第23話 パワー&パワー

 MLBの特徴は、なんなのか。

 他のリーグに比べると、単純に言って圧倒的なパワーである。

 そのパワーをせせら笑うかのような直史の存在は、業界の人間にとっても理解不能である。

 しかしこの直史の活躍は、フィジカル偏重のMLBを、技術よりに傾けたと後世では言われるのかもしれない。


 同時期のパワーの代表格は、投打共にメトロズに存在する。

 一年間だけの上杉よりも、やはり印象は強くなる。

 先発で投げていれば、武史以上の三振を奪っていたのかもしれないが。

 結局上杉の球速は、故障の前にまでは戻らなかったのだから。


 通常ならサブウェイシリーズとして特別に行われる、ラッキーズとの一戦。

 今年はインターリーグで当たるので、四試合が六試合になっている。

 その初戦で、ラッキーズは先取点を取った。

 だがその裏で早くも、逆転のホームランを許す。

 メトロズはある条件がそろえば、今年も最強のチームの第一候補を争う。

 それは先発が武史であったら、ということだ。

 ここまで既に、10勝1敗。

 直史がそれ以上の記録をたたき出しているが、奪三振ではトップを独走している。


 ホームランで先制を許しても、三回までのアウトを全て、三振で取るというピッチング。

 まさか27奪三振でもやるのかと、スタジアムに緊張と期待が漂い始める。

 そんな馬鹿なということが、色々と起こっていたのがこの数年のMLBだ。

 大介が先鞭をつけてから、もう何が起こってもおかしくないと、MLBの新たなファンは覚悟している。

 しかし四回、先頭の二番打者に内野フライを打たれて、その夢は消えた。

 これであとは、いくつの三振を奪うか、そして大介の打席に注目が集まっていく。

 61試合目で35本は、さすがに打ちすぎである。


 ただラッキーズも、ここであっさりと諦めるわけにはいかない。

 正面から戦って勝つ事は難しいと思っても、メトロズの弱点は探っていかなければいけない。

 最近のニューヨークの新規MLBファンは、ほとんどがメトロズに取られている。

 MLBでも最高とも言える名門球団ラッキーズが、その人気にかげりを見せる。

 アメリカ人は認めたがらないが、伝統だの名門だのにコンプレックスがあるため、ラッキーズのファンは安定していた。

 しかしいつの時代も、伝統だの名門だのを嫌うのは若者である。

 メトロズの野球というのは、若者にとってはとても刺激的なのだ。


 あとはアメリカの文化的には、アジア人であることが逆に、人気の一つになっているかもしれない。

 アメリカは偉そうなことを言っていながらも、いまだに差別大国であり、逆差別大国でもある。

 東アジア系への差別は、ある意味黒人差別よりもひどいし、逆にそれに対する批判も強い。

 そういう社会の中では、被差別民である東アジア系を、逆に応援することがクールであるという浅薄な考えもあったりする。

 実際にメジャーリーガーのホームラン王などは、人種の枠を超えて、カーストにおけるトップであるのだ。

 また大介の場合は、人種の枠を超えて、ミュージシャンの中にファンだと公言する御大が大勢いる。

 アメリカ文化を意識しているわけではない大介だが、彼を応援するアメリカ人は多いのだ。

 それを許すあたり、アメリカはやはり自由の国ではあるのかもしれない。




 ラッキーズのスレイダーも、現在の無双ピッチャー二人がいなければ、サイ・ヤング賞に時々候補として得票があるピッチャーだ。

 だが今のメトロズ相手には、さすがに無失点とはいかない。

 大介と対決してしまえば、そこで終わりだ。

 二打席目はランナーがいない状態で、対決せざるをえない空気。

 空気など読まなければいいのだが、ニューヨーク対決でそれは許されない。


 やや逃げるようなピッチングをしたから、先ほどは打たれてしまったのだ。

 スレイダーの投げる渾身のカットボールが、大介の懐を抉る。

 しかしそれに体ごとぶつける勢いで、大介はフルスイング。

 ボールはライト上段、ビジョン近くまで飛んでいった。

 これで本日は三打点。

 スレイダーの後のピッチャーは、大介との勝負を避けることになる。


 パワーとパワーの対決が、一つ終わった。

 そしてもう一つのパワーとパワーの対決は続く。

 武史のストレートの破壊力は、どこまでラッキーズから三振を奪うのか。

 坂本はこの三連戦、メトロズ有利で進むように、武史のストレートをあえて使うようにしている。

 そして武史も実際に、初回からストレートが走っている。


 105マイルのストレートが、ぽんぽんと飛び出す。

 これとツーシームの組み合わせだけでも、凶悪なコンビネーションとなる。

 今日の坂本は、スプリットは見せ球にしか使わせない。

 それよりは高速チェンジアップの方が、安定して空振りが取れる。


 高速チェンジアップを無理に打とうとして、フォームを崩してくれるならむしろありがたい。

 バッティングの基本はやはり、フルスイングであるのだ。

 この三連戦、メトロズは勝てる先発を持ってきている。

 三連勝してしまって、ボルチモア戦の連敗のイメージを払拭したい。

(コントロールもええし、打たせて取るボールも持っちゅう)

 直史のように、まさに千変万化とはいかない。

 だがあれはバグのような存在だ。

 坂本はキャッチャーとして、MLBではなくマイナーでも、様々なピッチャーを見てきた。

 その中でも直史は、完全にとびっきりの異形だ。

 もっともその基礎となる部分は、完全に基本を固めたものだが。


 自分が本当に、完全に直史の能力を引き出していたとは思わない。

 樋口でさえも、本当に全力を引き出しているとは限らない。

 あんな化け物に比べれば、105マイルを受けて手を痺れさせる方がよほどマシだ。

 この回もまた、三者三振。

 二点差があればこのまま、最後まで完投出来る。


 三振を奪うのは、武史のピッチングのバリエーションを考えれば、それほど難しいことではない。

 だが重要なのは、ローテの中で投げているという事実だ。

 NPBが中六日が主流であるのに対し、MLBは中五日が主流。

 直史などは今年、中四日というおかしな日程でやっているが。

 NPBの二年目から中五日で投げることに慣れて、MLBにやってきた。

 そして今は一つでもチームの勝ち星を増やすため、中四日で投げている。

 スターンバックとヴィエラの穴は、埋めたとはとても言い切れない。

 そしてそれだけ酷使されながら、消耗した様子を見せない。


 武史はそれに対して、果たしてどう思っているのか。

 少なくとも大介は、直史が何をやっても、もう驚かないようになっているが。

(そういえば今日は、あちらもミネソタに投げてるがか)

 ワールドシリーズで対決するとしたら、おそらくまた四試合に投げてくるかもしれない。

 その時に去年と同じく打てるとは、とても断言できない坂本である。

 野球人としてではなく、もっと大局的なビジネスとして、アナハイムはポストシーズンまでに負けていてほしい。

 坂本には強敵と戦って勝ちたいという考えはない。

 強敵を相手に、大逆転を決めるのは、とても気持ちのいいものだが。


 六回が終わったところで、既に16奪三振。

 ここでラッキーズの方は、ピッチャー交代である。

 六回三失点は、先発としては充分な数字だ。

 特にメトロズ相手に投げたのだから、充分なクオリティスタートだと言えよう。

 だが今日はひたすら、投げあったピッチャーが悪かった。

 今季の武史の防御率は、この試合の前で0.80と去年よりは悪い。

 もっとも完封した試合は六試合で、去年の18試合と同じペースでは投げている。

 とんでもない出力と、それでも壊れない耐久力を持った、まさに鉄腕。

 上杉でさえ壊れたというのに、武史には肩肘に深刻な症状が出たことがない。

 まったく坂本も呆れてしまうぐらいだ。




 六回が終わって3-1であり、普通ならまだ試合を諦めるような場面ではない。

 だが勝ちパターンのピッチャーを、ここで使うわけにはいかないのがラッキーズだ。

 なぜなら明日以降の二試合は、まだしも常識的なピッチャーとの対決が続くのだから。

 レギュラーシーズンでは、上手く試合を捨てていかなければいけない。

 最終的な勝率で地区優勝を目指すのが重要で、一試合あたりに全力を注いでいけば、とてもシーズンを戦えるものではない。

 このカードも、残り二つを勝てばいいのだ。


 そう合理的に思ってしまった時点で、ラッキーズの敗北は確定したと言っていいだろう。

 対する武史の方は、別にいつもより消耗するわけでもない。

 確かに初回から三振を奪いにいって、上手く井口に読まれてしまったが、そこからは普通に無双モードに突入だ。

 メトロズはさらに一点を追加して4-1となる。

 ただ、なんだかんだと言いながら、今日は二番の大介に、五打席目が回ってくることはなさそうだ。

 ホームゲームなので、リードしていれば九回の裏はないのであるから。

 その意味ではラッキーズは、傷を最低限に抑えたと言えるのかもしれない。


 九回の表、ラッキーズの最後の攻撃。

 三点差で武史から一気に三点を取るなど、まず不可能である。

 ラストバッターを三振に打ち取り、これで19個目の三振。

 すごいものを見ているような気になるが、武史の最多奪三振は九回で23個なので、それに並ぶこともない。

 一人でもランナーが出れば、今日のホームランを打っている井口に回るが、それでまたホームランを打たれても、同点にすらならない。

 ツーアウトから井口は、ネクストバッターズサークルにオンデッキする。

 だが自分の打席が回ってくる気配はない。


 20個目の三振を奪った武史は、井口のことなど全く意識していない。

 ホームランを打たれても、それは偶然が重なった結果。

 野球は統計のスポーツであり、特に年間100試合以上もするようなプロでは、事故はどこにでもある。

 年間無敗記録は二度達成しているが、上杉もそれは達成している。

 だが勝利というのは味方の援護次第だし、野手が守ってくれなくてはどうしようもない。


 全て三振でアウトを取れば、それはほとんどピッチャーの力と言えるだろう。

 それでも完全にピッチャーの力と言えないのは、キャッチャーという存在がいるからだ。

 ただ武史から見ても、兄の直史は完全に自分の力で、パーフェクトを達成しているように見える。

 野手の正面に、打球を飛ばさせることが出来るなど、ただの幻想だと結論付けられている。

 だが直史は完全にではないにしろ、それを出来ていると思うのだ。


 見えている世界が違う。

 肉体の性能や、単純な技術ではなく、それが直史の持っている本質的な能力だ。

 才能と言ってしまうのが、正しいかどうかは分からない。

 だが異質な存在であるとは言われる。

 武史にとってみれば、生まれた時から一緒にいるので、ちょっと変わった人間ではあるが、人間の範疇には普通に入る。

 むしろツインズを一人でどうにかしてしまった大介の方が、彼からすればとんでもねーやつなのだ。


 ラストバッターになるのか、ラッキーズの二番打者。

 それに対して武史は、ストレートを使わなかった。

 ツーシームでファールを打たせてストライクカウントを稼ぎ、最後にはチェンジアップで三振。

 井口に四打席目を回して、ホームランの仕返しを念入りに行うことなどはしなかったのだった。

 九回120球を投げて22奪三振。

 かくして武史は11勝目。

 大介もホームランの数が36本に達する。

 六月に入ってからは、ほとんど毎試合ホームランのペース。

 ラッキーズのピッチャーは、スレイダーをはじめとして、しばらく調子を落とすことになるかもしれない。




 試合後のインタビューは、ホームラン二本を打った大介に対するものが多かった。

 しかし一失点で完投した武史に対しても、もちろん質問はある。

 今年は調子が悪かったとは言え、一度既に敗戦を経験している。

 九回を投げて一失点。

 しかし防御率が1を切っている武史は、今日の内容でも防御率は悪化する。


 ここまでに既に、190個の三振を奪っている武史。

 これだけは登板間隔の短い直史でも、追いつくことは出来ない。

 500奪三振を記録した去年に対し、今年もまだまだ更新の可能性はあるペースで三振を奪っている。

 防御率は去年より悪化しているが、MLBにおいて防御率というのは、目安の一つでしかない。

 防御率よりも、WHIPの数字やハードヒット率が重視される。

 また三振でアウトが取れるというのは、打たせて取るよりも評価が高い。


 武史の球数は、一試合あたりがそれなりに多い。

 直史に比べれば、であるが。

 本当なら100球をもっと厳密に制限してもいいのだが、本人の消耗がないので、完投が基本となっている。

 完投すればリリーフを使わなくて済む。

 今年のメトロズにとっては、それはとてもありがたい話である。

 そして翌日、第二戦の先発はジュニア。

 開幕直後の離脱から、ようやく調子を取り戻してきてはいた。


 ラッキーズは現在、東地区二位で、ボストンとの首位争いをしている。

 六月上旬は、まだシーズンの半分も終わっていない。

 ここでメトロズに負けたとしても、それは致命的ではない。

 勝った方のメトロズさえ、それは分かっていた。


 第二戦、メトロズはジュニアの立ち上がりが順調。

 表に先制点を取られなければ、かなりの確率で先取点が取れるのが、今のメトロズである。

 初回の得点力は、去年のアナハイムもすごかった。

 ただターナーがいなくなって、その穴埋めが出来ていない。

 首脳陣などは今年もワールドシリーズの対戦候補から、アナハイムはとりあえず外していいのではないかとさえ考えている。

 ただ大介も武史も、そして坂本も、直史に近いところにいた人間は思っている。

 とりあえずポストシーズンさえ進出すれば、エースの貢献度が一気に変わる。

 全ての勝利を自分でつかんででも、直史ならばワールドシリーズまで進出しかねない。


 ただ、そこまで無茶をして、直史であっても大丈夫なのか。

 さすがに心配にはなるが、直史は今年で燃え尽きるつもりなのだ。

 大介との約束の最後の年。

 極端に言ってしまえば、肩も肘もここで壊れてしまってもいい。

 高校野球のメンタルで、直史は投げているのかもしれない。


 言うなれば死兵だ。

 この一年に己の選手生命全てを捧げるなら、悪魔もその力を貸してくれるだろう。

 それがここまでの、圧倒的な勝利になる。

 ただ大介は、己の力を直史に届くところまで出すことが出来る。

 選手生命の覚悟はないだろうが、大介ももう一生、遊んで暮らせるだけの金は持っている。

 直史との対決のために、己の命を削っていく。

 大介はそれぐらいのことはしている。

 野球に命を賭けるなど、さすがに大袈裟で馬鹿らしい。

 そう考える者は多いだろうし、そう考える方が健全ではあるだろう。

 だが人生は己のものだ。

 馬鹿らしいと思えることにであっても、何か命を賭けて戦うものが持てたら、それは人間にとっては幸せではないのか。


 人間を30年もやっていれば、おおよそ自分の人生の行方が見えてくる。

 大介としては自分の人生の黄金期は、プロ野球選手である間だと思っている。

 これだけの実績を残せば、その後の人生においても、色々な影響力は持つだろうし、なんなら引退してからの方が人生は長い。

 ただ人生最後の数年分を引き換えにしてでも、自分の満足のいく戦いを迎えるというのは、大介にとっては大切なことだ。


 人間の生きた価値というのは、二つのことで示せると思うのが大介だ。

 これは他の人間からの影響もあるが、一つには遺伝子を継承していくというもの。

 社会の中では一つの平凡な個体であっても、遺伝子を継承していくことは重要なことだ。

 また己の遺伝子ではなくても、社会的な人間の再生産を行うことは、人類種全体を見ても善である。

 そしてもう一つの価値は、オンリーワンになることだ。

 他の誰かではなせなかった、何かをなすということ。

 それが出来ていたならば、その人間の人生には意味がある。


 直史との対決は、誰もが注目してくれる。

 共に戦った三年間や、国際戦も凄まじい影響を世間に与えた。

 甲子園と同じように、あれは祭りであった。

 甲子園と違って四年に一度ぐらいしかなく、そして甲子園やプロでは敵同士の選手が、日本代表として戦う。

 MLBに来てからはとても参加する余裕はなかった。

 だが次の大会には、出場できればしてみたいものだ。

 その時にはもう、大介の対決するべき相手は、いなくなっているのだろうが。


 自らが語るのではなく、誰かによって語られる大介。

 それは自分だけではなく、直史や武史もそうであるし、上杉だってそうだ。

 ただ直史や上杉は、引退後のことまでも考えている。

 引退すれば自分の人生は、もう余生になると思っているのは大介だけだ。

(だからこそ、この舞台で全力を尽くす)

 三連戦の二戦目も、一本のホームランを打つ大介であった。




 ラッキーズとの対決は、二勝一敗に終わった。

 三連勝出来なかったのは悔しいことだが、勝ち越したのはいいことだ。

 ボルチモアとの対戦で連敗していたメトロズとしては、連勝したのはいいことだと思える。

 もっともここで三連勝していれば、その勢いのまま次のカードも対戦出来ただろうが。


 試合の終わった日は、マンションに戻ってゆっくりと眠ったメトロズの選手たち。

 そして一度目のニューヨーク決戦カードは終わり、また遠征の日々が始まる。

 まずはアトランタで二連戦。

 そこからアリゾナ、コロラドと転戦していく。

 六月はもう、野球をするには絶好の日和となっていく。

 日本と違ってアメリカは、真夏の蒸し暑さはそれほど感じない。

 ただ野天型のスタジアムがほとんどであるため、異常気象などで気温が上昇すると、とんでもない暑さになる日もある。


 大介はやはり、野天型の球場を好む。

 マリスタがそうであったし、甲子園がそうであった。

 ドームはドームでもちろん利点があるのは認めるが、閉塞感のないスタジアムの方が、ボールがよく飛んでいく気がする。

 屋根にぶつける、ということもNPB時代は何度かあった。

 MLBではもちろんそれがないが、今度は場外が増えている。

 アメリカはスタジアムの形状が歪なため、それも普通に起こることなのだ。


 今回は移動日が休養日となる。

 それでも大介はよほどのことがない限り、ある程度は体を動かしておく。

 この練習やトレーニングの日々を、ストイックだと言ってくる人間は多い。

 ただ大介にとってみれば、出来ることをやっておかないことの方が意味が分からない。

 疲れが溜まっているなら、確かに休むべきなのだろう。

 だが自分の体は、限界までまだまだ余裕があると言っている。

 だから練習もトレーニングも、やるべきことはやってしまいたい。

 勉強でもそうだが、習慣化することが大事なのだ。

 やっていることが当たり前になってしまえば、それはもう努力とすら言わない。

 わざわざ練習やトレーニングを、努力してやっていると思っている間は、意識がまだ全力に向いていない。

 食事や睡眠と同じぐらい当たり前に、練習やトレーニングをしておく。

 それが大介の日常だ。


 また大介は、他にも奮起する理由を持っている。

 子供たちが育ってくると、父親が何をしているのか、なんとなく分かってくるのだ。

 日本で高校野球をやってきた人間は、特に甲子園までを経験している選手は、誰かのために戦うという意識の強さを持っている。

 己のために戦うというのは、確かにハングリーなのかもしれない。

 だが己一人のことであるなら、道端で一人で死んでいても、己一人の責任で済む。

 守るべき者、そして声援をかけてくるもの。

 それが増えていくたびに、人は強くなれるのだろう。


 プロ野球選手の選手寿命は、決して長いとは言えない。

 だが自分の全盛期を、子供に見てもらうことが出来る。

 記録媒体が普及した現在であるが、リアルタイムでの臨場感というのは、同時代においてしか感じられないものだ。

 父親として誇れる姿を、子供たちに見せたい。

 そんな当たり前の感情を、大介は普通に持っているのだ。


 


 遠征はまず、アトランタとの二試合。

 通常は三連戦か四連戦が、MLBでの常識である。

 メトロズにいる大介は、サブウェイシリーズでラッキーズとの、二連戦の連続を経験している。

 だがこの間のボルチモアもそうだが、二連戦というのもあったりする。

 このあたりのカードの組み方は、今ではもうコンピューターに任せているので、数年のサイクルで見れば、特別にどこかのチームが有利だったり不利だったりはしない。

 ただ、そもそもの話をすれば、東海岸のチームは移動の手間を考えると、西地区や内陸のチームよりも有利である。

 同じことはNPBでも言えた。

 セ・リーグよりもパ・リーグの方が移動距離と移動時間が多い。

 特に在京球団などは、移動の時間だけで有利だと言われたりもした。


 そんなスケジュールに文句を言うこともなく、選手たちは躍動する。

 アトランタでの試合は、地区優勝を争うカードだけに、当然のように満員になってくる。

 メトロズはここのところ、アウェイゲームであっても常に満席だが。

 特に武史まで投げる試合だと、チケットの勝ちは跳ね上がる。


 ほんのわずかの差であるが、東地区はメトロズが首位を走っている。

 直接対決で勝つ事は、両方のチームにとって重要なことだ。

 武史はここでの出番はなく、次のアリゾナとの試合で先発をする。

 そしてベンチから見てきたら分かるのだが、やはり大介が勝負を避けられることは多くなってくる。


 MLB一年目はまだよかったのだ。

 だが二年目も三年目も、フォアボール出塁は300打席以上で、申告敬遠も200前後。

 今年もまた、フォアボール出塁は300前後のペースで推移しているが、大介はボール球を無理に打つことが少なくなった。

 つまり去年に比べると、実際にはフォアボールの数は増えていると言ってもいいのだろうか。


 アトランタとの対戦は、一勝一敗で終わる。

 ここからメトロズは、休みが二週間以上もない連戦となる。

 NPBは基本的に、週に一度は休みがあった。

 だがMLBは連戦の日が圧倒的に長い。

 NPBでは16団構想などがまた存在するが、もしもチームを増やした場合、試合数はどうするのか。

 大介は以前は、16団構想にはわりと賛成であった。

 だがMLBのこの現状を見ていると、ちょっと慎重にならなければいけないな、と思う。

 なにせ六月、試合のない日はもう、一日だけしかないのだ。

 前半のほうに休みの日が集まっていたため、そこではむしろリラックス出来たのだが。


 過酷な日々が続いていく。

 だがこの心身を削るような日々もまた、戦いの一環。

 大介のホームラン数は、着実に増えていっていた。

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