12
「五分休憩入りまーす」
フロアディレクターの高い声が聞こえた。
「将門。これのどこが人気番組なんだ」
客席のざわめきに紛れ、壱八は断然と問い質した。
「二部の〈トンデモ部活動〉は普通に人気あるんですけどね。こっちはカルト的といいますか。まあ前座と思って我慢してください」
「うちトイレ」
そう言って席を立つ朱良に、将門も調子を合わせて立ち上がった。
「わちきも」
「あんたどっちのトイレに行くつもり? 半陰陽のトイレなんてないんじゃないの」
「お化粧直すだけです」
化粧室に向かった二人には眼もくれず、壱八は数人のスタッフが往復する舞台上へ視線を転じた。
飲み物のグラスは既に片づけられ、ヘアメイク担当の女性が大学教授の髪型を軽く整えているのが見える。椅子に座ったまま親しげに談笑する司会陣二人。その近くで塞の神に話しかけているのは、インカム姿のフロアディレクターだった。頭上の調整室からの指示を伝えているのだろう。対する塞の神はディレクターと調整室を交互に見ながら、時々小さな相槌を打っている。
一方、もう一人の出演者である大賀飛駆は、セットから姿を消していた。スタジオを離れたのかと後方の出入り口を振り返ると、椅子に腰かけた例の少女の傍らにその姿があった。少女は心配そうな眼で彼の顔を見上げていたが、青年は客席に完全に背を向けていて、壱八にはその表情を垣間見ることもできない。制服の少女は青年の身内だろうか。その面持ちは何とも懶げで、今にも泣き崩れそうな翳りを帯びている。
彼らの更に後方、ドアから少し右に外れた所に、出演者の飲み物やスタッフの荷物等が置かれた丸テーブルが確認できた。仕切りの類いもなく、人気の全くないそのテーブルは、恐らく休憩所を兼ねた番組関係者の専用ブースなのだろう。
よくよく見ると、毒々しい真紅に身を包んだ占い師が、早くもブースの左側、壱八の十数メートル手前にまで迫っていた。番組出演者と間違われてもおかしくない服装だ。たとえスタジオの一番奥に後ろ向きに立っていたとしても、容易に将門だと判別できるだろう。
「お前のほうがずっと芸能人っぽく見えるな。ここの演者と比べても」
隣に座った将門に声をかける。
「さっきスカウトされましたよ。廊下で」
本当かどうか疑わしいが、声をかけられても不思議でない容姿は確かにしていた。
気の利いたコメントを返そうと思案していると、いきなり背後から頭を叩かれ、首を竦めて後ろを見た。会話の最中に人の頭を平手打ちする不逞の輩は朱良の他になく、やはり後ろにいたのは予想した通りの人物だった。
「ねえ、あそこにいるのって」前衛絵画を鑑賞するときの眼差しで厳しく睨みつける壱八を完璧なまでに無視し、朱良は座席後方を指差して言った。「あれ
朱良が指で示したのは、ちょうど異能力者大賀飛駆と制服の少女のいる辺りだ。
「ええ、そうですよね」
考え深げな顔つきのまま、将門も同意した。
「誰だそれ」
「第二部の出身者です。あまり頻繁には出てきませんけど、何度か観たことがあります」
改めて少女を見る。制服の肩にかかった長めの髪をぎゅっと握り締め、前に立つ飛駆青年に優しく微笑みかけているが、そんな笑顔すらも壱八の眼には儚く見えた。
「じゃあ、あの娘もあれなのか」
「ええ、異能の持ち主だと言われていますね」
「視聴者数稼ぐには可愛い女の子が一番ってこと。テレビ局も制作会社も、数字のためなら何だって利用するからね」
朱良の批判めいた言葉が、壱八の心に疑惑の漣をもたらす。いくら数字を重視するとはいえ、いたいけな少女にそこまで強要するだろうか。
セット上の長テーブルに新しい飲み物が配られ、簡単な打ち合わせや撮影時の確認等も終了したようだ。それぞれの持ち場に戻る現場スタッフたち。飛駆青年も元の席に戻り、フロアディレクターが収録再開を最小限のフレーズで告げた。
赤ランプの点灯したメインカメラに、中堅芸人の四角顔が愛想良く笑顔を向ける。その手には、相も変わらず吸収の悪そうな合成繊維のハンカチが握られたままだ。
「はい! てなわけで、先程は犯人の指摘なんて突飛な意見も飛び出しましてね、スタジオはいつもながらの大荒れ模様でしたが、おや、お二人さん、何やらまだ言い足りないご様子で」
短いインターバルを挟み、黒衣の怪僧と近代科学の徒は早くも次なる臨戦態勢を整えたらしく、両者ともいつ火花を散らしてもおかしくない穏やかならぬ気配を漂わせている。背景の暗雲と筧要のにこやかな遺影が、周囲に張り詰めた緊張を一層盤石なものにしていた。
「まあ塞の神さんと十条教授の敵対は、今に始まったことでもないので無理もないというか」
「教授が勝手に敵視してるだけです、我々を」
「塞の神氏の下らん妄言に耳を貸してやってるだけでも、ありがたく思ってもらいたいものだ」
「妄言ですと?」
「妄言が嫌なら戯言でも放言でも世迷い言でも何でも結構」
「まあまあまあまあ」
強引に割って入る議長。朱良に言わせれば、額に汗の絶えない我王区の引き攣った笑いも、進行表通りの小芝居なのだろうか。
「今日は異能討論のためにお集まりいただいたわけではありませんから、その辺にしていただいてですね。実は筧さんが鬼籍に入られたことで、親交の深かった著名人の方々から当番組宛てに弔辞を頂いてるんですよ。本当ならCM前に発表する予定だったんですけど、ちょっと時間なかったので、今ここで弔文を読ませてもらいます。茉茶ちゃん、弔電をこちらへ」
促され、急に畏まった茉茶は、いつしか膝上に乗せていた電報とコピー用紙の束から、一番上のものだけを手に取り、議長にそっと手渡した。
「ではまず最初にこの方から」
「待ってください我王区さん」
そのまま弔詞を読み上げようとした我王区を遮った者がいた。例の黒衣だ。
「弔辞は番組の最後にしてもらえませんか」
意想外の言葉に、司会陣二人はえっ? と唱和し塞の神を見やり、続いて互いの顔を見合わせた。
「小生から一つ提案があるのです」
指を内側に丸めて両手を握り合わせ、威風堂々と椅子に腰を落ち着けた怪僧は、毅然として言った。
「さっき小生が述べた綿貫さん犯人説、あれはまあ、我ながらこじつけっぽい箇所も少なからずありました。教授の反論はごもっともだと思います。ただ、それにしてもですよ、筧君を殺害した犯人が依然として特定されていないのは、遺憾千万であるとはお思いになりませんか?」
無理に開かれた両瞳は、それでも眼の部分に刻まれた黒い切れ込みのようにしか見えず、他者を威圧する声量のみが心深くに重々しく轟いた。
「ならば、どうでしょう。今この場には小生の他に、当番組から誕生した新世代の異能力発現者たる大賀飛駆君がいます。小生と彼、二人の異能を駆使して、筧君殺害犯を捜し出すというのは」
刹那の沈黙の後、スタジオは騒然となった。突然名指しされた青年や他の出演者、観客らは当然として、収録スタッフの間にも塞の神の突拍子もない提案に驚きを隠せない者が多々あった。
「あの、それはその、塞の神さんと飛駆君のお二人で、お二人の異能力で犯人を見つけ出すと、そういうことですか?」
辛うじて言い繋いだ我王区だが、狼狽のあまり愛用のハンカチを濃紅色の床に落としたのにも気づかない有様だった。
「その通りです。行方不明になった人物を、霊能者がその類い稀な霊力で捜索する。海外のテレビプログラムで、そんな事例ありましたよね。小生らがやるのは、謂わばその応用編といったところです。小生は神威の力を、飛駆君は〈ガダマダ学園トンデモ部活動〉で培った異能を用いて、犯人が何者なのか、そいつが今どこにいるのか等々、事細かに暴いていくのです」
「バカ言っちゃいかん! そんなこと、できてたまるか」
スタジオの興奮も冷めやらぬ中、十条教授はそう力むと、両の拳でテーブルを力一杯叩いた。神経質そうに見えても、我慢が限界に達すると衝動的になるらしい。傍らのトールグラスが振動でぴょこんと飛び上がり、教授が慌てて押さえようとしたときには、グラスはもう床の上に中身をぶちまけて転がっていた。
こんな騒がしい雰囲気にあっても、スタッフの動きは迅速だった。カメラに映らないよう配慮しつつ床を拭き、新しい飲み物入りのグラスが再び置かれるまで、ものの十秒とかからなかった。
「ほらね、言った通りの展開になった」
身体を強張らせて動向に見入っていた壱八の腕を肘で小突きながら、朱良が言った。
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