第7話 心機一転の生活
「いい加減にするのです。彼女が困っています。貴方が言うべきなのは、何者かということではありませんよ。まず最初に言うべきこと、分かっておられるでしょう? それともはっきり言わないと分かりませんか? それはそれは。飛んだ馬鹿王子ですね。レクサは」
ニールだ。
千春にとっては手助け、レクサにとっては裏切りのようである。
抑揚はなく、怒りに身を任せているわけでもない。部下であるにも関わらず、あざ笑うかのように言い切った。
流石に言い過ぎではないかとニールに目を向けた千春。しかし、ニールは大丈夫かというように制止させる。
「なにっ!? お前っ……!」
「あーあー。うちの王子は本当に馬鹿王子。王子としてではなく、人間としてどうかと思いますね。馬鹿で駄目な王子は人間以下」
「ぐっ……! 覚えてろよ……」
ニールに負けて、声がどんどん小さくなっていくレクサ。千春からも手を離し、まるで怒られた子供のように顔を逸らしてから言う。
「……ぁ、ありがとう、ござ……ました。助かった……もう! これでいいだろう! いい加減、説明しろ。ニール!」
鳥がさえずるような小さな声だった。かき消されてもおかしくないほどの声。言うべきことは言ったと、後半はグンとボリュームを上げている。
本当に子供のようだと、千春は少し笑った。
「まぁ、今日のところはそれでヨシとしましょうか。ギリギリ人間になれて、王子のポジションキープできましたし。さて、貴方が知りたい瘴気を消した方法ですが……このカーテンがタネです」
そう言って未完成のカーテンを広げる。星空をイメージした大きいカーテンは、瘴気を吸収した部分のみ刺繍した星が燃えたかのように消えていた。
「カーテン? その色、俺の部屋にあったものか?」
「ご名答。コチラはレクサの寝室から回収したものです。瘴気により使い物にならなくなっていたところを、彼女の暇つぶしになればと修繕をお願いしたのです。事前に彼女が身に付けていた衣服が瘴気を吸収したことは確認済みですので、布が吸収するのか、それとも彼女が手を加えたものが吸収するのかを検証しました」
「つまり俺は実験台か?」
「そうです。結果は後者ということになりますね」
実験台扱いしたことを悪びれることはない。研究熱心という点でレクサも同調し、怒ることはなかった。
カーテンに触れ、観察していくレクサ。その横で千春は呟く。
「あれ? せっかく刺繍したのに、星が無くなっちゃってますね。レクサさんの瘴気で糸が切れちゃったみたいです。また刺繍し直さないと……って、私、糸を探しに部屋を出たんでした……ニールさん、ごめんなさい。約束を破ってしまって」
今の状況を招いたのは、紛れもない千春自身。恐怖に苛まされたのは、自分のせいだ。心からのお詫びで、ニールに頭を下げる。
「糸って、お前、そんなことで魔物に襲われに行っただと……!?」
「お前、お前って呼ばないでください! 私だって名前があるんですから! それに糸は重要なんです!」
何度ととなくお前呼びされ続けて、流石に嫌になった千春は、強く言う。すると、レクサは言い返されると思っていなかったからか、目を白黒させている。
「ふふふ。レクサを黙らせるとは、チハルさん、なかなかやりますね」とニールは笑う。
「私は事実を言っただけです。いいですか? 人をお前とか、コイツと呼ぶのは、社会人として不適切です。キチンとした言葉遣いが、信頼・安心に繋がります。レクサさんは王子なのでしょう? であれば、言葉遣いに気をつけなければ国民に不信感を抱かせてしまいます」
説教のように千春は続ける。
「いくら部下だからとしても、ニールさんへの対応も酷いです。仲がいいのは分かります。ですが、とても一人ではやりきれない仕事を押し付けすぎです。レクサさん自身も自分を後回しにしすぎです」
「だが――」
「背負った仕事でニールさんが倒れたらどうするんですか? 誰が引き継ぐのですか? ニールさんが倒れても、レクサさんが倒れても。未来は真っ黒になってしまうのではないですか?」
感情に流されて、思ったことを全部言ってしまったと、千春の顔に焦りが浮かぶ。
やって来たばかりのこの世界のことなど千春はわからない。けれど、城にまで影響を及ぼしている瘴気が国を脅かしていないわけがない。
人の肉を腐敗させていくような瘴気。国を守るには、レクサだけでなくニールも欠かせないはず。
だからこそ、命をなげうって欲しくない。
王子としての責務を果たそうとするレクサに、社会人としての経験から得たものをぶつけていく千春。生まれ育った世界は違えど、共通している内容であり、千春の言いたいことはレクサに届いていた。
「……俺に説教してくるやつは初めてだ」
レクサは落ち込むのではなく、眉を下げて嬉しそうにさえ見えた。
「え、と。ご、ごめんなさい。でしゃばっちゃって……赤の他人に、しかも世界のことを分かっていない人に言われる筋合いはないですよね。大変申し訳ありません。土下座でも、靴でも舐めますので打ち首は勘弁を……」
床に膝を付こうとする千春の腕を、レクサは掴む。先ほどのような強引さはない。まるでガラス細工を扱うような優しさが伝わる。
「未来の花嫁にそのようなことをさせるものか。俺こそすまなかった――チハル」
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