第119話 文化祭⑤
お兄ちゃんの店でたこ焼きを食べ終わった後、私となぎさは再び校内をぶらぶらし始める。
「みなとさんのところには行かなくていいの?」
「まだいいかなー。今行ったとしても混んでいるから待つことになるだろーし、それにこの時間帯はおねーちゃんいないから」
「そっか」
私たちはホールにやってきた。ここは床が体育館のようなフローリングになっていて、まるで小さな体育館のようだった。ここではいくつかミニゲームをやっているらしく、多くの人がそれに興じていた。
「みやび、やってみようよ!」
「うん」
なぎさの提案で、私たちはミニゲームに参加することになった。
しばらく待っていると、私たちの順番が回ってきた。
私たちが挑戦するのは的当てだ。ルールは簡単。配られたボールを、なるべく的の中心の方に当てるだけ。一人三球で、十メートルほど離れたところから投げる。的には点数が書かれていて、中心に近づくほど点数が高い。
的当てが終わった人は、端に避けて、スタッフの生徒から何か受け取っている。どうやら、三球投げて獲得した点数によっていろんな商品が貰えるシステムらしい。
「先、みやびやって」
「え、私?」
「うん。ほらほら」
私はなぎさにボールを押し付けられ、そのまま初めにやることになってしまった。
ボールの表面は細かく小さな繊維状になっていてケバケバしている。ということは、面ファスナーでボールが的にくっつくのかな?
そんなことを考えながら、私は床に貼ってあるテープの前まで進む。
私は運動神経がよくない。だから、あまりいい結果は期待できないけど……やってみないと、わからないよねっ!
「そりゃ!」
私は思いっきりボールを投げる。だけど、コントロールが絶望的に悪いせいで、ボールはあらぬ方向に飛んでいってしまった。
「あらら……」
「まだ二つあるよー、頑張れー」
気を取り直してもう一球! 私は気合を入れて投げる。
だけど、ボールはまた、あらぬ方向へと飛んでいく。そして、ホールの壁上部にある窓に当たって、どこかへ転がっていってしまった。スタッフの人が慌ててボールを追いかけていく。
「……」
「……あと一球! まだチャンスあるよー!」
最後の球、私は目を閉じ、ボールを掌に感じる。そして、暗闇の中、的の中心までの軌道をイメージする。
よし、いける! 一球入魂、私はボールを投げる。
しかし、私の目論見とは大幅に外れ、ボールは的のはるか手前の地点でバウンドして、少し転がっただけだった。
「……どんまいどんまい」
肩を落として後ろを探る私を肩ポンして、今度はなぎさが前に出る。すでにボールを三つ受け取っていて、準備は万端みたいだ。
「いくよー」
なぎさはボールを投げる。そのフォームはとても綺麗だった。
なぎさの手から離れたボールは、一直線に的に向かっていき、中心からやや下の部分に、バンッ、と音を立てて当たった。
「あー、おしー!」
「……スゴ」
そういえば、なぎさはソフトボール部だっけ……。ボールを投げるのはとても手慣れているみたいだ。
「えいや」
それからなぎさは二球目を投げる。一球目よりやや上の軌道をなぞって、的のど真ん中にジャストミート。
「お、やったー!」
スタッフの人が球をどかして最後の三球目。なぎさが放ったボールは、さっきと同じように的の真ん中にビシッと当たった。
「おめでとうございます! では、こちらで商品を選んでください」
スタッフの人に案内され、商品を受け取る場所に向かう。商品は獲得した点数の階級別に用意されているようで、なぎさは一番点数の高いところ、つまり一番豪華な商品が並んでいるところに案内されていた。
まあ、豪華と言っても高校の文化祭だから、お菓子とかおもちゃとかそういうものだけどね……。
「あ、じゃあこれにします」
「わかりました、どうぞ」
「ありがとうございまーす」
「何を選んだの?」
「んー、お菓子」
そう言ってなぎさが見せてきたのはお菓子の箱。細長いスティック状のビスケットに、チョコレートがかかっている有名なお菓子だった。なぎさは早速それを開けると、一本取り出して食べる。それから、もう一本手に取ると、私の方に突き出してきた。
「はい」
「え?」
「食べなよー」
「でも、これはなぎさが取ったもので」
「いいからいいから」
なぎさは有無を言わさず私の口の中にそれを突っ込んできた。口に突っ込んだものを吐き出しても仕方ないので、私は食べる。
「……ありがと」
「どういたしまして。じゃ、そろそろおねーちゃんのところ、行こっか」
私たちはお菓子を食べながら、みなとさんのところへ向かう。
みなとさんのクラス、二年A組がやっているのは、メイド喫茶。普通に考えて、メイド喫茶では主に女子が接客することになる。だから、立案の段階で女子の反対がたぶんあるはずだと思うけど……よくボツにされなかったね。
「お、空いているかな?」
私は腕時計を確認する。現在の時刻は午後二時を少し回ったところだ。お昼時というには遅い時間帯だからかもしれないけど、メイド喫茶にはあまり人が並んでいなかった。私たちは少し並んだ後に、店に入ることができた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。何名様でしょうか?」
「お、おお……」
「二人です」
「かしこまりました、ではこちらの席へどうぞ」
私たちは席に案内される。店に入ってから席に案内され、そして席に案内された後も、なぎさは終始キョロキョロと辺りを見回し、店員さんに対してはちょっと挙動不審だった。
「……どうしたの?」
「いや、メイド喫茶ってこんな感じなんだなーって。あたし、初めて入ったから」
「ああ、なるほどね」
「そういうみやびは、メイド喫茶に行ったことあるの?」
「あるよ」
「え」
なぎさは目を丸くした。学校にほとんど行ってないのにメイド喫茶は行ったことあるんだ……とか思っていそう。
「……正確には、メイド喫茶のイベントだからちょっと違うけど。まあ、メイド喫茶みたいなもんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「というかお兄ちゃんがメイド喫茶でバイトしてるから」
「そうなの⁉︎ ほまれさんが⁉︎」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「初耳だよ……」
しかも、メイド喫茶でバイトをする最初のきっかけを作ったのは、みなとさんだった、ってお兄ちゃんは言ってたけど……。
「あら、ほまれの話かしら、お嬢様方?」
すると、横から聞き覚えのある声。そっちへ顔を向けると、そこにいたのは一人のメイドさん。
少しつり目で、可愛いと美しいを相加平均したような整った顔立ち。肩まで伸びる黒髪をハーフアップにしている。どことなくなぎさに似ている顔立ちのその人物こそ、お兄ちゃんの彼女でなぎさのお姉さんである、みなとさんだった。
「おねーちゃん……!」
「どうも、お邪魔してます」
すると、みなとさんはハッと何かに気づいた顔をすると、咳払いをした。そして、少し恥ずかしそうにしながら、私たちに笑顔を見せる。
「おかえりなさいませ、お嬢様方♡ こちら、メニューです♡」
「ぶふぅ……!」
なぎさがこらえきれなくなって吹き出した。普段のみなとさんとはかけ離れたこの姿に、笑いのツボを刺激されてしまったみたいだ。確かに、みなとさんは冷静沈着でこんなことをするイメージはないから、ギャップがスゴい。
なぎさは話すのが困難になるほどウケている。ダウンしてしまったなぎさに代わって、私はみなとさんに話しかける。
「みなとさん、似合ってますね。本職でも全然いけますよ!」
「そう? ありがとう」
本当のメイド喫茶で働いても、まったく違和感はないと思う。
「さて、メニューはお決まりですか?」
「なぎさ、どうする?」
「なっなっなんでもっ……いいよっ……ひっひっひっ」
「じゃあチュロス二つとアップルジュース二つで」
「かしこまりました♡ 少々お待ちください♡」
奇声をあげ始めたなぎさをチラッと見て、みなとさんはメニューを回収してパーテーションの向こうへ引っ込んだ。
しばらく待って、なぎさの笑いが収まった頃、私たちが頼んだものを持って、みなとさんがやってきた。
「お待たせしました♡ ご注文のチュロスとアップルジュースです♡」
「ありがとうございます」
「ありがとう……ぷっ」
「それでは、僭越ながら、おまじないをかけさせていただきます♡」
みなとさんは一息つくと、手でハートを作りながら。
「おいしくな〜れ、もちもち〜さくさく〜、萌え萌えきゅ〜ん♡」
なぎさは笑い転げるのを我慢するような顔をしながら、みなとさんに尋ねる。
「ひっひっひっ……い、今のもっかいやってっ……動画撮ってママとパパに見せたい……ぶふっ」
「はぁ……家に帰ったらいくらでもやってあげるわよ」
「マジ⁉︎ 約束だよ? 絶対だよ⁉︎」
やっぱりみなとさんでもこれは恥ずかしいらしい。でも、とっても可愛かった!
私たちは、みなとさんのおまじないのかかったチュロスをおいしくいただいた。
その後、写真を撮ってくれるというので、三人で一緒に撮ってもらった。
「ありがとうございました♡」
「なぎさ、後で写真送ってね」
「もちろん! おねーちゃんにも送るね」
「……はいはい」
その直後、不意に近くでスマホの着信音が鳴る。
この音は私ではない。どうやらなぎさでもないみたいだ。となると……。
振り返ると、ちょうどみなとさんが、ごめんなさいね、と言ってスマホを手に取って電話に出るところだった。
「はい……ええ……」
みなとさんは教室の隅で電話を始める。何を話しているのかはわからないが、声の調子から察するに、いい知らせではないみたいだ。
「えぇ⁉︎」
みなとさんが大きな声を出す。店中の視線がみなとさんに集まって、それに気づいたみなとさんはバツが悪そうに身を縮めた。
「……わかったわ、お大事に」
電話を切って、みなとさんははぁ……とため息をついた。どうやら私の予想は当たったらしい。
私たちは、顔を見合わせるのだった。
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