第21話 最強を求めて

 大介は直史の投げた試合を、ビデオで見返している。

 色々と分析をされてはいるのだが、それらの機械的な見方は全て無意味だ。

 去年のワールドシリーズ、直史との間にあった世界の共有感。

 あの中で自分は、あえて世界を切り離すことによって、ようやく直史のボールを打てた。


 世界をずらしたかのように、消えて見える球。

 打とうと思った瞬間、体が動かないようになる球。

 一応科学的な分析であっても、いずれはあのピッチングの領域を解析するのかもしれない。

 しかしそれは少なくとも、今年中は間に合いそうにない。


 直史のピッチング内容を、今年の最初から見返していく。

 実際に打席で対戦しなければ、本当の経験値などは貯まらないはずではあるが。

 今やっていることは、ほとんど無意味に近いのかもしれない。

 少なくとも本格的にやるなら、ニューヨークに戻ってツインズの力を借りる方が確実だ。

 遠征先のホテルで、ただ映像を見るだけでは、ただの鑑賞と変わらない。

 それにしても色々な分析を考えずに、直史の動作を見ると、感心するしかない。

 歩き方から、ロージンバックの拾い方、そしてセットポジションに入ってからの動作の停止。

 体軸に全くブレが見れず、テイクバックがとても小さい。


 実際にはクイックモーションがとても速いのだ。

 樋口からサインが出たとほぼ同時に、メカニックは動き始めている。

 完全にバッターは、タイミングを狂わされている。

 それでも一試合に一本か二本は、内野の頭を越えたり、間を抜けたりするボールが出るのか。


 対オークランド

 9回28人66球2被安打4奪三振

 対クリーブランド

 9回27人89球14奪三振パーフェクト

 対オークランド

 9回27人94球18奪三振パーフェクト

 対カンザスシティ

 9回29人94球2被安打1失策12奪三振

 対ボストン

 9回28人86球1被安打13奪三振

 対ヒューストン

 9回28人91球1失策14奪三振ノーヒットノーラン

 対ラッキーズ

 9回28人91球1被安打1失策11奪三振

 対ボルチモア

 9回29人95球3被安打11奪三振

 対コロラド

 9回27人91球10奪三振パーフェクト


 そしてこの下に、直近のミネソタとの試合の結果を記入する。

「化け物め……」

 お前にだけは言われたくないと、直史は言うだろう。

 今年はこれまで、100球を要した試合が一度もない。

 あとはパーフェクトを既に三度達成し、ノーヒットノーランも一度。

 パーフェクトよりもノーヒットノーランの方が、圧倒的に達成の難易度は低いはずなのだが。

 もっとも直史の場合、フォアボールを出さないので、パーフェクトが狙えるとも言える。


 直史というピッチャーのスタイルは、正直なところアメリカの野球界の、頭を痛める問題であるらしい。

 子供たちがたくさんの変化球を投げたいと言い出しているのだ。

 カーブだけでもいくつかの変化と、緩急差が存在する直史のピッチング。

 日本でも小学生の間は、変化球は禁止となっている。

 成長期に変化球は、肩や肘をはじめとした肉体に、ダメージを蓄積するのだ。

 もっともストレートでも、全力で投げたストレートであれば、疲労が溜まっていくのは当たり前のことだが。


 中学時代の直史を大介は知らないが、軟式で一度も勝てなかったとは、何度も言われているし証言者が多数いる。

 ただどんな相手であっても、大きく崩れてしまうような試合はなかったらしい。

 高校に入って最初の春の大会も、直史は大きく打たれることはなかった。

 大介の知る限りでは、あの初めての甲子園となったセンバツ、大阪光陰に取られた三点が、去年のワールドシリーズ最終戦と並んで、最多失点になるのか。

 クラブチーム時代のことは、全てを知っているわけではないが。


 ストレートのスピードは才能だ。

 直史の場合はスピードだけは、MLBの標準レベルである。

 しかしそんなピッチャーが、緩急差を60km/hもつけて投げて、完封を何度もして、パーフェクトまで何度もするのは、あまりにも鮮烈的すぎる。

 速いボールが投げられないピッチャーを、基本的に指導者は好まない。

 本来ならばボールの速さというのは、ピッチャーの評価基準の一つでしかないというのに。

 コントロール、角度、フォームによるタイミング。

 打ちにくいストレートの条件は、他にも色々とある。

 ただそういった技術を身につけるのは、ストレートのスピードを上げるより、簡単だと思われているらしい。

 実際には直史は、高校時代に約20km/h、大学で約10km/hスピードを上げた。

 さすがにプロに入ってからは、もう限界であったようだが。


 スピードは才能だという。

 しかしスピードなくして先発として投げ続け、さらに多くの三振を奪ったピッチャーがいる。

 もしも歴代のレジェンドの中で、対決したいピッチャーがいたとしてそれが叶うなら。

 あまり考えない大介であるが、星野伸之投手とは、対戦してみたいと思う。

 全盛期でもせいぜい130km/hというMAXスピード。

 球種もカーブとフォークでそれほど多くはない。

 ただ要素を挙げれば全く似ていないはずなのに、大介が色々と記録を調べると、直史に一番近いピッチャーなのではと思うのだ。


 カーブが武器だというが、直史のように何種類にも投げられるわけではない。

 フォークにしても突出していると言えるのかどうか。

 ストレートは130km/hで、しかもコントロールがものすごくいいというわけではない。

 理屈としては、緩急でストライクを取るのだろうな、とは思う。

 それにストレートもスピン量とスピン軸が優れていたのだろうと。

 しかし映像からいくら分析しても、それは想像の域を出ない。

 実際に対戦してみないと、本当のところは分からないだろう。


 直史はおそらく、球速が落ちてもどうにかしてしまうピッチャーだ。

 星野伸之投手にしても、引退したのは体力の限界や、肩肘の故障ではなかった。

 身長に比して体重が軽いところや、手首が柔らかいという特徴は直史に似ている。

 もっとも直史の場合は、ピッチングスタイルはグレッグ・マダックスが近いと言われている。

 こちらもまた晩年には、遅い球速でバッターを打ち取っていたピッチャーだ。

 奪三振が少ないということは、星野投手とは違うが。


 とにかく言えることは一つだ。

 確かに球速は、ピッチャーに求められるものの一つだ。

 だがごく稀に、球速に頼らずに、バッターを打ち取れるピッチャーはいるのだ。

 その究極形が直史であるのだろうが。

 アンダースローのピッチャーが、MLBでは少ないというのも、現在の歪な状況を示しているとも言える。


 効率化を求めたMLB。

 だがそれは変則的なピッチャーが誕生するのを、阻害していることにならないか。

 そんな中で変則的なピッチャーが出てくれば、それだけで大きな脅威になる。

 右利きと左利きだけで、有利不利が変わるスポーツ。

 いずれはアンダースローの大投手がまた現れるかもしれない。 

 古きMLBは、アンダースローでしか投げられなかったのであるし。




 マイアミとの試合を終えたメトロズは、ようやくポストシーズンが現実的な勝率になってきた。

 ただ次からはまた、遠征が続く。

 ミルウォーキーに続いて、今度はあちらのフランチャイズでアトランタと。

 もっともアトランタの場合は、勝利すればさらに地区優勝への道が近づいてくる。

 直接対決は重要なものなのだ。


 ただ、今の大介には他のことを気にする余裕が出てきた。

 具体的にはアナハイムの戦況である。

 ミネソタとの対決で、負け越しはしたものの調子を上げてきている。

 現在は勝率が五割を切っているが、まだまだ四ヶ月は丸々シーズンが残っている。

 ただアナハイムが本当に復調するかは、ターナーの状態によるとも思っている。

 ピッチャーが好投しても、打線の援護がなければ勝てない。

 アナハイムの得点力は、実のところ平均すればまだ、リーグ平均よりも上だ。

 ただターナーがいないことによって、取りたいところで点が取れなくなっている。

 

 負けるところではあっさりと負ける。

 だが大量点が取れれば、確実に勝てる。

 勝ちパターンのピッチャーが強いので、僅差でもそれなりには勝てる。

 だが逆転勝ちというのがあまりない。


 結局どんなチームも、完璧な布陣などは作れないのだ。

 完璧なチームを無敗のチームとするなら、それこそ高校野球における白富東のあの一年間となる。

 プロはもちろん大学時代も、直史が投げなければそれなりに負けていた。

 ただそんなピッチャーが、同時期に何人もいて、しかも同じチームに集まることはない。

 集まってしまったのが、白富東なのだが。


 アナハイムの不調は、今年から大型契約を結んだターナーが、シーズン前から使えなくなったことが最大の原因だ。

 ただ去年の戦力と比較すると、やはりもう一枚先発の安定したピッチャーがほしかったろうが。

 目の故障からの復帰は、いつになるか見当がついていない。

 ワールドシリーズまで両方が勝ち進まないと、対決が実現しないのだ。


 とりあえず違うチームの大介に、今は出来ることなどない。

 目の前の試合で、ホームランを打っていくだけだ。

 実際のところメトロズのチームとしての成績はともかく、大介は四月に比べると、だいぶ個人成績は落ちている。

 七試合連続でホームランが出なかった時は、スランプなどと言われもしたものだ。

 五月のこの時点で、既にホームランは30本近くになっているのだが。




 ミルウォーキーとの試合は、スタントン、ウィルキンス、グリーン、武史という並び。

 四連勝はいけるかな、と思っていたところ、いきなり初戦で負けてしまった。

 スタントンは六回で四失点と、そこまでひどい出来だったわけではない。

 とにかく先発は、六回まで崩れなければ充分なのだ。

 ただ打線の援護と噛み合わなければ、負けるというのは確かなのだ。

 6-9というスコアであったので、リリーフ陣が追加点を取られたのも痛かった。

 それでも六回四失点は、微妙な出来であったと言えようが。


 ただ、殴られたら倍返しなのがメトロズの打線である。

 第二戦では10点を取って、六回五失点のウィルキンスへ勝利をプレゼント。

 ただやはり、六回を投げて五失点というのは、そろそろ先発のローテから外されるかもしれない。 

 もっとも今のメトロズは、先発が薄くなっている。

 リリーフにしても勝ちパターンを除くと、まだ若手が多くて安定していない。

 やはり打撃で相手を上回り、殴り合いで勝利するしかない。


 それでも第四戦は、武史が先発をする。

 ミルウォーキーは現在、地区二位のチームであり、チームバランスは取れているが突出したところがない。

 バランス型のチームというのは、ある程度どっちつかずになることが多い。

 ただピッチャーのローテーションで、ある程度は勝率が変わってくる。


 第三戦、メトロズはまたもリリーフが崩れて、終盤に逆転されるという展開。

 そこから再逆転出来ないあたり、メトロズは踏ん張りが利かないのが今年のチームである。

 レノンのベテランと安定度は、やはり高かった。

 若手からクローザーを育成というのは、今のところは机上の空論に終わっている。

 理屈の上では、それをなすのは正しいだろう。

 しかしクローザーはチームでただ一人。

 やはりFA市場で探すのが、現実的な話であろうに。


 去年の試合はメトロズは圧勝が多く、レノンの安定感があまり注目されなかった。

 だがそれでも僅差の試合で、しっかり抑える場面はあったのだ。

 使う場面が少なかったため、それほどセーブの数が増えなかったというのはある。

 だが因果関係を逆に考えて、レノンを手放してしまった。

 年齢的にも複数年契約は難しいが、それなりの金額で契約出来ただろうに。

 そのあたりの契約に関しては、大介も知ることではない。


 そして第四戦、武史の先発。

 初回から歩かされる大介、というよく見た構図がそこにあった。

 だがシュミットがヒットで続き、グラントが犠牲フライを打つという、ある種の王道パターンで一点を先取。

 もっとも武史は、これで勝ったと思われるほど安定はしていない。

 ただ武史の投げる試合は、大体勝てるだろうと他の選手は思っているが。


 大介からすると、今日の武史の信頼度は、そこそこといったところだ。

 妻子にいいところを見せようとする場合、武史の信頼度は急激に上昇する。

 だが今日は遠征での試合で、そこまで支援効果がついていない。

 高校時代から、その才能や実力に比べると、なんだかよくポカをしているな、と大介は思うのだが、それはあくまでも昔から知っているからこそ。

 実際には他の選手からは、大介や直史と同じく、怪物の一種として見られている。

 NPB時代の上杉を知らない者からは、上杉以上と評価されているのだ。

 もっとも本人は、全盛期の上杉を知っているので、いい気になることなどはないが。


 四回の表に、ストレートを狙われてしまった。

 バックスピンの強烈にかかった武史のストレートは、運よくバットでジャストミートすれば、ホームランになりやすい。

 もちろん球速がありすぎるため、そもそもジャストミートすることが難しいのだが。

 一点を失点したが、そこで崩れないのが武史である。

 鈍感であるがゆえに、メンタルが崩れることもない。

 運の悪いヒットを打たれても、後のバッターを三振で止めてしまうのだ。


 奪三振ショーを繰り広げる様子は、現在のMLBのピッチャーの中では、一番華があるかもしれない。

 もっともそれはあくまでも、分かりやすい凄さであるが。

 球速と奪三振は、誰もが分かる瞬間的な快楽。

 武史はその自分の力に、溺れたことは一度もない。


 最終的には第四戦は、4-1でメトロズの勝利。

 メトロズにしては、得点がやや少なめであったと言えるだろう。

 武史は今年、唯一の敗戦以降は全て、完投勝利をしている。

 アウトの半分以上は三振で奪う。

 パワーピッチャーにしてもまず、歴史に残るほどの圧倒的な力である。




 そしてメトロズは、またもアウェイでアトランタとの対決。

 この初日の対戦に、以前中止となった試合の分のダブルヘッダーが存在する。

 大介も武史も、NPB時代はダブルヘッダーなど体験しなかったものである。

 だがNPBとほぼ同じ期間で、20試合ほども消化するMLBなのだ。

 また移動の距離を考えれば、そして対戦するチームの多さを考えれば、そうそう日程に空きがあるわけでもない。

 今年は既に、フィラデルフィアとも一試合中止になっているため、またダブルヘッダーになるのだろう。

 MLBの日程というのは、それほどの詰められているものなのだ。


 アトランタとの直接対決は、ナ・リーグ東地区の地区優勝を争う試合となる。

 現在は勝率がほぼ等しく、このカードで順位は入れ替わる。

 ただこの三年、メトロズはアトランタには優位に戦ってきた。

 大介がいるとそれだけで、打線の得点力は大幅に上昇するからだ。


 この四試合のカードには、武史は投げない。

 次の登板はナ・リーグでも中地区のシカゴとの対戦である。

 これはもうずっと前から決まっていたことで、首脳陣も変更することはない。

 今年の武史が敗戦した試合は、スライド登板が原因だったのではと思われている。

 兄である直史がでたらめな使い方をされているが、あの繊細そうに見えるピッチングは、実はコンディションまでしっかりとコントロールされているのだ。

 そう考えると直史の安定感は、試合以外の部分でも恐ろしいものであると言えよう。


 アトランタとの試合は、まさにミルウォーキーから移動した直後に始まった。

 この移動間隔は、さすがに厳しいものであったかもしれない。

 ホームのアトランタに、第一戦は優位に働く。

 先発のジュニアは打たれて、五回で降板。

 一度は打線が追いついたものの、そこからまた離される。

 そして最終的にアトランタが勝利し、ジュニアは負けこそつかなかったものの、チームが敗退してしまった。

 これはまさに、ダブルヘッダーの影響と言えるだろう。


 第二戦になっても、メトロズは選手の動きが鈍かった。

 先発は安定感のあるオットーであるが、ここもコンディション調整が上手くいってなかったのか。

 六回を投げて五失点と、これもまた微妙な数字。

 責任イニングを投げたという点では、本当に最低限の仕事はしたと言える。

 だがアトランタは先発ピッチャーの好投と、リリーフ継投が上手くいき、4-6で敗北。

 大介がホームランを打っても、勝てない時は勝てない。

 このあたり一試合における影響力の高さは、どうしても直史や武史には負ける。

 完投能力さえなければ、この二人の影響力も弱まるのだが。


 アトランタ相手の二連敗というのは大きかった。

 しかしここで一晩を休み、メトロズは復調してくる。

 大介の久しぶりの、一試合二本のホームラン。

 二桁得点で、10-3と快勝した。


 一勝二敗で、第四戦を迎える。

 本来ならばこのカードは、三試合でどちらかが勝ち越すことになっていた。

 しかし四連戦のような形となったため、二勝二敗の引き分けという形もありうるようになる。

 そして第四戦の先発はウィルキンス。

 ピッチャーの能力だけを見れば、アトランタが勝てそうな試合であった。

 しかしピッチャーが弱いときは、それを打線が援護するのがメトロズである。

 双方が二桁得点という、とんでもない乱打戦を制したのは、やはりメトロズであった。

 ただ決勝打を打ったのは、敬遠された大介の後ろのシュミットであったが。


 勢いに乗っていたメトロズが、アトランタを突き放すかと思われていた。

 だがダブルヘッダーの影響は、より遠征側のメトロズに大きかったと言えるだろう。

 これもまた、今年のメトロズの、ツキの弱い点だ。

 メトロズはここから、フランチャイズで五月の最終戦を戦う。

 四月の成績は14勝13敗であったメトロズだが、五月は最終戦を残して17勝10敗。

 明らかにチーム全体としては、復調しつつある。


 やはりリリーフ陣が、若手主体でそこそこ抑えられるようになってきたからか。

 一試合あたりの得点力は、むしろ落ちている。

 だがそれ以上に、失点も減っているのだ。

 途中七試合ホームランがなかった大介であるが、この時点で五月度のホームラン数も12本。

 四月の19本には及ばないが、かなりの数字となっている。

 打率四割、出塁率六割という五月。

 これでやや低いかな、と思われてしまうあたり、人々は大介に求めすぎていると言えるだろう。


 いずれにせよ、五月の終わりはフランチャイズで。

 微妙な結果に終わった遠征から、メトロズはニューヨークへ戻るのであった。

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