

 またか。もう次の事件が起きたのか。

 壱八は眼を凝らしてテレビに見入った。

 前頭部の心許ないニュースキャスターが報道センターのデスクに腰かけ、しっかりした声で新たな事件のあらましを伝えている。

 大学教授の十条は、怪奇現象や超常現象を批判する立場にあった人間だ。彼は〈ガダラ・マダラ〉の出演者ではあったが、異能者ではない。もし教授の死が他殺だとしたら、筧要を端緒とする一連の犯行は、異能者狩りとは違う目的で執行されたことになる。

 気になる点はそれだけではなかった。現場の十条邸に切り替わったライブ映像に、既視感を抱いたのだ。壱八はこの近くを通ったことがある。配達の仕事中ではなく、私用で。それも一度や二度ではない、何度も。

 表札すら掲げられていない無愛想な煉瓦塀と、猫の額ほどの庭がついた一戸建ての邸宅。塀の間に設けられた鉄の格子門は完全に閉め切られ、すぐ先に見える玄関扉も厳重に閉ざされている。鉄門の奥を、早歩きで横切る二人の捜査員が見えた。

 取材陣は路上での撮影を余儀なくされていた。画面はゆっくりと四十五度右に動き、頭髪を真ん中で分けた正装の男性リポーターが大写しとなった。

『現場から、生中継でお伝えいたします。十条さんは、こちらの邸宅に独りで暮らしておりました。週通いで身辺の世話をしていたハウスキーパーさんの話によりますと、まず今朝九時頃、今日の仕事の確認でこちらに電話しましたが、何回かけても十条さんが応対に出ず、結局予定通りの時刻にこちらへ向かいました』

 カメラを直視し、事件の詳細を告げるリポーターの後方。カメラアングルが変わったせいで、十条邸の右隣に建物の一部が見えている。

『正午前、こちらに到着したハウスキーパーの女性は、呼び鈴を押しても応答がないので、裏の勝手口に回り、合鍵を使い中に入りました。それから一階の廊下で、大量に出血した十条さんの姿を発見したのです』

 黒のペンキで隙間なく塗装された、隣家の外壁。見憶えがあるどころか、何度も足を運んだ場所だ。

 事前に映り込み等のチェックはしていても、生中継のカメラワークでは限界があるのだろう。入り口上部に高く差し出された大柄な看板が、一瞬だけ見切れた。

〈占い処マサカド〉

 壱八の顔に泣き笑いの表情が浮かんだ。意識とは関係なく。

『廊下の壁に凭れるようにして床に座っていた十条さんは、既に事切れており、抵抗した形跡もなく、胸部や顔を十箇所近く刺されていました。凶器に使われた果物ナイフは、最も深く切り裂かれた腹部の傷口の奥に、埋まっていたということです』

 第三の殺人は、あろうことか半陰陽の占い師、円筒将門の住居のすぐ隣で起こったのだった。

 昨日、収録の帰りに将門は言っていた。自宅の近所で殺されたら少しは興味も湧くと。ならば、これはどうなのか。

 壱八の知っている占い師が、このまま沈黙を保つとは思えない。事実将門は、予想を遥かに上回る迅速さで行動を起こしていた。

 テレビを注視する持ち主に嫉妬してか、手にしたスマホがこの上ないタイミングで着信を報せた。

『壱八君』占い師の声はテノールの魅力を失い、半ば裏返っていた。『今すぐテレビつけて。チャンネルはどこでもいいです。今すぐですよ』

「見てるよ。お前の家もバッチリ映ってたな」

『冗談じゃありません。何なんですあの連中』

「店の宣伝になって良かったじゃないか。何をそんなに怒ってるんだ」

『違います。取材じゃなくて警察のほう。お客さんちっとも寄りつかなくて商売上がったりですよ。それにさっき警視庁の刑事が聞き込みに来たんですけど、どうもわちきを疑ってるらしいんですよ。教授の家の隣に住んでるのと、塞の神の殺害現場に居合わせたのと、この二点だけで。冗談じゃないです』

 そう告げられ、素直に同情したものか、もっと素直になって揶揄してやろうか迷ったが、曖昧な返事で場を繕うことにした。

「そりゃ大変だ」

『君、他人事と思ってバカにしてません? 犯人と間違われるなんて、こんな屈辱生まれて初めてです』

「自殺の可能性はないのか」

『リポーターの説明聞いてなかったんですか。自分の顔や胸を何度も刺して、終いに凶器を腹の中に突っ込むような自殺者なんていませんよ』

「そりゃそうだが、じゃあ、今度の事件も例の連続殺人なのか」

『でしょうね。実を言うと、わちき今お店の外にいるんです。これから〈デカルチャクラブ〉に行くつもりですので、君もすぐ来てください』

「今からかよ。まあ行けなくはないけど」

『朱良ちゃんからバイト代貰ったでしょう。電車賃払ってお茶飲んでも充分お釣りが来ます。つべこべ言ってないでさっさと来ること。いいですね』

 〈デカルチャクラブ〉とは占い師行きつけの喫茶店で、店先の大通りに張り出したカフェテラスを将門はいたく気に入っていた。

「行くのは構わないが、俺に何の用があるんだ」

『会ってから話します。じゃ、また後ほど』

 冤罪に怒る占い師は、自分を呼び出して何をするつもりなのか。スマホを置き、壱八は臨時ニュースの続きを見た。

『死亡推定時刻は昨夜十時半から十一時半の間で、その間十条さん宅を出入りした人は目撃されていません。なお、その後の捜査で一階浴室の窓ガラスが割られているのが判明しており、前回ハウスキーパーの女性が赴いたときには異常はなかったとのことで、その窓から侵入した犯人が凶行に及び、また屋外へ逃走したと考えられています。警察では前の事件、〈ガダラ・マダラ〉出演者の連続殺人と何らかの関係があると見て、今なお解決していない一連の事件と共に、捜査を進めている模様です』

 さて、これからどうしたものか。

 以前の二つの事件について復習がてら話をし始めたニュースキャスターの背後に、せっせと立ち働く報道センターの職員が見える。

 こっちも動くとするか。

 一分後、壱八は徐に立ち上がり、差し当たって洗面所で顔を洗うことにした。洗顔したついでに髭を剃る。髭を剃ったついでにシャワーを浴び、体を洗ったついでに服を着替える。

 そうすれば、着替えついでに外に出て、連鎖反応的に将門と顔を合わせることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る