第3話

庭の剪定作業2日目

湿布の匂いをプンプンさせて作業する。

湿布を何枚も貼っている。

鼻が曲がりそうな湿布薬の香りをまとい、朝から作業だ。

私の憂いをよそに、樹木は青葉をのぞかせている。

人間の利己的な発達とはある意味で衰弱を意味しているのかもしれない。

「今夜はお酒飲もう」

たしか朔ではなかったはずだ。

月見の季節ではないにせよ、集落で過ごす時を満喫したい。

「労働もしたし、いい気分になれそうだ」

「その前に風呂じゃろうが。汗臭くてかなわんわ」


昼前には帰ったはずの爺がまた来ている。夕方の散歩というものらしい。

爺の言うとおりだが、風呂に入ると筋肉痛が本格的にはじまるのだ。

憂鬱この上ないが、汗まみれもつらいもの。

「傷できてないといいな」

いつもつい夢中になりすぎて草で皮膚を傷つけるのだ。接客業には皮膚の強さは必要ない。

最低限の清潔感は必要なので、跡が残るのはあまりよろしくない。

ばんそうこうも大きさ一そろい持ってきた。使わないといいのだが。



風呂に入り、また湿布を大量にはり、用意した酒缶を開ける。

プシュッ

「よっと、月見酒うれしいわー」

(あー、美味しんだよなぁ)

ほろ酔い気分になれるお酒。度数もキツくなく、いい気分だ。

バーとかシャレたものは潰れたあとなので宅飲みだ。


ふと同級生と過ごした日々を思い出す。

喧嘩したり追いかけたり仲直りしたり。


懐かしい。今頃は結婚でもして子供もいるのだろう。


私も都会で恋もしたし、結婚の話も出た。

それでも出身地がこんな田舎だと知ると嫌がって婚約破棄と相成った。

失恋して4年目になろうとしている行き遅れには、爺の言葉は実は棘のように心に引っかかる。

「よー、おばさんは?」

「ミツキ!? なんでここに?」

「土産もってきた」

手にしているのはおはぎらしい。

いきなり入ってきたのは新藤三月。昼間散歩してきていた爺の孫にあたるやつらしい。

「じーさまが見てやれって」

2年ほど前やっと春が来たと喜んでいたが、

その後はどうなったのか聞いていなかった。


「あんた、既婚なの?」

「低収入で振られた」

「クククッ残~念っ!」

「ああ、満月じゃねぇけど月がキレイだな」

「そうね〜」

「だからっ月がキレイだっつてんだろう鈍感女。鈍感に磨きかかってんじゃねぇよ」

「は?」

文学的知識は多少なりある。

しかし、彼の口からそんな風流な言葉が出るはずがないのだ。

こいつは脳まで筋肉だったはず。

そんなことを知っているはずがないのだ。


「え? は? あんた、三月であっているよね?」

 コイツは雅、風流とは一切縁がないはずだ。

うん。聞き間違えだな。 

「今日はつかれたわ。寝るかなぁ」

 まだまだ夜は長いが肉体労働してヘトヘトだ。

「だからっ!!」

「うるさいなぁ。明日もやらないといけないの」

 明日は反対側の敷地沿線だ。筋肉痛はつらいが、やらねば翌年以降より辛くなる。

「明日は俺もやるから」

「あんたしごとは?」

「有給休暇まるごと取ってきた」

 職場はいい迷惑だろう。ガバっと取られると他の人に負担が来るもの。計画的に取るように奨められるのだが。

いやいや……そんな気遣いできるやつではないな。だから低収入なままなのかもしれない。

「暇ならあんたの家の庭でも」

「俺はやってきた。あしたは手伝う。寝床かりるぞ」

 爺は安心して散歩できたはずだという納得と手伝ってくれるという安堵感、そしてさらりと泊まると言い出してる脳みそまで筋肉男。

「え? ええ? まぁ、うん?」

 自分ひとりのつもりだったから屋敷はほこりまみれだ。

どこかきれいな場所を探してると

鈍感とまた言われた。

「はぁ???」

 意味がわからない。

「おれ、この地域の役職に3つついててさ。年収200万なんだ。まだまだ伸びしろあるっていうのにふられたなんてありえねぇ」

 低収入だから面倒な役押し付けられてるわけね。流石脳筋。

「地域の希望の星ね。ガンバ」

 うんとかああとか相槌打った気もする。

昼間の疲れが出たらしい。眠い。うつらうつらしているうちに夢の世界に旅立った。


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