第121話 文化祭⑦
「みやび……どうしてここに……」
「さっき廊下を歩いているお兄ちゃんを見かけたから、思わずついてきちゃった」
「……その様子だと、話も聞いてそうだね」
「うん、聞こえちゃった。……ダメだった?」
「……いや、別にいいと思うけど」
別に隠すような話ではないと思うが……。
すると、俺の背後からみなとが声をかける。
「あら、みやびちゃん」
「どうも、さっきぶりですね、みなとさん」
「それよりも、さっきの言葉は……どういうこと?」
「ああ、そのままの意味ですよ。お兄ちゃんがギターが弾けないからといって諦めるのはまだ早いっていうことです」
つまり、俺がギターを弾けるようになる方法がある、ということなのか? さっきAIを起動しても弾けなかったのに?
「とりあえず、中で詳しい話を聞きましょう。入って」
「じゃあ、お邪魔します〜」
みなとの招きで、みやびは音楽室の中に入る。俺も流れで部屋の中に戻る。
「あれ、戻ってきた」
「……何があった?」
「今から説明するわ……まあ、説明するのは私じゃないのだけど」
「どうも〜」
みなとの背後から現れたみやびに、山内は不審そうな顔をする。一方、野山は何かに気づいたような顔をする。
「……あなたは?」
「天野みやびです! 天野ほまれの妹で、兄の体を作りました! 兄がいつもお世話になっております〜」
「え、あなた妹いたの⁉︎」
「うん」
「いーなー、あたし一人っ子だから兄弟姉妹がいるの羨ましい〜」
足をジタバタさせる山内。そんな彼女に冷静なツッコミを入れるのは野山だ。
「……いや、それよりもツッコむべきところが他にあるだろう、山内」
「え?」
「君、彼の体を作ったというのは本当か?」
「そうですよ。ってあなたはさっきの……」
「珠算部の野山だ。第一回計算コンテストで優勝した君が、まさか彼の妹で彼の体を作ったとは……いや、並外れた能力を考えれば納得できる、か……」
そうか、この二人は午前中に一度顔を合わせていたのか……。みやびが優勝したことで、野山は彼女のことを認知していたようだ。
「この子、そんなに優秀なの?」
「ああ……我々よりはるかに優秀だ。少なくとも計算能力に関して、は」
「ええ⁉︎ スゴいなー!」
山内も、野山が褒めたことで、みやびがスゴいらしい、と認識し始めたようだ。
「それで、話を戻すが、いったい何があった?」
「ええと、さっき兄が『ギターはできない』みたいなことを言ったと思いますけど……、結論から言えば、兄はギターを弾けます!」
「……はぁ? どういうことだよ、みやび」
この中で一番困惑しているのは間違いなく俺だろう。だって、さっき自分でやってできなかったんだもん。それなのにできる、とはいったいどういうことなんだ?
「正確には、ギターを弾けるように『します』」
「それは、どうやるのかしら?」
みなとが尋ねると、みやびは背負っていたバッグを前に持ってきて、チャックを開ける。そして、パソコンを取り出しながら説明し始めた。
「……さっき、お兄ちゃんはギターを弾けない、と言っていましたが、実際今は弾けません。これはなぜかというと、お兄ちゃんの中に、ギターを弾くためのプログラムが入っていないからなんです」
では、お兄ちゃんがギターを弾けるようになるには、何をすればいいのか。
そう言いながら、みやびは床に座り込んで、パソコンを起動すると、カタカタと高速でキーボードを打ち込み始める。
「簡単なことです。『ギターを弾くためのプログラム』を入れてやればいいんですよ」
「……そんなのがあるの?」
「うん、あるよ。それをお兄ちゃんの体に入れたら、ギターは難なく弾けるようになるよ」
なるほど、俺がさっきギターを弾けなかったのは、単純にAIにギターを弾かせるプログラムが入っていなかった、ということだったのか。
「あれ? でもこの前、将棋であたしと対戦したよね? なんで将棋はできたの?」
「もともと搭載されているか、搭載されていないかの違いではないのか?」
「どういうこと?」
「つまり、天野のAIにはデフォルトで積んであるプログラムとそうでないものがあって、今はデフォルトで積んであるものしかできない、ということだ。例えば、以前君が対戦した将棋や、僕のところでやってもらった暗算などは、もともと積んであったからできたのだろう。何がデフォルトで何がオプションなのかはわからないが……」
「正解です! ちなみに、お兄ちゃんにデフォルトで搭載しているプログラムは、私の独断と偏見で選びました」
つまり、あの時将棋ができたのは、みやびが独断と偏見で俺のAIに載せていてくれたからだったのか……。もし載せてくれていなかったら、ボコされていただろう。
野山は少し興味が出てきたのか、みやびに質問する。
「他にオプションとしては何があるんだ?」
「えーっと、音楽系ならドラム、キーボードなどの楽器、言語系ならマイナー言語、あとはボードゲームや、マイナーな運動競技とかですかね」
オプションもいろいろあるみたいだ。たぶん、そのほとんどは一生使うことはないだろうけど。
「さて、じゃあ準備できたからさっさと入れちゃうね。お兄ちゃん、へそ出して」
「え、はい」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! もう少し端っこでやりましょう」
ワイシャツをめくろうとした俺を、みなとが慌てたように止める。
そして、俺の手を掴んで、音楽室の隅に引っ張っていく。
「まったく……もうちょっと恥じらいというものを持ちなさいよ……」
「ごめん……」
うっかりしていた。気が緩んでいたのだ。ここには一応男子もいるんだから、そこは配慮しないとな。
みやびがパソコンを持って俺のそばに来る。隅に向かって立った俺が制服をめくると、みやびが俺のへそに太いケーブルを接続する。そして、彼女はパソコンをいじり出した。
「……はい、できたよ」
「本当に?」
「うん」
十秒後、みやびは俺のへそからケーブルを抜きながら頷く。何か変わった感じは全然しないけど……。
俺はみなとと二人のところへ戻る。山内が早速俺に尋ねてくる。
「終わったの?」
「うん、そうみたい」
「じゃあ、早速やってみて」
みなとに言われて、俺は彼女から先ほどと同じギターを受け取る。
相変わらず、俺自身はギターを渡されても何もできない。どうやってやればいいのかわからない状態だ。
だが、みやびがやってくれたので、『俺』はできるようになっている、はずだ。俺はAIを起動する。
すると、AIの制御下に入った体が勝手に動き始める。
数秒後には、『俺』は、ギターをきちんと構えて、一端のギタリストの見てくれになっていた。
「おお……なんかそれっぽいね!」
「だが、問題は弾けるかどうかだ」
「そうね。みやびちゃん、ほまれは暗譜はできるのかしら?」
「できますよ。楽譜があればなおよいですね」
すると、みなとがいったんどこかに行くと、一分ほどで戻ってきた。手には紙が入ったファイル。みなとはそこから中身を取り出すと、俺に手渡してきた。
「これがバンドスコアね」
『俺』は彼女からバンドスコアを取ると、それに目を通す。その間に、みなとは俺の持っているギターとアンプを繋いでセッティングした。
バンドスコアを読み込んだ後、俺はそれをみなとに渡す。俺にはさっぱりわからなかったが、どうやらAIは完全に理解したらしい。
『俺』は左手の指でフレットを抑えると、右手で弦をいくつか弾いていく。それがとても様になっているように感じて、俺は心の中でおぉ……と思う。
「おぉ……」
「スゴーい!」
「これがAIの力か」
「どうやら、成功したみたいだね」
そして、最後にジャーンと鳴らすと、一息ついてから『俺』は曲を演奏し始める。
数秒経ってから、最近巷で流行っている有名な曲だということに気がついた。ギターパートだけだとパッとわからないな、と思いながら、『俺』は極めて冷静に演奏していく。
数分前まで何もできなかったのに、まるで最初からできていたかのように、指を滑らかに動かしてギターを演奏していく。俺はとても奇妙な感覚に陥っていた。
最後まで弾き終わると、俺以外の四人が拍手をする。
「……完璧だ」
「これなら、大丈夫そうね」
そして、山内が元気よく右腕を上に突き出した。
「よし、じゃああと三時間、この四人で頑張っていこう!」
おー、と俺たちもつられて拳を上げる。
だが、次の瞬間、俺の足に力が急に入らなくなった。体が支えられなくなり、ガクッとしりもちをつく。
なんだ? と思う間もなく、俺は仰向けに倒れ、そのまま意識が遠のいていく。
皆が慌てて近づいてきて俺を覗き込んでくるが、何を言っているのか、もはやほとんど聞こえなかった。
あぁ、電池切れになったのか──
俺の意識はそこで暗転した。
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