第127話 文化祭⑬
「んふふ」
「優勝おめでとう、みなと」
「ありがとう」
『激辛ラーメン完食コンテスト』で優勝し、ラーメン無料券三回分を手に入れ、同時に腹も満たしたみなとはホクホクしている。あまりにも嬉しいのか、油断しているとついつい顔がにやけてしまうようで、ときどきハッとして顔を叩いて、真面目な顔に戻そうとしている。可愛い。
俺たちは校舎の中に戻る。
「次はどこに行く?」
「ん……私は特に行きたいところはないから、ほまれが行きたいところについていくわ」
「そっか。うーん、どうしようかな……」
俺は考える。こうは言われたものの、特に行きたいところはない。俺は文化祭のパンフレットを開いて、出し物一覧を見る。
「ほまれさん」
すると、後ろから聞き慣れた声。振り返ると、そこにいたのは越智だった。こちらに近づいてくる。
「ちょうどよかった、お話があるんです」
「どうしたの?」
「お二人のどちらか、どちらでもいいんですが、ミスコンに出てみませんか?」
「「ミスコン?」」
突然の話に、俺とみなとはハモった。
「そんなイベントあったっけ?」
「はい。そのパンフレットの、体育館でのイベントの十六時からのところに書いてあります」
「……本当だ」
言われるままに確認すると、確かに体育館で行われるイベントのタイムテーブルに記載されていた。文化祭最後のイベントで、そのまま閉会式に移るようだ。
「実は今、出場する人がなかなか集まらなくて、イベント自体が成り立たないかもしれないんです。だから、お二人のどちらかだけでも出場してほしいんです」
「なるほど……」
ミスコンか……。男の体だった頃には、イケメンといえるほどカッコいいとは思ってなかったので、そういう容姿を競うコンテストとはまったく縁がなかった。
だが、今はどうだろうか。自分で言うのも恥ずかしいが、俺の容姿は上の中か上の下くらいだと思う。文化祭のミスコンに出場したら、いい成績を狙えるとは思う。
けど、ミスコンに出場するのはなんだか恥ずかしい。出場した時点で、自分で自分の容姿が優れていると言っているような感じがするからだ。
「ほまれ、出てみたら?」
「えぇ?」
「そうですよ。ほまれさん、可愛いので優勝も狙えますよ!」
「えーそうかな〜」
「そうよ! 可愛いわよ! ほまれの可愛さは世界一よ!」
「そうです! さあ、ここへ名前を!」
「しょうがないな〜」
気がつくと、まんまと二人に乗せられて、俺は越智が差し出してきた名簿リストに自分の名前を書いてしまった。
「ありがとうございます! これが要項と整理番号なので、十五分前には体育館に集合してください! それでは!」
そう言って、越智は去っていった。
ミスコンに出場することになってしまった。『やっぱやめる』とは言えず、俺はとりあえずもらった要項を見る。
ミスコンでは、一人ずつ壇上で自己紹介の後、特技を披露するらしい。そして、観客の投票によりグランプリが選ばれる。
つまり、容姿だけではなく、特技も何か用意しなくちゃいけないのか……。
俺は時刻を確認する。すでに三時を回り、残された時間はそう多くない。要項には、必要なものがあればできるだけ準備する、と書かれてはいるが、大掛かりな準備が必要な特技を披露することはできない。
だが、その瞬間、俺の脳裏に一つ名案が浮かぶ。
これなら、観客をあっと驚かせることができるかもしれない……! それに、他の人よりも強いインパクトに与えられるだろう。
「ほまれは、何の特技をやるかは考えてあるのかしら?」
「うん。一つ思いついたよ」
「何をやるの?」
「それは……秘密」
「なんでよ」
「とにかく秘密! 楽しみにしといて」
「……わかったわ」
俺は、早速準備をしてもらうため、ミスコン会場の体育館に向かうのだった。
※
「間もなく、ミスコンが始まります!」
舞台袖で司会の越智の声を聞きながら、俺はギュッと拳を握る。
緊張してきた……。昨日はバンドでステージに立ったとはいえ、大勢の人の前で何かをするのはまだ慣れていない。あの時はAIを使っていたから何も考えずに済んでいたが、今回はそうもいかない。自分自身の魅力を積極的に押し出していかなくてはならない。
「それでは、エントリーナンバー一番の方、どうぞ!」
いよいよ始まった。もちろん、ミスコンに出場しているだけあって皆顔面偏差値がとても高い。俺なんて埋もれてしまいそうだ。
出場者は自己紹介の後に、特技を披露する。ここからは見えないが、会場にはたくさんの人が押しかけているようだ。ちなみに、今の人は特技としてアカペラを披露していた。めちゃくちゃ上手だ。
もしかしたら俺の特技も印象が薄れてしまうかもな……。
でも、やるしかない! 出場したからには、全力でやるのみ!
「それでは、エントリーナンバー六番の方、どうぞ!」
ついに俺の出番だ。俺は立ち上がると、舞台袖からステージに上がる。
予想どおり、体育館は満員だった。圧倒されて固まりそうになるが、俺は視線を観客のちょっと上の方に逸らす。
「あ、えー、っと、二年C組、天野ほまれ、です。どうも」
「ほまれー!」
「ほまれちゃーん!」
たどたどしい自己紹介の直後、会場のどこかからみなとの声、そして飯山の声も聞こえる。それがトリガーとなって、会場から歓声があがる。
ちょっと緊張が解けた。緊張してガチガチになっていたが、なんとか続けられそうだ。
「えっと、今から特技を披露します」
俺はステージ脇に視線を向ける。事前に決めたその合図により、スタッフがバスケットボールをこちらに投げた。俺は、バウンドしたそれをキャッチすると、そのままドリブルする。
「自分はバスケ部に入っているのですが、今からシュートしようと思います。ゴールは、あそこです」
俺が指を差した先にあるのは、バスケのゴール。皆が一斉にそちらを見る。
だが、その距離はかなりある。体育館のステージから端まで、およそ三十メートルだ。試合などでしか使わないゴールなので、上がってしまってあったのを、頼んでわざわざ下ろしてもらったのだ。
「頑張って入れるので、応援してください!」
観客がスタッフに誘導されて、左右に割れる。たちまち、俺の射線上から人がいなくなった。頑張れー! と観客から声があがる。
バスケコートの端から端のシュートなんて、普通はやらないし、できない。センターラインからシュートを決めることすら困難なのだ。
だけど、AIを搭載している俺ならできる。チートと言われるかもしれないが、これこそが、この学校の他の人にはできない、俺だけの特技だ。
俺は、フーと息を吐くと、AIを起動する。目標は三十メートル先のゴール。狙いを定めて、体をAIに委ねて、ボールを思いっきり投げる。
かなり不格好だが、ボールの勢いは十分だ。速いが、精密にコントロールされたボールは、放物線を描くと、ガコン! と勢いよくゴールをくぐり抜けた。
「「「「「おおおおおおおおお‼︎」」」」」
「以上です、投票よろしくお願いします。ありがとうございました」
会場からは万雷の拍手が湧き起こる。
うまくいった……! 俺は他の人に見えないように、小さくガッツポーズをした。あとは結果を待つのみだ。
全員の発表が終わった後は、投票タイムだ。会場にいる観客が、よかったと思う人一人を選ぶ。さて、結果はいかに……。
「投票終了です! それでは、結果発表に移ります!」
俺たちは全員ステージの上に一列に並ぶ。
せっかく参加したからには優勝したい……! 俺は祈るような気持ちで、後ろで自分の手をギュッと握りしめた。
ステージが暗くなり、派手なドラムロールが会場に響く。スポットライトが飛び回る。
「栄えあるグランプリは……!」
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