第123話 文化祭⑨

「来ちゃった……」


 翌日の朝、私は再び、お兄ちゃんの学校の文化祭に来ていた。

 本当は昨日だけにしようと思っていたのだが、思ったより楽しくて、気づけば今日も来てしまった。

 普段、慣れていない祭りの空気に当てられちゃったのかな……。


 まあどうせ暇だったし、家でダラダラするよりかは文化祭で楽しく過ごした方がいいよね!


 そう自分を納得させて、私は二日目の構内に入っていくのだった。


 昇降口で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。

 今日はなぎさは一緒ではない。彼女には高校受験という大一番が、あと半年もしないうちにやってきてくる。本来、土日は勉強に時間を割いているので、昨日が特別だったのだ。


 私は昨日、なぎさから『みやびは受験しないの?』と聞かれたのを思い出す。


 普通なら、私も今年高校受験をする年齢だ。だけど、私には高校に進学する予定はなかった。

 すでに高校レベルの学習は先取りしてほぼ終わっている。その他に高校では特に学ぶことがないと思っていたので、さっさと大学に行きたかった。しかし、この国の制度上、原則十八歳にならないと大学には入学できない。一部、飛び級入学を認めている大学はあるが、それでも十七歳にならないとできない。

 海外の大学に行くことも考えたが、家事、とりわけ料理がほとんどできない私が、異国の地でやっていけるとは思えない。それに、今の状況でお兄ちゃんを置いていくわけにもいかない。


 だから、私は高校にはいかないか、通信制の高校に行くことを考えていた。ついこの間までは。


 だけど、最近考えが変わりつつある。

 いつだったか、お兄ちゃんが言っていた。学校は勉強だけではない、と。対人関係も含めて、いろんなことが学べると。


 一学期の途中からやっと中学校に復帰し始めて、私はそれを実感しつつある。二年ちょっとも休んでいた代償は大きく、クラスにはまだうまく馴染めていないけど、なぎさという友達もできた。やはり、私には人とのコミュニケーションを取るところが必要だと。それには、学校に行くのが一番手っ取り早い。


 まだしっかり決めたわけじゃないけど、私の気持ちは高校進学へと舵を切りつつあるのだった。


「お兄ちゃんは……やってるやってる」


 私は食堂を覗き込む。朝からたこ焼き屋は大繁盛しているようだ。そして、店頭ではお兄ちゃんがたこ焼きをちょうどひっくり返しているところだった。今日は午前九時から正午までシフトに入っているらしい。


 私はまだお腹が空いていないので、食堂には行かずに、廊下を歩いていく。

 廊下を行き交うお客さんの数は昨日と同じくらいだった。


 さて、どこに行こう?

 何も考えずに来てしまったから、特に訪ねたいところもない。


「皆さん、私とボードゲームで勝負していきませんかー⁉︎」


 道ゆく人を大きな声で勧誘している人がいる。私は元気な人だなーと思ってチラリとその人の方を見る。


 目が合った。


「あれ? あなたは!」


 すると、その人は私に気づくと猛ダッシュしてきた。そして、私の手をがっしりと掴む。


「天野みやびさんだよね! 天野ほまれくんの妹の! 昨日音楽室にいたよね!」

「え、は、はぁ……」


 ここで、この人が昨日、お兄ちゃんと一緒に音楽室にいた人だと私は認識する。確か、ベースをやっていた人じゃなかったっけ。名前は……山内、さん?


 強引な感じに若干引く私を気にすることなく、山内さんはグイグイとくる。


「ねえねえ、よかったらあたしと勝負しない⁉︎ ボードゲームで!」

「え、あ……はい」

「よし、じゃあ行こう!」


 押され気味に了承すると、言質を取ったぞ! と言わんばかりに私の腕を引っ張り、教室の中に入る。

 その直前、チラッと見えた教室の上部には『室内遊戯部』と書かれていた。


 部屋の中には、向かい合った机と席が何セットか用意されていて、それぞれの机ごとに違うボードゲームが用意されていた。ただ、部屋には私と山内さん以外誰もいない。どうやら私が今日初めての客みたいだった。


「ここは……ゲームをする場所なんですか?」

「うん、そーだよ! ここ、室内遊戯部は、普段室内で遊べるボードゲームで遊んでいるんだ!」

「へぇ〜」


 この高校にはこんな部活もあるんだ。お兄ちゃんからこの学校は部活が多いとは聞いていたけど、他の高校にはないような部活もあるみたいだ。


「あ、あたしは部長の山内まこと! よろしくね〜」

「天野みやびです。どうも」

「それじゃ、何で遊ぶ?」

「う〜ん……」


 私は辺りを見回す。いろんなボードゲームがある。将棋や囲碁、トランプなど誰もが知っているようなゲームから、どうやって遊ぶのかわからないようなゲームまで揃っている。


「……特に希望はないんですけど」

「そっか〜、じゃあ、あたしが決めちゃっていい?」

「はい」

「じゃあ、これやろう!」


 そう言って山内さんが向かったのは、リバーシが置いてある机だった。


「リバーシですか」

「うん! ダメかな?」

「いいですよ」

「よーし、じゃあやろう!」


 ガタン、と山内さんは大きな音を立てて座る。私はその向かいの席に着いた。

 山内さんは石を真ん中に四つ並べる。


「負けないよ〜。自慢じゃないけど、あたしは強い方だよ〜」

「はぁ……」

「それじゃあ、始めよっか!」

「わかりました」


 私は、山内さんとリバーシの対決をすることになったのだった。




 ※




「……」

「……」


 十分後、山内さんはワナワナと震えていた。

 山内さんの視線の先には、私の正面にあるリバーシ盤に注がれている。


 リバーシの盤面は、黒一色に染まっていた。

 山内さんの石の色は白。私の石の色は黒だった。


「ま、負けました……!」


 ガックリと山内さんは項垂れる。

 オセロ勝負は、私の完勝だった。


「さすが、AIを作っちゃうだけあるね〜! スゴいや!」

「ど、どうも……勝負ありがとうございました」

「ちょっちょ! ちょっと待って!」


 私はそう言って席を立とうとするが、山内さんは慌てたように身を乗り出して、私の肩をがっしりと掴んだ。

 その力が思ったより強くて、私は再び着席することになる。


「リベンジ! リベンジさせて! 今度は手加減なしでやるから!」

「は、はぁ……」


 その熱意に押されて、私は再戦を了承してしまった。

 特に行きたい場所もないし、用事などで急いでいるわけでもない。


「よし、じゃあもう一度やろう!」

「……わかりました」


 私は、山内さんと再度、リバーシの対決をすることになったのだった。




 ※




「う、嘘でしょ……」

「…………」


 十分後、山内さんは、目の前のリバーシ盤を呆然と見つめていた。

 リバーシ盤は、十分前とまったく同じ様子だった。盤面を十分間そのままにしていたわけではない。もう一度最初からやり直して、この状態になった野田。


「……強いね、あなた」

「……どうも」


 ガックリと項垂れる山内さん。こんな中学三年生に負けるなんて、と山内さんのプライドはかなり傷ついているはずだ。私は何と声をかければいいのかわからず、そっと席を立とうとした。


 だけど、再び山内さんは慌てたように身を乗り出して、私の肩をがっしりと掴んだ。

 え? と思って彼女の顔を見ると、キラキラと目を輝かせていた。


「……初めてだよ」

「え?」

「私よりボードゲームが強い人は、初めてだよ!」

「は、はぁ……」

「ねえねえ、他のゲームもやろう! というか、勝負してください!」


 言葉上では、そうお願いしているが、実際は、早くも私の腕を引っ張って別のテーブルへと連れていっている。私に拒否権はなさそうだった。

 ま、別に時間あるからいいんだけどね……。


「よし、じゃあ今度はチェスやろう! 早指しで!」

「……わかりました」


 しばらく、私は山内さんとゲームを続けたのだった。

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