第20話 不安定は不安定なりに

 ステベンソンが復帰してから、メトロズの得点力は復帰した。

 そして大介のホームラン数も、前ほどではないが量産されている。

 アリゾナとのカードは、オットー、スタントン、ウィルキンスという先発の布陣でなされる。

 最低でも二勝一敗は期待できるであろうか。

 まずはオットーが勝利。

 大介は三打席も勝負を避けられたため、ホームランが打てていない。

 ただアービングが一点差の場面から、しっかりと逃げ切ることが出来た。


 アービングがセットアッパーとして、かなり適応してきたような気がする。

 元々気が強いので、プレッシャーに対しても慣れてしまえばそれほどでもない。

 102マイルを平均的に出して、セーブ機会を成功させていく。

 もっとも今のメトロズでは、勝ちパターンのリリーフで終盤に入ることが出来るわけではない。


 シーズン開幕から、序盤はぽんぽんと勝ち星を上げたウィルキンスであるが、ここのところ勝ち星がつかない。

 もっともメトロズの体制を考えれば、ウィルキンスはたとえ負けても、試合を壊してしまわなければ、充分な役割を果たしたと言える。

 試合を食う先発は、レギュラーシーズンでは必要なのだ。

 10勝10敗のピッチャーはいらないと、かつて言った野球人がいたという。

 なんというおろかな発言であろうか。

 当然ながら10勝10敗と、少なくとも20試合は先発をして、10試合は勝ち星のつく五回までは投げたことになるのだ。

 そんなピッチャーは間違いなく、ローテを回す素晴らしいピッチャーだ。


 アリゾナとの二戦目、大介はランナーがいる場面では、まともに勝負されない。

 だがランナーがいなければ、状況次第では勝負してもらえる。

 この試合も、二打席目はランナーがいなかった。

 よって外に投げられた球を、上手くスタンドまで飛ばした。

 ただ残りは、無理のあるコースに手を出してしまった。

 三振こそしなかったが、三打数一安打。

 その一本がホームランであるのが、大介らしいと言えばいいのか。


 第三戦も大介はホームランを一本。

 一番打者を打っていた時、つまりステベンソンが前にいた時は、かなり勝負されなかった。

 また打点は稼いでいても、ホームランには至らなかった。

 やはりステベンソンがいて、二番にいるというのが、大介にとっては一番のポジションなのかもしれない。

 去年の同時期と比べて、勝負してもらえる回数が多い。

 大介の後ろの打者を考えると、下手に歩かせることが出来ないというのは去年と同じだ。

 しかしステベンソンが出塁していると、自然と得点圏までランナーが進んでしまう。

 それを考えるとやはり、大介との勝負を増やすには、前に出塁できるランナーが必要なのだ。




 続いてフランチャイズのホームゲームのまま、今度はマイアミとの対決。

 武史、ジュニア、オットーという勝てそうな先発ローテである。

 相変わらずまだ、ピッチャーは安定していない。

 だが失点が減っているということは、当然ながら勝率は上がってきている。

 メトロズの打線は強力なのだ。

 

 本拠地で相手を迎え撃つ。

 さらに第一戦の先発は武史という、これ以上はない鉄板の勝利パターン。

 マイアミは若手である程度伸びている選手はいるが、チーム全体の力が弱い。

 GMはともかくFMをやりたがる者も少ない。

 現場が勝てなければ、すぐにクビを切られるからだ。

 GMはそもそも、今のマイアミの方針では、結果が出るのは相当先で、それも運の良さが重要になると分かっている。

 なのでオーナーも、GMにはあまり触れない。


 マイアミの試合というのは、勝利するためのものではない。

 基本的に作戦はなく、選手に経験を積ませるためのものとなる。

 ピッチャーもまた、強力な打線を抑える練習をする。

 まさに実戦練習だ。

 ただし大介だけは勝負を避けてもよしとする。

 五月に入ってからかなり打率は下がったが、それでも五月だけで四割。

 通算では五割を打っているのだから。


 メトロズは大介と勝負させるために、ステベンソンを獲得した。

 そして後ろにシュミットもいて、この三人を全員敬遠するのは現実的ではない。

 実際に今季は、メトロズの攻撃は初回に、ほとんどの場合得点している。

 ステベンソンから始まる攻撃は、それだけ確実なのだ。


 武史は初回、一人もランナーを出さずに抑えた。

 最近の武史は、初回よりもむしろ二回に、ヒットを打たれることが多い。

 試合の開始早々は、注意しているので打たれない。

 それがとりあえず最初のイニングが終わり、味方が先取点を取ってくれると、やや油断してしまうのだ。

 中盤からは打たれなくなるのだが、序盤はやはり鬼門だ。

 この日の武史は、下位打線にヒットを打たれている。


 これを打てたら一流、という基準がMLBでは存在する。

 それに従えば、佐藤兄弟を打てたら超一流だ。

 ただ直史の場合は、内野の頭を越えるヒット、武史なら中盤以降の打席。

 そのあたりでは本当に打たれない。


 武史としてもこの試合、完封を目標に考えている。

 どうすれば消耗なく勝てるか、それを目指しているのだ。

 150球までは問題なく投げられる武史であるが、同時にそれは限界の設定でもある。

 実際はまだまだ投げられても、ローテの中で投げるのは不可能だ。

 ローテを完全に守るためには、120球までには抑えておきたい。

 そして120球というのはMLB基準では多すぎるが、武史が完投するには充分な球数だ。

 この試合も110球で完封。

 ただ珍しくも、フォアボールを一つ出してしまった。




 マイアミ相手の試合は、ジュニアもピンチを最少失点で防いだ。

 やはりもう一人勝てるピッチャーがいると、チームは安定してくる。

 メトロズの打線を止める方法は、今のマイアミにはない。

 殴り合いになればメトロズが勝利するし、その殴り合いでもメトロズの方が打線は強い。


 第二戦はリリーフがやや打たれたが、それでも9-6で勝利。

 ジュニアにしっかりと勝ち星がついて、アービングもセーブ成功。

 ただ七回一失点であったジュニアとしては、八回だけで五点も取られたのは、自分の勝ちが消えるかと思わされた。

 大介はホームランこそ打てなかったものの、打点はしっかりと稼いでいる。

 二打席も勝負を避けられれば、打点やホームランの数は減っていく。

 だが前にステベンソンがランナーとしていれば、自動的に得点圏まで進ませることになる。

 去年をも上回る得点力。

 しかし失点が多すぎるため、まだ圧倒的な勝率とまではいかない。


 第三戦、オットーが先発し、メトロズはまた打撃力で上回っていく。

 先発がほどほどに試合を作る失点に抑えている間に、打線は追いつけない点差をつける。

 リリーフ陣はある程度打たれるが、それでもリードを保ったまま最終回までは逃げる。

 そしてアービングは点を取られても、同点になるまでに試合を終わらせる。

 かくしてマイアミとの対戦は、スウィープで終了した。


 マイアミはもはや、自動で勝ち星を恵んでくれる、ありがたいチームとなっている。

 四月は14勝13敗とほぼ五割の勝率だったメトロズだが、五月はここまで13勝6敗。

 勝率0.587というのは、おおよそレギュラーシーズン全体を見れば、95勝に達する勝率。

 このままいけばポストシーズンは、問題なく進出出来そうである。


 ただメトロズのフロントや現場は、リリーフに不安を感じている。

 バニングやライトマンといった、ベテランリリーフ陣はともかく、点差の開いている時に使うリリーフも、かなり安定感が悪い。

 点差が縮まってからはアービングを使い、それはそこそこ機能している。

 だが僅差の試合で使うには、まだ防御率が微妙なところだ。

 クローザーはまず、奪三振率が高くないと困る。

 たとえ自責点でなくても、失点して追いつかれたらクローザーとしては失敗なのだ。

 ただどの程度の力を使って、勝っている試合で連投するための、体力などの消耗を計っているのがアービングだ。

 彼は本当のクローザーになりつつある。


 リリーフがもう一枚か二枚、成長してほしい。

 七月末のトレードデッドラインには、出来れば無理な戦力補強はしたくない。

 今ある若手を育てて、そしてチームを強くすること。

 打線は問題ないのだから、ピッチャーを上手く育成すれば、来年以降もポストシーズンで戦えるチームになる。

 もっとも今年で、そのピッチャーが何人もFAになってしまうのだが。


 メトロズはここから、また遠征が続いていく。

 まずはミルウォーキーが相手であり、その次がアトランタ。

 アトランタとはこの間の雨で中止になった、一試合分がダブルヘッダーとなっている。

 メトロズはアリゾナとマイアミを相手に勝ち星を稼ぎ、ようやくはっきりとナ・リーグ東地区のトップに立った。

 だがまだ安心できるような時期ではない。


 この五月終盤のアトランタとの試合は、ダブルヘッダーがあるので四試合となる。

 ここで確実に勝っておけば、メトロズは完全に勢いがついた状態になるだろう。

 マイアミとの三連戦が終わって、その翌日にはアウェイでのゲームが始まる。

 MLBというのは本当に、過酷な日程である。




 現在のMLBの両リーグと各地区の状況である。

 ナ・リーグはメトロズが首位に立ち、失点は多いがそれを打線で上回り、地区首位に立った。

 アトランタがそれを追いかけるが、三位のフィラデルフィアとの差もそれほどない。

 ただワシントンはともかく、マイアミが完全な草刈場となっている。

 インターリーグでは強豪の集まるア・リーグ東地区と対戦するので、まだまだどこがポストシーズンに進むか行方は分からない。

 それでもようやくメトロズが勝ちだしたか、という期待には応えている。


 同中地区は、セントルイスとミルウォーキーが競り合っている。

 ただ三位のシンシナティも勝率五割をキープしており、逆転の目はある。

 ここもピッツバーグが草刈場となっており、どれだけ弱いチームに安定して勝つか、それが重要になってくる。

 このままでは地区で二位になっても、勝率でポストシーズンに進めない可能性がある。

 それは東地区にも言えることなのだが。


 同西地区は、相変わらず三強のシーズンが続いている。

 トローリーズ、サンフランシスコ、サンディエゴが軽く五割を上回る勝率。

 ただこの3チームは潰しあいもしているため、突出して勝率が高くはならない。

 インターリーグではア・リーグ西地区のチームと対戦するのも、この3チームにとっては好材料だろう。

 去年と同じく3チームが、ポストシーズンに進出する可能性は、それなりに高い。


 ア・リーグを東から見ていくと、ボストンとラッキーズが首位を争い、タンパベイとトロントがそれに続いている。

 この地区も争いが激しく、上位4チームが勝率五割をキープ。

 やはり割をくっているのが、ボルチモアである。

 去年も100敗しているが、今年もそれを避けられそうにない。

 チームは解体したが、そこからの再建はまだまだかかるだろう。

 この地区からも3チーム、ポストシーズンに進んでもおかしくない。


 同中地区は、ミネソタの完全な一強だ。

 ブラックソックスがかろうじて勝率五割をキープしているが、他はもうひどいものである。

 去年のア・リーグ西地区や、ナ・リーグ東地区と似た状態だ。

 たださすがに去年のメトロズやアナハイムほど、圧倒的な勝率を残してはいない。

 野球は戦力均衡が存在するスポーツであるのだから。


 最後にア・リーグ西地区である。

 まさかと思わないでもないが、去年の地区優勝チームアナハイムが、現在は地区三位。

 三強が高い勝率を誇るというわけでもなく、普通にアナハイムの勝率が五割を割っている。

 五月の終盤なので、まだまだこれからどうなるかは分からない。

 だが多くの専門家が予想した以上に、ターナーの離脱が大きかったとは思われている。

 もっともそんな状況でも、この二年間で築いた人気は、スタジアムに観客を呼ぶ。

 観光地の中の一部というのも、アナハイムの特徴ではあるのだろう。

 もちろん地元のファンが、しっかり観客になってくれていたりもするが。


 個人の成績ならば、打撃成績は大介が突出していて、そしてブリアンがそれを追いながら突出しているといったところか。

 二強と言うにはまだまだ大介の方が数字は大きく上回っており、ブリアンは今年、打点や打率はやや落としている。

 ホームランにしても年間50本ペースと、大介とは比較にならない。

 ただ大介もさすがに、100本ペースからは落ちてきている。

 それでもまた、80本には充分に届きそうだが。

 ステベンソンが前にいると、大介はホームランが打てるのだ。

 シュミットが打点を稼いでいるが、チーム内の数字どころか、リーグ内の数字のほとんどで、大介はバッターとして突出している。

 打率はようやく五割を切ったが、それでもこのままならば、今度こそシーズン記録を塗り替えそうである。

 

 そしてピッチャー側の個人成績は、奪三振以外直史が圧倒している。

 四月だけで七勝し、まだ負けがないどころか失点もない。

 圧倒という言葉は、こういうもののためにあるのだろう。

 ただ試合数もイニング数も直史より少ないのに、奪三振は多い武史はどうなのか。

 直史の成績を見ていると、ピッチャーの能力の重要な一つが、奪三振能力だというのには、疑問が湧かないでもない。

 ただ直史も今年は、奪三振率が11を超えているのだが。




 メトロズはどこのチームと対戦するかということより、今はまだ自分のチームを作っている段階にあるだろう。

 ただ打線の方はこなれてきて、上手く点を取れるようになってきた。

 大介という、勝負しても歩かせても、どちらにしろ脅威となる存在。

 これがいる限り、メトロズ打線は脅威である。

 この大介をどう活かすかが、メトロズの打線における最優先事項だ。

 それに対して投手陣は、まだまだ課題が多い。


 武史が、一試合を落とした。

 相手がセントルイスで、それなりの強敵ということもあったが、坂本の証言もあってコンディションが悪かったことを首脳陣が理解している。

 その理由というのが、ローテーションをスライドして登板させたことだ、というのも納得する話だ。

 武史はもっと鈍感で頑丈だと思っていたのだが、今までになかったことを突然にされると、肉体のバイオリズムが狂うのは当たり前だ。

 NPBではそこそこ、ピッチャーのローテはいじられることが多かった。

 それに慣れているはずの武史であるが、一年間MLBのシステムで投げていたのだから、それに合わせた体になっているのも当たり前のはずだったのだ。

 そのあたりを考慮しなかった、現場の判断ミスである。


 もっともこのあたり、他の日本人ピッチャーであれば、対応できていた可能性は高い。

 特に直史などは、去年にしろその前にしろ、急な登板変更は経験している。

 それこそプロ一年目から、連投で先発を経験している。

 ただそちらは短期決戦の、ポストシーズンであったが。


 いつの時代のエースだ、と言われるかもしれないが、直史のピッチャーとしてのスタイルは、昭和であるのだ。

 当然のように先発完投し、自分の力だけで勝ってしまう。

 相手もエースを出してくれば、投げ合いをして勝利してしまう。

 それに対応出来たのは、それこそ上杉だけであった。


 メトロズはピッチャーの能力を、もっと正確に把握する必要がある。

 武史は完投能力があるし、耐久力もある。

 回復力もそれなりに高く、150球を投げてもまだ、MAXの球速で投げられる。

 だがコンディション調整まで完璧な、即座に対応可能なピッチャーではない。

 つまりやはり、リリーフには向いていないのだ。


 これに続いているのがジュニアで、今年は開幕直後の怪我から、あまりいいスタートを切れていなかった。

 しかしここのところ、ようやく調子が出てきたようではある。

 去年のように20勝以上もしてくれれば、間違いなく戦力として数えられる。

 ミネソタと対決したとしても、それなりに抑えるだろう。

 ただ問題は、完投まで願うのは、ちょっと実力が足りないかな、というぐらいか。


 オットーとスタントンは、なんだかんだ言いながら、安定したピッチングをしている。

 ただ勝敗は、去年ほどは伸びていない。

 自分が点を取られているというのもあるが、やはりリリーフ陣の不調なのだ。

 勝ちパターンのピッチャーの中でも、セットアッパーのライトマンは安定しているが、七回に投げるバニングや、新しいクローザー候補のアービングは、まだ安定していない。

 バニングの場合は今年で36歳なので、衰えというのもあるのだが。


 やはり一番は、クローザーである。 

 今のままではリードして終盤にもつれこんでも、一点差だとアービングには苦しいだろう。

 奪三振能力などから、クローザーとしての適性が高いことは間違いない。

 だがそれでも、ワールドチャンピオンを狙うなら、もう一段階成長してもらうか、あるいは他にクローザーを手配する必要があるだろう。

 メトロズのピッチャーがいまいちであるのは、いまだに上杉をトレードで獲得したのが、後を引いているのだ。

 あの時放出した選手たちは、全員ではないにしても、ボストンやそこからまたさらにトレードで放出され、それなりに活躍している選手がいる。

 もしも今、それがリリーフとしていたならば、メトロズはもっと楽に戦えていただろう。


 リリーフについては若手を試す余裕が今はある。

 だがビハインド展開などであると、むしろベテランのピッチャーの方がいいのではと思う。

 若手のピッチャーというのは、やはり勝つためのピッチングがしたいものなのだ。

 経験を積ませるためなどと言っても、消化試合の敗戦処理などはしたくはない。

 せめて大量に勝っている場面で、マウンドに立ちたいものなのだ。

 それは分かっているので実際に立たせてみたら、危うく逆転されるところであったりもした。


 最大のライバルのはずのアナハイム。

 首脳陣は正直、その注意度を下げてきている。

 勝率が五割を切っていては、さすがにポストシーズンに進出はしてこない。

 むしろ同じ打撃戦に強い、ミネソタが要注意だ。

 今年はインターリーグでも当たらないので、直接対決がワールドシリーズとなるのだ。


 ただ、メトロズの中でも、特に日本人選手三人は分かっていた。

 直史がいるチームが、そんな簡単に潰れるのかと。

 今はさらに、樋口までいるのだから。

 シーズンはまだ、三分の一も終わっていない。

 アナハイムを完全に警戒から外すとしたら、それはトレードデッドラインを過ぎてからになるであろう。

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