第28話 怪物認定

 大介がいなくても、メトロズの戦力は高い。それは間違いない。

 ただどの部分も1ランクずつ下がっているのも確かだ。

 武史の投げた試合で、二点しか取れなかったのは、危険な兆候であったかもしれない。

 だがここからオールスターまでは、それほど強力な相手とは当たらない。

 トロントとの試合が終われば、ニューヨークに戻ってホームでの試合が続く。

 オールスターがあって、ようやく一息といったところだ。


 トロントとの試合は、第二戦をジュニアが投げた。

 六回までを二失点と、クオリティスタートには成功している。

 打線もその時点では、リードしていて勝ち投手の権利はあった。

 だが点差がさほど開いていなかったため、リリーフ陣で逆転を許してしまう。

 一勝一敗で、ニューヨークに帰還する。

 次はタンパベイとの三連戦だ。


 ニューヨークに戻ってきた翌日、武史は入院する大介を見舞った。

 ツインズがいるため、何も不自由はしていないのだが、ツインズはツインズで、子供たちの育児に忙しい。

 乳幼児を含む五人の子供を抱えていると、いまどき珍しい子沢山だな、と武史は思う。

 一人っ子の大介は、嫁が二人もいることもあって、二人以上はほしかったそうだが。

 養子も含めて五人の子供。しかも四人は女の子。

 長男の昇馬は大変じゃないのかな、と思ったりする武史である。


 しかしあの怪我から一週間、既に大介は痛みは引いているらしい。

 昔から怪我をすることがほとんどなく、あったとしてもすぐに治るのが、大介であった。

 個体としての生命力が強いのだろうな、と武史は思う。

 他人のことは言えない。


 胴を覆うようなギプスであったため、一週間もすれば一度は外す。

 そしてもう一度レントゲンを撮ってみたところ、既に骨はくっつきかけているらしい。

 いくらなんでも早すぎるよ、と医師は驚愕するところであるが、少なくとも痛みはない。

 呼吸をしても全く問題なく、ギプスを外した状態で動いても痛みが走ることはない。

 それでもやや、突っ張ったところはある。

 そこが今の、治癒している部分なのだろう。


 やっぱり人間じゃないな、と武史は思った。

 さすがに今すぐ復帰というのは、医師も止めている。

 稼動域がはっきりと広くなれば、もちろん復帰は出来るだろう。

 だが大介のようなパワーを出しているというのは、体への負荷は大きいはずだ。

 治ったと思っても、すぐに全力を出せば、完全に治っていない部分がまた故障する。

 怪我は治りかけが重要なのである。

 ……たった一週間ほどで治りかけるなど、その時点でおかしいのであるが。

「死んだら解剖させてほしいなあ」

 専属の医師が物騒なことを言っていたが、おそらく大介は彼よりも長生きするだろう。


 体を少し動かしたところ、さすがの大介もまだ違和感がある。

 だが前にひびが入った時のように、右打席に入るなら影響は抑えられそうだ。

 ただもうしばらくの間、守備にまで入るのはやめた方がいいだろう。

 幸いにもMLBにはDHというポジションがある。


 長打率が10割にも達する大介。

 走力はさすがに除外し、守備もしばらくは期待しない。

 ただ走ったり守ったりするよりも、一瞬の瞬発力は打撃が一番大きい。

 なので結局打席に入るなら、さほど変わらないのではないかとも思える。

 グラントはファーストも守れなくはないので、大介をDHに入れるのか。

 これはワールドカップでもあったことだな、と武史は思い出す。

 もっともあの時は、武史は完全に外野の立場であったが。




 気合があれば怪我の治りも早い。

 科学の徒としてそんなことは言えない医師であるが、生まれつき生命力が異常な人間はいるのだ。

 レントゲンで実際に、骨折部分が修復されている以上、過度な固定は変に痛めることにもなる。

 しばらくはテーピングによって、まだ固定しなければいけないだろう。

 逆に言えばテーピングでどうにかなってしまうということ。

 野球のみならず、医学的に見ても異常な存在である。


 大介は現在、とにかく食事と睡眠に気をつけている。

 自分の体が持つ力を、全て治癒の方向に使いたい。

 サプリなども飲んでいるが、これは気をつけないと禁止物質が混じっていたりもする。

 そのため球団のチームドクターから、厳選されたものを飲んでいるが。

 そしてちゃんと歩いて、日光を浴びる。

 病院はむしろ屋上などの方が、環境を整えてあったりする。


 ただそれでも休んでいる間は、とてつもなく暇である。

 なので球団としては、色々とインタビューなどを入れるわけだ。

 大介は直史ほどには、マスコミに対して寡黙な人間ではない。

 今はもう簡単な言葉なら、自力で会話をすることは出来る。

 高校時代は英語など、赤点ギリギリだったのが懐かしいものだ。

 やはり必要ゆえに、人はその技能を身につけるのだ。


 専門的な取材となると、大介はさすがに用語に通じていない。

 ただ色々と調べていたツインズが、こういう時には通訳を果たしてくれる。

 実際のところMLBとNPBにおいては、解説者が使う指標なども、かなり違うものがある。

 MLBの方が事実を正確に表しているのであるが、それはまだ日本人にとってはだいたい慣れない指標である。

 そもそもWARで選手を評価するなどと言っても、それは多くの要素を総合的に判断したものだ。

 それを大介に当てはめても、確かに素晴らしい数値が出る。

 だが大介の中の価値観では、いまだに打率やホームラン数が重要なのだ。


 大介の成績については、以前からずっと言われていることがある。

 それはNPB時代から言われていることだ。

 フォアボールをもっと選んで、ゾーンの球にだけ手を出していれば、打率や出塁率はもっと上がるのでは、ということだ。

 無理にでも勝負にいっていた高校時代、大介の打率はだいたい八割を超えていた。

 プロの世界に入っても、四割を超えるぐらいは打っている。

 NPB時代よりもMLB時代の方が、打率や出塁率、OPSで上回るという異常事態。

 どうして一つ一つのプレーの、パワーやスピードで上回るMLBで、そんな数字が残せるのか。

「多様性だろうな」

 大介は結論を持っている。


 現在のMLBにおいて、サイドスローやアンダースローのいる割合と、NPBにおけるそれらの割合。

 下手にトレーニングで球速を、効率よく上げる手段が確立しているため、他の選択肢が少なくなっている。

 効率化が硬直化につながっている。

 なので大介が対応しなければいけないパターンも、かなり限られているわけだ。

 これについては特に隠しているわけではない。

 MLBのピッチングのパターン化は、バッティングのパターン化にもつながる。

 そして大介のバッティング技術は、出力の大きなだけのピッチングに対しては、めっぽう強い。

 なにしろ対戦相手として、長年想定してきたのが、上杉であるからだ。

 真田のようなピッチャーが出てくれば、MLBにおける大介殺しになれるだろう。

 おそらく広いMLBとその傘下のマイナーを探せば、何人かはいるはずなのだ。

 しかしそれは真田と違って、右打者への対応力が低いかもしれないが。


 大介は二年後のWBCを考える。

 MLBの空気に慣れた自分が、33歳を迎えるシーズン。

 時期的に32歳であり、おそらくは選手としてのフィジカルとテクニックを統合したピーク。

 そこで参加できるなら、どんなバッティングを見せられるだろうか。

 日本がMLBからも選手を招聘すれば、どんなドリームチームが結成されるか。

 だがその時にはもう、直史はいないのだ。




 大介の離脱後、メトロズが対戦したのはピッツバーグとマイアミ。

 戦力の総合値が低く、また首脳陣の采配のまずさもあり、ここでは勝っておきたかった。

 だが実際には、僅差のゲームを落としてしまった。

 それはその後も続いていく。


 トロントから戻ってきたメトロズは、まずタンパベイとの対戦となる。

 ア・リーグ東地区の順位は、本当にころころと入れ替わる。

 だがボストンとラッキーズがそれなりに強く、トロントとタンパベイはそれに次ぐ程度の力というのがおおよその認識だ。

 そのタンパベイは、若手のピッチャーが強い。

 大介がいたならば、わくわくしながら対戦していたかもしれない。

 投手力が高いというか、それよりは若手のピッチャーが偶然にも上手く揃ったと言うべきか。

 ミネソタがバッターが揃ったのと、同じような感じでピッチャーが揃った。

 ただしそれも、ミネソタほどに極端に人材がいるわけではない。


 オットー、スタントン、ウィルキンスという三人で、このカードは戦われる。

 得点力は落ちたメトロズだが、それでもMLBのリーグ平均よりは高いだろう。

 問題は精神的な支柱が、失われてしまったことか。

 この三年、大介は常にメトロズの得点を担ってきた。

 塁に出て引っ掻き回すこともあるし、自らの打棒で点を取ることもあった。

 とにかく得点に絡むことは多く、まさに打線の中心。 

 一番バッターを打っていた時でさえ、それは変わらなかったのだ。


 単に打つだけではなく、前にランナーがいれば、かなりの確率で後ろにつなげてもくれた。

 おおよその場合、五打席目が回ってくるのが、大介のいる場合の打線だ。

 点が入らなくても、やたらと出塁が多くなる。

 それがメトロズ打線の特徴であった。

 

 タンパベイは第一戦、初回の得点はなし。

 その裏のメトロズは、ステベンソンからなので得点力の高い打順。

 だが初回からタンパベイは、しっかりシフトを使ってくる。

 だいぶ前のルール改正で、極端なシフトを敷くのは禁止されたMLBであるが、バッターによって細かい移動は普通に行う。

 ステベンソンやシュミットにはそんなシフトはあまり効果はないのだが、坂本などはけっこうアバウトに打っていく。

 それにグラントは、シフトのさらに上をいくことを狙っていったりもする。

 プルヒッターというのはそういうものだ。


 大介も基本はプルヒッターである。

 全力のスイングで引っ張るのが基本と、バッティングは教えられるのだ。

 センター返しというのもあるが、いずれにしろ自分の力を全て伝えることが重要だ。

 大介の場合は、苦手な逆方向に打つのが、得意な選手よりも上手いだけだ。


 投手戦というほどではなくヒットは出るが、失点には至らない。

 両軍の守備が光る、緊張感のある試合になった。

 ただそうなるとメトロズの得意なパターンの試合ではない。

 ホームゲームなので後攻が自分たちというのが、少しだけ幸いといえるか。


 こういう試合は一発が出るか、エラーから流れが変わる。

 シーズン中の一試合に過ぎないと思っていたら、そこで言い訳が出来てしまう。

 負けたら終わりのトーナメントを戦っている方が強い。

 そして統計に頼って読みを放棄すれば、それは敗北のフラグでもある。


 メトロズの三番、坂本のソロホームラン。

 試合終盤にて、どうにかメトロズは先取点を取れた。

 一度傾いた天秤は、一気に勝敗を決めてしまう。

 メトロズにはそういうヒットをつないでいく力がある。

 苦しかった時間の後に、ようやく打線の爆発。

 5-1というスコアでメトロズは勝利した。




 メトロズはこのタンパベイとフィラデルフィア、ワシントンとの対決を終えれば前半戦は終了。

 オールスターには武史が出場の予定である。

 他にも出られそうな成績の選手はいるのだが、とにかく大介の抜けた穴を埋めなければいけない。

 なので少しでも、他の選手が消耗しないことを意識している。


 武史としても出たくなかったのだが、直史も大介も出場しない。

 ブリアンとの対決ぐらい見せておかないと、オールスターの魅力はどんどんとなくなっていく。

 ただでさえ近年では、ホームランダービーの視聴率の方が高かったりするのだ。

 野球というスポーツは、試合時間がそれぞれ一定ではない。

 昔から野球中継のせいで、テレビ番組は後回しになったりしたものだ。

 また普段の番組が休みとなり、それが原因で野球が嫌いになった人間もいる。

 そのあたり試合時間がある程度読めるスポーツは、興行として有利なのだ。


 タンパベイとの三連戦は、先に一勝こそしたものの、残りの二戦を落としてしまった。

 まだホームゲームが続き、次はフィラデルフィアとの対決。

 だがここでメトロズは、少しだけ先発の負担が重くなる。

 五月にあったフィラデルフィアとの雨天延期の試合が、またもここでダブルヘッダーとなるからだ。


 その第一戦が、武史の先発となる。

 武史自身は、フィラデルフィアとの試合は特に問題にしていない。

 だがダブルヘッダーがあることで、ローテーションは中五日を守れなくなった。

 次のワシントンとの試合は、中四日の間隔で投げることになる。

 さほど強いチームでもないので、普段どおりやっていれば勝てると思う。

 もっともその後に、オールスターがあるわけだが。


 フィラデルフィア戦、武史は相変わらずの鈍感力を発揮する。

 七月に入ってから、メトロズは負け越しているのだ。

 嫌な流れであるが、こういう時にこそ勝ってくれるのがエースである。

 そして直史が嫌な流れを止めるように、武史も嫌な流れを無視する。

 この二戦、負けたとはいえ四点と五点は取っているのだ。

 今年は一試合、四点も取られてしまう試合はあった。

 だが今回はちゃんと調整は出来ている。

 中四日の方は心配だが、スライド登板よりはマシだと考えればいいのだ。


 ホームゲームはピッチャーの初回の出来で、試合全体が決まってしまうこともある。

 武史としてはそんな気負いもなく、とりあえず初回から三者凡退に抑えた。

 そしてその裏、メトロズは一点を先取。

 武史の完封数からいって、これで試合はほぼ決まりとも言える。


 ただフィラデルフィアは、かなり粘ってきている。

 ナ・リーグ東地区はメトロズとアトランタ以外は、勝利は五割を切っている。

 その中で比較的五割に近いのが、フィラデルフィアなのだ。

 七月に入ってこれから、トレードデッドラインに向けて選手が色々と動く。

 メトロズが大介の怪我に合わせてだらだらと落ちてきたら、ポストシーズンに進出出来る可能性が出てくる。

 もっともその大介は、おそらく一ヶ月もたたずに復帰してくるだろうが。


 武史の奪三振は、大介のホームランと違って確実に見られるものだ。

 メトロズの人気を大幅にアップさせた大介が離脱していても、これまでの試合でチーム自体にファンがついている。

 ボストンなども球場の座席数の少なさから、ほぼ確実にチケットは売り切れる。

 だがメトロズはわずかに改修して座席を増やしたが、それでも満員になっているのだ。


 野球はチームスポーツなので、大介以外の選手にも活躍の機会がある。

 そういった自分のお気に入りの選手を、見つけていくのも観戦の醍醐味だ。

 ただ現在のMLBは、移籍が多いのでやはりフランチャイズ経営として、チームのファンを増やすのが重要である。

 ニューヨークではラッキーズが、かつて多くの名選手を輩出したこともあり、人気の高い球団であった。

 しかしメトロズは若年のファンの数では、ラッキーズを上回っている。

 やはりどんなファンであっても、最初は強いチームに憧れるものである。

 強いチームを作り続けるというのは、それだけファンの数も増やすということなのだ。

 それでも数年に一度はチームを強く出来る、現在のMLBの戦力均衡策は、間違っていないとは思える。




 この試合も武史は、ポテンヒットを何本か打たれた。

 ランナーが出るとむしろ、打たせて取るためのピッチングに変化する。

 ただ次の試合まで、中四日と考えると、柄にもなく消耗を控えたピッチングなどを考える、

 やってみたら案外出来たりするのだが。

「坂本さんさあ、うちの兄貴と一年間組んでたけど、俺が兄貴に近づく上で、どの部分を一番上げていったらいいと思う?」

 試合中にも関わらず、こんな会話が出来たりする。

 メトロズが追加点を取っているため、余裕のある武史である。


 坂本としては武史の成長は、今後数年間の己のキャリアにも影響する。

 だからアドバイスがあるならばしてみたいのだが、そもそもピッチャーとして真似の出来ない部分が多すぎるだろう。

「そがあ言うてもな」

 タイプが違うだけで、武史もまたピッチャーの完成形に近いのだ。

 直史にはない圧倒的なスピードが、武史にはあるのだから。


 直史と武史の違いは、根本的な思考力にあると思う。

 頭がいいとか悪いとかではなく、性格的なものだ。

 あとは試合に対する、また自分のピッチングに対する、職人的なこだわりと言うべきか。

 根底が違うので、武史がどうすればいいかなど、そんなことははっきりとは言えない。

 ただ武史はスプリットを身につけたことで、さらにバリエーションは増えたのだが。


 坂本も元はピッチャーなので、ある程度はピッチャーの気持ちは分かる。

 もっとも自分が、ピッチャーらしくないピッチャーであったのも分かっている。

 腕一本で目の前のバッターと勝負するピッチャーと違い、坂本はもっと試合全体を俯瞰して見ている。

 そんなことをやっていて、目の前の試合に全力を尽くすチームに、あっさりと負けてしまったりもしたのだが。

 ピッチャーの勝負勘というものが、武史には根本的に存在しない。

 ただ下手な読み合いをしないので、そこは逆に長所であるとも言える。


 今年のシーズンのことを考えると、メトロズは投手力で勝負するのが重要になる。

 大介は予想外に早く戻ってきそうだと、武史は思っているしそれは現実化するだろう。

 ただそれであっても、リリーフ陣の層が薄いのは問題だ。

 故障者が出たときのことも考えて、あと二人ほどは獲得しておくべきだろう。

 七月に入って、もう現実的に考えて、ポストシーズンを諦めているチームは少なくない。

 メトロズもおそらくアービングだけでは不安だと、実績のあるピッチャーを取ってくるはずだ。

 ポストシーズンまで勝ち残っても、武史は自分一人でどうにかしようなどとは思わない。

 さすがに無関心の武史でも、兄の存在がいかに常識から外れているか、それぐらいは分かっているのだ。


 この試合、ポテンヒットや進塁打が上手く重なってしまって、フィラデルフィアには一点を取られた。

 ヒットは四本に抑えたのだが、球数はむしろ増えてしまっていた。

 こんなことなら最初から、パワーで押していくピッチングをした方が良かったか。

「そういう試行錯誤が、必要なことじゃと思うがよ」

 坂本としては武史も、もっと自分で考えた方がいいと思うのだ。

 同じボールであっても、ピッチャーにその意図が伝わっているかどうかで、ボールに伝わるパワーは変化する。

 そのあたりの認識が、普段の武史には足りないと言うべきか。


 ただ武史も、ポストシーズンの大切な試合であると、ちゃんとそのギアを上げてくるのだ。 

 去年のワールドシリーズ、武史は直史に勝利した。

 もちろんあれをもって、単純に上回ったとはとても言えない。

 だがとにかく一度は勝ったという経験が必要であったのだ。




 ダブルヘッダーの第二戦も、圧倒的に有利なのはメトロズだ。

 なぜなら武史が完投しているため、リリーフを使っていないからだ。

 先発もメトロズ二番手のピッチャーであるジュニアで、七回までを一失点。

 打線もそこそこの援護をしているので、最終的には5-2と安定して勝てた。

 ただやはりダブルヘッダーは、選手に消耗を強制するものだ。

 今回の場合とは少し違ったが、延長戦などもせめて日本を真似ればいいのに、と武史などは思う。


 だがアメリカは滅多に、海外のことから学ぶということがない。

 特にベースボールについては、これは数少ないアメリカ発祥の文化であるからだ。

 日本のように真似をされても、鷹揚に許すということが、アメリカには出来ないのだ。

 なにしろその文化の多くがヨーロッパ由来。

 アメリカで生まれた黒人文化なども、基本的には差別から発生したものだ。


 アメコミなどは日本でいうマンガであるが、明確に日本のものとは区別されている。

 日本であれば簡単に、他国の文化を受け入れて魔改造するのだが、アメリカの場合はなかなかそれは難しい。

 ただ寿司のカリフォルニア巻きなどは、日本も逆輸入したりするので、別にいいのではないか、などと武史は思う。

 だがソウルやブルースは黒人の文化などというのは、日本人的にはよく分からないものである。

 あのイリヤでさえ、根底にあったのはヨーロッパ発祥の音楽。

 日本においてはアニソンに、かなりはまっていたものであるが。


 三日で四試合というこのカード、まず一日目はメトロズが連勝した。

 残りの二試合、メトロズが投げるのはオットーとスタントン。

 地味に優秀なローテーションピッチャーのこの二人は、数々の数字の統計からいうと、ほぼ同じ技量のピッチャーとなる。

 ここまでオットーは九勝二敗で、スタントンは八勝四敗。

 充分に勝ち星先行であるし、それ以上にローテを崩さないことが大きいのだ。


 現在のメトロズにおいて、ほぼ確実に勝てるピッチャーが武史。

 そしてその次がジュニアなのだが、実はジュニアの勝敗はオットーと変わらない。

 ただ投げたチームや、投げ合ったピッチャー、そして各種の打たれた数値などによると、やはりジュニアの方がピッチャーとしての評価は高い。

 このまま無事にFAになれば、かなりの大型契約を手にすることが出来るだろう。

 もっともその前に、オットーとスタントンは今年でFAなのだが。


 MLBのピッチャーの評価は、まず絶対的な勝利への力、エースとしての評価がある。

 これはもう誰にでも分かりやすいもので、防御率とWHIPを見ればおおよそ分かる。

 あともう一つは、イニングをどれだけ食えるか、ということだ。

 シーズン成績が10勝10敗であろうと、それが貯金を一つも作れないピッチャーだ、などという馬鹿な話はない。

 当たったピッチャーが直史であれば、それは負けても当然というものだ。

 もちろん負けて悔しくないピッチャーなど、MLBの世界ではいない。


 そんな前提があっても、ここでオットーとスタントンは、一勝一敗となった。

 オットーが試合を落とし、スタントンは拾ったのだ。

 もっとも打たれたヒットやフォアボールに奪三振は、二人ともあまり変わらない。

 打線の援護のタイミングが、ほんの少し悪かっただけなのだ。

 フィラデルフィア相手には、結局三勝一敗である。

 どのカードも勝ち越していけば、当然ながら地区優勝は出来る。

 そしてこのまま、移動することもなく、メトロズはワシントンと対決するわけである。


 次に大戦するのは、ワシントンとの四連戦。

 だがその前に少し、坂本は気になっていた。

 キャッチャーとしてボールを受けていれば、ピッチャーの細かい調子にも当然ながら気づく。

 勝ちパターンのピッチャーは、当然短いイニングで全力を出す。

 肩が早く出来ること、爆発力があること、耐久力があること、そして回復力があること。

 先発よりも予定の定まっていないリリーフ陣の方が、故障する確率は高かったりする。

 なにせ本番では投げなかったとしても、ブルペンでは何球も投げて肩を作るわけで。

 そのあたりリリーフというのは、労力に対してリターンが少ないとも見られる。

 クローザーと違ってリリーフは、どのタイミングで投げるか分からない。

 だからそのあたりを考える、ピッチングコーチの役目も重要なのだ。

 実際のところはちゃんと休むことが出来る、先発よりも投げている球数は多くなってもおかしくない。

 その中で一人、制球が乱れているのでは、と感じる者がいたのだ。

(故障の前兆じゃないといいが)

 メトロズのピンチは、まだまだ終わらないようである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る