16
黒衣の怪僧がその〈神威〉を発揮する機会は、永久に失われた。
塞の神紀世変死のニュースは、その日の夕方あらゆる報道機関が全国に報じ、以後、連日のように彼の死に関する論議が紙面やテレビ画面を賑わすところとなった。死因は毒物による心臓発作。占い師の見立て通りだった。
筧要の惨殺に続き、今度は〈ガダラ・マダラ〉収録中の服毒死だ。番組出演者の相次ぐ死、こんな恰好のネタに飛びつかない報道メディアなど皆無だろう。
特番の収録回は、必然的にお蔵入りとなった。いかに内容のハチャメチャぶりを売りにする番組だろうと、出演者が毒に苦しんで息絶える瞬間を、しかもネットと地上波で同時放映するのは無理があった。
一方、将門の口座に振り込まれた三人分のバイト代は、将門が朱良に二人分手渡し、彼女が壱八のアパートに出向くという壱八にとっては大変不本意な分配方法で、それでも無事各自の懐に収まった。
幸いなことに、朱良は本業のモデル仕事が忙しいらしく、収録から四日後、胡座をかいた壱八の足許にバイト代の入った封筒を無造作に放り投げると、五分と待たずに部屋を出て行った。テレビ画面のご機嫌がこの日は特に悪く、番組視聴すら満足にできないとなれば、どのみち長居はしなかっただろうが。
「異能者狩り?」
その短い滞在のうち、塞の神に関する新たな事実が朱良によってもたらされた。
「そう。どのメディアもエスパー狩りが始まったって騒ぎ立ててんだけど。あんたニュースサイトの見出しの流し読みで済ませてるから、そういう面白い情報見逃すんだって」
「不謹慎だな」
流し読みに関してはその通りなのでスルーした。
「自分の関わったニュースぐらいしっかりチェックしときなさいよ」
「お前が言うな。俺はただの目撃者だ」
異能者狩りとは物騒な言い回しだが、霊能者も神威の使い手も乱暴な見方をすれば異能者の一変種と言えなくもないし、民衆の好奇を煽ろうと報道機関がそう書き立てるのも頷ける。
「まさかトリカブトのことも知らないの」
「トリカブト? ああ毒のことか」
「塞の神の烏龍茶から検出されたのよ。トリカブトの根っこを粉末状にしたやつ」
「えらく古風なやり方だな」
気のない表情を浮かべる壱八を厳しく睨みつけ、朱良はさっさと腰を上げた。シーツ代わりに広げたジップアップブルゾンの埃を丹念に抓み取りながら、
「すっかり興味失くしてるのね。見出しの洪水に溺れたくないからって。次の関心事は何よ」
「いや別に。もうお帰りか」
「売れっ子はね、何かと忙しいの」
理由が何であれ、早く帰ってくれるに越したことはない。訳もなく千円札の透かしを天井に翳す壱八の脳裏に、その透かしよりも朧に、ゆるゆると浮かび上がった一つの疑問。
「朱良、他の出演者の飲み物はどうだったんだ」
「どうって、毒が検出されたかってこと? 何でそんなこと訊くの」
四日前の記憶を喚び起こす。数日前の食事内容すらあやふやな錆びついた記憶力でも、〈ガダラ・マダラ〉特番の収録風景は未だ鮮明に思い出せる。
まず最初の休憩時に一度、出演者三人の飲み物が凡て新しいものに変わった。その時点で、塞の神の烏龍茶には毒が混入されていたのだろう。では、残る二人分はどうか。
壱八の念頭にあったのは、塞の神が毒を呷って倒れた際、その横で若き異能青年が自分のグラスに注いでいた、あの偏執症的な視線だった。
「うちの見たニュースじゃ、何も触れてなかったけど。問題なかったんじゃない、他のグラスは」
「そうか」
「何がっかりしてんのよ」
朱良は手早くブルゾンを羽織り、最近のお気に入りらしい本革製サコッシュを肩に引っかけ玄関へ脚を向けた。
今日は何も壊されなかった。毎回これなら大いに助かるのだが。
何も言わず部屋を出る朱良を、こちらも黙って見送る。荒っぽく玄関ドアを閉じる音が狭いアパートに響いた後、壱八はようやく蒲団の陰からスマートフォンを取り出した。
こればかりは絶対に壊されたくなかった。明日から再開予定の配達パートナー業務にもスマホアプリが要る。中毒というレベルはとうに超え、スマホは壱八の生命線となっていた。
不調を訴えていた点けっぱなしのテレビが、そのときパッと正常な映像を映し出した。破壊の女神の出立を家主同様喜んでいるのか。理由はともかく、復調したテレビから聞き覚えのあるニュースキャスターの声が聞こえた。
『繰り返し、臨時ニュースをお伝えいたします』
早くも壱八の意識はスマホ画面に移っていたが、インターネットテレビ局の極東テレビ、トンデモ系バラエティ番組〈ガダラ・マダラ〉のレギュラー出演者、という原稿の読み上げに思わず反応し、顔を上げた。
『……武蔵理科大学物理学教授、十条照護さんが、つい先ほど、自宅で亡くなっていたことが判りました。霊能系動画配信者の筧要さん、人気異能力者の塞の神紀世さんに続いて、これで三人の番組出演者が、相次いで亡くなられたことになります』
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