第24話 連戦の六月

 上旬にはそこそこあった休みが、下旬には一日しかない。

 その一日も移動日となる。

 全くMLBというリーグは、試合だけではなく単純に生きていくだけで過酷なリーグだ。

 ただ大介は、移動して試合をするというのは、やはり楽しいことではないかな、と思ったりする神経を持っている。

 元々中学時代から、高校は東京から千葉へ。

 そしてプロに入って千葉から大阪へ。

 実際には寮の関係で、兵庫に行って、そこから寮を出て済んだ場所が大阪。

 色々と転居してはいるのだ。


 プロになるには肉体的なタフさもであるが、メンタルの順応性も絶対に必要だ。

 アマチュアでは通用したのにプロでは通用しないというのは、絶対にそういう部分もあるのだ。

 北米大陸を飛行機に乗って、東へ西へ、北へ南へ。

 慣れるということも才能の一つだ。


 そしてアウェイでのアリゾナとの四連戦が始まる。

 アリゾナもまた再建中のチームであり、今年もまだ育成中と言える状態だ。

 二年も地区最下位に沈み、今年も最下位の位置をキープ。

 ただナ・リーグ西地区というのは、三すくみで強豪が存在し、他のコロラドも弱いチームというわけではない。

 こんな状況であれば、自力でどうにかするよりも、他のチームの衰えを待ってみるのも仕方がない。

 実際に今のア・リーグで絶好調のミネソタは、数年前は地区最下位争いをする常連だったのだ。


 飛躍するチームというのは、その前に何年か、最下位に沈むことが多い。

 それは単純に、ドラフトの都合があるからである。

 NPBと違ってMLBは、一巡目からウェーバー制で勝率の低いチームから優先順位がある。

 またトレードやFAなどによって、翌年の指名権がチームの間を行き来することもある。

 マイアミなどはそれ以前に、大昔のオーナーがやらかしたことによって、チームを根本的に破壊されてしまったが。

 それでもどうにか、毎年チーム内部を色々と動かしているのだ。


 このアリゾナとの四連戦、まるでメトロズは狙ったように、武史を第一戦に持ってきている。

 最初に徹底的に叩いて、スウィープを狙っていこうというのか。

 実際はそんなことはなく、単純にローテどおりに並べただけである。

 もちろんMLBは年始からスケジュールが全て分かっているため、調整することは可能だ。

 それを動かしてしまったため、武史のコンディション調整の失敗があったわけだが。

 NPB時代には何度か経験して、特に問題はなかったのに。

 

 それでもこの試合は、問題なく投げることが出来る。

 空港からホテルに、そしてすぐにスタジアムへと、あわただしいことではある。

 出来るならこれも、落ち着いた二日目か三日目の試合にしてほしいな、と贅沢に考えるのは武史である。

 とにかく楽な状況で投げられるのが、一番嬉しいことなのだ。

 そこにやせ我慢する男の美学などはない。

 武史は弱みを見せることを恐れない。

 見せたとしても、それはただの誘いだと、相手は警戒してしまうのだが。




 メトロズ全体はともかく、その投打の主力である大介と武史は、他のチームの中では一番、アナハイムの動向を気にしている。

 完全に偶然ではあるが、このメトロズとのカードが終われば、次はアリゾナはアナハイムとの対戦がある。

 ローテの順番的に、直史も投げるはずだ。

 果たしてアナハイムの調子がどれほどのものなのか。

 比較するには丁度いいのではないか。


 まずメトロズはアリゾナとの試合に、勝率の高い四人のピッチャーで対戦する。

 武史は第一戦の先発だ。

 この105マイルを9イニング平然と投げるピッチャーに、おおよそのMLBのチームはほとんど、諦めの気持ちでいる。

 現在一番強力と言われるミネソタの打線とは、今季は対戦がない。

 だが上位にあると言われるサンフランシスコやトローリーズとは、今年も普通に対戦はあるのだ。

 

 去年の数字を見ただけで、その脅威度は分かるだろう。

 レギュラーシーズンはおろか、ポストシーズンでも無敗であった。

 今季は調子が悪かった試合で一つ負けているが、それでも完封の試合が圧倒的に多い。

 六月の時点で既に六回の完封。

 ノーヒットノーランはないが、マダックスは一度達成している。

 何より恐ろしいのは、その奪三振能力。

 アウトの半分以上を三振で奪っていくというスタイル。

 そのくせ多くの剛速球ピッチャーと違い、コントロールは極めていい。

 ゾーンに漠然と集めるのではなく、キャッチャーのミットにそのまま入れる、コマンドの能力の高さ。

 アリゾナは、その力を体験するのは去年から通じて三度目だ。


 移籍の多いMLBだけに、既に武史と対決したバッターは、今年からアリゾナに入った者にもいる。

 そして一年も経過すれば、そのボールの分析も出来てくる。

 105マイルを9イニング最後まで投げるというのは、常識を超えている。

 ただこの数年のMLBは、東洋の島国から、常識はずれの選手がぽんぽんと入ってきていた。


 武史のピッチャーとしての、最大の弱点。

 それはバックスピンがものすごくかかっているため、上手くジャストミートできれば、想像以上に飛んでいくというところだ。

 これまでに打たれたホームランも、決して強打者に打たれたというものではない。

 むしろアベレージの高いバッターに打たれたことの方が多いだろう。

 ただそれはストレートの、とんでもないホップ成分と表裏一体。

 他のピッチャーのストレートの軌道で振ってしまうと、空振りしてしまう。

 純粋にストレートの球速と伸びで、空振りが取れるピッチャーなのだ。


 そんな武史に対して、メトロズはまず初回の攻撃。

 初回は攻撃してくるかな、と思っていたのだが、ステベンソンのいる状況で、大介は歩かされた。

 申告敬遠ではないが、外のボールばかりを投げて、まともに勝負をしてこなかった。

 ノーアウト一二塁で、シュミットの打席。

 ここでダブルプレイにせず、絶対に進塁打を打つのがシュミットである。

 それにシュミットとしては、この場面では送りバントという選択さえ頭の片隅にはある。


 直前でアナハイムが、それをやってミネソタに勝っている。

 もっともあれは延長で、一点あれば勝てると思えそうな場面であったが。

 一回からシュミットに送りバントは、絶対にない。

 そう思われていると、ちょっとやってみたくなるシュミットである。

 ただ武史はそれなりに、一点ぐらいは取られるピッチャーだ。

 しかし先取点の効果は、とてつもなく大きい。

 だがシュミットのバットコントロールは、もっと上手いものであった。

 

 あえて叩きつけるようだ打球は、ピッチャーマウンドで跳ねた。

 そしてセカンドの頭を越えて、ライトの前へと。

 素早く反応していたライトは、捕球からすぐにホームへ送球。

 ステベンソンはそれを横目に、三塁ベースに戻る。

 ノーアウト満塁にした。

 これでシュミットは、もうあと一度出塁するかな、と仕事を終えたつもりでいる。

 事実ここから、グラントと坂本は、連続して犠牲フライを打った。

 かくして一回の表に、メトロズは二点を先取した。




 初回からどんどんと、武史のスピンレートは上がっていく。

 それがストレートの魔球化の正体だ。

 そんなホップ成分がなくても、100マイルオーバーのコントロールされたストレートは脅威だ。

 ムービング系と合わせて投げるのだから、まともに打てるはずもない。

 アッパースイングで無理にでもフライにして、外野に運ぶ。

 それが現在のMLBの、ムービングに対する攻略法だ。

 もっとも武史のスピードであれば、まともに飛ばすことも出来ない。

 結局は球数を減らすことにしかならないのだろう。

 一回の裏、アリゾナは無得点。

 三振は一つだけであった。


 不調でさえなければ、武史は二点あれば安全圏だ。

 今年の失点は、あの敗北した一試合を除けば、どの試合も自責点を除けば一失点に抑えている。

 防御率が1を切るピッチャー。

 アリゾナの打線は再建期で、それほど強打者も好打者もいない。


 二回以降も、確実にイニングに一つは三振を奪っていく。

 そして三回から、二つの三振も奪っていった。

 まだ六月である。

 去年の数から言えば、割合的にはおかしくはない。

 しかしまだ、六月である。

 それなのに武史の奪三振は、200を超えた。

 

 昨今のMLBにおいては、最多奪三振の記録は、おおよそ250から300の間で推移している。

 去年の武史は509個で、年間最多記録を大幅に更新した。

 今年も13試合目で、200奪三振。

 去年は26勝したが、試合数は28試合であった。

 このペースで投げていくなら、500は届かないにしても、普通に400には到達する。

 ア・リーグでは直史が、去年は330個の三振を奪った。

 絶妙な偶然だが、一年目も同じく、奪った三振は330個。

 なお日本時代はもう少し、奪三振率は高かった。


 武史の場合は逆に、MLBに来てからの方が奪三振率は高い。

 NPBの野球が、スモールベースボールの延長で、どうにか塁に出ようという努力が大きかったからだろう。

 MLBはその点、一発の一点に意識が傾いている。

 それで去年は武史相手に、無敗を許してしまっているわけだが。


 武史はNPBでも、プロ入り初年度に無敗でシーズンを終えた。

 その後も負け星の数は、最多の年で二つまで。

 打撃の援護が違うとは言え、上杉よりも勝率がいい年もある。

 もっとも上杉の場合は、登板間隔も武史とは違った。

 スターズを一人で背負っていた上杉は、結局は故障してしまったのだ。


 援護の多い球団にいれば、武史は一点か二点までに全ての試合を抑え、どんどんと勝ち星を増やせるのではないか。

 ピッチャーの価値は勝ち負けではなく、投球内容で決めるのがMLBの評価だ。

 防御率すらあるいは問題ではなく、三振と四球とホームランだけというのが一番極端なものだ。

 その評価でいうと、武史は三振では直史を上回るが、ホームランでは劣る。

 フォアボールも直史は出さない。


 それともう一つ、評価すべき点はあると思う。

 それはイニングを投げる能力だ。

 継投が常識になっている、現代のプロ野球。

 MLBほどではないが、NPBも完投するピッチャーはどんどん減っている。

 そんな時代に直史は、当然のように完投をする。

 しかもほとんどは完封なのだ。


 武史は今年、既に何試合も完投はせずに後続に任せている。

 もちろんチームの事情として、それが可能だからやっていることだ。

 しかし直史の場合は、球数を少なくして登板間隔すら短くしている。

 イニングをどれだけ食えるかというのも、先発ピッチャーならば大きな評価の対象になるだろう。


 この試合も結局、武史は完投に成功した。

 ヒット一本の準パーフェクトで、またも惜しいものであった。

 三振は18個も奪って、球数は107球。

 これでも充分に非常識なものなのだが、直史が同時代にいると、過少評価されてしまう。

 実際には絶対的なナンバーツーであることは間違いないのだが。


 


 ここでアリゾナを叩きのめしておくのには、大介にとっては意味がある。

 次にアリゾナは、アナハイムとの二連戦を行う。

 正直なところ、弱体化しているアナハイムであっても、アリゾナ相手ならばそれなり以上に有利に戦えるだろう。

 だが望むなら、確実に勝ってほしい。

 それがポストシーズンに進出すること、またそこからさらにワールドシリーズに進出することにつながるからだ。


 メトロズはある程度、ポストシーズン進出までの道筋は見えてきた。

 クローザーのアービングは、少しずつその安定感を増している。

 トレードデッドライン近くになれば、チーム解体で選手の投げ売りをする球団が出てくるだろう。

 そこである程度安定感のあるセットアッパーを、金銭トレードで手に入れたい。

 そうすればリリーフ陣は充分で、充分にワールドシリーズ連覇の芽までもが見えてくる。


 出来ることなら全ての試合に勝ってしまいたいと、大介はずっと思っている。

 高校時代などはまさに、最終学年度に突入してからは、一度も負けなかったのだ。

 途中にあったワールドカップも、日本代表として不敗。

 プロに入ってからは、当たり前のように負ける試合もあるのが、どうにも違和感さえあったものだ。


 団体スポーツで一つのチームが強すぎるというのは、プロスポーツとしては望ましくない。

 ただ四大スポーツでもNBAなどは、分かりやすい王朝を築いたりする。

 その中でMLBでは、現在メトロズが王朝を築いていると言っていいだろう。

 三年連続でワールドシリーズまで進出。

 今年も優勝できれば、ようやく21世紀以降で初めての、連覇が達成される。


 強い相手といい勝負がしたい。

 だが全ての試合に勝ってしまいたい。

 相反するような二つの要素だが、大介の中では両立している。

 貪欲と言うよりは、ほとんど強欲であり傲慢でもある。

 しかしそれに向けて、ひたすら己を高めるということが、大介という人間であるのだ。


 ある意味では大介は、去年ようやく、直史に追いついた。

 最後の決着を、今年はつける。

 そのためには両方のチームが勝ちあがってこないといけない。

 甲子園の決勝、15回をパーフェクトに抑えた直史と、戦うための舞台。 

 ワールドチャンピオンを決める決戦ぐらいしか、それに及ぶものはない。

 技術も出力も、直史ははるかに高まっている。

 だが本質的な強さは、あの時点で完成していたと思うのだ。




 四連戦を四連勝することは出来なかった。

 リリーフ陣の勝ちパターンだけを、常に使っているわけにはいかないのだ。

 それでも三勝一敗と、どんどんと貯金は増えていく。

 六割をキープすれば、ポストシーズン進出は間違いない。

 ただリリーフ陣がどうにも不安定なため、よくマイナーと入れ替えたりはする。

 ここで経験を積ませることで、逆に来年以降は楽になるのかもしれないが。


 アリゾナとの四連戦の後は、コロラドとの四連戦。

 こちらもまたアウェイでの試合となる。

 アウェイ続きではあるが、四連戦が続く方が、移動の時間と手間がかからないので、疲労は減るかもしれない。

 コロラドは現在、ナ・リーグの西地区四位。

 それでもそれなりに戦力があるのが、現在のナ・リーグ西地区が魔境たる所以である。

 ア・リーグ東地区と、どちらが大変であるのか。

 そのあたりはおおいに議論の余地があるであろう。


 コロラドとの対戦は、お互いが乱打戦になることが多い。

 そもそもコロラドのフランチャイズが、打者有利のスタジアムなので、バッターはどちらかというとコロラドを選びやすい。

 コロラドも地元の人気が高く、球団の価値に比べて、比較的資金力には余裕がある。

 FAでバッターを獲得すれば、バッターも成績を残しやすい。

 かといってコロラドに慣れると、他のスタジアムでは飛ばない、という感覚になるのかもしれないが。


 第一戦と第二戦は、確かに乱打戦になった。

 双方のチームが二桁安打となって、ピッチャーは辛抱強いピッチングが重要となる。

 メトロズはこの二試合、勝ちパターンのピッチャーを温存する。

 リリーフが点を取られる以上に、打線が点を取って相手を上回る。

 なんとも派手で、これぞMLBと思わせる試合であるが、ピッチャーと守備がしっかりしていないと、ある程度は運で勝負が決まる。

 この最初の二戦は、一勝一敗に終わった。

 コロラドはともかくメトロズは、この前半二試合はこれでよかったのだ。

 なぜなら第三戦に、先発が武史に回ってくるのだから。


 直史は五月に、コロラドでパーフェクトピッチングを達成している。

 シーズンがまだ半分も終わっていないのに、四度のパーフェクトというのもおかしな話だ。

 武史としてはここでも、充分に奪三振は狙っていける。

 だが最大の武器であるストレートの威力は、このスタジアムでは弱体化するのだ。


 武史のストレートが打てないのは、一つにはまず球速がある。

 105マイルを投げるピッチャーは、MLBの歴史を見てもそうはいない。

 だが他の105マイルピッチャーに比べても、武史はストレートで三振を奪うことが多い。

 それはスピンによるホップ量が、他の速球派ピッチャーと比べても高いからである。

 さて、コロラドのフランチャイズスタジアムはどういう特徴があっただろうか。

 それは標高の高さである。

 標高が高いということは、気圧が低い。

 すると大気の密度も薄いというわけで、空気抵抗が弱くなる。

 空気抵抗が弱くなると、スピンがかかっていても変化量は小さくなる。

 ストレートよりはむしろ、変化球の方が効果が落ちてしまうように思えるが、ホップするストレートの威力もまた、大きく落ちることは間違いない。


 第三戦も、メトロズの初回の先制点から始まった。

 大介のホームラン数は、70試合を消化して時点で40本。

 どう考えてももう、90本ぐらいはいってしまいそうな勢いである。

 ただ一年目、あの悪夢の事件。

 16試合の離脱がなければ、初年からホームランは80本に行っていたかもしれないし、あるいはそれ以上に打っていたかもしれない。


 大介は怪我の少ない選手だ。

 それは骨密度、腱や靭帯の柔軟性、関節の駆動域など、様々な要因が絡み合っている。

 生まれつきの体の強さというのは、本当に天性のものだ。

 体力の減らない内臓の頑丈さなども、両親から受け継いだものである。

 壊れない体というのは、スポーツ選手にとって最も重要とも言える才能だ。

 昔はこれを、壊れるような練習やトレーニングをして、残った者ばかりをプロにまでしていた時代もあるのだが。

 実際には順調に育てなければ、成長期に壊れてしまう肉体の人間の方が多い。

 大介は圧倒的な体格を得る成長期がなかった代わりに、こういった強い体を手に入れたとも言っていい。

 あと回復力や治癒力は、明らかに人間としておかしい。


 初回からステベンソンをホームに返すタイムリー。

 ホームランこそ出ないものの、塁に出てはチャンスを拡大していく。

 武史はこの試合、事前の予想通りに、少しいつもよりもヒットを多く打たれた。

 ゾーン内で投げてくると分かっていたので、コロラドはしっかりと振っていった。

 しかし打球がなかなか上がらない。

 これまた不思議なことに、上がらない打球で内野の間を抜けていくヒットが出る。

 そしてこれで、点が入ってしまう。

 運の悪い失点を、武史は重ねてしまった。

 それでも二桁奪三振、そして無四球という記録は作ったのであるが。


 コロラドは完全に、大介を敬遠しはじめた。

 そのためホームランは打てない。

 大介は自分で打てなくても、誰かに打ってもらって帰ってくるバッターだ。

 ホームを踏むこと三回。

 打線は続いて6-2というスコアでこの試合は勝利した。

 もっとも14個の三振を奪った武史は、二失点してしまった。

 完投した試合においては、もっとも多い失点の試合となった。




 コロラドとの四連戦は、三勝一敗に終わった。

 前のアリゾナとの試合から数えれば、六勝二敗となる。

 ここでアウェイの試合は終わり、ホームゲームが始まる。

 ただまだまだ連戦が続き、休養がない。

 10連戦となっているが、ここからまだあと六試合の連戦。

 そしてよりにもよってここで、対決するのがトローリーズである。


 トローリーズは地獄の西地区で、今年もトップを走っている。

 サンフランシスコと、サンディエゴがその後ろを走っている。

 今年のナ・リーグのポストシーズン進出は、おそらく西地区から3チームとなるだろうと言われている。

 去年と同じことである。

 アトランタの勝率を上回り、東地区トップに立ったメトロズ。

 だが同じトップでも、トローリーズとは勝率が違う。

 あの西地区で、サンフランシスコとサンディエゴと戦いながら、ナ・リーグトップ勝率。

 チーム全体のバランスが、まさに優れているのだろう。


 選手に投入している資金は、メトロズとそれほど変わらない。

 だがこういう結果が出るのは、その投入の仕方に偏りがあるからだ。

 メトロズはラッセルが育ってきているし、坂本もそれなりに打つのだから、やはりグラントはいなくても大丈夫なのではなかったか。

 貴重なDHの枠を使うだけの打撃成績は、ちゃんと残しているグラントである。

 だが彼にかける年俸があれば、安定したリリーフ二枚を、FAで獲得することは出来たはずなのだ。


 そしてトローリーズはメトロズに対して、ピッチャーも強いカードを当ててくる。

 効率を考えるならば、直接対決で順位が上下する、西地区のチームに当てていくべきだ。

 しかし単にポストシーズンに進出するだけでなく、そこからワールドシリーズまで勝ち上がることを考えているなら、メトロズとはレギュラーシーズンで、しっかりと戦っておく必要があるだろう。

 メトロズにもう、三年も連続で、リーグチャンピオンシップに敗退している。

 ワールドシリーズには、ずっと行けていないのだ。


 果たしてどうなのだろう、と大介は思う。

 選手の立場からすると、オーナーやGM、またファンの気持ちなども、なかなか分かりにくい。

 ポストシーズンに出ればそれだけで、球団の収益はかなり上がる。

 だがほとんどのチームは、それこそ育成中のチームでもない限り、ポストシーズンに進出して、ワールドチャンピオンになりたいと願うだろう。

 もう充分な実績を残した選手も、チャンピオンリングはほしいのだ。

 大介としては高校以降は、頂点を全て極めているため、特にそれに固執してはいない。

 逆に言えばいつもの試合からずっと、とにかく負けたくないと思っている。


 トローリーズとのリーグチャンピオンシップが、はたして四年連続で成立するのか。

 その前哨戦というには、お互いの温度差がある。

 しかしどんな状態でも、勝ちたいと思う気持ちが強いのは大介だ。

 全力をもって挑んでくるトローリーズに、大介もまた全力で応えるのだろう。

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