第128話 be wrong with

 文化祭から三日が経った。片付けが終わった学校はすっかりいつもの様子を取り戻している。あの時の熱狂的な雰囲気は、まるで夢だったかのようだ。


 しかし、俺たち生徒はまだ少し浮かれ気分だった。文化祭が終わった翌日と翌々日は振替休日で学校がなく、今日が文化祭が終わってから初めての登校日だからだ。


 放課後になり、早く帰ろうと支度をしていると、飯山と檜山が俺に話しかけてくる。


「ほまれちゃん、ミスコン惜しかったね〜」

「あたしは天野が優勝だと思ったんだけどなー」

「もちろん、わたしはほまれちゃんに投票したよ!」

「あたしも」

「……あはは、ありがとう」


 結局、ミスコンは準優勝だった。残念ながら、惜しくも優勝できなかったが、それでもあれほど高いレベルの中で、準優勝できたというのはとても大きいと思う。


「……でも、たこ焼き屋は最優秀賞が取れたよね」

「そうだな! めっちゃくちゃ人が並んでてもんのすごい大変だった」

「いおりちゃんに聞いたんだけど、A組のメイド喫茶と票数がかなり拮抗していたみたいだよ〜」

「なるほど、確かにメイド喫茶もインパクトデカかったもんなー」


 ミスコンの後は、そのまま閉会式に移った。毎年、閉会式では出し物のジャンルごとに、生徒や来場者の投票によって出し物の表彰が行われる。そこで、俺たちのクラスのたこ焼き屋は、飲食店部門で見事最優秀賞を獲得したのだった。


 その時に貰った賞状は、額縁に入れて教室の前方に飾ってある。


「……何がともあれ、たこ焼きが全部売り切れてよかった」

「ね! 在庫が残っちゃったら皆でタコパすることになってたよ!」

「そういえば、文化祭実行委員が、たこ焼きを売り切った黒字分で打ち上げやるって言ってたな」

「そうなんだ! 行きたい行きたい! ほまれちゃんも行くでしょ?」

「……そうだね、食べられないけど、行きたいかな」

「天野は行くべきだろ。だって、一番忙しい時間帯に亜光速でたこ焼きを作って、たこ焼き屋を支えていたもんな。MVPだMVP」


 檜山はそう言って俺の背中をバシバシ叩いてくる。嬉しいような、恥ずかしいような。

 すると、彼女は俺の顔を覗き込んできた。


「そういえば……天野、今日どっか調子悪いの?」

「……え?」

「なんか元気ないみたいだけど。それにいつもより静かだし、反応遅いし」

「確かに、それはちょっと思った。何かあったの……?」

「いや、うん……実は、今朝からちょっと体が重いんだよね……」


 やはり、他の人から見ても、今日の俺はなんだか様子がおかしいらしい。


 実は、朝から頭がぼーっとするのだ。


 それになんだか体も熱い。実際、かなり発熱しているようで、休み時間は毎回ウォーターサーバーに行って水を飲むことになったし、さらに、授業中も水が飲みたくなるので、自販機でわざわざミネラルウォーターを購入する羽目になった。当然、トイレにも何回も行っている。


 AIを起動しているわけではない。気温がとても高いわけでもない。いったい俺の体に何が起こっているのか……。とても不気味だ。


「……今日は帰るよ」


 俺は荷物を持って立ち上がる。


「一人で大丈夫? サーシャちゃんとか、みなとちゃんとかに付き添ってもらった方がいいんじゃない?」

「……今日は二人とも部活なんだ」


 本当なら、飯山の言うとおりにするべきなのだろうが、あいにく二人にも予定がある。邪魔するわけにはいかない。


 それに、家に帰るだけなら耐えられるはずだ。まだペットボトルの中の水は大量に残っているし、駅には自販機もある。トイレに行きたくなったとしても、電車に乗っている時なら降りてトイレに行けばいいし、駅から家の間にもコンビニやスーパーがある。


 それに、さっきメッセージアプリでみやびにも連絡しておいた。今日は研究所に行く用事とか何かで、学校を休んでいて、今の時間帯は家にいるのだ。

 もし俺に何か異常事態があったとしても、みやびは俺の様子をモニタリングしている。なんとかしてくれるだろう。いや、もしかしたらすでに異常を察知して、何かしてくれているかもしれない。


「……それじゃ、また明日ね」

「……うん、バイバイ」

「気をつけろよ」


 二人に見送られながら、俺は教室を後にする。


 一歩一歩、昇降口の方へ歩いていくが、やはり体が重いし、熱がある。俺は思わずロッカーに手をついた。


 人間だったら、こんなふうに体調が悪くなることもあるだろう。細菌やウイルスが体内に入って風邪か何かが引き起こされて、そうなってしまうのだ。


 だが、俺はアンドロイド。人間ではない。当たり前だが、細菌やウイルスのせいで病気になる、ということがない。もしかしたら、それがアンドロイドの最大の利点と言えるかもしれない。


 そんな特殊な体の俺が、原因もわからず人間と同じような症状で苦しむことになるとは……。もしかしたら、まだ発見されていないだけで、アンドロイドにも感染する病気があるのかもしれない。いや、まさかね。


 それか、コンピューター、ウイルスなのかも……。


 あれ、力が、入らない……。


 そこまで考えた時、俺は廊下に倒れ込んでしまった。床がひんやりしているのが、俺のほっぺたに伝わる。


 体が動かない。動かそうとしても、動かない。それに、頭がいよいよぼんやりしてきた。まともに考えられない。


 いったい、俺に、何が、起こっているんだ……。


 そして、俺は、何もわからなくなった。

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