第15話 試みた結果がもたらす生活
「魔物に襲われたのですか?」
「うん、まあね。ちょっと油断したときに。おかげで城下に魔物の侵入を許しちゃったよ。その魔物もレクサが倒したみたいだけどさ」
「あの時の城にいた魔物か。兄上がいるにも関わらず、魔物が現れたのは不思議に思っていたが……そうか、なるほどな」
レクサを納得させると、ガランは改めて千春に向き合う。そしておもむろに瘴気に侵される腹部を見せる。
「どう? この瘴気を消してくれない?」
「私にできるのであれば、そうしたいんですけど。アトリエに行かないことには何もできないので」
「そっかあ。じゃあ、行こうか」
謎の微笑を浮かべながら、ガランは指を鳴らす。すると薄暗い部屋が歪み、瞬きをした途端に辺りが一転、アトリエへと変わった。
千春、ガラン、そしてレクサ。三人の位置はそのままに部屋だけが変わったのだ。
「え? ええ? 今の何ですかっ?」
ほんの一瞬の出来事に頭が追い付かず、千春はきょろきょろと見渡す。確かにさっきまではボロボロのソファーに座っていたはずなのに。今はアトリエにある綺麗なソファーの上にいる。薄暗かった部屋から、日光差し込む部屋へ。眩んだ視界になれたところで立ち上がって、本当にアトリエなのかと作業台へ近づく。
ミシン、ハサミ、針。全て自分が置いたものが、そのままの位置に置かれている。間違いない、ここはアトリエであり、ほんの一瞬で戻ってきたのだと理解する。
「びっくりした? 僕の魔法。脳筋レクサにはできない移動魔法さ。こう見えて僕、魔法が得意だからね。こんなこともお茶の子さいさい。レクサを部屋に置き去りにすることもできたけど、優しい僕は一緒に移動させてあげたよ。喜べ、弟」
「チッ……相変わらず口が悪い兄上だ……」
「うん? 何か言ったかい、レクサ。お前の周りも歪めようか? 骨までバキバキに」
「何も言ってません」
ガランにとって、レクサを傷付けることはたやすいのだろう。不穏な笑みを浮かべながら、小さな声で反論したレクサを黙らせた。
そしてガランは改めて千春に向けて言う
「うん、それならよし。さ、ここで瘴気を消してもらえるかな?」
「そうでした。待ってくださいね、こっちに試作段階ですけど、男性サイズに作ったシャツが……あった!」
時間だけはあった千春が作ったものは数知れず。その中でもうまく出来上がったものに関しては、アリィの元で販売している。だが、そのレベルに達することができなかったものは手元に残していた。そのうちのひとつを世に出なかった作品の山からひっぱりだす。
「多分、瘴気もなくしてくれると思います」
そう言って千春が広げたのは、リネン生地のTシャツ。肌に馴染むようなベージュ一色にリネン特有の味がでている。千春が広げれば、大きく見える。同色の糸で縫って作ったこのシャツは、千春にとってはよくできたと思ったのだが、販売には至らなかった。
今こそ活躍の時だと、自信満々に見せつけているものの、それを目にしたガランの表情は不満気だ。
「お気に召しませんか? 私はよくできたと思うんです。ほら、リネンって長く使えますし、風通しもよくて涼しいんです。さらに、これはですね――」
「はいはい。僕だって生地の特徴ぐらい知ってるよ。もうなんでもいいからさ、それ貸して」
「あ、はい」
いかに優れたものかという説明は、遮られた。ガランにシャツを手渡すと、ガランはそれを着ようとはせず、腹部をめくりあげると、シャツをぐしゃぐしゃにして自らの傷口に押し当てる。
「街でも見かけたんだよね、こうやってるのっ……結構痛いなぁ」
食いしばりつつも瘴気は確かにシャツへと吸い込まれていく。だが、全ての瘴気が無くなるよりも先に、瘴気に耐えきれなかったシャツの方がボロボロと崩壊していった。
残ったのは瘴気。
塵となったシャツに息を吹きかけて飛ばしたガランは、つまらなそうに言う。
「なんだ、この程度なんだ。多少マシになったけれど、燃えカスになっちゃうんじゃ、着ても仕方ないね。瘴気にやられたら、裸になっちゃうんだから。デザインどころか、機能性も悪いじゃん。まるで雑巾と一緒だ。使ったらゴミ箱いき」
「兄上!」
「なんだよ、僕の感想を言ったまででしょ。間違ってないし」
「だとしても!」
「事実でしょ。お前もさっきのアレを着ようと思えた? 思えないよね。見た目最悪だもん。僕が期待しすぎたのが悪かった。これ以上期待するのもおかしな話だし、僕は帰るよ。じゃあね。アデュー」
ガランが指を鳴らすと、視界が一瞬白に染まった。そしてすぐに元の視界が戻って来るが、そこにガランの姿はない。
「レクサさん、私が作ったものって、そんなにデザインも悪かったですか……?」
恐る恐る千春はレクサに聞く。認めたくなかった。レクサから「そんなことない」と言われたかった。せめてレクサだけには。
しかし、レクサは何も言わない。それが問いに対する答えだった。
「そう、ですよね。趣味の範囲ですし、デザインも、瘴気についても詳しくない私が作ったところで、お役にも立てませんよね。一度や二度、瘴気を消すことができたからって、浮かれていました。すみません」
「チハル、俺は……」
「いえ、おかまいなく。私はちょっと疲れたので休みますね」
何とか表情を作ったが、ぎこちなく苦しそうな顔をして、千春はアトリエの奥へと向かう。
そんな彼女を励ますことができず、伸ばした手が空振りに終わったレクサは唇を強く噛んだ。
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