第12話 籠もって作る生活
「チハルさん、夕食をお持ちしましたよ……?」
千春がアトリエを訪れてから早七時間。星が瞬く空になったとき、ニールがパンを入れたカゴを片手にやって来た。
女性がいる部屋だ。扉をノックして言ったが、中から返事はない。耳を澄ましてみると、何やら物音が聞こえた。そこから何をしているか、あらかた予想がつく。
「はぁ……チハルさーん。入りますよー?」
ため息交じりにニールは扉を開けた。するとすぐに千春の姿が目に入る。
千春は、アトリエにあったミシンに集中していたのだ。
現代にあったものよりも巨大で、天井まで糸が張られたミシン。足下にあるペダルは一つではなく、まるでピアノの鍵盤のように複数ある。千春は頭を抱えながら手足を動かしている。
「あ、ちが……こっちだ。ああ、曲がっちゃったな……うーん……」
ニールの存在には気づいていない。それで更にニールはため息が出た。
目線をそらし、持ってきたものをテーブルに置こうとしたら、ソファに腰掛け目をつむるレクサがいる。頭がかくんと下がったところで、やっと瞳を開け、レクサはニールを見た。
「お前か。何しに来た」
「何しにって……食事を持ってきただけです。貴方が持ってこいと言ったんじゃないですか。忘れたんです?」
「もうそんな時間か。随分と寝入ってしまったな」
あくびをしながら、レクサは立ち上がる。そしてああでもない、こうでもないと奮闘する千春の肩を叩いた。
「ひゃい! あ、レクサさん。ニールさんも。何かありました?」
「食事だ」
「食事……もうお昼ですか? 早いなぁ」
近くに時計はない。体感で千春は言う。
「違います、夕食ですよ、チハルさん。とても集中されていたようですね」
「夕食!? うそっ!?」
目を見開いて言う千春に、男二人は呆れたようだ。
時間の経過すら分からないほどに集中していた千春だが、時間を教えられたことで体が疲れと空腹を伝えるかのように腹の虫が鳴る。
「事実ですよ。一休みいたしましょう?」
「そ、そうですね。恥ずかしいっ」
ニールは二度目になる千春の腹の音。しかし、レクサにとっては初回。まさか離れた距離でも聞こえるほどだったとは、と笑いそうになるのを堪えていた。
「レクサさん。笑わないでください」
「……すまん」
ムッとしながら千春はソファへと移動し、続いてレクサも場所を移す。そして三人でテーブルを囲う。
今回も食事内容は質素なもの。パンとミルクに加えて、真っ赤なジャムだ。
レクサがパンにジャムをつけるのを見て、真似るようにしてから頬張る。パサついたパンでも、ジャムにより多少水分を持たせることができた。
「全く二人揃って
頬いっぱいに含んで食べる千春とレクサ。そっくりな食べ方を見て、ニールは笑う。
「腹が減ったんだからそうなるだろう」
「そうですよ。お腹ぺこぺこで」
言い返すものの、食べるのは止めない。
そんなところも似ているというニールの指摘には何も返せなかった。
「レクサは久しぶりに眠れたんじゃないですか?」
「まあな。だが、姿勢が悪かった。おかげで首が痛い」
首を回せば、千春にも骨がゴリゴリ鳴る音が聞こえた。
「久しぶりって、そんなに寝てなかったんですか? 体に悪いですよ?」
「いつ魔物が来るか分からないんだ。おちおち寝てなどいられないだろう。寝たとしても、少しの音で目覚めてしまう」
「あれ? 私、さっきまで凄い音をたてながらミシン使ってましたけど……」
「あの音は心地よいのだ。よく眠れる。それにここに魔物が来れば、ニールが来るから眠れた」
ふぅん、と納得いかなそうに千春は言う。
「全く呆れた。人任せな王子ですね。それでチハルさんは、何を作ってらっしゃったんですか?」
「まだ試作段階ですけど……」
パンを飲み込み、千春は作ったものをミシンの傍から持ってくる。
テーブルに置いたのは、布作品たち。
ねじれたデザインのヘアバンドは、ベージュとマスタードイエローの生地を組み合わせた明るいものと、フォレストグリーン単色のものの二つ。
四角いコースターは、全部で五つ。端切れを合わせ縫った。異なる布の組み合わせて作られており、同じ柄のものはないが色合いが似ていることから全てセットで使っても違和感がない。
さらに、畳まれたカーテンをテーブルに置いた。それは千春が刺繍して途中で糸がなくなってしまったあのカーテンだ。
アトリエに来た直後、レクサが運び入れ、新しい道具を手に入れた千春はウキウキしながら針を持った。一度始めると、手が止まらなくなったために、カーテンの刺繍以外にもミシンを使って様々な作品を作っていたのだ。
「おや、完成したのですか?」
「はいっ! 他のも作ったんです!」
「拝見しても?」
「どうぞどうぞ」
ニールはカーテンを膝の上に広げる。するとそこに星空が広がったかのように感じられた。
瘴気を吸い、脆くなってしまった箇所も丁寧に刺繍されている。
「流石ですね。早速使いましょうか。レクサ。貴方の部屋に」
「俺の?」
「ええ。元々貴方の部屋から回収したものですから」
「だが、あそこは既に壁がないが?」
千春はギョッとしてレクサを見た。
「え、レクサさん。そんなボロボロの部屋で眠ろうとしていたんですか……?」
「? そうだが?」
当たり前だろうという顔を返された。
「城の内部はどこもそんな感じですよ。この場所と、チハルさんが一夜過ごした客室だけが綺麗なだけです」
「え!?」
ニールの補足情報にさらに驚く。
唯一の綺麗な場所。そこに居座ってしまったことによる申し訳なさ。瘴気によってもたらされた情勢。千春が途端にオロオロし出す。
「気にすることではない。それが当たり前だったのだから」
「ううっ……流石に私でも申し訳……」
「気にするな。妻を守るのも努めだ」
恥じることなくレクサに言われて、千春は顔のパーツが中央に寄せた。
「おやおや。一日で随分仲良くなったんですね」
微笑ましい姿に、ニールはクスリと笑った。
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