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ヤラセ同然の演出は自粛傾向にあると思っていたが、インターネットテレビはそうでもないのだろうか。そんなことを思いながら、壱八は塞の神と同じ長テーブルの右隅に、申し訳なさそうに俯いている青年にふと眼を留めた。
彼はメインカメラ右手の客席から最も近い位置で、しかもテーブル自体がセット中央に向けられていたため、横顔しか確認できない。じっと押し黙ったきり全く動きのない彼は、収録現場の慌しい雰囲気の中、明らかに独り浮いていた。
ほっそりした柔和な顔立ちは、壱八の身近にいる本物の半陰陽よりずっと中性的に見える。軽い髪質と涼しげな眼許が顔の輪郭と絶妙に合っていて、美男子には違いないが体格には恵まれていないため少しひ弱な印象を受ける。
通常放送が三十分枠の〈ガダラ・マダラ〉は、基本的にメインコーナーの第一部と第二部を毎週交互に放送する構成になっていた。今回の特番は一時間枠なので、この後第二部も収録するのだが、その〈ガダマダ学園トンデモ部活動〉というのが問題で、素質ある若者を一般公募し、種々の訓練によって各々の潜在能力を解き放ち、最終的に一流の異能力者に仕立て上げようという、概要を発表しただけでクレームが殺到しそうなとんでもないコーナーらしいのだ。第二部の存在自体が第一部の異能真偽討論と完全に矛盾している、とは将門の評だ。
先程よりテーブル脇に黙座するこの青年、名を
大賀飛駆は専ら第二部に出演するのみで、討論会に参加することはまずない。今回は特別出演だ。しかも今彼の座っているのが、生前筧要の使用していた席とのことだった。死んだ霊能者の臨時代行といったところか。息を止めて何かに耐えているが如き表情は、スタジオのギスギスした空気に苦しんでいるふうでもあった。
「飛駆君、こっちに出席するのは初めてだから、かなり緊張してるみたいですね」
「……あ、すいません」
司会者の言葉に、弱々しく応じる青年。
「死者に対して、真に哀悼の意を表しているのは大賀君ぐらいじゃないのかね」
嘲りの眼で黒衣を注視していることからも、十条教授の発言が塞の神への当て擦りであることは明白だったが、相手は一言も返さず、ストローで飲み物を吸い続けている。
「ともかく、私の家にも警視庁の方が事情を窺いに来たのだ」自分のグラスには眼もくれず、教授は続けた。「当然、捜査の手はこの番組の関係者全員に及んでいるだろう。時依女史とて例外でないはずだ」
「でしょうね。小生も先日生まれて初めて事情聴取を受けましたよ。このローブの生地まで訊かれました。事件と関係あるんですかねこれ。カシミアは怪しいとか」
「我王さん、事情聴取って何ですか」
いかにも空気を読まない様子の超野茉茶から、素朴な質問が飛び出した。
「区が抜けてる、あっし我王区ね。あと事情聴取ってのは、事情を聴取することだよ」
「えー説明になってない」
「どうやら茉茶ちゃんは事情聴取も義務教育も受けてないみたいで」
「ひどくないですか。カシミアが超高いの知ってるし」
「はいはい超賢いね。あと茉茶ちゃんって名前ほんと言いづらい」
「ついでにあーしの名前ディスるのやめてもらっていいですか」
議長席での脳髄が溶け出しそうな会話に多数の観客が笑いを発し、収録現場も多少は和んだようだったが、壱八の両隣だけはやはり反応が違った。心からの溜め息を吐いて背後に凭れかかる将門に、朱良は朱良で言葉の選び方がまだまだ甘い、女のほうはタイミング悪い、と司会陣の批評を始め出す始末。
喉元に出かかる欠伸を噛み殺しつつ、壱八は中央メインカメラの後方に眼を向けた。フロアディレクターや大道具係、タイムキーパーといった現場スタッフやマネージャー、番組スポンサーなどの雑多な関係者がバラバラに散らばって立ち、セットに厳しい視線を注いでいる。
その中に、パイプ椅子に座った一人の少女がいた。学校の制服と思しきブレザーを着用している。小顔の可愛らしい少女は、見るからに不安げな表情を収録現場に向けていた。誰か出演者の知り合いだろうか。
「視聴者の皆さんもご存知のように、筧君は数ある霊能力の中でも、取り分け念視の能力に秀でていました。彼が自らの前世であると主張した、透視の達人御船千鶴子の如くにね。千里眼、霊視、仏教用語で言うなら
「ああ、確かに見たよ。その点に関しちゃ全く君の言う通りだ。すると何かね、私は自分の眼で見たものを、何もかも信じなきゃならないと、そういうことになるのかね」
「物理学教授として当然取るべき態度を、小生は要求しているだけです」
塞の神は空になったグラスの氷を小さくカラカラと鳴らし、口許に深い皺を刻んだ十条教授と真っ向から対峙した。
「思えば、このスタジオで起こった論理的説明のつかない数々の事象を、教授は大した根拠もなしに頭から否定し続けてきましたね。左脳人間の悪い癖です。非合理の受容を拒むためには、現にそこにある現象にすら眼を逸らそうとする」
「では逆に訊こう、塞の神君。君は一体どんな根拠があって、神威とやらの存在を主張しているのだ」
「その答えは、これまで幾度となく明瞭な形でお見せしたはずですが、まあ、忘れているなら仕方ありません。こんな議論はこの場に相応しくない。小生が言いたいのは、綿貫さんが念視の実験結果に関して、大層な不満を抱いていたということです。綿貫さんの頑固な態度に気を悪くした筧君が、彼女の下着の色を透視して言い当てたなんてことも以前ありましたね。地上波放送とは比べるべくもありませんが、不特定多数が視聴可能なストリーミング放送で、あれは少々やり過ぎではないかと小生も思いました。とにかく綿貫さんが彼の能力だけでなく、その素行や人柄に対しても不快感を持っていたのはお認めいただけますよね」
塞の神はそこで言葉を切り、困り果てた表情の議長とカラーコンタクトの両眼を白黒させている名ばかりの書記を鋭い眼光で牽制した。故人を偲ぶ予定だったプログラムの趣旨を、黒衣の怪僧は力ずくで封じ込めようというのだ。
「筧君は頭部を切断され、おまけに両方の眼球には何故か菜箸が突き刺さっていたそうですね。ところで彼は、念視を得意とする霊能者でした。この不可解な状況が何を意味するのか、さすがにもうお判りでしょう」
「はん! バカバカしい」呆れ顔で諸手を挙げる十条教授。「筧氏の念視に恨みを抱いていた時依女史が、首を刎ねただけでは飽き足らず、両眼を刺し潰したとでもいうのか。下らんね。その程度の条件で犯人扱いとは、時依女史もつくづく不運だな。同情せざるをえんよ全く」
モニターの陰に隠れていたサブディレクターが、大判の紙に書いた次の指示をすかさず出演者に見せる。それを見た我王区がほっとした顔になり、メインカメラに苦笑いを向けた。
「えー、当初の予定とはだいぶ違った内容で、スタジオは大変盛り上がっているところですが、ここで一旦コマーシャル。CM明けも、やっぱり白熱の議論は続くんでしょうねえ」
弱々しい台詞を引き取って、観客の力ない笑い声。
カットの掛け声と同時に、収録機材とセットの間を撮影スタッフが忙しげに動き始めた。
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