第46話 追いかけるもの

 一応まだ、逆転の可能性はある。

 ただそれは向こうが全て負け、こちらが全て勝つというのに近い。

 実際はそれより、もう少しだけ楽である。

 しかし事実は事実として、認識した方がいい。

 ナ・リーグ東地区の、アトランタ・ブレイバーズ。

 もはや地区優勝は不可能であろう。


 優勝を目指すというのは、確かにモチベーションを保つという意味では必要だ。

 しかしそれが現実的でないと思えば、すぐにポストシーズン進出に舵を切らなければいけない。

 どれだけの勝率を稼げば、ポストシーズンに進出出来るのか。

 これを改めて、考えないといけない。


 改めて、ポストシーズンの進出要項である。

 まず各地区の優勝チームは、問答無用で進出する。

 ただしこの3チームも、勝率で順序付けはされる。

 各リーグから残り、3チームずつ選出される。

 しかしこれは、地区の二位のチームとは限らない。

 三位や、極端に言えば四位であっても、選ばれる可能性はある。実際に去年は三位のチームが選ばれた。


 二位以下のチームの中で、勝率上位三位が、ポストシーズンに進出する。

 この6チームの中で、地区優勝しさらにその勝率が上位の2チームが、シードのような扱いになるわけだ。

 アトランタはこの3チームの中に入ることを目指す。

 そのライバルとなりそうなのは、西地区のチームと中地区のチーム。

 一応東地区は、フィラデルフィアが三位ではある。

 しかしそことはある程度戦って勝てば、問題なく二位はキープできる。


 この勝率の計算が、また難しいのだ。

 あえて勝率を落として、まだしも相性の良さそうなチームと対決することを、狙ったりもする。

 ただアトランタの場合は、これまでと同じように純粋に、勝率を高めていけばいい。

 西地区は今年も、3チームが進出する可能性が高い。

 しかしそれなりに西地区で潰し合いをしているため、アトランタはやや余裕がある。

 メトロズは確かに、八月以降は化け物のように強くなった。

 しかしそれまではアトランタも、一方的に負けていたわけではない。

 

 シーズンの序盤から中盤に入るまでは、トローリーズがナ・リーグは優勝するかと思われていた。

 今年こそはリーグチャンピオンとなり、ワールドシリーズでア・リーグの代表と戦うという。

 しかし大介の故障した事件により、一気に全チームからのヘイトを受けた。

 それによって負けた試合によって、今は西地区の二位となっている。

 だがまたその勝率を上げてきているので、サンフランシスコとトローリーズは勝ち上がってくるだろう。

 問題はサンディエゴまで、勝率を高めてくるかどうかだ。


 中地区はセントルイスが首位を走っている。

 だがミルウォーキーもまだ、地区優勝を諦めてはいない。

 この二位での勝率がどうなるかで、ポストシーズン進出が決まる。

 ナ・リーグとしてはサンディエゴとミルウォーキーあたりが、最後の椅子をかけて戦うことになりそうだ。




 ア・リーグはミネソタが独走している。

 MLB全体で見ても、おそらく今年は最高勝率となるだろう。

 それこそメトロズが八月のように、圧倒的に勝てば逆転のチャンスもあっただろうが。

 しかしミネソタは今季、主力が長く戦線を離脱することもなかった。

 シーズン終盤に向けて、主力を少し休ませるほど、余裕をもって挑むことが出来そうだ。


 西地区ではヒューストンが、かなり勝率を上げてきた。

 それに続いてシアトルも、ポストシーズン進出の可能性はある。

 三位のテキサスは、ちょっと苦しいだろう。

 アナハイムはどうやら、四位で終わりそうな気配がしてきた。

 これだけ負けてもまだ、オークランドは最下位であるらしい。


 メトロズから見て一番近い、ラッキーズの所属する東地区。

 ここはボストンが首位を走り、ラッキーズがそれを追いかける。

 ミネソタが地区では独走しているため、中地区二位のチームは勝率が低い。

 なので東地区は、三位でもポストシーズンに進出する可能性があるのだ。


 現実的なところと考えても、まだまだ試合は残っている。

 充分に順位は逆転する試合数だ。

 地区優勝自体よりも、レギュラーシーズン全てが終わったときの勝率、それが重要な時期になってきている。

 同じア・リーグの選手として、今年はポストシーズンが絶望的になりながらも、樋口は他のチームを分析していた。

 肩のリハビリは、患部の腫れが引いたので、既に始めている。

 アメリカはとにかく、日本とは色々とやり方が違う。

 場所にもよるが腱や靭帯の損傷なども、くっついているのが分かればすぐにリハビリをしだすのだ。


 別にそれはどうでもいい樋口である。

 ことこういった方面に関しては、アメリカは新しい常識を取り入れるのが早い。

 実際に固定した状態を長く続けすぎては、患部が癒着するというのは分かる。

 なので激痛の中でも、樋口はリハビリを開始する。


 彼が考えているのは、来年のことである。

 アナハイムは多くの選手を放出したが、中心となる若手や契約年数の長い選手は残した。

 すぐにまたコンテンダーとして優勝を狙いにいくという姿勢を示したのだ。

 九月に入ってアナハイムも、色々な選手を試している。

 ただキャッチャーのポジションは、さすがに樋口の代わりになる選手はいない。

 ホームランを20本も打って、盗塁も10以上を決める。

 そして打率が三割越えなのである。


 今年のア・リーグチャンピオンは、おそらくミネソタであるだろう。

 レギュラーシーズンが強いというだけではなく、ピッチャーもクローザーまでしっかり揃えている。

 去年はリーグチャンピオンシップで敗退しているが、そこまでの経験は積んだわけだ。

 そしてさらに今年はチームを強化した。


 ア・リーグのピッチャーで、ミネソタの打線を確実に止められるピッチャーはいない。

 そもそも去年のポストシーズンも、直史が一人でミネソタの心を折ったようなものなのだ。

 逆襲のためにミネソタは、球団が一つとなって強化してきた。

 それでもレギュラーシーズンでは、直史の敵ではなかったのだが。


 シーズン中の試合で、どれだけ成長しているか。

 直史よりも圧倒的にミネソタが上回っているのは、若さとそこからくる伸び代だ。

 ただその成長限界が、どこにあるのかは別の話。

 ポストシーズンは本当に、エースを上手く使えば勝っていける。

 エース頼みであると、さすがに厳しいものはあるが。




 樋口はこの時期になると、もう自チームのマイナーを回ってはいない。

 セイバーに誘われて、あちこちのチームを見て回っているのだ。

 そして探しているのは、来年に勝てそうなピッチャー。

 バッターももちろん必要であるが、ピッチャーをとにかく確保しないといけない。

 アナハイムは絶対的なエースの直史に、セットアッパーとクローザーを放出したのだ。

 クローザーがいないと困るのは、今年のメトロズを見ていれば分かることである。


「あの人まだクローザーしてるのか」

 樋口が目にしたのは、今年で39歳になるレノンである。

 去年はメトロズのクローザーとして、立派な仕事をしていた。

 今年もまだ現役であるが、来年は40歳。

 実績も実力もそれなりであるが、さすがにクローザーとして期待するのは難しいところだ。


 セイバーはちゃんと、ピッチャーについては考えている。

 一人はスターンバックだ。今年は手術からのリハビリで一試合も投げられなかったが、おそらく来季の開幕には間に合う。

 もっともどれだけ調子を戻しているかは、やってみないと分からないことであるが。

 今年は打線の軸が二人も離脱して、点を取れなくなったことが、成績を落とした大きな原因だ。

 しかしピッチャー自体は、ボーエンにレナード、またフィデルなどといった先発に、上手くスターンバックが復活してくれれば助かる。


 セイバーとしては一人、期待できそうなクローザーはいることはいるのだ。

 ただ確実なことが言えないだけに、まずはMLB内で探すしかない。

「樋口君は引退したら、上杉君のところで働くのでしょう?」

 それは昔から樋口が、近しい人間には話していることだ。

 元々政治家の家系である上杉は、地元新潟に大きな地盤があった。

 しかし現在の上杉は、まさに神奈川の英雄と思われている。

 このまま神奈川で立候補したら、おそらく普通に通るであろう。

 人は結局、知っている人を応援するのだから。


 ただセイバーとしては、気になることもあるのだ。

「総理大臣にはなれないわよね?」

 上杉の最終学歴は高卒になっている。

 別にそんな決まりがあるわけではないが、歴代の総理大臣で大学を出ていないなど、どこまで遡ればそんざいするのやら。

 そのあたり樋口は、上杉の頭脳となるつもりであるのだ。

 もっともこういった学歴に関しては、学閥という問題もあったりする。

 さらには東大出身者であっても、出身高校によって派閥に近いものがあったりするが。

 これは官僚においても同じことである。


 セイバーからすると、樋口は監督をやってほしいな、とも思うのだ。

 なおNPBのベテランの人から言わせると、樋口はなんとなくノムさんに似ている、とのことだ。

 別にプロになりたくて野球をやっていた樋口ではないが、それだからこそ判断は冷静である。

 そしてなんだかんだ言って、こうやってセイバーと共に、来季の戦力補強を考えているのだ。


 樋口としては、自分の生涯のキャリアは、むしろMLBを終えたところから始まると思っている。

 35歳ぐらいまで働けば、充分な金を稼いで、日本に戻ることが出来る。

 なにしろ政治家というのは、金がかかる仕事なのだ。

 人を動かすことの出来る人間は強いが、人は金で動くものである。

 別に選挙法を違反するわけではないが、普通に選挙には金がかかるものである。


 樋口はその人格の形成において、反権力的な思考が存在する。

 だがそれが単純に、権力に反抗するものではなく、権力の中から変えていこうとするあたり、現実主義者ではある。

 別に外からの活動家を否定するわけではないが、樋口は人を動かすロジックを持っている。

 その判断力や知識においては、実は直史よりも上。

 いや、直史とは人格のロジックが、そもそも違うとも言えるのだろうか。

 立法と司法では、それは違うものであるはずだ。




 樋口がいる間に、アナハイムを強くしておかないといけない。

 直史たちを放出したことで減じた資産価値は、既にもう復帰する傾向にある。

 一時的なものであった、とは言えない。直史を目当てとしていた観客は、もう戻ってこないかもしれないからだ。

 それはそれで仕方がないが、アナハイムを強い球団にするのは、これからのセイバーの役目である。


 正直なところ、そのために必要な頭脳に、樋口もなってほしい。

 樋口としてはさすがに、まだアメリカに来て二年目で、深い人脈などもない自分に、手伝えることはないと思うのだが。

「これからまだ数年は、MLBの人気は拡大期よ」

 確かに大介のバッティングが、今のMLBを引っ張っているとは言えるだろう。

 その大介が何歳まで衰えないか、樋口としては純粋に気になるところではある。


 ただ、樋口にとって確実なのは、MLBというのは借りの棲家。

 いずれは日本に戻って、日本の社会を変えなければいけない。

 それとは別に、今は全力でアナハイムを強くして、自分の収入も上げたいものだ。

 今の契約が切れてからが、樋口が本格的に金を稼ぐ期間になるのだから。


 来年は、ミネソタは強いまま。

 アナハイムも怪我人はなんとか復帰する。

 そしてメトロズは、果たしてどう補強していくのか。

「そういえばメトロズも、来年はクローザーが必要になるのか」

 アービングが開幕に間に合うかは、ちょっと微妙なところだろう。

 ただ手術自体は、成功したはずだと聞いている。


 今年はメトロズもアナハイムも、怪我に泣いた一年であった。

 来年以降こそ、本当の勝負が出来るはずだ。

(ナオがいなくても、どうにかメトロズには勝てないものかな)

 とりあえず武史がいる間は、それも難しいだろうなと思う樋口であった。

 ただ勝利することが、樋口の目的ではない。

 純粋に数字を残し、そして高額の年俸を得る。

 樋口はセカンドキャリアのために、金を稼いでいる。

 まったくもって計算高い、それでいて周囲に振り回されているという意味では、樋口も直史と似た人間であったのかもしれない。

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