第5話 オープン戦
一番上手い選手が、一番練習をしている。
それでヘロヘロになるどころか、昼寝をしたらあっさりと回復し、またも猛練習をする。
頑丈な体というのは、やはり才能である。
もう若くないのだからと言われても、自分の限界は自分で見極める。
練習やトレーニングが足りなかったことを、結果が出てから後悔するのは御免である。
今年でもう31歳になる大介。
まだ全く衰えは感じないが、体力の回復力は、明らかに10代の頃よりは落ちている。
身体能力は維持どころかまだ伸びているが、もうそれもほんのわずかずつ。
今のうちにどこまで上限を上げておくかで、選手生命の長さが変わるだろう。
そんな年齢になってきたのだ。
(もしナオがずっとプロの世界にいたら……)
おそらく30代の後半には、自分は全く勝てないようになっているのではないか。
それはありえない未来だが、それを想定すると必死にならざるをえない。
トレーナーが制止する一歩手前、いや半歩手前まで、追い込んだ練習にトレーニング。
これが白石大介である。
この大介の恩恵を一番受けていると言えるのは、やはり武史であろうか。
放っておいたらサボるというほどではないが、ほどほどにこなしてしまう武史だが、努力が苦手なわけではない。
とりあえず大介よりちょっと少ない程度まで頑張れば、練習量は足りているのだろうという思考。
これを高校時代、そして大学時代は直史と樋口、プロでも樋口と一緒にいたため、彼の練習の質は高く量も多い。
これで当たり前だと想い、アメリカ人は本当に練習しないなあ、と思っている当たり、やはり運命自体が幸運である。
全体練習もある程度はやるが、やはり今は実戦形式で練習し、試合勘を取り戻していくのが主流だ。
実戦に近い形で実績を積むのが、若手や招待選手などのメジャーへの道となる。
大介と武史、そして坂本なども、40人枠登録は間違いない。
問題はベンチ枠の26人に入っているかどうかだ。
もちろんエースと、主砲と、正捕手が入らないわけがない。
そして大型契約を結んだシュミットも、気を抜くことなく打っている。
今年入ってきたステベンソンなども、大介は驚く限りである。
(アレクの上位互換に近いんじゃないか?)
レギュラーシーズンの試合で確認しないと分からないが、打撃ではアレク以上の気がする。
これが一番を打つのだから、メトロズの打線はさらに強くなったと言えるのだろう。
もっともアレクの凄いところは、ケースバッティングでのバットコントロールなので、この場で判断は出来ない。
もちろん弱点を探せばいくらでもある。
サードにスタメンとして入ったラッセルは、去年のワールドシリーズで決定的な同点ホームランを打った。
だが守備面がいまいち弱く、大介はややサードよりのシフトを敷いている。
グラントは一応場合によってはファーストに入るのだが、よたよたとしていて守備には本当に期待できない。
そういう選手が打撃でスランプに陥ると、本当に置物になってしまうのが、危険なところである。
紅白戦で、とりあえずメジャーの雰囲気を感じさせたいだけの選手は、もうマイナーに落とす。
だいたいこういうものは、事前にある程度分かっているのだ。
その予想を超えてくる者をこそ、首脳陣は期待している。
たとえば首脳陣は大介を、三割10本30盗塁のショートぐらいと期待していた。
いやいや、世界大会の試合を見ていないのか、という話である。
結局フロントも現場も、データを信用していないのだ。
最終的にMLBに適応するかどうかは、シーズンが始まってしばらくしないと分からない。
ただし佐藤家の一族を除く。
メトロズのオープン戦初戦が始まる。
対戦相手は同地区の最大のライバルとも言えるアトランタ。
だがこの三年、メトロズはほとんどのチームに圧勝している。
大介のMLB一年目は、レギュラーシーズン10勝9敗とほぼ互角の成績であったが、二年目三年目はそれほど苦労はしていない。
ただそれでも、アトランタは三年連続で地区三位。
これだけ安定している強さは、トローリーズやヒューストンぐらいか。
ただヒューストンはアナハイムに、ボコボコにされているのがこの二年。
そう思うとアトランタも、メトロズには圧倒的なゲーム差をつけられている。
オープン戦初戦、紅白戦でも一軍側で使われていた打線で対戦する。
一番ステベンソンが、ボール球を見極めて塁に出る。
ここからピッチャーにプレッシャーを与えていくのが、彼のスタイルである。
しかしメトロズにおいては、大介の前のランナーは盗塁を狙ってはいけない。
今年は二番に入っている大介。
それに対してアトランタの新人は、思い切り良くボールを投げてきた。
甘いコースのストレートを、平然と見逃す大介。
球速は100マイルオーバーであったが、これまでの大介にとってはホームランボールであった。
ただ二球目のアウトローも、やや甘かったがこれも見逃す。
そして調子に乗って、またゾーンの中に、これは内角に厳しく投げてきた。
大介はコツンと当てて、打球はそのままスタンドへ。
外野がいくら背伸びしてもジャンプしても届かず、それでいて必要以上に遠くには飛ばさないホームランであった。
味方だけならず敵までも「やっぱりな」という顔をしている。
だが大介としては、丁度いい距離に上手く飛ばせたと、にっこり笑顔である。
続くシュミットまでホームランを打ち、DHで四番に入っているグラントは大飛球でアウト。
たとえ結果はフライアウトであろうと、ここでフルスイングしてフライを打つということが大事なのだ。
五番の坂本も同じような打球でフライアウト。
六番のラッセルは、弾道の低いライナーで、フェンス直撃弾である。
なるほど、と大介は了解する。
長打力のある選手の価値が高いのが、現代のMLBの常識である。
ただ大介のような高すぎる長打力持ちがいると、その前に出塁できるバッターがいてほしいのか。
去年のシーズン中から、データをコンピューターで計算させると、大介のフォアボール数を考えると、一番より二番の方がいいと出た。
ただしそれは、一番に出塁率のかなりいいバッターがいてこそだ。
ステベンソンは高い買い物だったが、機能してくれるならそれでもOKだ。
メトロズお得意の資金力勝負である。
ただしこういう高年俸選手を揃えるのは、不調や故障で離脱すると、一年を捨ててしまわなくてはいけなくなる。
複数年契約で、上手く戦力が最後まで離脱しなければ、優勝を狙っていける。
去年にしても武史や大介、坂本あたりが故障していたら、ワールドシリーズまでたどり着けたかどうか。
他のチームを見ていても、メトロズはかなり故障者が少なかったのだ。
故障せずに多い試合に出られる、それも安定感の一つだろう。
大介としては今年も、一年怪我なく過ごしたい。
だがこれはいくら準備運動やストレッチをしていても、どうしようもないことはある。
とりあえず今年、大介は守備負担が多くなりそうだ。
サードに入ったラッセルが、まだ守備が不安定なのだ。
深く守って強肩で刺すショートの大介に、負担が大きくかかってくるだろう。
ただセカンドとの連携は変わらないので、そこが救いと言えるだろうか。
この試合メトロズは、武史の出番はない。
ピッチャーに関しては、まだまだここかわ振り落としていく段階なのだ。
そもそも武史は、短いイニングで調子を見るオープン戦には、あまり向いていない。
それでも100マイルを軽く超えるファストボールは、普通ならば打てないのだ。
リリーフ適性はないと言っても、それは先発と比べればの話。
普通の並のリリーフよりは、よほど適性は高い。
100マイルオーバーのムービングを投げていれば、それだけでおおよそは片付いてしまう。
あるいはこれは、武史がクローザーに覚醒するフラグであるのか。
体力も回復力もあるので、完全に向いていないわけではないのだ。
それでも完投できる先発ほどの価値はない。
試合はコロコロと選手を替えて進行していくが、二打席目の大介はコーチからの要請を受けた。
去年までのような、ライナー性の打球は打てないのか、というものだ。
もちろん打てる。
既に二人目になっていたピッチャーから、ライナー性のバックスクリーン直撃弾。
オープン戦は敬遠してくることが基本ないため、大介としてはありがたい限りである。
ここで今日は、他の選手に交代。
ベンチから他のショートを見ることとなる。
首脳陣から、どうかねと尋ねられたりする。
「いいですね」
四年目ともなれば、そこそこ英語も喋れるようになる大介だ。
基本的に大介は、地頭が悪いはずもないのだ。やる時にはやる男であるのだし。
ショートは基本、専門職に近い。
キャッチャーとはかなり役割が違うが、守備が一番上手い選手が、守るのがショートである。
かつてはファーストは守備力など必要ないとまで言われたものだが、現在の連携やカバーを考えると、ファーストでも守備力は必要だ。
完全に守備がダメなら、DHというポジションがあるのだ。
ラッセルを見ていると、ペレスの熟練した守備を思い出す大介である。
強いボールにもしっかりとグラブを出すのだが、フットワークや送球に甘いところがある。
「彼、ファーストにした方がいいんじゃ?」
「サード以外を守らせると、バッティングの方に影響があるんだなあ」
なるほど、慣れたポジションでないと、バッティングにまで響いてしまうと。
MLBにおいてはユーティリティー性というのはそこそこ大事である。
どこの守備も守れるというのは、足もそれなりにあるということだ。
だから代走で出て、そのまま守備に入るということもある。
競った試合の終盤や、ポストシーズンなどの一つのプレイが重要なところでは、必ず機会があるのだ。
メトロズにもそういう選手はいる。
ただし打撃には期待されていない。
これで点差をつけられた時、ピッチャーまで出来たのなら完璧である。
ただどんなユーティリティプレイヤーでも、まずキャッチャーまでは出来ない。
キャッチャーはとにかく専門職であるのだ。
武史はブルペンで、しっかりと投げ込みを行っている。
考えてみれば武史も、今年でプロ八年目。
さすがにある程度は自分で調整はしてくる。
ただ坂本が日本人であることも、成績が上がる理由にはなっているだろう。
試合中のサインなどはさすがに英語でも問題ないが、イニング間のベンチでの話などは、いまだに通訳がいる。
もっとも武史の場合、サインの通りに投げておいたら、分かっていても打てないということが多いのだ。
103マイルで手元で動く球など、打てるバッターはほとんどいない。
大介でさえジャストミートするのは難しいのだから。
そんな武史の出番が回ってきたのは、相手がヒューストンとの試合。
ア・リーグ西地区のヒューストンとは、今季は当たることがない。
武史の今季オープン戦初登板と考えれば、なかなか強い相手ではある。
ヒューストンは今年も、アナハイムと争うことになるだろう。
資金力もそれなりに豊富なチームであるが、むしろ若手の育成をここのところは行っている。
単純にすぐにいい選手を集めても、アナハイムの牙城を崩せないと思ったのだろう。
それでも充分にポストシーズンは狙えるあたり、やはり球団の資金力格差というのはあるのだ。
もっともそれを言うなら、メトロズは大きな不均衡がある。
結局は金か、と言えなくもない。
だがいつまでもずっと、その金が続くものか。
メトロズの年俸総額は、現在三億ドルを余裕で超えている。
今は主力に大きな怪我がないからいいが、もし大介が故障でもしたらどうなるか。
それに先発陣の中で、複数人の故障が出たら。
いくらメトロズに金があると言っても、市場にいい選手がいなければ、どうしようもない。
もちろんそういう場合、ドアマットのチームからFA間近の選手を買うなどという手段もあるが。
中心選手をしっかり揃えて、耐久力のあるピッチャーを持っておく。
これでかなり、チームは安定してくるのだ。
とりあえず五回まで、と武史は言われていた。
ポテンヒットを打たれはしたものの、毎回奪三振で10奪三振。
アウトの三分の二を三振で奪ったことになる。
ただそれでも武史は、全力を出してはいない。
今年の課題としては、スプリットのマスターが挙げられる。
スルーが自分にも投げられたらな、と思わないでもない。
100マイルオーバーのジャイロボールなどがあったら、さすがにほとんどのバッターは打てなくなるだろう。
しかもサウスポーなので、特に左打者には必殺になりうる。
ベースの位置を使って角度をつけるのも、しっかりと細かい技術として見につけてきている。
パワーピッチャーとしては、ほとんど究極形とも言える存在。
武史を打つのはバッターにとって、絶望的なものだ。
佐藤兄弟恐るべしと、結局去年はそれぞれのリーグで、サイ・ヤング賞を取った、ピッチングスタイルの似ていない二人である。
変化球というのはピッチャーによって、合っているか合っていないかが変わる。
もっとも直史のように、ほとんど全ての変化球を投げられるなら、それはまた別の話だが。
武史の場合は本来、普通のパワーピッチャーよりもさらに、スプリットは効果的な球種なのだ。
ストレートのホップ成分は、リーグ全体を見てもほぼトップ。
そしてスピードもあるため、下手をすればストレートだけでも押していける。
ここにムービングと、緩急のためのチェンジアップにナックルカーブ。
チェンジアップはすとんと落ちるが、90マイルほどは出ているのだ。
ここに100マイルオーバーのスプリットがあれば、もうバッターはどちらを選べばいいのか分からない。
あるいは狙いを絞る以外にも、打てる方法はあるのだろうか。
武史はボールによってフォームにクセがないよう、昔からしっかりと指導を受けている。
鞭のように撓る左腕から、投げられるスプリット。
この球種は故障しないように、球数制限をしっかりと受けている。
スプリットもフォークも、原理は同じである。
違うのは回転数だ。フォークよりもスプリットの方が、やや回転している。
だからフォークよりは速く、鋭く小さく落ちる。
これと普通のストレートの組み合わせだけで、どれだけの三振が奪えるか。
もっともムービング系のボールを使うために、武史の球数は充分に減らすことが出来ている。
オープン戦ではせいぜい、一試合に投げるのは70球。
どれだけ投げても大丈夫なのかは、キャンプ中のピッチングでは分からないものだ。
去年のワールドシリーズ最終戦、武史はとんでもない球数を投げた。
首脳陣としてはメディカルチェックの結果は知っていたものの、それでも直接目にしなければ、ちゃんと今年も投げられるかなどは分からない。
実際のところ、日本の野球においても、甲子園で最後まで投げきったら、数ヶ月は休養した方がいいという場合だってある。
レックスの金原などは、そういう例であった。
甲子園の初戦、瑞雲を相手に下克上を果たしたが、金原の故障で第二戦で敗退。
これはもう無理かな、と思っていたところをレックスが獲得したのだ。
甲子園後は約四ヶ月、完全にノースロー。
そこから合同自主トレにキャンプがあって、そこから二年目からはエース級の活躍。
武史の場合は三ヶ月の間、別にずっとノースローでもなく、投げ込みも行っていた。
どれだけ頑丈なんだ、と一緒に自主トレをしていた樋口でさえ呆れていたものだ。
武史の課題は、今のところ二つある。
一つには立ち上がりの精度を上げることと、あとは球数を減らす工夫だ。
もっとも武史はパワーピッチャーの割には、球数は充分に少ない。
三者連続三球三振ということも、何度もやっているのだ。
地味な記録に見えるかもしれないが、これは一球も無駄球がなかったということである。
ピッチャーのスタイルとしては、三球で1イニングを終わらせるのの、次ぐらいには理想的だ。
全部のバッターを三振に取れないかな、などという無茶な考えは、武史は思いつかない。
野球の中で、下手な拘りがないところが、武史の最大の武器であろう。
おそらく大介を完全に封じるとしたら、直史よりも武史の方が、性格的に向いている。
全打席敬遠などということも、武史ならば躊躇なくやる。
それが分かっているので、大介は武史相手には、それほど闘争心を燃やすこともないのだ。
本日も武史は、ストレートを投げる。
105マイルで三振を奪い、ノックもしっかりと受けて守備練習をするのだった。
また一気に10人ほど、ロッカールームから人が消える。
大介にはもちろん関係ないことで、ただそれでも四年目となると、ある程度は周りを見ていく余裕もある。
まだ残しておいてもいいんじゃないか、という選手でもマイナー送りになったりする。
もっともそういう選手は若手ばかりなので、招待選手はその場でカットだ。
自分自身はそんな経験は一度もないが、クビの可能性を常に考え、働くことは重要なのだろう。
プレッシャーのかかる、ハングリー精神の培われる土台。
だからMLBは年俸なども高額なのかな、とは思う。
長期大型契約は、選手にとっても安心してプレイが出来るものなのだろう。
大介はNPB時代、クビのことなど考えず、毎年目の前の試合に集中するため、FA権取得前にも複数年契約は考えたことがなかった。
おかげでスムーズに、MLBに来てしまったのだが。
NPBの契約と同じ感覚でいたが、MLBでは確かに、故障などで成績が落ちれば、すぐにクビになることはある。
もっともそこから新しくチームを探し、もう一度やり直すことが、アメリカという社会では出来る。
失敗してもやり直すことが出来るという点では、アメリカ社会は寛容だ。
日本の場合も別に、アメリカと比べて難しいわけではないのだが、それはスキルに自身のある人間に限る。
大介は五年契約を結んでいるが、それが切れるのが33歳。
そこから長い契約を結んでもいいのだろうかとも思うが、モチベーションが落ちればまずい。
直史がいなくなれば、対戦相手にモチベーションを求めるのは、大介にとっては難しい。
だからこそ一年ごとの契約の方が、大介としてはありがたいのだが。
それにこれだけの数字を残していると、評価は毎年高くなっていく。
去年はホームランの数なども減ったが、貢献度ではほぼ同じ。
そして同じ貢献度を残していくと、どんどんと年俸が高くなるのが大介のレベルだ。
果たして今年は、どういった一年になるのか。
オープン戦でもホームランを量産する大介。
それに対する効果的な対応策は、まだ見つかっていないようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます