第118話 文化祭④
頭の中で体内時計が十一時半を告げる。ヤバい、シフトに入る時間だ。俺は急いでたこ焼き屋へと向かう。
メイド喫茶を堪能し、みなととのチェキをめでたくゲットした後、シフトがある飯山と別れ、俺は一人で適当にぶらぶらしていた。ハイクオリティなお化け屋敷に潜入したり、文化部の展示を適当に見てまわったりしていたら、いつの間にかこんな時間になってしまった。
俺は早足で廊下を進む。だが、次の瞬間、すぐそばの教室で見覚えのある人物がちらっと目に入って、俺は思わず急ブレーキをかけた。
俺は教室の後方の締め切ったドアに忍び足で近づくと、こっそり中の様子を窺う。
「あれ……? みやびじゃん」
教室の中にいたのは、みやびだった。
前方の教壇の上に立ち、何やら嬉しそうにしている。首から下げているのはお手製の金色のメダル。手には賞状。教室にいる一般入場者と思しき他の人は、彼女に向かって拍手を送っている。
さらに二人ほど、その教室の中には俺の知っている人物がいた。
そのうちの一人は、みなとの妹のなぎさちゃんだ。首にはブロンズ色のメダルがかかっている。
そういえば、今朝みやびが一緒に行く予定だと言っていたな。もう来ていたのか。
そしてもう一人。みやびの正面に立っている人物だ。こちらからは顔全体は見えないが、間違いない。珠算部の部長だ。以前二回ほど俺に絡んできたのを覚えている。名前は確か『野山』といったか……。どうやら、みやびに賞状、あるいはメダルを渡し終わった直後らしい。
そういえば、ここ、珠算部の出し物だったよな……。俺は目を凝らしてみやびの持っている賞状の文字を読み取る。
「計算……コンテ……スト……優勝……」
俺は、ここで何が起こっているのかだいたい察した。
ははぁ……なるほど。まあ、みやびなら優勝するだろうな。計算力えげつないからな、あいつ。六桁どうしの掛け算すら、一秒もかからず暗算できるような奴だぞ……。みやびに計算速度で勝てるような人物は、日本中探してもほとんどいないんじゃないか……?
おっと、こんなところで道草を食ってはいけない。この話は時間のあるときにみやびからじっくり聞くことにしよう。今やるべきことは、一刻も早くたこ焼き屋に向かって自分のシフトに入ることだ。
俺は急いでその場を離れると、今度こそどこにもよらず、まっすぐに食堂へ入った。
「うわっ……」
食堂に入った途端、俺は思わず声を出してしまう。
お昼ご飯を求める人が、長蛇の列をなしていた。食堂にはいくつかの店があるが、そのどの店にも長い列ができていた。もはや誰がどこの店に並んでいるのかわからなくなりそうだ。
俺は苦労しながらたこ焼き屋の前まで辿り着く。見た感じ、一番並んでいるみたいだ。
「お、天野! 早く早く!」
「すまん、遅れた!」
すると、俺の姿を見つけた檜山が声を出す。彼女は俺の前の時間帯に入っている調理担当だ。もう交代時刻は過ぎているが、俺が遅れてしまっているので残業してくれていたようだ。
たこ焼き屋の中はてんやわんやしていた。客が集中し過ぎて大忙しだ。
そして、檜山の声で俺がやってきたことを知って、クラスメイトの視線がこちらを向く。その瞬間、疲れていた彼らの顔がパッと明るくなった。
「よし、天野が来た!」
「交代交代、早く入って!」
なんだか、俺は希望の星と思われているらしい。
俺が皆の役に立てるのなら、いくらでも役立ってやる! 俺は急いで店内に入ると、エプロンと三角巾を急いで身につけて、店の裏の水道で手を洗う。そして、調理場へと直行。
「お待たせ!」
「遅い! 代わるよ!」
檜山はちょうど焼き終わったたこ焼きをプレートから回収して、テイクアウトボックスに移しているところだった。そして、すべて移し終わったところで、俺とバトンタッチ。
俺の正面からは、たこ焼きを求めて並んでいる人の列が見える。ちらりと前を見ると、いつの間にかその列はものすごい長さになっていて、食堂の外にまではみ出していた。
現在時刻は十一時三十七分。一番混雑するお昼時の前なのに、すでにこの混雑っぷり。俺のシフトは午後三時まで。
これは……覚悟を決めて、全力を出さねばいけないようだ。
「起動」
俺はAIを呼び出す。そして、手だけではなく、体、そして自分の使えるリソースのほとんどをAIに割り当てる。
途端にぼんやりする意識の中で俺は考える。AIの代わりに俺の思考はかなり落ちてしまうが、こうでもしないとこの局面は乗りきれないだろう。この工程がボトルネックになっているので、高速化が必要だった。
『俺』は加熱しっぱなしの鉄板の上に手早く油を引きながら振り返る。
「生地はありますか?」
「はいよ!」
クラスメイトが横の台にバン、と生地の入ったボウルを置く。『俺』は油の蓋を閉めながらそれを取ると、鉄板の窪みに素早く入れていく。
具を入れてしばらく待機。そして、いい感じに焼けてきたことを確認すると、千枚通しを使って素早く反転させていく。
「おお……」
『俺』の手際を見ていた人が、感心したような声をあげる。家で練習してきた成果とAIによる極限までの効率化の相乗効果で、その速度は爆速の域に達していた。
かなりの量のたこ焼きをひっくり返し、もう半分を焼いたら完成だ。
そして、ここからも効率化を極めていく。
「箱をください」
「え? ああ……」
クラスメイトが箱を差し出す。『俺』はそれを受け取って左手で持つと、千枚通しを右手に持って、完成したたこ焼きを下から掻き上げて、宙に浮かせる。そして、それを箱でキャッチ。タイミングよく、テンポよく、次々とたこ焼きを箱の中に放り込んでいき、六個入ったところで箱をクラスメイトに渡した。
「す、すげー……」
「次の箱をください」
「おっけー……!」
クラスメイトは次から次へと箱を持ってくる。『俺』は次から次へと箱の中にたこ焼きを放り込んでいった。
そして、箱に詰められたたこ焼きは、クラスメイトが隣で青のりとソースをかけて、客に出していた。
「ありがとうございました!」
列が進んでいく。それを視界の端で捉えながら、『俺』はたこ焼きをすべて詰め終えた。
そのタイミングで、生地の入ったボウルが置かれる。
あとは先ほどとまったく同じことの繰り返しだ。俺は無心でひたすらたこ焼きを作っていく。この時の俺は、完全にたこ焼き製造マシーンと化していた。
正午を回ってからお客さんがさらに押し寄せてくる。しかし、たこ焼きを爆速で作ることで、押し寄せてきたお客さんを捌いていく。
「たこ焼き三箱」
「かしこまりました」
時間を忘れて没頭していると、受付の方から聞き覚えのあるような声がした気がして、俺は顔をあげた。
手だけは作業続行で、自分の意識に割くリソースを増やす。
「あら、ほまれ」
「みなと……」
すると、先頭に並んでいるみなととばっちり目が合う。今はシフトの時間ではないようで、メイド服姿ではなく制服姿だ。
「来てくれたんだ」
「ええ。それにしても、ものすごく手際がいいわね」
「まあね〜」
これがAIの力ってもんよ!
みなとはあらかじめ作ってあった三箱を受け取ると、足取り軽く飲食スペースの方へ向かって行った。
昼のピークは過ぎたようで、列は先ほどよりも短くなっているような気がする。だが油断は禁物だ。
再び作業に没頭していると、またもや聞き覚えのある声がした。
「あ、ほまれさんだ! やっほー」
「お、なぎさちゃん。それにみやびも」
「見にきたよ」
そこにいたのはなぎさちゃんとみやび。わざわざ来てくれたようだ。
「わぁー、たこ焼き焼くの速いんですね!」
「ふふん、そうでしょ〜」
「なんでみやびが得意気なんだよ」
手を動かしながら、俺はみやびにツッコむ。まあ、俺の体を開発したのはみやびだから、自慢気なのはわからなくもない。というか余計な機能をつけた俺がここまでできるのだから自立型たこ焼きロボットとか作ったら売れそうだけどな。
「みなとのところには行ったの?」
「いえ、午後から行こうかなーって」
「そっか。みなとのメイド姿、超可愛いよ」
「え、ホントですかー⁉︎ 楽しみー」
みなとはなぎさちゃんにもメイド服姿を見せたことはないらしい。
「お待たせしました、たこ焼き二つです」
「ありがとうございまーす、それではほまれさん、またね!」
「じゃあね、お兄ちゃん」
「はーい」
二人はたこ焼きを貰うと、去っていった。
実は、みやびはこの文化祭を楽しめているかどうか、兄としては少し不安だった。だが、それは杞憂だったらしい。
みやびはとても楽しそうだった。なぎさちゃんのおかげもあるだろう。
「はい生地!」
そんなことを考えていると、俺の横にドン、とボウルが置かれる。
いかんいかん、まだ気を抜いちゃダメだ。たこ焼きを待っているお客さんはまだたくさんいる。俺はたこ焼きを作り続けなければ。余計なことを考えている暇は、今はない。
俺は再びAIに体を操作させて、たこ焼き作りに全力を注ぐのだった。
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