第13話 きっかけとなった生活


 食事をしてからも、千春の創作意欲は膨らみ続ける。頭の中で展開される設計図に従い、布を裁ち切る。簡単なものであれば型紙が無くても作ることが可能だ。使うごとに慣れてくるミシンを活用して、時には手縫いをしながらもひとつひとつ丁寧に創り出す。

 そうして完成した作品は、レクサがニールとテーブルを挟んで今後について話しているところに静かに並べていく。

 作りやすさから、ヘアバンドをばかりを作ってテーブルの上に置くと、ニールがそれを観察して言う。


「やることが早いですね。それに仕上がりも素晴らしい。女性が好みそうなデザインですね。でも、レクサは髪が長いですし、使ってみたらどうですか?」

「……俺がか? いや、しかし……」


 ひとつ手に取ったレクサは眉をしかめる。

 千春が作ったものは、どれも千春の好みが入っている。それゆえ、配色・デザイン共に女性らしい面が前面に出ている。王子そして騎士たるレクサがつけるには不相応だ。千春にはそれがわかっている。


「レクサさんだったらもっと……綺麗な白い髪に似合うものの方がいいですよね。今作ったものだと、かっこいいレクサさんには可愛すぎてしまいます。ヘアバンドより髪をくくるものの方が。あ! 待ってくださいね」


 思い立ったかのように、千春はミシンの隣にある作業台に向かう。

 糸、布、針、ハサミに金具まで。必要な道具や材料を並べ置いたそこでふたつ、みっつと素材を手にする。


「何をし始めたのだ?」

「新しいものを作るんです。レクサさんでも使いやすいものを」


 はて、とレクサは首をかしげる。しかし、千春は説明をせずに手を動かす。

 男性でも使える装備品を。シンプルでありながら、高貴な彼にふさわしいものを。

 今、手元にある材料で作ることができるものには限りがある。それでも頭の中に浮かんだものを形作る。


 材料は艶のある紺色の布と、レクサの瞳の色と同じ琥珀色の布。

 それに組み合わせるのは平ゴム。服を作るときにも活躍するこれは、どうやらレクサの母親がこの場所で同じようなものを作っていたのだろう。

 パッチワークのように布を縫い合わせ長方形を作り、端と端を縫い合わせて筒にする。そこからあれやこれやと折っては縫って、かなり細く長い円状の布ができる。縫い目の隙間からゴムを入れてかた結び。最後にゴムを入れた箇所を隠すように、まつり縫いをして完成だ。


「できました。いかがでしょう!?」


 千春が堂々と見せたのは、『シュシュ』だ。

 千春の学生時代、女子高生の多くがシュシュをあらゆるところにつけていた。大人になってからは使う頻度は減ったものの、作り方はよく覚えていた。


「……これはなんだ?」


 この世界では見慣れないのだろう。千春の手からシュシュをとると、レクサは言う。


「シュシュ……髪留めです。レクサさんぐらいの長さの髪なら、緩くまとめておくのにちょうどいいかと思います。外では目立っちゃいますけど、お休みのときとかにでも」

「ほう。じゃあ、つけてくれ」

「うえ?! 私が? 今?」


 ぎょっとしたものの、レクサからは逃げられない。千春はすぐに覚悟を決める。

 シュシュを手に、レクサの背後、ソファーの後ろにまわる。すると、向かい側に座るニールがニコリと笑っていた。

 おそるおそるレクサの髪に触れる。さらさらの髪は絡まず、千春の手櫛でまとめられる。頭の下の方で、痛まないよう、優しくシュシュでひとつにまとめた。


「いかがでしょう? きつくないですか?」

「ああ。問題ない」


 千春はレクサの正面に移動する。印象が変わり、顔周りがすっきりしたレクサの姿。千春の心臓が一度大きく脈を打った。


「そうやって髪をまとめると、さらに兄上様にも似てきますね」


 茶化すように言うニールを、レクサは睨んだ。


「おっと失礼。チハルさん。貴方の作ったものはどれも質が高いですし、販売したらどうですか?」

「販売なんてそんなっ。お金を貰えるほどのものではないですよ? 趣味程度ですし」

「そんなことはありませんよ。瘴気に対抗できる貴方のこの作品たちに見合ったものと交換するのは、自然なことです。交換するものは、お金でなくてもいいですよ。等価交換に値するものを相手に決めてもらう。それがお金だったり、食べ物だったりするかもしれませんね」

「でも……」


 自分で作ったものを自分で消費するのは何の問題もなかった。だが、人に使用してもらうことを考えるとどこか恥ずかしい。


「ニールはこう見えてやり手の元商人だ。恐れることはない。アリィのところで置いてもらうだけでも試してみるといい。チハルの作ったもので、人が救われる」

「だったら無償でも……」

「言っただろう、世の中等価交換だ。相手が見合ったものを渡してくれるだろうさ」

「うう……わ、かりました……」


 こうして千春の作品は販売が決まった。

 流れはニールが作り、宣伝にはレクサとアリィが絡む。

 もともと瘴気で活気がなくなっていた街を元気づけるきっかけになればいいというニールの企みでもあった。例え瘴気を消失させる効力がなかったとしても、気分転換になれば。

 だが、それが新たなトラブルの火種となる。




 ――一週間後。

 様々な作品を作り、アトリエ生活をしていた千春。そこへ慌ただしい足音が近づいてくる。


「レクサ! レクサ! どこですか!?」


 ノックもなしに開かれた扉。

 開けたのはニールだ。

 血相を変えて駆け込んだ目的は、探し人のため。その人物は今、アトリエにはいない。


「今日はレクサさん、いらっしゃってないですよ」

「は……? じゃあ、何処に……?」


 顔を青ざめるニール。よからぬ事態が起きているのかと、千春は不安を煽られる。


「さ、さぁ……?」

「そうですか。どうもお騒がせしました。もし、レクサを見かけたときには、捕まえておいてください」

「わかりました……」


 急ぎ足でニールはアトリエから出て行く。一体何だったのだろうか? このままここに居ればいいのだろうか。アトリエの中でしか自由はない。外に出れば、魔物に襲われる可能性がある。何度も怖い思いはしたくないし、死にたくはない。生活に困っていることもないので、千春は好きにアトリエ内で過ごすことに変わりはない。


「なんだったんだろ? 大丈夫かな、レクサさん」


 静かになったアトリエ。

 千春は再び制作作業に戻ろうと振り返ったとき。


「えっ――?」


 甘ったるい香りがした直後、千春の身体が床に倒れた。

 力が入らない。起き上がれない。頭は重く、視界がかすむ。意識が遠のいていく中で、誰かの足が見えた気がした。

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