第47話 海の向こう
MLBが大詰めを迎える頃、NPBも大詰めを迎える。
おおよそペナントレースの行方は見えてくるだろうが、クライマックスシリーズ進出のことを考えれば、まだ上位チームには油断などない。
あとは最下位はどうしても避けたいとか、そんな理由もあったりするだろう。
また各種タイトルの競争も、激化してくるものはあるだろう。
とは言え、セの最多勝は、今年も間違いなく上杉。
防御率や奪三振も、当たり前のように上杉が取っていく。
後から見ればこの時代は、上杉の時代と言ってもいいのかもしれない。
もっともそれに匹敵するか、上回るピッチャーは二人、MLBに行ってしまっているが。
ただ上杉にはかなわないまでも、新たな才能のピッチャーは出てきている。
去年は新人ながらも18勝し新人王、今年も20勝に届きそうな、タイタンズの小川。
大卒から入ってきて、一気にタイタンズのエースとなった。
年齢的にも上杉が衰える頃に、最盛期を迎えるか。
MLBに行かないのなら、いずれ沢村賞が回ってくるのでは、などとも言われている。
上杉の衰えが、既に見えていても170km/hというあたり、どうにもなりそうにないものだが。
打撃の方面では西郷が、今年はホームランと打点で二冠を取る勢い。
ただ首位打者に関しては、レックスの一番二番コンビが、厚い壁となっている。
そのあたりもまあ、大介がいなくなり、樋口がいなくなりと、打撃に優れた選手も今は、MLBに行くことが多くなった。
西郷なども本来なら、MLBでも通用しそうと言われているのだが。
ただMLBが必要とするのは、アスリート系の選手。
西郷のようなパワーに偏った、鈍足のバッターはあまり重視されない。
そんなセ・リーグに対してパ・リーグはタイトルが分散して面白い。
それでもトリプルスリーと首位打者を取る、悟と柿谷の対決などは、日本流の小技の利いた選手として見られていたりする。
ちなみに今年でポスティングが噂されるのは、ライガースの阿部。
高校時代は甲子園にも出ていない、無名校の出身であった。
現在は真田と共に、ライガースのダブルエースとして活躍している。
ただ大介などが各球団のスタメンを見れば、ずいぶんと入れ替わったな、などと思うだろう。
28歳の年に、MLBへと渡米した。
そして今年でもう四年目なのだ。
同年代はおろか、年下の世代であっても、引退してくる者はそれなりに出てくる。
そんな中で今年も、ローテを守って二桁勝利をしている、大原の名前などを見つけると、なんだか嬉しく思ってしまう。
直史などからすると、自分を慕ってくれていた小此木が、バリバリの主力となっているのを見て、感慨深い思いがあるかもしれない。
もっとも小此木は一年目から、そこそこ試合には出ていたものだが。
「そんなわけで今年は、阿部君を取りにいきます」
セイバーの宣言はアメリカでなされた。
アナハイムの再建をするために、基本はアメリカにいる予定のセイバー。
しかし直接的な選手の補強は、引き続きGMのブルーノに任せることになる。
阿部のポスティング移籍だけは、自分でやる予定である。
阿部に関してはレックスのフロントにいた頃から、かなり注目はしていたのだ。
甲子園に行かなかったおかげで、かえって消耗することがなかった。
そして意外なことに、初年度から一軍で活躍して新人王。
素質は充分だが、仕上がるのには二年ほどかかるかな、などと言われていたものである。
この10数年の、NPBの急激なレベルアップの原因。
それはおそらく、数人の傑出したレジェンドの誕生にある。
上杉以前と上杉以降では、ピッチャーの平均球速が5km/hは上がったと言われている。
またその直後に、直史という技巧派ピッチャーが出たのも、良かったのであろう。
あとは地味に、淳の左のアンダースローというのも、軟投派としての影響は大きかった。
プロでもしっかり通用する、アンダースローがここのところは少なかったのだ。
上杉に対抗して、バッティングはとにかくスイングスピードが速くなった。
そして大介の登場で、ピッチャーのレベルも向上する。
単純に速ければいいわけではないと、高校時代は150km/hを投げていなかった真田が証明した。
一つの変化球を磨くというピッチャーも、やはり増えたのだ。
真田の場合はスライダーだけではなく、カーブも素晴らしいものであったのだが。
ピッチングはコンビネーション。
これを繰り返し述べたのは、直史である。
大学野球というアマチュアの枠にいながら、特例でWBCの選手に選ばれた。
それ以前の日本代表と、大学選抜で対決した試合で、プロの日本代表を封じてしまったものだが。
いくつかの方向性を持つ才能が、響き合うように出現した。
ただバッティング面では、大介が一人で全てを独占したが。
それでも大介に対する、真田のようなピッチャーはいたわけだ。
最後に直史というパーツが揃って、大介の日本での最終年は、多くの才能が最大の輝きを見せた年となった。
その輝きを目指して、新しく才能が入ってくる。
セイバーとしてはポスティングなどで、MLBに選手を引っ張ってくるのに躊躇はない。
ただその選手に、MLBの適性があるのかどうかは考える。
今のところ彼女が引っ張ってきた選手は、100%成功していると言っていい。
そのセイバーが求めない真田は、手の小ささというMLBのわずかに大きいボールへ、フィットしない問題があった。
また真田は、比較的体格が小柄ということもある。
それより小柄な大介が打ちまくっているので、彼女が見るのはそこではないと分かるのだが。
新たなる基準が必要になる。
ごく稀にでもいいから、直史のようなタイプのピッチャーが出てきてほしい。
大介の場合は確実に、そもそも遺伝子レベルからフィジカルが違う。
だがそれと対しても戦える、技巧派のピッチャー。
少し違うが、真田などもその要素はあるのだ。サウスポーのスライダーの、極めて有効な活用。
カーブの落差やストレートの精度など、ほぼ毎年二桁勝利をしているだけのことはある。
ただセイバーの評価基準からすると、真田の選手寿命はもう、さほど残っていないのではないかとも思うのだ。
これに関してはセイバーらしくなく、直感的なものなのだが。
「国際大会も、またオリンピックに野球が戻れば……」
それ以外にもプレミアなどもあるのだが、MLBによってそういった大会は、WBCが一番大きなものになってしまっている。
他の国際大会のボールであれば、真田は普通に投げられるだろう。
実際にMLBのボールを使って、真田は失投することが多かったのだから。
次のWBCは二年後。
そろそろ上杉も衰えてきておかしくはないし、絶対的な技巧派も引退。
その時に日本の投手陣の中で、エースと呼ばれるのは誰なのか。
少なくとも武史は、エースの責任感はないな、と冷徹にかつての教え子を評価するセイバーであった。
海の向こう、MLBの存在は、もういまやNPBの選手にとって、遠い存在ではない。
NPBでも無双していた選手が、MLBでも無双しているのだ。
あるいはNPB時代よりも、さらに凄い成績で。
一番分かりやすいのが大介と直史であろうか。
特に大介は、日本時代よりもはるかに打撃成績が上がっている。
単純に打率だと、NPB時代に0.405が最高であったのが、0.423を記録した。
またOPSにしても、NPB時代は1.609が最高だったのに、MLBでは1.682という記録を残している。
どちらも歴史上の最高記録である。
試合数が違うので、これは単純に比較できないが、72本が最高だったホームランも、81本などを記録している。
打点や盗塁なども多くなっているが、NPBのピッチャーたちが誇るのは、フォアボールや敬遠の数である。
NPB時代は一番多くて、179個だったフォアボール。
それがMLB時代では、311個も出されているのだ。
明らかにNPBのピッチャーの方が、しっかりと勝負にいっている。
MLBの方が試合数は多いが、割合的にも間違いはない。
またピッチャーとしては、直史が神がかったことをしている。
確かにNPB時代も、2シーズンで六回のパーフェクトを達成している。
しかしMLBでは最初の2シーズンで10回もパーフェクトをしているのだ。
日米通算4シーズンを投げて、レギュラーシーズンでの敗北なし。
唯一負けたのは去年のポストシーズンの試合であるが、その直史からホームランを打って、黒星を与えたのが同じ日本人の大介であった。
この二人はもう、宇宙野球トーナメントでもあるならば、そちらに参加してほしいものである。
サイヤ人枠扱いだ。地球人と戦わせてはいけない。
またこんな二人はさすがに別にするにしても、織田、上杉、武史、井口、本多、樋口、蓮池など成功している選手が多い。
もちろん数字を残せず戻ってきている選手もいるが、野手であっても捕手であっても、活躍はしているのだ。
このあたりNPBを経由していない、坂本はちょっと例外である。
これだけ選手が流出して、NPBの人気は落ちないのか。
少なくとも今のところは、落ちていない。
MLBから戻ってきた上杉のように、はたまた選手としての傾向からMLBに行かなかった西郷のように、スタープレイヤーがいる。
海の向こうの人気が、日本にまで波及しているのだ。
そしてプロへ選手を供給する、甲子園というものが存在する。
ぶっちゃけ日本の野球は、甲子園が存在する限りは、どうにかなるのだろう。
ライガースの阿部は、次のメジャーリーガーだと言われている。
今のライガースは真田との二人エース体制であるが、真田はやや故障することが多くなってきた。
それでもローテを一回飛ばす程度なので、エースと言うのに相応しい。
ただ阿部も今は、ダブルエースと言われてもおかしくない成績だ。
甲子園にこれなかった阿部。
それが甲子園を本拠地とするチームに入って、優勝争いをする。
その間にタイトル争いに加わることは、あまりなかった。
上杉、武史、直史の時代と重なって、セ・リーグにいたからである。
ただポテンシャルは同年代ナンバーワンと言われて、実際にプロでその実績を残した。
MLBという声は聞こえてきている。
ただ上杉などが戻ってきているのに、自分がアメリカに行って、果たして通用するものなのか。
「お前が向いてるかどうかは分からないけど、必須条件の一つは満たしてるからな」
そう言ったのは、同じライガースの真田である。
FA権を持てるようになったが、ライガースと話し合って球団残留を決めたエース。
おそらく故障がないかぎり、また200勝投手になるのだろうと言われている。
だがその真田は、WBCにおいてMLB向きではないと言われたのだ。
確かに体格などは、プロの中では小さいほうだろう。
しかしそれより重要なのは、手の大きさであった。
指があまり長くないため、MLBの公式球では上手くボールに力が伝わらない。
なのでMLBでは通用しないと、残酷な事実が告げられたものだ。
もっともそれならと開き直って、NPBで大活躍をしているわけだが。
タイトルがほしいなら、パ・リーグに移籍するべきであった。
しかし真田は、この甲子園に残ることを決めた。
高校時代のあの勝負が、真田にとっては人生の絶頂期であったのかもしれない。
その後のプロの世界では、日本一にも輝いているのだが。
「つっても今年は球団が認めないかな?」
現在のポスティングによる移籍は、基本的に球団が許可するものだ。
FAで海外移籍となると、最短で高卒からならプロ入り九年となる。
ただ阿部は今年で七年目。
もしも来年まで保持しようとライガースが考えるなら、極端な話来年のオフに、FAで他球団に行ってしまってもいいのだ。
そして新しい球団とはその点を話した上で、一年でポスティングを認める契約にしておいたらいい。
そうすれば結局、ライガースはダブルエースの一方を失って、さほどの得もないことになる。
今年の七年目で、ポスティングにかけるのが一番高く売れるだろう。
実際に阿部なら、MLBから声がかかるとは思う。
ライガースとしてももしMLBで通用しなかった時、スムーズにまた受け入れることを考えるなら、ポスティングを認めた方がいい。
「メジャーか……」
甲子園も経験しなかった自分が、MLBの舞台に立つ。
それがなんとなく不思議なようでいて、しかし実際にその道を進んでみたい。
そう思った阿部がポスティングを希望するのは、真田の目から見ても確かなのであった。
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