第18話 緑の中から始める生活
城下から少し離れたのどかな街――ヴィーナ。緑が溢れるこの街に、千春は連れてきてもらった。
二歩後ろを歩くのはレクサではなく、彼の側近のニール。ペットの散歩のごとく、千春の動きから目を離さない。
「自然がたくさん! まるで北海道みたい! 行ったことないけど」
瘴気の被害は少ないようで、荒れた土地はない。溢れる自然に千春は両手を広げて興奮していた。
清々しい空気が肺を満たす。窮屈だった社畜生活からはかけ離れた緑に心が弾む。
「ヴィーナの東は瘴気がまだ及んでいません。というのも、ガラン様の魔法障壁を常に張っているためです」
「お兄さん、凄い魔法使いなんですね」
「ええ。ガラン様は国一番の膨大な魔力と知識に技術をお持ちですから。ガラン様がいなかったら、国は崩壊していたでしょう」
誇らしげに語る。
国の重鎮。そんな人にふさわしい服と言えば何だろうか。
千春は考えを巡らす。
「どうしてここは城の方よりも守られているんですか?」
「どうして……これは憶測ですが、ヴィーナはレクサ様、そしてガラン様の母君が生まれ育ち、そして亡くなった場所なのですよ。だから他のところよりも一層守りたいという気持ちが強いのでしょう」
「! そっか、お母さんは亡くなって。何としても守りたい場所……」
千春も親はいた。しばらく前に共に亡くなっているため、親を失う気持ちは痛いほどわかっている。
空を見上げ、家族を想っていると遠くから「おーい」と呼ぶ声がした。
「おや? こんにちは。お久しぶりです」
ニールが挨拶したのは、若い男女。
ふたりとも作業中だったのか、厚手の生地でできたオーバーオールに腕まくりをしている。クワや麻の袋を担いでいる。
出るところは出てしまるところはしまった、
スタイルのよい女性。
そして隣に立つ大柄な男性。
ペアルックの姿からカップル、あるいは夫婦とみられる。
「あんさんが来るなんて珍しいねぇ! そっちはお嫁さんかい?」
粋でいなせな女性が千春とニールを交互に見て言う。
「ええ。彼女はレクサ様と成婚されておりますよ」
「えっ!? そりゃ本当かい!? あの堅物が結婚するなんざ、コッチで聞いたことすらねぇよな?」
女性が隣の男性へ聞くと、声に出さずに黙ったまま頷いて返していた。
「城下までしか広がっていないのでしょうか? なんせここまで来るのは魔物も瘴気もあって大変ですからね。あ、既に公になっているので広めてもらって大丈夫ですよ」
「なんだい、アタシを口軽女だと思っているのかい? こう見えてもあたしだって王子サマの近衛兵だったんだよ? 口は堅いさ」
「ふふふ、そういうことにしておきましょうか」
親しげに話すのを千春は空気になって聞いていた。
だが、女性が改めて千春の方へと向いて言う。
「お初にお目にかかります、アタシはジルバ! そしてコッチが旦那のフェブだ。よろしくな、えっと……」
「千春です。よろしくお願いします」
「チハル! 何でも言ってくれよな!」
バンバンと背中を叩かれて、千春はバランスを崩した。
「おっと。ジルバ。彼女は貴方と異なり、とてもひ弱なんですから注意してください」
「悪ィ悪ィ! そんで、堅物のお嫁さんがこんなとこにきて何の用だい? 墓参りかい?」
「そちらも伺いますが、まずは彼女にこの国の生活を知ってもらおうと思いまして」
「国の? 今さらじゃないかい?」
「そう思われるのも無理ありません。なんせ彼女は無知……恥ずかしいほどの無知なのです」
「どのくらい?」
「瘴気を触ろうとするぐらい」
「エェ!?」
後ろに引き下がるほど驚いている。
「ですが、彼女は瘴気を消すことのできる力があります。それを遺憾なく発揮させるために、人々の生活を知ろうという魂胆ですよ」
「興味深いねぇ! よし、アタシに任せな! チハルに手取り足取りなんでも教えてやるよ!」
胸を張るジルバ。頼りがいがある。
しかし、こういうタイプの人に任せて痛い目にあった経験もある。
道案内を任せろと言う人に着いていき迷子になったり、ホテルの予約をし忘れる人など。自信がある人ほど危ういのだ。
「そこまで意気込まなくても大丈――」
「そうと決まれば、行動だよ! アタシの家に来な! 動きやすい服であちこち行こうじゃないか!」
チハルの手を掴み、ジルバは猛スピードで走る。そのスピードと力で、チハルはまるで風になびくタオルのようだった。
「行ってしまわれましたね。フェブさん、彼女をよろしくお願いします。彼女の力で瘴気を消すことができれば、ここへニール様もお戻りになられるでしょう。わたくしは近隣の魔物を排除してきます。片付きましたらお宅にお伺いいたしますので」
ニールが言うと、フェブはまたしても頷いた。
そしてジルバを追いかけるようにドサドサと獣のような足音で走って行く。
「さて。こちらも仕事をしなければなりませんね。瘴気を帯びた魔物……少々骨の折れる仕事になりそうです」
ニールが振り返り、剣を抜く。
眼前には涎を垂らした、どろっと肉体が腐り落ちても牙を見せる魔物が。
「ぐぷぅ……」
声とも言えない音。鼻をつまみたくなるような臭気をものともせず、ニールは剣を振った。
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