第17話 改心した生活


 千春は夢中になって雑誌を見る。

 文字は分からなくても、写真があればファッションについて理解できそうである。


 女性向けの服としては、丈の長いスカートが主流のようだ。膝下までのスカートに編み上げた中間丈のブーツ。トップスは襟付きシャツとベスト。

 瘴気のせいかくすんだ色合いが多い。現代でいえば冬が近い時期に見かけるような色だ。デザインは千春は嫌いじゃないけれど、この色では気持ちまで暗くなりそうだった。


 一方で男性向けの服は、どれも革靴に黒のスラックスと襟付きシャツにベスト。

 男女の差はスカートかパンツだけなのかと目を疑った。


「もしかしてこの世界にオシャレは存在しない……?」


 まさかと思うが、数冊の雑誌では同じようなファッションしか載っていない。

 ファッション雑誌とはとても言えないものだ。魔物について書かれた本に写る専門家らしき人ですら同じような服を着ている。

 ファッションを楽しむ。そのような文化が存在しない。そう感じ取れた。


「これはみんなの意識を変える必要がありそう。瘴気に強いもので、斬新的なものに……」


 唸りながら考える。

 レクサのように華がある顔立ちだったら、明るい色合いでも、くすんだ色でも、どんな色でも似合うだろう。

 しかし、一般人は違う。

 気持ちを明るくさせつつ、機能性も優れたもの。なおかつ、今の段階で大きく異なるようなデザインは避ける。


 構想を練ってみるが、イマイチピンとこない。


「瘴気に耐えられる生地にしないとな……となると糸から作るのかな? というか、何が瘴気を消してるんだ? 生地も糸も貰ったものだけだし……」


 アトリエにあるのは、レクサやニールが運び込んだ素材。元々備えてあったミシンやハサミ、大きな型紙。他にも探せばもっと色々出てきそうなほど、部屋のあちこちに引き出しがある。

 それらに目をやってから、千春は立ち上がった。


「もっと研究しないと」


 まずはアトリエの中。何がどれだけあるのかを把握しようと試みる。

 生地、糸は量や色と質感までも細かくメモする。

 すぐに終わるかと思った作業だが、想像以上の仕事だった。

 メモとして用意した紙は一枚、また一枚と増えていく。

 全て終わったのは、日付をまたぐ頃だった。


「次! 街に行って生活を見て……って、夜!? 嘘でしょ!?」


 やっと時間の経過に気付いた千春。

 作業中は感じなかった時の流れに驚きの声が出る。同時に疲れが襲ってきた。

 深く息を吐いて、振り返ったとき。更に驚きが待っていた。


「レッ、レクサさんっ! いつの間に!」


 足を組んでソファーに座るレクサがいた。

 千春が叫び声を上げても、眉一つ動かさない。しかし、チハルの方を見て「しばらく前から」とだけ答える。


「いらしていたのなら声をかけていただければいいのに」

「そうもいかんだろう。集中している者の邪魔はせん。それよりも……はかどっているか?」

「はい。本もありがとうございました。私、少し分かってきました!」


 意気揚々と答える千春の目には光が灯る。


「ふっ……俺の杞憂だったようだ」


 千春の顔を見てレクサの口角が上がる。落ち込んで寝込んでしまっていないかという心配は不要だったと、安心から生まれた表情である。

 そんな心配なんて知らない千春は頭上に「?」を浮かべた。


「気にするな。コチラの話だ」

「そうですか。あの、レクサさん。お願いがあるんですけど……」

「なんだ? 可能なことなら手を貸すが?」

「ほんとですか!? じゃあ、明日。うん? 明日? 今日?」

「時刻的に言えば今日だろうな」


 日付は変わっていたので、冷静にレクサは言った。


「そうそう、今日。街へ連れて行って欲しいんです」

「街の何処へだ? アリィとメマの店で買い物か?」

「いえ。買い物ではなくて……」

「? では何をしに行くのだ?」


 レクサは問う。


「この世界の当たり前を知りたいんです――」

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