第125話 文化祭⑪

 鳴門の魔の手から逃れた俺は、また捕まってしまうのを防ぐために、急いで部室棟から離れた。


 時刻は十二時を少し回ったところだ。今日は十二時から二時間ほどサーシャと文化祭を回る約束をしているのだが、待ち合わせの時刻を少し過ぎてしまっている。急いで食堂に戻ると、入り口のところにサーシャが立って、キョロキョロと辺りを見回していた。


「ごめん、サーシャ」

「ほまれ! どこ行ってたデスか?」

「ちょっとトイレにね」

「ほまれ、トイレするデスか⁉︎ アンドロイドなのに?」

「うん」


 サーシャはビックリしていた。逆に、俺はサーシャが今まで知らなかったことにビックリした。


「へー、いったいどういう仕組みデス……」

「俺も詳しくはわからないから、みやびに聞いてくれ」

「帰ったら聞いてみるデス!」


 俺たちは早速校内を歩き始める。


「サーシャは、どこか行きたいところはある?」

「そうデスね……」


 俺が質問すると、彼女はキョロキョロと辺りを見回す。そして、何かを見つけると勢いよく指差した。


「あれやってみたいデス!」


 彼女の指す方向にいたのは、『ミニゲーム:小ホール』と書かれた看板を持った生徒。どうやらそのゲームをやってみたいようだ。


「オッケー、じゃあそこに行こうか」

「да!」


 俺たちは二階に上がって、ミニゲームを行っている小ホールへ向かう。列に並んで少し時間が経った後、俺たちは部屋の中に通された。


 小ホールは、普段、学年集会や卓球場として利用されている。今回の文化祭では、どこかのクラスの出し物であるミニゲームの会場になっていた。

 ミニゲームにもいくつか種類があり、的当て、射的、輪投げなどが用意されていた。そして、高得点を取ると、得点に応じてお菓子やおもちゃなどの商品がもらえるようだ。まるで縁日みたいだ。


 俺たちは、まず的当てをすることになった。やり方は簡単、的から十メートル離れた場所から、ボールを的に当てるだけ。真ん中に近いところに当たるほど高得点だ。チャンスは全部で三回。


 最初に投げるのはサーシャだ。


「行くデスよ〜!」


 そう言って、サーシャはボールを投げる。


 彼女はまるで野球選手のようなフォームで投球。素人目にもわかる、あまりにも綺麗な投球に、俺は度肝を抜かれた。


 次の瞬間、ズドッ! と的が鈍い音をたてる。見ると、的の真ん中がちょっと凹んでいて、ボールが下に転がっていた。


「Ура、真ん中デス!」

「す、スゴいな、サーシャ! もしかして、野球とかやってた?」

「やってないデスが……なぜデス?」

「いや、投げ方がスゴく綺麗だったし、球も速かったから……投げ慣れているのかな、って」

「あー……たぶん、ロシアで手投げ弾の訓練をしていたからデスね」

「手投げ弾⁉︎」


 投げていたのは野球ボールではなく、物騒なものだった。学校でそういう訓練をやるのだろうか? やはりおそロシア……。


 その後も、サーシャは球速の速いボールを見事的の真ん中に当てて、満点を獲得した。

 係員の人が、凹んだ的に顔を引き攣らせながら、サーシャを商品置き場のところに案内する。


「お菓子たくさんデス! これ、貰っていいデスか⁉︎」

「どうぞ」


 サーシャはやや興奮気味に、お菓子の入った袋を手に入れたのだった。


「さあ、次はほまれの番デス!」

「よーし、頑張るぞ!」


 俺はボールを三つ受け取ると、ライン際に立つ。

 AIを起動すれば、サーシャのように楽々当てられるだろう。だけど、それじゃあ面白くない。ここは、俺本来の実力で点を取ってみせる!


「おりゃ!」


 だが、俺が投げたボールは、的の手前で落ちてしまった。

 ……大丈夫、まだ二球ある!


 俺は残りのボールを投げるが、すべて外れてしまった。ゼロ点。商品はなしだ。


「ドンマイデス! 次行くデス!」

「……そうだね」


 次に、俺たちは隣のブースの射的で遊ぶことにした。

 射的では、十メートル離れたところから複数の標的を撃つ。標的の大きさによって得点が違い、倒した標的に応じた得点が手に入る。これもチャンスは三回だ。


 的当ては散々だったけど、射的ならみなととお祭りに行った時にやったことがあるし、これならできるかも……!


「やるデスよ!」


 早速、サーシャがコルク銃を受け取ると、的に向かって構える。標的はいくつか並んでいるが、どれを狙っているんだろう?

 そう思っていると、サーシャが引き金を引いた。打ち出されるコルク栓。それは、まっすぐ飛んでいくと、一番小さく、一番得点の高い標的の真ん中に命中し、倒した。


「Ура!」

「おお、スゴい!」

「どんどんいくデスよ〜!」


 その後も、サーシャは二発とも一番得点の高い標的に当て、見事に倒した。最高得点だ。

 商品のお菓子をもらってホクホクしているサーシャに、もしや、と思って俺は尋ねる。


「もしかして、射撃訓練も?」

「ロシアでやったデスね」


 やっぱりー! 妙に構え方がプロっぽいと思ったんだよな。


「さ、次はほまれの番デスよ」

「うん」


 俺はコルク銃を構える。

 前はAI補正アリでやったが、今回は俺の力のみだ。うまくいくといいな……!


 コルク栓が発射された直後、スコンと間抜けな音。見ると、コルク栓が当たった標的はグラグラと前後に揺れていた。だが、端っこに当たったせいか、結局倒れなかった。

 的が倒れたら得点となるルールなので、今のは残念ながら無得点だ。


 結局、三発撃った中で、標的を倒すことができたのは最後の一発だけだった。俺は商品のポケットティッシュを貰う。


「残念デス……お菓子、要るデスか?」

「いや、いいよ……貰っても食べられないし」


 そういう意味では、ポケットティッシュでむしろよかったのかもしれない。


 俺たちは小ホールを出る。


「次はどこに行く?」

「そうデスね……あ、メイド喫茶に行ってみたいデス!」

「わかった」


 サーシャの希望で、俺たちはメイド喫茶へ向かう。

 二年A組の前に到着すると、そこには長蛇の列。お昼時だからか、とても混んでいた。


「……混んでいるけど、並ぶ?」

「もちろんデス! ここはぜひ行っておきたいところデス!」


 サーシャは相当ここに行きたいようだ。俺は昨日ここに来たことがあるのだが……ここはサーシャに楽しんでもらいたいので、彼女に付き合うことにする。


 そういえば、この時間帯ならみなとが接客しているよなぁ……。バッティングしないだろうか? 二人の仲はそこまで良好であるとはいえないので、少し心配だ。


 しばらく待っていると、やっと順番が回ってきた。


「おかえりなさいませ、お嬢様。二名様ですか?」

「はいデス!」

「では、こちらへどうぞ〜」


 サーシャはテンション高く、ウキウキで中に入っていく。本当に楽しみにしていたんだな。

 彼女は席に着くと、落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回す。


 すると、俺たちのテーブルにメイドさんがやってきたかと思うと、聞き慣れた声がする。


「あら、いらっしゃい。今日も来てくれたのね」

「みなと! 今日も似合っているよ!」

「ありがとう……それに、サーシャもいるのね」


 すると、みなとがサーシャを見る。ヤバい、またバチバチしてしまうのか……⁉︎

 俺は嫌な雰囲気になるかもしれない、と覚悟した。だが、そんな俺の予想に反して、みなとはサーシャに特段嫌そうな反応をすることはなかった。


「Здравствуйте! ここはみなとのクラスだったデスね!」

「ええ、そうよ」

「メイド服、似合ってるデス! もはや本物のメイドさんデスね!」

「ありがとう……でもね、本物のメイドならそこにいるわよ」


 みなとは俺に目を向ける。つられてサーシャも俺の方を向く。


「……ほまれがメイドデスか? 確かに家では毎日ご飯作ってくれるし洗濯してくれるしメイドみたいデスが」

「おい」

「そうじゃなくて、ほまれは本物のメイド喫茶で働いているのよ」

「ええっ、そうなんデスか⁉︎」

「う、うん」


 ガタンと音を立てて身を乗り出してきたサーシャに、俺はしどろもどろになる。


「もしかして、言ってなかったの?」

「う、うん……言わなくていいかな、って」

「酷いデス! ワタシ、メイド喫茶大好きなのに言ってくれないなんて!」

「今好きだって知ったよ……」

「今度、ほまれの店に行くデス! 連れて行くデス!」

「わかったわかった、連れていくよ」

「絶対デスよ!」


 こ、こんなにサーシャがメイド喫茶に夢中だとは予想外だった……。


「……二人とも、とりあえず、メニューを受け取ってくれないかしら」

「あ、ごめんデス……」

「ごめん」


 俺たちは、みなとの冷静な声で我に返る。

 ここはメイド喫茶。俺たちは冷やかしにきているのではない。俺たちはメニューを受け取って、改めてメイド喫茶を堪能するのだった。

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