第6話 治癒と魔法の生活
「……誰に対して言っている。立場をわきまえていないのか」と、レクサは圧をかける。
しかし。
「貴方に言っているんです、レクサさん! わかっていますよ、居候人の何もわかっていない私があれこれ口を挟むなってことは。でも。私は、今、貴方の婚約者でもあります! 貴方の心配をして何が悪いんですか!」
「こ……おいッ、ニール!」
しかめっ面しかしていなかったレクサの表情が一気に崩れた。裂けるほど目を開く。普段見せない姿がおかしかったからか、クスクスと糸目をさらに細くしながら笑うニールを呼ぶ。
「いかがいたしました? 彼女の正論を論破しようとでも? 無理でしょう?」
「
「余計なことはしてないですよ。それに貴方がおっしゃったのではないですか、任せると――それよりも、ほら」
興奮するレクサの肩を、ニールは強くない力で押す。ふんばりが利かなかったレクサの足。体はよろめき、千春が降ろされたベッドに座ることになってしまった。
「ねえ、チハルさん? こんな王子じゃ、国を背負っていくことは困難だと思いません?」
「ぬかせ。俺は別になんとも――っ」
強がるレクサの足を、ニールはためらいなく踏みつける。顔をしかめ、痛みを
「何ともないわけないですよ。瘴気のダメージが何処に蓄積されるか未知の部分も多い。王子である貴方が倒れては、この国も終わりです。滅びから逃れ、生きるためにも、素直に患部を見せたらどうです? ねぇ、チハルさん」
合間合間に千春へ同意を求めた。その都度向けられるレクサの眼光に負けず、千春は首がもげそうなくらいに何度も強く頷く。
するとレクサは深く息を吐いて、頭を抱えた。
「ああ、わかったわかった。見せればいいんだな?」
煩わしそうに、レクサは慣れた手つきですね当てを外し、片足を露わにした。足にはモヤのような黒いものなまとわりつき、肉がえぐれ、腐臭のような匂いが鼻をつく。見たことない状態に、千春は小さな悲鳴を上げてとっさに顔を逸らした。
「見世物にならないものだ。この程度、堪えずして何が王だ。民の方が傷を負っている。痛みを知らずして、民の気持ちを知ることはできない」
もういいだろ、とすぐに足を隠そうとする。だが、その手をニールはつかんで止めた。
「離せ」
「拒否します」眉間に皺を寄せてニールは譲らない。
「こんの糸目がっ……」
手を振り払おうとするのと、強引に止めている。
「なんとでも言ってください。貴方って人は本当に無茶をするんだから……チハルさん!」
「はひっ! な、な、な、なんでしょう!?」
千春は顔を手で覆うも、指の隙間から二人を見た。こうしている間にも瘴気は少しずつレクサの身体を蝕んでいる。二人は怖くないのだろうか――自分だけが逃げるわけにはいかないと恐怖に抗い、千春は手を下ろした。
「先刻の小瓶、覚えていますか?」
「はい、私の服の……」
「そうです。貴方の服、もしくは今まで作ったもので結構です。持ってきてください」
「服はニールさんがさっき持っていってしまってます。だからここには――」
部屋にあるのは作りかけのカーテンだけ。これでいいのかと思いつつも、千春は手に取った。
キチンと畳んでいるわけでもないので、床を引きずりながら運ぶ。
「それをわたしに。試してみる価値はあります」
「は、はいっ」
ニールの手にカーテンがゆく。
この時点で、千春はニールが何をしようとしているのか理解できた。だが、何もしらないレクサはカーテンをどうしようとしているかということは全く予測できていない。だからこそ、あがいてどうにかニールから逃れようと試みる。
「何をするつもりだ」
「実験です。荒療治になるかもしれませんが」
ニールは含みを持たせた笑顔を浮かべ、カーテンをレクサの足に押し付ける。
「うぐっ……」
レクサはうめき声をあげる。脂汗が浮かぶ。
「堪えてください」
その言葉を送り続けて一分ほど。肩で息をしつつ、抗うことをやめたレクサ。抵抗がなくなったからか、それとも一旦様子を見るためか、ニールはゆっくりとそして優しくカーテンを退ける。
そこから露わになったのは大きな傷。血は出て、えぐれているが、先ほどまでまとわりついていた瘴気のもやはない。
「嘘だろう? 瘴気が……」
目に見えてわかる、瘴気の消失。どんなトリックがあるのか、ニールに答えを求める。
「よかった。やはり、チハルさんの力があってこそ――お手柄ですよ、チハルさん!」
「そんな……私はただ、縫っただけで……」
「ご謙遜を。貴方の手があってこそですよ。誇ってください」
「いえいえ、そんな」
日本人らしい謙遜で、身を引く千春。
そんな千春よりも、レクサは自らの身に起きていることがわからず足をまじまじと見るばかりだ。
「何してるんですか。貴方は治癒魔法が使えるんだから、その傷。瘴気がなくなったのなら、治癒魔法で治せるのだから」
「あ、ああ……言われなくてもわかってる」
レクサは冷静を取り戻し、素直にニールの言われたことを実行する。
痛々しい足に両手をかざすレクサ。そこから柔らかいグリーンの光が傷を覆っていく。すると、傷は少しずつ塞がっていく。五分もすれば、傷は元からなかったかのようにしっかりと筋肉のついた健全な足に戻っていた。
「すごい……これが魔法……」
腐臭すらあった傷がなくなっていく様を見終えて、改めてこの世界に存在する魔法に感心する千春は、自分でも気づかないほど、どんどんレクサに近づいていた。
「珍しいものではなかろう? お前の傷もこれで塞いだのだから」
「へ? えええ!? そうなんですかっ? 確かに傷はなくなっていましたが……」
レクサは千春の手首を掴むと、突然の行動に驚く千春に強く問う。
「瘴気が魔法を阻む。炎も水も風も。瘴気はびくともしない。だが、瘴気さえなければ魔法は働く。だから、この程度の傷、治癒魔法で治すことは可能だ……そう、瘴気さえなければ。お前は一体なにをしたんだ? 瘴気を取り除くなど。しかも一度ではない、これで二度目だ。お前は何者だ」
「え、え……私は、諫早千――」
「そういうことではない。何故、異界の者にこのようなことができるのかと聞いている」
「そんなこ――」
「わからないでは済まさない。魔法も使えない、お前は何者だ」
まっすぐに。鋭く、貫くような瞳にたじろぐ。
そもそも何者かと問いに答えられる者はいないだろう。千春だってそうだ。名前以外に何を言えばいいのだろう。
困る彼女に助けが入った。
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