第7話 調整完了

 地元であり、同リーグ同地区であるマイアミとの試合が多くなった。

 今年も相変わらず、良さそうな若手はいるのだが、どうもチームとしてのまとまりには欠けている気がする。

 ワシントンも引き続き今年も弱いようではあるが、それでもちゃんとチーム再建は進んでいる。

 GMの手腕の差と言えるのかもしれないが、マイアミは随分と前にどケチのオーナーが徹底して行った支出の削減が、ずっと影響を残している気もする。

 同じフロリダのチームでも、タンパベイなどはそこそこ強い時もあるので、やはり伝統は受け継がれていくものなのか。

 まあNPBにおいてもライガースやスターズ、カップスにフェニックスと、暗黒期が長く続いたチームはある。

 パ・リーグ最強の福岡であっても、移転直後はえらい成績であったし、低迷期というのは普通にあるのだ。


 メトロズもオーナーの資金力に甘えてはいたが、それでも勝てない時期は長かったのだ。

 GMが替わって一度リセットして、ようやく少しは勝てるようになってきた。

 だが栄光の時代と言えるのは、それこそ大介が加入してから。

 思えば大介は高校時代からずっと、加入したチームを強くし続けている。

 ライガースでも一年目、メトロズでも一年目、加入してすぐにチームを優勝に導いた。

 その意味ではさすがに、高校時代は戦力の偏在があったので、勝つのは無理であったのだ。


 考えてみれば、直史も同じことをしている。

 大学、NPB、MLBと入ってすぐにチームを優勝に導いた。

 思えば負けた試合の数は、大介よりもよほど少ない。

 ピッチャーとしての究極の目標、チームの勝利という点では、圧倒的に大介を上回る。


 もっともそれは、周囲がちゃんと直史をフォローできた場合だ。

 それと指揮官が無茶をさせない場合。

 大学では充分な点差だと直史を降板させて、逆転負けを食らった監督がいた。

 MLBでもワールドシリーズの四試合も先発させるという無茶も、首脳陣の采配の失敗である。


 こいつに任せれば大丈夫と、こいつで負ければ仕方がない。

 直史に対する信頼というのは絶大なものであった。

 似たようなものは大介にもあり、こいつにさえ回せばなんとかしてくれるという期待感がある。

 だがバッターの打率は、四割あれば化け物。

 10割でホームランを打てるバッターなど、絶対にいないのだ。

 それでも、それでもきっと大介ならなんとかしてくれる。

 実際に大介の勝負強さは、常識を外れている。


 果たして本当に、弱点などあるのか。

 それこそナックルボーラーを集めてぶつけた方が、まだマシなのではないか。

 そんなことも言われるが、直史は去年まで、ずっと勝ってきたのだ。

 ならば世界のどこかに、まだ大介に対抗できるピッチャーがいるのか。


 いないと思う。

 105マイルを投げるアマチュアなどが、アメリカの大学にはいたりする。

 将来を嘱望される選手であるが、105マイルなら大介は普通に打っているのだ。

 大介を封じるならば、110マイル。

 人類の肉体の限界に、真っ向から挑戦するべきだろう。

 だがそれも、おそらくストレートだけでは全く対抗できない。


 上杉なども最初は、プロで大介を試すかのように、ストレートだけを投げてきた。

 そしてそれを打たれていた。

 20代前半であった上杉は、そこからまだ多くの成長の余地を残していた。

 しかし一度故障した肩は、もう二度とは戻ってこないであろう。

 肘ならばまだ、可能性はあったのだが。

 

 ナックルは結局打てなかった大介だが、それについては悲観していない。

 あれは本当に、運頼みのボールであるのだ。そしてピッチャーにはある程度有利な確率の。

 ただそもそもバッティングは、半分も打てるものではないのだ。

 大介にしても、打たされた程度の打球であると、野手の正面を突くことがある。

 そうでなくてもタイミングを外されると、フライになったりはする。

 ピッチングにしたところで、グラウンドボールピッチャーは内野の間を抜けていくことはあるし、フライボールピッチャーは野手の守備範囲外に落ちることがある。

 結局のところ二年前の上杉のような、ほとんどのアウトを三振で取る以外には、パーフェクトを自前で達成するのは難しい、はずだ。

 そう思うと直史の異常さが際立つのだが。


 直史がパーフェクトを達成するのは、さほどの意味はないと思う。

 重要なのは無失点に抑えることだ。

 だから去年の試合も、パーフェクトも異常であるが、完封も異常に多かった。

 それと大介のバッティングを比較するなら、一試合に一本はホームランを打つぐらいの、能力にしてやっと並べ立てるのだろうか。

 確実に一点は取るバッティング。

 ホームランを、一試合に一本は確実に打つ。

 それはつまり、MLBであれば162本のホームランを打つということだ。

 大介の現在の記録の、ちょうど倍である。


 さすがにそれは無茶というものだろうか。

 ならば究極のバッターはなんなのか。

 それは一試合に絶対、一点は取ってくれるバッターではなかろうか。

 究極のバッターは、一試合に必ず一点は取る。

 そして至高のピッチャーは、一試合を完封する。

 この二人が揃えば、理論上はそのチームは無敵だ。

 いや、それはおかしい。

 ……おかしいはずだ。



 

 大介の去年の打点は、183打点であった。

 この圧倒的な数字は、二位にダブルスコアとは言わないが、それに近い数字である。

 さらにその前年は、223打点。

 一試合に一点以上は、自分のバットで点を取っている。

 足で稼いでいる数字を考えれば、去年はそれよりもかなり上だったが。


 平均で言うならば、一試合に平均で一点以上は取っている。

 だが重要なのは、確実にどのピッチャーからも一点を取ることだ。

 おそらくそのあたりが、バッターとしての究極の形であろう。

 そしてこのオープン戦では、ほぼそれに等しい形で打っている。

 ちゃんと勝負さえしてくれれば、点は取れるのだ。


 いや、それも少し違うのか。

 大介はじっと、自分の数字を映す画面を見て、考え続ける。

 点を取るというのは、バットを振るだけではない。

 事実去年、大介は打点を上げていない試合より、得点を上げていない試合の方が少ない。

 つまり自分で点を取るよりも、誰かに返してもらった回数の方が多い。

 ホームランの分の得点を引いても、得点の方が多いのだから。


 究極のバッターなどはいない。それが結論だ。

 たとえ敬遠されても、ホームに帰ってくる。それが重要なのだ。

 去年の試合、ワールドシリーズ最終戦にしても、ゴロで点が入ることはあった。

 それを考えるとやはり、野球は点取りゲームなのだ。

 一点もやらないことも重要だが、相手に取られたよりも上回る点を取る。

 考えてみればNPBでの試合、直史は一点を守って勝った。

 そしてMLBでの試合でも大介と対戦した場合、ほとんどは無失点で勝っている。

 思えばずっと昔から、直史は1-0で負けた試合はないのではないか。

 遠く記憶を遡っていくと、神奈川湘南と対戦した時、1-0で負けている。

 だがあれは一点を取られたのは、直史が交代してからだ。


 1-0の状態から、直史に追いついたのが去年の試合だ。

 綺麗なヒットではなく、バッターをつなげていって、取った一点だ。

 執念の一点だ。

 それでも1-0とリードされた状態から、直史は追いつかれたのだ。

 大学時代はよく知らないが、そんな直史の試合はあっただろうか。

 そもそも一点を取られることさえ、ほとんどないピッチャーであるのに。


 そんな超人の域に達している直史であるが、去年の対決はさらにそれを上回るものであった。

 針の穴を通すようなピッチングと言うよりは、ないはずの穴に通すようなピッチング。

 大介もなかなか攻略は出来なかった。球筋は完全に見切ったと思ったのに。

 最後には結局、目を閉じて打った、つもりである。

 実際のところは、目をとじていたのかどうか、よく分からない。

 少なくとも、見てはいなかったと思うが。


 あの一打は大介の人生でも、最高の一打だった。

 だがおそらく下手に再現しようとすれば、バッティングの本質から離れていく。

 奥義というのは、そっと遠くから、ゆっくりと包み込まなければいけないようなものなのだ。

 それでも掴んだと思った瞬間、それは手の中から消えてしまう。

 執着があってはいけない。

 それを掴もうと思うのではなく、自然と包むような。

 そんな境地に達したのなら、おそらくあれを再現できる。

 そもそも普通のピッチャー相手であれば、そして直史であっても至高の領域に達していなければ、あの領域を必要とはしないだろう。


 大介にとっては、ゾーンのさらに奥底。

 直史はトランスと言っていた。

 おそらく両者の感じているものは、共に同じなのであろう。

 いや、わずかな違いがあって、それが決定的な違いであるのかもしれない。

 人間の到達する、ありえないほどの境地にして頂点。

 二人のうちのどちらが、その場所に立ったと言えるのか。


 単純にもっと先が、奥が、深さが、高さがあるのかもしれない。

 どこに限界があるのか、実はまだ分かっていないのではないか。

 それはかつての大介なら、あの領域には至らなかったことからも分かる。

 以前はもっと、一瞬の直感的なものであったはずだ。

 競い合って限界に達したと思ったら、まだ先があるのに気付く。

 一人の人間がその生涯で境地に達するのは、あるいは不可能なのかもしれない。

 だがそれが、練習やトレーニングをしない理由にはならない。

 守備においても大介は、人外の領域に踏み出しつつある。




 サードを守るラッセルは、まだまだ未熟な守備である。

 しかし今年はDHをグラントで使うので、打撃だけに絞るわけにはいかない。

 グラントも一応はファーストの守備の練習はしている。

 だが故障の経歴からいっても、出来るだけ守備での負担は減らしたいのだ。


 大介はDH制があまり好きではない。

 投げるのと守るのだけが仕事のピッチャーであっても、バッティングがダメだというわけではないのだ。

 ただMLBのようなアンリトンルールがある場所であると、それも仕方がないのかな、と思う。

 報復死球をピッチャーに当てられたら困ったことになる。

 それでも21世紀の最初に20年ほどは、片方のリーグはDHを採用していなかったのだ。

 考えてみればピッチャーは、先発ならば投げるのは数日に一回。

 ピッチング以外の練習もする時間はあると思ったが、実際のところは下手にバッティング練習をして、ピッチングに支障が出たら困る。

 そこはアメリカらしく合理的に、ピッチャーを専門職としてしまったのだろう。


 大介自身は、もう調整は完了したと言っていい。

 だがそれはバッティングの調整である。 

 サードの守備をある程度フォローするため、大介は神経を研ぎ澄ましている。

 ピッチャーの投げたボールがバットに当たる前。

 ある程度はシフトを敷いているが、打球が放たれた瞬間には、もう動いていないといけない。

 反応には注意しなければいけないが、無理に体を動かしてもいけない。

 大介は意識的に、筋肉をつけないようにしている。

 パワーで持っていくのはバッティングの常識であるが、それでも大介は技術を重視している。

 あまり体重をつけすぎると、ショートは出来なくなる。 

 それが分かっているのだ。


 パワーとスピードは両立する。

 だがそれにクイックネスまで加えるのは難しい。

 全く逆方向への移動の切り返し。

 それは無理をすると、足首や膝、また腰などに負担がかかる。

 大介の肉体は強靭であるが、それでも筋肉や腱の耐久力は、人間の領域に収まっている。

 だから長くプレイするためには、慎重にトレーニングをしていかなければいけないのだ。


 直史ほどではないが、大介も体は柔らかい。

 年齢が高くなっても活躍できる選手の特徴に、筋肉の弾力というものがある。

 正確に言うと筋肉につながる、腱や靭帯が重要なのだろう。

 あとは軟骨周りも重要になるかもしれない。

 守備におけるグラブ捌きは、もはや芸術級である。

 一番見せ場が多いのはショートか、あるいはセンターかと大介は思っている。

 大介自身はフライを捕るのに練習しかしていないが、外野からタッチアップを刺すというのは、守備の見所の一つであろう。

 セイバーにもかなり早い段階から、いずれは外野にコンバートされるかも、とは言われていた。


 内野のコンバートならファーストかサードが定番だと思うのだが、大介の場合は走力と肩に優れている。

 広大なフィールドを走り回るのは、大介にも向いているとは思う。

 ただフライの行方を判別するのは、ちょっと難しいのではと思ったことはある。

 実際のところ大介は、すぐにそれにも慣れたものだが。


 空間を把握する能力が、大介は異常に優れているのだ。

 それは自分のスイングや、投げられたボールの軌道を読むのにも応用される。

 むしろこちらの方が、大介の本来の使い方だ。

 しかしボールを映像として捉え、距離や速度を正確に計算する。

 これは無意識に行っていることだが、これこそが当て勘と呼ばれるものなのだろう。

 直史の場合も空間は把握しているが、そこを動いている物に関しては、精密には計算できない。

 出来ていたら今頃二刀流である。




 そしてついに、今年のオープン戦も最終戦。

 ピッチャーは先発は出来上がったが、リリーフに不安は残る。

 今日の試合は、ワトソンが先発。

 今年の先発のローテでは、間違いなく計算されているピッチャーだ。

 年齢も若いし、ジュニアと共に今後のメトロズを支えてくれるであろう。

 その今後というのがせいぜい五年程度というのが、なんともMLBの入れ替わりの激しいところではあるのだが。


 開幕はホームゲームでもあるので、武史が先発することに決まっている。

 そこからジュニア、オットー、スタントン、ワトソンの順番で投げていく。

 六人目のピッチャーは、リリーフデーでどうにかする。

 ただそのリリーフが、やはりクローザーをどうにかしないといけない。


 過去にライトマンにやらせて、2シーズン連続で失敗している。

 能力的にと言うよりは、メンタル的に向いていないのだ。

 だが後ろにクローザーがいると思えば、しっかりと1イニングは抑えてくれる。

 なので必要なリリーフではあるのだが。


 マクヘイルは先発からリリーフに転向し、成功している例である。

 ただリリーフ適性というのは、肉体的な適性も考えなければいけない。

 回復力が少なければ、リリーフで活躍しても、数年しかもたなかったりする。

 もっとも先発でも、耐久力がなければすぐに壊れたりしているが。

 結局肉体的な素質も、才能のうちなのだろう。

 ただ順番に少しずつ上げていけば、それなりの力量には達する。

 それが苦手な指導者は、最初から素質のある選手ばかりを選ぶのだが。


 対戦相手はマイアミ。

 ワトソンは順調に、最初の一人を切った。

 だが二人目にヒットを打たれて、そこで肩をぐるぐると回し始める。

「おいおい」

 大介が眉をひそめる間に、ベンチから出てきたピッチングコーチなどと、言葉をかわすワトソン。

 そしてここで、ピッチャー交代である。


 普通に投げていただけだ。

 だが肩に違和感を感じて、自らマウンドを降りた。

 確かにこれはオープン戦なので、勝敗は気にしなくていい。

 まだ24歳のワトソンとしては、自分の将来を考えて、あっさりと引き下がるのも当然だろう。

 しかしこれで、軽症だとしても治療に時間がかかれば。

 やはりメトロズは、ピッチャーが足りなくなる。


 リリーフは足りないと思っていたが、今度は先発まで。

 去年のワトソンは、なんだかんだ言いながら20先発し、12勝5敗している。

 今年は完全にローテを回してくれると、期待していたのだ。

(一応まだピッチャーは残してあるけど、こんなんで大丈夫なのか?)

 大丈夫ではない。




 試合自体もメトロズの負けに終わったが、問題はワトソンの診断結果である。

 右肩の痛み自体は、すぐになくなったそうだ。

 だが今度は、指先に痺れが出てきたそうな。

 またその指先は、妙に冷たい。

「血行障害って……なんかのマンガであったよな?」

「MAJORだよ」

 サラッと出てくるのが武史である。


 発達した筋肉が血管の血流を妨げて、指先が痺れたり痛くなったりする。

 当然血流が悪いので、指先も冷たくなる。

 保存療法も一応はあるが、基本的には手術が必要となる。

「確か球数が投げられなくなって、クローザー転向したんだっけ?」

「どうだったかな……」

 ただどのみち、手術は必要であるのだ。


 ここで無理をして、先発ローテを守る。

 それよりは早めに手術をして、リハビリに入った方がいい。

 そしたらシーズンの終盤には、戻ってこれる可能性がある。

 まだこれからが稼ぐワトソンとしては、シーズン序盤で投げる理由はない。

 チームとしても、これは仕方のないことだ。

 今年限りでオットーとスタントンが抜けるのだから、先発のローテはなんとしても確保しなければいけない。

 なんなら今年一年を、棒に振ったとしても。


 パワーピッチャーにはそれなりにありうる症状らしいが、ワトソンはどちらかというと技巧派ではある。

 それでもスピードのMAXは99マイルなのだから、NPBでは充分に速球派だ。

 ニューヨークに戻ってきて、練習の後にロッカールームで話し合う大介と武史。

「そういやお前って、全然そういうのないよな?」

「いやいや、最初の夏の甲子園で、筋肉痛になったじゃん」

 それまでの145km/hほどの球速の上限が、一気に150km/hオーバーになったのだ。

 今の武史に比べると、それでも随分と遅いものであるが。


 アナハイムも打線の故障者が出て大変であったが、メトロズも故障者が出た。

 もっともこのレベルの故障者は、そこそこ出ているものだ。

 スタントンも一ヶ月ほどは離脱したものだし、今は去ったウィッツも、大介の来た初年度はかなり長い離脱をしている。


 そのあたりを考えると、やはりMLBで成功するために一番必要なのは、体の耐久力なのか。

 もっともそれはNPBでも同じことで、高校野球の段階でさえ、身長でスカウト制限をしている学校はある。

 上杉は限界を超えて、176km/hで故障した。

 武史の上限は、わずかに171km/hを超えただけである。

 もちろん現役選手では、MLBでナンバーワンだが。


 三振が取れる武史は、本当にそのスロースターターの特性がなければ、絶対的なクローザーになれるのだ。

 しかし先発でじっくりと完投する、今ではもはや絶滅危惧種のスタイル。

 メトロズとの契約が切れれば、争奪戦になるだろう。

 ひょっとしたらオーナーのコールは、無茶をしてでも契約の延長の資金を用意するかもしれない。

 だがそれでは、大介が面白くないのだ。


 毎年新たなピッチャーが、MLBには出てくる。

 それを攻略するのは、確かに楽しむの一つだ。

 だが来年からはもう、直史がいない。

 せめて武史との勝負があれば、もっと楽しめるだろう。

 もっとも武史は、負けそうな勝負ではあっさりと歩かせる、そういう人間でもあるのだが。


 


 レギュラーシーズンは100勝すれば、間違いなく地区優勝できるであろう。

 それが今年の、ナ・リーグ東地区の状況だ。

 メトロズが勝つために必要なのは、先発ではない。

 ワトソンはまだこの先伸びてくる選手だったので、主戦力としては数えていない。

 首脳陣はだが、ピッチャーが足りなくなったのには困っている。

 ただでさえリリーフが薄いと言われているのに、先発も一本抜けてしまった。

 ワトソンは若いので、回復力が早くて先発をまわせると思っていた。

 だがこういう事態になるとは。


 メディカルチェックで分からなかったのか、と言われても実際に症状が出てからではないと、気付きにくいものである。

 シーズン終盤には戻ってくるのだから、それを幸いとしてチーム編成を考えなければいけない。

 だがこうなるとやはり、クローザーをどうにか固定しないといけないだろう。


 今から動いたとして、まともに取れるクローザーはいない。

 ならば若手から、誰かを引っ張ってくるか。

 先発をクローザーに回しては、余計に先発が薄くなる。

 そこで話題になったのは、103マイルを出していたアービングである。


 メジャーのキャンプで大介から、強烈な洗礼を受けたアービング。

 既にマイナーで、今季は開始と決まっている。

 だがそのマイナーでの起用を、クローザーとしてはどうか。

 リリーフで一ヶ月ほど適性を見て、なんとかなりそうだったらメジャー昇格でいいのではないか。

「まあ、それぐらいか」

 あとはシーズンが開幕してから、トレードデッドラインまでに、どういう展開でシーズンが進むかによる。

 七月半ばで優勝の見通し、またはポストシーズン進出の見通しがなくなったチームから、今年か来年で契約が切れるクローザーを、どうにか引っ張ってきたい。

 そういうチームはないわけではない。

 ただその場合メトロズは、代償としてやはりプロスペクトを提供する必要が出てくるだろう。

 上杉を獲得するのに、ボストンには安く使える有望株を送ってしまった。

 だがその分をフォローするように、傘下のマイナーではちゃんと、新しい若手を育てている。


 ここでまたトレードで、プロスペクトを放出する。

 それでもワールドチャンピオンを狙えるなら、そうするべきだ。

 今年のメトロズは、またも唯一のチームになっている。

 つまり連覇を狙える、唯一のチームだ。

 去年はアナハイムの連覇を阻み、一昨年はアナハイムに連覇を阻まれ。

 もうこれは本当に、宿命の対決のような様相を呈している。


 と言うよりは大介と、直史の対決に働く、運命の力が強いのか。

 ただ本当に強いなら、大介がMLBに来る必要もなかったと思うし、直史はNPBにスムーズに来ていたのか。

 誰かの暗躍の気配は、わずかにする。

 だが直史の娘を、先天性の心疾患にして生まれさせるというのは、不可能だったはずだ。

 結局は大介が求めて、直史も応じた。

 野球というスポーツにおいて、どちらが上かを決めるための戦い。

 二人が共に、望んだからだろう。

 結局最後には、人間の意志が、世界を面白くするのである。


 シーズン中にピッチャーを育てる。

 メトロズの方針はそれである。

 そのためにはむしろ、試合の展開は競ったものである方が望ましい。

 ただし勝てる試合では、確実に勝っていく。

 武史も20個は貯金を作ってくれると、考えて計算していこう。


 去年はMLB移籍一年目にして、開幕投手となった武史。

 今年もホームゲームで、開幕を告げられている。

 相手は去年のナ・リーグ中地区優勝のセントルイス。

 間違いなく、弱いチームではない。

(なんとか今年も、チャンピオンリングを)

 MLBのワールドチャンピオンチームのオーナーというのは、アメリカの社会的な名士となる。

 それが二年も続いたとしたらどうなるか。

 オーナーのコールは、金に任せて選手を集めているとも言われる。

 確かにそれは否定しないが、過去にそれだけの金をかけて選手を集め、結局ワールドシリーズまで達しなかったチームが、どれだけいたことか。

(21世紀に入って初めての、連覇を!)

 あるいは戦力均衡システムにより、これが最後のチャンスになるかもしれない。


 選手も監督も、優勝したいのは当たり前だ。

 だがもう高齢で、最後に輝きを見たいと願うコール。

 その執念がどう、今年のメトロズを動かしていくか。

 いよいよ最後の決戦の年が始まる。

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