第6話 他球団の行方

 オープン戦は本来なら、レギュラーシーズンでも対戦しないチームとの、対戦があったりする。

 その中でも注目を浴びているのが、やはりミネソタとの試合があるかどうかであった。

 去年のミネソタは、リーグチャンピオンシップシリーズまでは進出。

 だがそこであえなくアナハイムにスウィープを食らい、敗退することとなったのだ。

 しかし今年はさらにピッチャーを補強し、さらに若手からメジャーに多く上げている。

 こうやってある程度の戦力を、数年かけてそろえてワールドチャンピオンを狙うのが、最近のMLBの流儀であるのだ。


 メトロズはもう三年連続で、ワールドシリーズに進出している。

 21世紀以降では、初めてのことである。

 金をかけたとしても、選手がシーズンを無事に過ごせるとは限らない。

 それが消耗の激しい、MLBの世界であるのだ。


 ただミネソタの場合は、リリーフ陣を上手く手配できれば、しばらく黄金期は続きそうだ。

 ピッチャーは時代が下れば下るほど、消耗が激しくなっているような気がする。

 おそらく出力の上昇に対して、耐久度の向上が充分ではないのだろう。

 トミージョンの普及がなければ、ピッチャーの能力向上は遅れていただろう。

 だがむしろパワー向けではなく、直史のようなテクニカルピッチャーが増えていたかもしれない。


 だが結局のところ、ミネソタとの対戦はない。

 ヒューストンとの試合はやたらと多いが、これは同じフロリダでキャンプをしているにしても、フロリダが広いことから当然の結果なのだ。

 アナハイムがもしも敗れるとしたら、相手はミネソタだろうと言われている。

 直史からどうにか一勝し、他のピッチャーを打ち崩す。

 そういった能力というのは、ミネソタぐらいしかないからだ。

 アナハイムは攻撃力も優れているので、ピッチャーの質も重要になる。

 結局はバランス良くと言うか、どちらも突出していないといけない。

 だが重要なのは、突出したピッチャーを二人は揃えることだろうか。

 メトロズはジュニアが育ってきて、武史との契約もまだある。

 この期間にワールドチャンピオンになれなければ、あとはかなり苦しくなる。


 武史はニューヨークに住みたい人間である。

 だがニューヨークには、ラッキーズという球団がもう一つある。

 メトロズと同じく、かなり資金力のあるチーム。

 おそらくメトロズが武史と大型契約を結ぶのは難しい。

 なので将来的には、サブウェイシリーズで大介と武史は対戦することになるのかもしれない。

 そうなればワールドシリーズニューヨーク決戦もあるかもしれないので、かなり盛り上がることは間違いない。

 ニューヨークにおいては、であるが。

 なお他に同じ都市にチームがあるのは、シカゴぐらいだ。

 トローリーズとアナハイムも、ロスアンゼルス大都市圏なので、同じようなものなのだろうが。だからハイウェイシリーズなどがあるわけであるし。

 他にはサンフランシスコとオークランドも、距離的には近い。

 そもそも東側のチームは、比較的距離が近いことが多いのだが。




 オープン戦はどのチームも、無駄に大介相手にフォアボールを出さない。

 なんとかしてこの不世出のバッターの、弱点を見つけようとしてくるからだ。

 ただゾーンで勝負してもらえるというのは、大介にとってはとてもありがたい。

 生きた球でバッティング練習が出来るからだ。

「シライシは今、六割を超えてますな」

「……」

 FMのディバッツは喜びながらも、魂が口から抜けそうになっている。


 二年目に比べると大介のホームランは、10本も減っていた。

 もちろん二試合の欠場もあったし、それでも71本は打っていた。

 打率は上がったものの打点も減って、主砲としてはどうなのか、と言われたりもした。

 だが単純な数字ではなく、状況ごとの貢献度を計算していくと、やはり徐々に上がっている。


 勝負さえしてくれれば、かなりの確率でホームランにしてしまえる。

 この絶望的なバッティングは、レギュラーシーズンに取っておいてもらいたいものである。

 だが去年も、レギュラーシーズンよりポストシーズンの方が成績は上げてきた。

 大介は常に、追い詰められれば追い詰められるほど、その力を発揮するのだ。

 つまりレギュラーシーズンの圧倒的な成績も、ポストシーズンを全力で戦うため、やや抑えられたものであるのだ。


 ポストシーズンのこの打棒は、単純に勝負される機会が増えているから。

 ただコンピューターの計算で、敬遠の方が効率的だと計算されたら、また敬遠ばかりになるのだろう。

 そのためにステベンソンを一番にし、大介を二番にした。

 打席の回ってくる回数を少なくしてでも、勝負される打席を増やそうとしたのだ。


 ランナー一二塁からでは、シュミットがヒットを打てば、二塁から一気にホームを狙える。

 主砲のグラントは今のところ、純粋にバッティングに集中している。

 フルスイングのパワーは確かに凄まじいが、今のところ打率は低調。

 ただここから開幕にかけて仕上げてくるのが、ベテランの力である。


 それよりも現場が気にしているのは、ピッチャーである。

 投手陣には若手も入ってきて、調子がいい時には確かにいいピッチングをしている。

 だがまだ安定感が足りないかな、というのが正直なところだ。

 短いイニングを、継ぎ足して使っていく。

 そんな試合が多くなりそうだが、それはリリーフが大量に必要になるということだ。

 もっともメトロズは、武史がいる。

 直史ほどではないが、完投の鬼。

 こんな先発がいるだけで、どれだけブルペンは楽になることか。

 

 レギュラーシーズンだけではなく、結局はポストシーズンのワールドシリーズも、武史の貢献度は大介に次ぐだろう。

 直史が投げた試合で、どうにか二失点に抑えてくれたのだ。

 ウィッツとワトソンに勝ち星がついた試合は、結果的に三点を奪われている。

 武史の投げた試合は、一失点と二失点。

 それも二失点は、14回まで延長を投げきった後なのだ。


 打撃力だけなら、去年よりもさらに上昇したかもしれない。

 だがピッチャーへの資本投下が、足りていないのではないか。

 どうせクローザーなどトレード期限が近づけば、ポストシーズンに出られそうもないところから、獲得することが出来る。

 そんなことを考えているのではないだろうか。


 上杉をトレードで取った。

 レノンはちゃんと、オフの契約で取っている。

 今年もちゃんと、更新の声をかければ良かったのではないか。

 もっともその金額は、随分と高いものになったのだろうが。


 クローザーが安定しているチームは、間違いなく強い。

 117勝に128勝と、とんでもない数字を残したのは、間違いなく最後のクローザーの影響が大きいはずだ。

 確かにピッチャーは、一年を通じて活躍するのは、なかなか難しい場合がある。

 だがそれでもクローザーは、確実に一枚用意しておくべきだったのではないか。

 オープン戦は短いイニングでピッチャーを試していけるので、リリーフ適性を試すのには丁度いい。

 ただ数字的な話をすれば、ピッチャーはやはり先発の方が、選手生命は長くなる傾向にある。

 なぜなら単純に、投げる球数と回復の時間の話だ。


 リリーフであっても、すぐさまマウンドに登るということは少ない。

 初回でいきなりピッチャーが怪我などしたら、その可能性もあるものだが。

 そしてリリーフは、先発よりも奪三振力が高いことを求められる。

 六回まで投げて二点を取られる先発は及第点だが、リリーフは基本一点も取られてはいけないのだ。

 そのために投げるボールは、先発の省エネで投げるボールとは消耗度が違う。

 肩を作る準備をしても、結局は投げなかったりすることもある。

 そして連投も普通にあるのだ。

 リリーフのピッチャーの成績を見てみれば、せいぜい五年しか数字を保っていなかったりもする。

 そして故障してリハビリと休養をして、また復帰してきたりと。

 リリーフピッチャーは消耗品。

 極端に言えば、1イニングを無失点に抑えてくれたら、どんなピッチャーでもいいのだ。

 だがクローザーだけは違う。




 武史は肩を作るのに時間がかかる。

 ブルペンでしっかり投げても、さらにマウンド上である程度投げなければ、アイドリングが充分ではないのだ。

 最初はせいぜい100マイルから。

 それでも一般的なピッチャーの、上限に近い数字だ。


 クローザー適性は、リリーフ適性に比べればある。

 選ばれしリリーフであるクローザー適性が、リリーフ適性よりも高いというのは、不思議な話である。

 しかし武史は、まず奪三振能力が高い。

 そして肉体の消耗も、この肩を作るレベルのピッチングであれば、それほど負荷は大きくない。

 回復力もあるし、耐久力も高い。

 本当に、スロースターターでさえなかったら、完全にクローザー向きなのだ。


 大介はブルペンで投げる、武史の様子を見ていた。

 去年の武史は、自己最高速を記録した。

 107マイル。人類の限界まで、おそらくはあと3マイルと言われている。

 坂本などは使いようによっては、武史でもクローザーは務まると言っていた。

 首脳陣も、それもちょっと試してみようかとは思っている。


 だが実際のところ、オープン戦の短いイニングでは、やはり調子が出てこない。

 少ない球数で、一気にギアを上げていこうというのは、負荷のかかり具合が違う。

 じっくりと暖めていかなければ、故障しやすいというのは間違いない。

 野球のシーズンが春から秋なのは、そのあたりに事情がある。


 今年もどうにか、ポストシーズンに進めるだけの戦力は揃っていると思う。

 あとは故障者が出ないことを祈るのみだ。

 そもそもMLBの上位層というのはどのチームも、ある程度のワールドチャンピオンの可能性は秘めてチーム編成をしているはずなのだ。

 もっともこの三年間は、メトロズの資金力の暴力に、完全に圧倒されているが。

 アナハイムも資金力は豊富なチームだ。

 メトロズと違ってクローザーが固定されているのも、また強い理由であるだろう。


 メトロズと同じようにアナハイムも、ピッチャーに関しては重要なストロングポイントがある。

 直史がとにかく投げる試合に全部勝ってしまって、しかも完投をしているということだ。

 先発が七回まで投げられれば、リリーフの役割が減る。

 それぞれがそれぞれの役割をしっかりと果たせば、理屈の上では九割勝ててもおかしくない。

 だがMLBはどうしても、戦力均衡でピッチャーを揃えきることが難しい。

 以前にそれをやったチームもあったが、結果はエースクラスのピッチャーを集めたのに、故障と不調で機能しなかった。


 MLBはどうしても、その日程などからして、肉体と精神を削っていく舞台なのだ。

 オフの間にちゃんと回復するのも、才能の一つだろう。

 ただ休みすぎて、調子を取り戻すのに時間がかかることもある。

 大介だって今年は、かなりの調整が必要であったのだ。

 こういった調整の仕方を学んでおかなければ、一年だけ活躍した選手であっても、次の年にはすぐに攻略される。

 あるいは全く通用せず、またマイナーに落とされる。

 そういったことを繰り返して、スーパースターだけが残っていく。

 それがメジャーという舞台なのだ。




 オープン戦が消化されていくと、少しずつ大介の数字が落ち着いたものになってきた。

 別に弱点を知られたとか、そういうものではない。

 大介がケースバッティングを始めたからだ。

 もちろん一番いいのは、ホームランを打つことである。


 大介の場合、普通の守備シフトであると、内野も外野もかなり深く守る。

 打球の速さがあるため、前進守備では横を抜けていくことが多いのだ。

 そしてライナー性の打球なら、外野へのライナーで済むこともある。

 外野を抜けてフェンスに当たったとして、そこからすぐに捕球すれば、スリーベースは防げる。


 もしもヒットでいい場面であれば、内野と外野の間にポトンと落とせば、それでランナーは帰ってこられる。

 そんな余裕のないピッチャーが相手であれば、やはりホームランを狙っていくのだが。

 何度も大介が主張する、ホームラン絶対論。

 野手のいるグラウンドと違って、スタンドに飛んだボールは、絶対にアウトになることはない。

 フェンスギリギリであると、跳躍力のある外野なら、捕ってしまえる場合もある。

 だがそんなボールを除けば、確かにスタンドに放り込んだほうが、アウトになるパターンは少ない。


 飛距離は正義。

 大介は最近、そんなことを考えている。

 全打球ホームランを打つ必要はない。

 だが全打球ホームランを狙えるバッターにはなりたい。

 オープン戦もフロリダで行っている間は、スタジアムの外野席は小さなものである。

 ネットは張ってあるのだが、大介のボールは大砲のような軌道で、そのネットにまで届いてしまう場合もあった。

 おそらく推定距離は、170mにはなるだろう。

 今年もまた、頭のおかしな数字を残してくれると、アメリカ全土の野球ファンが期待している。


 大介の場合、普通と違って、野球をやっている人間のファンが少ないようだ。

 やっていたとしても、子供の頃にほんの少し、というものであるらしい。

 そんなものまで統計を取るのかと、不思議に思う大介であるが、アメリカ人は数字が大好きな国民である。

 隠れた数字を探すことが、まさにセイバー・メトリクスであるのだ。


 ある程度以上のレベルに達してしまうと、大介が人間の範疇から外れていることに気付いて、絶望的になる。

 ピッチャーの球速170km/h近くは、時折出てくる。

 だがホームランの70本は、技術がなければ打てない。

 そいて技術がなければ出来ない、パーフェクトゲームを直史は量産している。

 アメリカのベースボールに慣れた人間には、不思議に思えるだろう。

 直史程度の球速で、しかも右のスリークォーター。

 そんなタイプのピッチャーは、一番多いと思えるのだ。

 実際のところは、そんな簡単な判別ではないのだが。


 そしてそうやってオープン戦が進んでいく中、大介が意識していたピッチャーと対戦する。

 ナックルボーラーである。

 二年前に肩をやって、スピードはもう戻らないと言われた。

 だがそこからナックルを習得し、今年は招待選手として呼ばれているそうだ。

 ナックルに関してだけは、大介としても完全な攻略法は分からない。

 しかし逆に、ナックルだからといって確実に、大介を打ち取れるわけでもない。


 ナックルは統計的に投げるボールである。

 ある程度のフォアボールが出たり、またたまにはジャストミートされることもある。

 単純に当てるだけなら、それなりに当てることは出来るのだ。

 だがそれをホームランにするのは、かなりの運がいる。

 対戦相手はヒューストン。

 36歳のピッチャーが、初回からマウンドに立つ。

 大介としてはリーグも違うし、さすがに総合力で、アナハイムに負けるだろうとは思っている。

 それでも打てないピッチャーがいるならば、対決してみたいと思うのが大介である。

 先頭打者のステベンソンに対して、投げられたナックルは120km/h程度。

 だがそれをミートに秀でたステベンソンが、ボテボテのゴロにしてしまった。

 ナックルボーラーは、フィールディングも課題となる。

 ある程度は三振も取ることが出来るが、基本的にはゴロを打たせるのが課題となる。

 フラフラと揺れながら、ぬめりと落ちる。

 ナックルというのは説明のしづらいボールであるのだ。




 ナックルボーラーは基本的に、ナックルしか投げない。

 ナックル以外も投げるピッチャーは、ナックルボーラーではないのだ。

 かつては300勝以上を上げたナックルボーラーもいたものだが、ここのところはあまり見ていない。

 直史は大介対策にナックルを投げたが、ギリギリの勝負では使ってこなかった。


 大介はピッチングに対しては、今は敵である直史のことを、全面的に信頼している。

 その直史が普段は使わないのだから、ナックルは今では実戦的なボールではないということなのだろう。

 盗塁の価値が下がってしまった現在のMLBであるが、相手がナックルであるなら、かなり盗塁の効果は上がる。

 ナックルボーラーが誕生しにくい土壌になってしまっているのだ。


 元はナックルを投げていた坂本にしても、あれは威嚇や惑わすためのボールだと、そう言っている。

 ただドーム型のスタジアムが少ないMLBの世界では、その日の風向きによって、とてつもなくナックルは効果的なボールになったりもする。

(さて、今日の具合はどんなもんだ?)

 前にランナーもいないので、存分にナックルだけに集中して投げてくるだろう。

 初球からみょんみょんと揺れているナックルを、とりあえず大介は見逃した。


 ナックルは通用しなくなったピッチャーの、最後の挑戦とも言われる。

 普通のオーバースローからサイドスロー、そしてアンダースローと、普通に投げて通用しなくても、それでもピッチャーをやりたい。

 そんな諦めの悪いピッチャーが、最後にたどり着くのがナックルである。

 そしてナックルがちゃんと変化するかどうかは、もう努力と試行と才能による。

 直史のように、あっさりと投げてしまう者もいるが。


 揺れながら飛んできて、そして揺れながら落ちる。

 ナックルボーラーにはキャッチャーもまた、努力が必要である。

 いくら直史に付き合ったとはいえ、あれを普通に捕ってしまう樋口も、やはりキャッチャーとしては傑出している。

(考えてみればあいつも、地味に変態なんだよな)

 変態にそう評された樋口としては、断固として抗議するだろう。


 二球目、やはりボールは揺れている。

 見極めて、引きつけて、大介はスイングした。

 だが明らかにミートできていないゴロが、ファールゾーンに飛んでいった。

 スイングは鋭く、だがあくまでもフルスイング。

 ただ単純にヒットだけを狙うのも、ナックル相手では難しい。


 三球目はボール球になった。

 ナックルの攻略法の一つとしては、待球策というのがある。

 その日の天候や風向きによって、やはりナックルというのは攻略の難易度が変わる。

 そしてランナーが一人でも出ると、それなりに投げるのが難しくなるのだ。

 このあたりがやはり、ナックルボーラーが減った理由となるのだろう。

 安定感があって、統計的にしっかりと成績が残せるように。

 レギュラーシーズン中はともかくポストシーズンでは、勝ち星の計算に入れてはいけない。

 それがナックルボーラーであるのだ。


 四球目のナックルを、大介は掬い上げた。

 フライはこれまたファールになって、とりあえず簡単なアウトにはならなかった。

 五球目はこれまたボールで、大介はしっかりと見逃す。

 コースと球速から考えれば、大介ならば振っていくようなものだ。

 しかしナックルボーラー相手であれば、話は別なのだ。

 こうやってしっかりとボール球は見極めて、ピッチャーにプレッシャーを与えていかなければいけない。


 ナックルを打つ、確実な方法などはない。

 だが揺れるナックルであっても、タイミングだけは変わらない。

 指で弾くように、投げられたナックル。

 それを大介はゴルフスイングで、普段ならありえないフライ性のボールを打つ。

 スピード=パワー。

 重いバットを使っている大介の、信じられないスイングスピード。

 だが手に残った感触は、あまりにもぼやけたものであった。

 高く上がりすぎたフライは、外野が少し後退し、そのままキャッチした。

 大介の負けであるが、このフルスイングからのフライは無駄ではない。

 そして何より重要なのは、簡単にはアウトにならないことである。


 このオープン戦では、まだまだ投げる球数が少ないため、問題はないだろう。

 だがナックルの投げすぎは、爪が割れたりもする。

 それを防ぐため、しっかりとマニキュアまで塗っているらしい。

 あとはあまり球数が増えると、肩や肘よりも、握力の限界が来るらしい。

 攻略するのは簡単ではないが、ピッチャーのその日の調子によっては、案外あっさりと点も取れる。

 それがナックルボーラーなのだが、この日に投げた3イニングは、しっかりと無得点に抑えたのであった。


 直史がまた、ナックルを投げてくるだろうか。

 それがホームランを打たれても大丈夫という場面なら、投げてくるかもしれない。

 だが本当に投げるべきボールが全てなくなるまでは、やはり投げてこないだろう。

 確信を持って勝利する。

 本来の直史のスタイルはそちらなのだ。


 果たして今年のシーズンは、どのように経過していくのか。

 神ならざる身である大介は、それを知ることもない。

 ただオープン戦が進む間にも、あちこちで故障の情報などは聞こえてくる。

 自軍の中にもちょっとした故障で離脱する者もいて、なかなか一年を通じて戦うのは大変なのだな、と体力切れの故障などはない大介は思う。

 クローザーのいない、今年のメトロズ。

 オープン戦を見ているだけであれば、その弱点はあまりはっきりと見えてこない。

 若手も招待選手も、ここで落とされてなるものかと、確定している選手以外は、必死でアピールしてくる。

 MLBは完全に実力主義で、そして成果主義。

 いい数字を残していれば、ちゃんと評価はするのだ。

 もっともあまりにも問題児であったりすると、さすがにチームから敬遠されることにもなったりするが。

 メンタルをコントロール出来ない選手というのは、本当に大事なところで失敗するものだ。

 そのあたりの評価をちゃんとするのは、セイバー・メトリクスの及ばない部分であるのか。

 まあそのあたりは、セイバー・メトリクスが標準になる以前からも、普通に判断基準になっていたものだが。


 必死になって、メジャーにしがみつくようとしている他チームのピッチャー。

 それを容赦なく叩き潰していく大介。

 今年のオフシーズンも、変わらずに続いていく。

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