第122話 文化祭⑧

 スイッチが切り替わったかのように、意識が元に戻る。

 気がつくと、俺は壁にもたれて座っていた。目の前にはみやび、そしてみなとの姿。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「うん……」


 俺は倒れる直前の状況を思い出す。そうか、確か電池切れになって倒れてしまったんだっけな……。

 そう思ってへその方を見ると、黒いケーブルが服の下から伸びている。辿っていくと、壁際のコンセントに挿さっていた。


「ビックリしたわよ……急に倒れるから」

「ごめん、心配かけた」


 後ろからは心配そうに山内の野山の二人が俺を見ている。


「そうだ、ギターは大丈夫だった⁉︎」

「大丈夫だよー!」


 そう言って山内がギターを掲げる。仰向けに倒れたのがよかったのだろうか。何にせよ、ギターまで壊してしまったら本当にどうしようもなくなるところだった。


 それにしても、このタイミングで電池切れになるとは……。文化祭が始まる前は、満充電とまではいかなくとも、電池の残量は半分くらいあったし、今日一日で切れるとは考えにくいのだが……。


「充電が少なかったのかしら?」

「いや、家を出る前は半分くらい残ってたよ」

「じゃあ、AIの使いすぎじゃないかな?」


 みやびにそう言われて、昼間のことを思い出す。およそ三時間、俺はぶっ通しで暑い中AIにたこ焼きを作らせていた。そうか、その時に電力を急激に消費したのか……。

 そして、さっきもギターを弾くためにAIを起動した。それらの要因が重なって、電池切れを招いてしまったのだろう。


「どう? 練習できそう?」

「俺はいつでもできるけど……また電池が切れるのが怖いな」

「今、何パーセントくらい?」

「十パーセントくらいかな」


 少し充電はできているみたいだが、AIを使うとまたすぐに電池切れになってしまうだろう。

 現在時刻は三時五十分。この調子で充電して、はたして間に合うのだろうか?


「俺たちの出番って何時?」

「六時ちょうどだ。だが、中夜祭が始まる午後五時には体育館に入っておかなければならないし、その前に通しでリハーサルも行いたい」

「そっか……」


 本番までずっと充電しておきたいが、そうもいかなさそうだ。練習に時間を取られてしまうし、その間、AIは電力を消費する。

 どうしたものか、と俺が考えていると、みやびが言う。


「とりあえず、ケーブルはお兄ちゃんに貸すよ。充電の仕方はわかるでしょ?」

「うん」


 そっか、在校生ではないから、中夜祭にみやびは入れないのか。


 俺がみやびからケーブルを受け取ると、どこからか着信音がする。

 すると、みやびがスマホを取り出して誰かと電話を始めた。


「はい……あ、ごめん……ちょっと待ってて、すぐ行くから……うん、わかった」


 みやびは電話を切った。


「ごめん、もうなぎさのところへいかなくちゃ」


 そういえば、さっきまでみやびはなぎさちゃんと一緒に行動していたな。ここには一人で来ていたから、なぎさちゃんはどこに行ったのかと思ったら別行動をしていたらしい。


「とりあえず、なるべく充電しつつ、AIを使うのは最小限にしてね。もちろんだけど無理はしないで」

「うん」

「みなとさん、もしお兄ちゃんに何かあったらすぐに連絡してください」

「ええ」

「あと、充電のやり方は先ほど教えたとおりです。よろしくお願いします」

「わかったわ」


 俺が充電している間に、みやびはみなとにいろいろ頼んでいたようだ。みなとがサポートしてくれるなら、俺としても心強い。


「では、私はこれで」


 そう言って、みやびは音楽室から出ていった。バタバタと廊下を急ぐ足音が遠ざかっていく。

 残された俺たち四人の間にしばし沈黙が訪れる。


「で、これからどうするの……?」

「とりあえず、あなたには本番で弾く曲を全部暗譜してもらうよ」

「え、まだあるの?」

「うん。もう一つあるよ」


 どうやら本番では二曲演奏するようだ。なら、とっとと暗譜しておかなくては。


「はいこれ、バンドスコア」

「ありがとう」


 俺は山内から楽譜を貰う。充電ケーブルのせいで行動範囲が制限されているので、あまり動けないのだ。俺はAIを起動すると、バンドスコアをパラパラとめくって暗記していく。


 読み終わった後、山内にそれを返し、代わりにギターを受け取る。


「また、電池が切れたりしないだろうか?」

「えっと……うん、一回だけなら大丈夫だと思う」


 充電しながらであれば、一度なら演奏しても大丈夫、というAIの試算結果が出た。俺は充電ケーブルが外れないように気をつけながら立ち上がり、ギターを構える。それを見て、皆も準備を始める。


「……そういえば、ボーカルって誰がやるの?」

「あたしだよ〜。あ、あとあなたはできそうだったらコーラスもやってね」

「え……え⁉︎」


 山内に突然そう言われて、俺は驚く。聞いてないんだが……。


「バンドスコアに書いてなかったっけ?」


 そう言われて俺は先ほどAIに読み込ませたバンドスコアを頭の中に呼び出す。確かにコーラスと書かれている。


「……できるかなぁ」

「まあ、できたらでいいよ。それじゃ、はじめよっか! 古川ちゃんよろしく!」

「わかったわ」


 みなとの合図で、俺たちは練習を始めるのだった。






 ※






 午後五時四十五分、体育館。

 人が密集することによる異様な熱気に耐えながら、俺たち四人は並んで座って、中夜祭を観覧していた。


「ほまれ、もうすぐ出番だけど充電は大丈夫そう?」

「……たぶん」


 あれから練習を繰り返し、パフォーマンスはほぼ完璧という状態まで持っていった。だが、練習中はAIを使っていため、充電していたにもかかわらず、現在の電池残量は十五パーセントしかない。


 しかも、これだけ暑いと電池残量は減りやすい。たぶん、演奏中は電池切れにはならないと思うが……それでも少し心配だ。


「十五分前だ。そろそろ行くぞ」

「よーし、がんばろー!」


 ウキウキで立ち上がる野山と山内。俺とみなとはその後ろをついていき、体育館の舞台袖に入る。


 はー、緊張してきた……。この後ステージで演奏するのは俺ではなく『俺』。俺自身は何もしなくていい。ただ、他人に自分たちの演奏を見せるのは本番が初めて、ぶっつけ本番なのだ。『俺』の演奏が皆の音と調和しているように観客に聞こえるかどうか……。


 隅っこで俺が小さくなっていると、不意にみなとが俺の手を掴む。


「……大丈夫よ。練習どおりにやればいいのよ」

「気楽にやろうよ!」

「そうだ。何も問題はない」


 俺はそれを聞いて、少し救われたような気がした。

 そして、ついにその瞬間がやってきた。


「さあ、出番だよ! 行こう!」


 俺たちはステージに出ると、準備を始める。いち早く準備を終えた山内が視界からマイクを受け取ると、場を繋ぎ、適度に観客を盛り上げていく。


 目の前をチラリと見ると、体育館の後ろまで詰めかけた観客。観客席にいた時はわからなかったが、こんなに多いのか……! 今までにこんなに大勢の観衆の前に立ったことはない。足が震えそうになる。

 

 準備を終えた俺は一度深呼吸をすると、緊張から逃れるように、AIを起動する。さあ、頼むぞ……!


 そして、みなとの合図とともに、演奏が始まった。


 俺は、AIに思考のリソースを割き、とにかく演奏に集中する。


 演奏に合わせて盛り上がる観客。リズムに乗るサイリウム。歌詞の合間の掛け声。

 突然、俺の心はふっと軽くなった。気づけば、緊張も不安も消え失せており、そこに残っていたのはただただ『楽しい』という感情だけだった。


 気づけば、俺たちは無事に完奏していた。

 俺たちは観客に手を振りながら楽器を片付け、舞台袖に退場した。


「あ〜とってもよかったよ! 大成功!」

「とてもいい演奏だった」

「楽しかったわね」


 口々に三人が言う。俺も感想を述べようと、AIを解除する。


「無事に終わって、本当にホッとしてい……る…………よ      」

「ほまれ? ほまれ!」


 だが、俺の言葉は最後まできちんと発音されなかった。AIを全力で使用したためか、再び電池切れになってしまったのだ。

 視界がぐらっと揺れた後、俺は思いっきり壁にぶつかって倒れ、意識を失うのだった。

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