第66話 本当の最強を求めて

 おそらくアメリカ人ではなく日本人が、つまりMLBではなくNPBの人間が、先に気がついた。

 最強のチームというのは、佐藤直史と白石大介が揃ったチームなのだと。

 この時期、NPBの日本シリーズは終了している。

 若手は秋季キャンプなどを行っているが、クライマックスシリーズまで戦い抜いたチームなどは、ベテランであれば休みに入っている。

 成長ではなく、既に維持の段階に入っているのだ。


 そして契約更改も始まらないこの時期、この世代の人間たちは、東京に集まっていた。

 ホテルの一部を借りた、忘年会ではないがMLBの鑑賞会。

「せごどん、今年も来れたのか」

 大阪においてひらすら己を鍛え続けていた西郷も、さすがに成長曲線の限界が見えてきた。

 大介がいなければ、10年に一度のバッターと言われたろうに。

 ただ今年も、ホームラン王は取っている。


 ワールドカップ世代、と俗には言われる。

 U-18ワールドカップで、初めての優勝を日本にもたらしたメンバー。

 もっとも当時二年生だった三人は、ほぼ参加したことがないが。

「おまはんら、まだ向こうで色々と残っておらんのか」

 西郷がそう尋ねたのは、本多と織田がこの場にいたからである。

 本多はまだしも、織田は最近はずっと、シーズンが終わってからもアメリカにいることが多かったのだ。


 既にプロから引退した者もいる。

 引退こそしていないが、怪我がちで今後が危ぶまれている者もいる。

 そういった者は来ていない。一緒にいることは確かに苦痛だろう。

 だが地元の吉村などは、去年は来なかったものの、今年は来ている。

 トミージョンから復帰して、カムバック賞を得た今年。

 チームとしては満足のいく結果ではなかったろうが、吉村個人は充分な結果を残した。


 あとはプロ入り当初はなかなか来なかった実城も、移籍してからのこの数年は来ていることが多い。

 それは所属球団が福岡から東北に変わったという以外に、このメンバーに入っても問題ないと、自分で思える数字を残せるようになったからだろう。

 高卒組にとってはプロ入りしてから、14年目のシーズンが終わった。

 大卒組にとってみれば、それでも10年目のシーズンである。

 もう同期入団の選手など、ほとんど同じチームには残っていない。

 実城以外にも所属球団が変わった者は、何人もいる。

 それでもここにいるのは、まだプロの舞台で戦い続けている者だ。


「しかしせごどん、MLBから声とかかからなかったのか」

 久しぶりの織田の言葉は、ある意味で傲慢なものだったかもしれない。

「アスリートタイプの選手ばっかり選んでるからなあ」

 そして自分の言葉を続けて、MLBの見る目のなさを揶揄する。

 織田の言うとおり、MLBが獲得する選手は、基本的にアスリートタイプの選手だ。

 大介や直史などは、その体格の時点で撥ねられるのがオチだ。

 セイバーがいたからこそ、その道が広がったとも言える。

 彼女は他にも、多くの日本人選手をアメリカに連れて行っている。

 だがその適性は、ちゃんと選んで連れて行っているのだ。


 西郷の場合は、足が遅いという以外にも、問題はあった。

 それは大卒であったため、海外FA権を得た時には、既に30歳を超えていたということだ。

 NPBでの活躍を見れば、欠点に目をつぶってでも、ポスティングに参加するチームはあったかもしれない。

 だが西郷自身もそれを望まなかった。

 上杉と同じく、彼もまた海外への志向が全くなかったのだ。




 現在のMLBの状況を見ていれば、MLBというリーグが本当に、NPBの上位互換かは怪しいところがある。

 直史も大介も、NPB時代に比べて成績が向上しているのだ。

 もっとも本多や織田などは、そんな顕著な違いは見えない。

 特に織田などは、長打は明らかに減った。


 パワーとスピード、フィジカルに頼った合理的な野球。

 それ自体は日本にも輸入されているし、おかしなものではない。

 しかし日本人の場合は、そもそもの野球が根底から違う。

 戦中の欧米文化禁止の中、これは軍事教練の一環だ、という理屈で野球を守った人がいた。

 だがその時の建前が、長く戦後の日本野球を支配している。

 今になっても、上下関係のおかしさは、ずっと残っているのが野球だ。

 もっともそれは指導者によって、かなり払拭されているチームもあるが。


 この場にいる人間は、全員が甲子園経験者だ。

 そしてMLBで最も活躍する二人は、甲子園での優勝を経験している。

 だが二人のいたチームは、今ではせいぜい県大会のベスト8程度。

 いや、公立校でその成績なら、充分と言えるのか。

 しかし体育科まで作って設備もよくなったのに、成績はいまいち。

 やはりチームの強さというのは、選手の能力にある程度依存してしまうものなのか。


 ワールドシリーズを見ていても、本当にあの二人は特別なのだと分かる。

 直史などポストシーズンで三回も先発しているが、そのうちの二回がパーフェクトであった。

 この間のワールドシリーズ第一戦も、パーフェクトをしてしまうのかと思ったものだ。

 ただ明らかに、NPB時代の方が、直史に対応出来ているバッターが多い。

 もちろん直史が渡米後に、その実力を増したということもあるのだろうが。


 この第三戦は、前の二試合と違い、ある程度の打撃戦となった。

「つっても今年は、やる前から勝負は分かってたよな」

「やっぱり日本だとそう思うよな?」

 吉村の呟きに、本多が反応した。

 織田も本多の反応の意味が分かる。

「案外あっちだとミネソタも、かなり健闘するんじゃないかって思われてるんだよな」

「いや……確かに全体的な勝率を見たらそうかもしれないけど、八月以降の成績を見れば、主力が怪我しない限りは問題ないだろ」

 実城などはもう少し早めに一軍に定着すれば、MLBに行っていたかもしれない。

 福岡での二軍時代が長かったため、FAの取得までにはまだかかる。

 そしてこの年齢からMLBに行っても、おそらく活躍は出来ないといわれるのだ。


 本当にMLBに行きたいのなら、行ける時に行けばいいのだ。 

 条件などを考えていれば、石橋を叩いて渡らない、ということにしかならないだろう。

 大介の年俸などを聞いていると、うらやましいと考える者がいないではない。

 なおこの中で一番年俸が高いのは、早めにポスティングでMLBに行った織田である。

 貢献度なら織田にも劣らない本多でも、契約は織田の半分ほどになっている。


 NPBでは西郷が複数年契約で、単年にすれば三億越えとなっている。

 だがMLBなら三億というのは、FA選手なら最低金額にもならない。

 また吉村などは、今年は三千万でやっていた。

 二桁勝利も達成したし、おおよそローテも回したので、来年は倍ぐらいには戻るだろうが。




 同じ野球をやってきた。

 そしてもう、やっていない者もいる。

 セカンドキャリアを選択し、そちらに生活の基盤を置いている者。

 同じ野球に関わっていても、球団の職員として働いている者。

 ずっと野球に関わっていくなら、コーチをやったり球団スタッフをやったりと、色々とあるのだろう。

 こういう時には大卒の方がいいのかな、と思わないでもない高卒組だが、大学野球経験者からすると、大学時代には勉強などまともにしていなかったということを聞いたりする。

 そのあたり直史や樋口は、やはり例外中の例外なのであろう。


 海の向こうで、今日も試合が始まる。

 自分たちの成しえなかったことを、あの二人は成すのだろう。

「引退するまでに絶対一度はワールドチャンピオンなりたいよな」

「ああ~、難しいよなあ」

 本多と織田はまた、この中では別枠となる。

 それを単純に羨ましいと思うには、他の者も大人になりすぎた。


 いずれ誰にも、引退の日は訪れる。

 自分が野球なしで過ごすというのが、とても信じられない年頃は過ぎた。

 30代のおっさんたちは、鍛え抜かれた体でもって、まだまだプレイするだろう。

 だがそれでも、セカンドキャリアは意識してしまうのだ。

 それでもいつまでも、野球には関わっていたい。

 そんな野球バカの集団であることは、誰にも共通していることであった。

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