第19話 新天地緑の生活
「ここがアタシたちの家だ! その格好じゃあ動きにくいし目立つ。アタシのお古で悪いけど、着替えてもらえるかい?」
やって来たのは坂道を登った先にあったジルバたちの家。
木造平家建て。塗装はところどころ剥がれているが、雑草はなく庭を含めても整えられている。
近くに他の住居はないが、ここまで来るのに住宅街を通り抜けてきた。そこの住居と比べて、少しだけ古びた印象があるが造りは立派だ。千春が元の世界で住んでいた賃貸マンションと比べると古風だが、趣がある。懐かしさを覚えて家を見上げていると、ジルバは軋むドアを開けて「入りな!」と千春を招き入れた。
「お邪魔しまーす……」
この世界に来てから、千春が知る建物は城とアリィの店のみ。一般市民の家は初めてだ。ワクワクした気持ちを膨らませて入るが、期待に沿うことはなかった。
華やかな家具は一切ない。木で出来た棚、テーブル、イス。花や絵画が飾られていることもなく、必要最低限の家具のみ。
どれもシンプルな造りで、城の家具と比べれば素材やデザインにも大きく差がある。
千春はその差に頭を抱えた。
このような生活であれば、華美な服装は似合わない。ドレスなんてもってのほかだ。明るい色が浮いてしまいそうだ。
入り口で足を止め、考え込んでいた千春の背中をジルバが押して奥へと進ませる。
調理場を右手に進んだところにある開け放たれた扉の部屋へ向かった。
そこは寝室かつ衣装部屋になっていた。
ふたつのベッドが並び、窓際にはデスクや本棚が置かれている。壁際にある大きめのクローゼットをジルバが漁った。
「チハルにピッタリサイズという訳にはならないだろうが、ベルトをすればいいだろう。これとかどうだい?」
ジルバが取り出したのは、今ジルバが着ているものと同じ形のオーバーオール。くすんだグリーン一色のものだった。
ジルバは千春に合わせてみる。裾が床についており、千春の背丈では明らかに丈が合っていなかった。しかし満足したようにジルバは頷いて、さらにクローゼットを漁る。
「折ればいいよな。あとはシャツを……っとあったあった。じゃ、これに着替えてきて。アタシはさっき通ってきたイスのとこで待ってるから」
オーバーオールと白のシャツをベッドに置いてじゃ、とジルバは部屋の扉を閉めて出ていく。
改めて千春はシャツとオーバーオールを広げてみた。
オーバーサイズではあるが、着ることに抵抗はない。
今着ている服から着替え始めるのだった。
袖を通してみると、千春の知る服との違いがあまりないことを知る。基本的な作りは同じなようだが、生地が少し薄い。これでは汚れから身を守ることはできても、瘴気には太刀打ちできないだろう。防寒にもならなそうだ。これで作業着と言うのはなかなかに心許ない。
千春は丈が余った分は、折り返し、千春はジルバの元に向かった。
「待ってたよ! 随分と着こなせてるじゃないか!」
「そうですか、ね? 身体の違いがよくわかる……」
胸も背もなく、まさに服に着られている千春は肩を落とした。
「さぁーって! こちとら、猫の手も借りたいぐらいなんだ。早速行こうかねェ!」
「行こうってどこにです?」
「決まってるじゃないかい、畑だよ」
意気揚々とジルバは外に出る。
青空を駆ける風が、一気に室内にも入り込む。
逆光の中でも、彼女の背中はたくましく見えていた。
二人は家からほど近い場所の畑に向かった。
そこでは先にフェブが大きな身体を使って、畑を耕しているところだった。
「ここはアタシらが一から作った畑でねぇ。まだまだ栄養不足になってはいるが、何とか野菜も育てられるようになったんだ」
畑といっても育っているのはわずかな野菜だった。
密度が低く、葉や枝は心許ない。養分不足なのだろうと、農業に疎い千春でもすぐに理解する。
だが、ふと疑問が浮かんだ。
ヴィーナは緑に溢れている。千春が北海道を想像したほどに。
一面草花が育っていたのに、どうしてここの畑はここまで栄養不足になっているのだろうか。同じ土地なのに。
「ここだけ栄養不足なんですか?」
「ああ。ここは五年ぐらい前だったかな? 酷い程の瘴気を纏った魔物を倒した場所なんだ。そのときの瘴気が地面にも染み込んでいてね。微生物までいなくなって。土地の浄化に時間がかかってんだ」
「五年……」
「そ。あの魔物、手強くてねぇ。アタシも流石に死ぬかと思ったよ!」
「ジルバさん、戦ってたんです?」
「ああそうだよ。フェブもね。でもアタシたちじゃ、太刀打ち出来なくて。死にかけてたところに、ガラン様の登場ってね。魔法で討伐してくれたよ」
ジルバは懐かしむように過去を語る。
「遅れて堅物レクサも来たけど、そのときにゃ、魔物は塵となって消えてたのさ。ガラン様が来なかったら、アタシたちはここにいないよ」
昔話はここでおしまい、とジルバはパンっと手を叩いた。
その音で耕していたフェブも手を止めて顔をこちらへ向ける。
「フェブ! チハルに何かひとつ、とってくれないかい?」
大きな声で言えば、フェブはうなずく。大きな身体をかがめ、細い枝についた実をよく吟味。そしてひとつをもぎり取ると、のそのそと歩き千春の目の前にやってきて差し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます