第106話 留学生①

 月曜日。俺とサーシャは、みやびに見送られて、いつもより早い時間に学校へ出発した。


「学校、楽しみデス!」

「そ、そうだな」


 そう言って、サーシャは俺にぴったり体を寄せてくる。彼女の胸が俺の腕に当たっているが、俺はそれをなるべく意識しないように努力する。


 ここ二日間、サーシャと過ごしてみて、わかったことが一つある。

 それは、サーシャはスキンシップが非常に激しい、ということだ。


 隙あらば俺にボディタッチをしてくるし、今みたいに体を押し付けてくることもしばしばある。外国人は全員こんなスキンシップなのか、それともロシア人はこうなのか、はたまたサーシャだけなのか……。いずれにせよ、俺には刺激が強かった。


 一方で、なぜかは知らないが、みやびにはここまで激しいスキンシップはしないのだ。俺にはめっちゃしてくるのに。


 みやびが嫌そうな雰囲気を出しているからだろうか? でも、それだったら俺にもここまでしてこないはずだ。俺だって嫌そうな雰囲気を頑張って出しているのに、彼女にはまったく効き目がないのだ。


 一応、サーシャには、俺が人間だった頃から付き合っている彼女がいるから、過剰なスキンシップはやめてほしい、と伝えてある。だが、今の行動から考えるとその忠告はあまり効果がなさそうだ。学校の中では控えてくれ、と願うしかない。


「はぁ……」

「どうしたデス、ほまれ? 学校、嫌デスか?」

「そう言うわけじゃないんだけどさ……」


 金髪美少女と仲良く登校。この様子をみなとに見られたら、絶対に勘違いされるだろうな……。もし逆の立場だったら、俺は絶対に疑う。


 しかし、ここでサーシャを突き放すわけにもいかない。初登校なので、学校への道を案内しないと迷ってしまうだろうし、朝の通勤ラッシュの電車に一人で乗ってもらうのは明らかにリスクがある。


 サーシャに、こんなにいろいろ悩まなきゃいけないのは君のせいだよ! と言いたい。やっぱり強い口調でもう一度注意するべきなのだろうか。


 とにかく、今はみなとにどうやってうまく説明するかを考えないと……頭が痛い。


 俺たちは駅に到着すると、いつもの電車に乗り込む。

 二学期が始まって学生が増えたからか、電車はかなり混雑していた。


「これが、日本の満員電車デスか……!」

「いや、これはまだまだ空いている方だよ。都心に行くと、この何倍も人が乗ってる」

「そんな……! これ以上乗られたら死ぬデス……!」

「大丈夫だよ、すぐに降りるから」


 俺たちは数駅先で降りると乗り換える。それから学校の最寄り駅で降りると、たくさんの学生に囲まれながら、俺たちは自分たちの学校へ向かう。


 サーシャはその金髪で目立っているようで、周りから注がれる視線の量はとても多い。彼女は注目の的にされていることが少し怖いようで、ちょっと俯きがちになっていた。俺の袖を握る力が少し強くなる。


「大丈夫だよ、皆サーシャに何かしようっていうわけじゃないから」

「そ、そうデスか……」


 好奇の視線に晒されながら、俺たちは昇降口から校舎に入る。


 俺は教室に向かうが、サーシャはまず職員室に向かわなければならない。ここでいったんお別れだ。


「職員室は、ここをまっすぐ行って、あそこに見える大きなドアの向こうね」

「わかったデス! 案内ありがとうデス!」


 サーシャはぺこりと一礼すると、早足で職員室の中に入って行った。俺がその後ろ姿を見送っていると、ポンと肩に手を置かれた。


 振り返ると、そこにはみなとの姿。無表情のまま俺の肩をがっしり掴み、顔を近づけてきた。


 ズモモモモ、と今にも効果音が聞こえてきそうだ。無表情なのにものすごい圧力を発している。


 俺は強張った笑みを浮かべて、普段より三割くらい小さな声で挨拶をした。


「や、やぁ……おはよう、みなと……」

「あの人、誰?」


 怒るでもなく悲しむでもなく、ただただ無表情。それが逆に怖さを倍増させている。

 俺は咄嗟に答えた。


「留学生だよ。職員室まで案内していたんだ」

「ふぅん……」


 嘘はついていない。サーシャがロシアからの留学生であることは本当だし、彼女の目的地がこの学校の職員室であることも本当だった。実際、俺はサーシャに職員室の場所を教えた。


 だが、みなとには、サーシャと俺が一緒に登校してきたこと、さらにサーシャが俺の家にホームステイしていることは言っていない。


 ドキドキした感覚を味わっていると、みなとはポツリとつぶやいた。


「ふぅん……」


 みなとはサーシャが消えて行った職員室の方を見る。数秒間視線をそちらに向けると、何事もなかったかのように歩き出した。

 俺が立ち尽くしていると、みなとは不思議そうに俺の方を振り返る。


「何しているの? 行かないの?」

「ええ、ああ、いや。行く行く」


 俺は急いで下駄箱に靴を突っ込むと、みなとの隣に並んで歩き始める。


 咄嗟にサーシャと一緒に登校したことと、実は俺の家にホームステイしていることを隠してしまった。しかし、このまま隠し通せるとは思えないので、どこかでこのことは言わなきゃいけない。


 でも、サーシャと一緒に登校してきたことやサーシャがホームステイしていることを知ったら、みなとがどう反応するか……。みなとにサーシャとの関係がバレて、仲が悪くなることを俺は恐れている。


 しかし、ここで言わなかったら余計に関係が拗れてしまうかもしれない。なんで隠していたの? とか言われそうだ。みなとがちょっと嫉妬深いけど、隠し通している方がよっぽどマズいような気がしてきた。


 でもなー……。言ったところでそれはそれで嫉妬されそうな気が……。いまいち勇気が出ない。俺の気持ちは板挟みになっていた。


「じゃあほまれ、また後でね」

「あ、うん……」


 気がつくと俺たちはいつの間にかA組の前に来ていて、みなとはそう言うとさっさと自分の教室に入ってしまった。


 引き止める間もなく行ってしまった。……まあ、後で説明すればいいか。


 俺はため息をついて自分の教室に入る。

 そして、自分の席に着いた途端、佐田が俺に声をかけてきた。


「おはようほまれ! なあ、聞いたか?」

「おはよう……聞いたって何を?」

「留学生だよ! 今日留学生が来るんだって!」

「ああ、うん。知ってるよ」

「知ってたのかよ! ロシアから来るって言ってたけど、どんな奴なんだろうな? 女子かな男子かな?」

「……女子だよ」

「そうなのか⁉︎ 美少女だったらいいなぁ……!」


 佐田は興奮しているようだ。まあ、無理もない。異性の留学生が来るとなったら誰だって気になるだろう。それに、留学生が美少女というのは当たりだ。


 でも、このクラスに来るとは限らないんじゃないか? どのクラスに来るかなんてサーシャから知らされていないし、担任の斎藤先生からも知らされていない。


 できれば俺と別のクラスだったらいいなぁ……。一緒のクラスだと、いろいろと面倒なことが起こりそうな気がする。クラスでも俺にベッタリしてくるかもしれないからな。


 もしかして俺、サーシャに舐められているのかな……。


 ため息をつくと同時にチャイムが鳴り、朝のSHRの時間になる。ガラガラと教室前方のドアが開き、担任の斎藤先生が入ってきた。


「おはよう。早速だが、今日からこのクラスに留学生が来る」


 先生がそういうと、クラスがザワザワし始める。


 あ、当たってしまったー! 俺が直前に思ったことがフラグになってしまった……。


 いや、まだだ。もしかしたら留学生が複数いて、サーシャではない別の留学生が来るかもしれない。


「それでは、自己紹介をどうぞ」


 斎藤先生が壇上からどくと、先ほど先生が入ってきたドアから一人の生徒が現れた。


 まず目を引くのは長い金髪。教壇の中央で正面を向いた彼女の顔はとても整っていて、まさに金髪碧眼の美少女だった。


 そして、彼女は大きな声で自己紹介を始めた。


「ワタシは、アレクサンドラ・イリーニチナ・イヴァノヴァというデス。呼ぶときは、ぜひサーシャと呼んでくれデス! よろしくお願いするデス!」


 クラスからは盛大な拍手が湧き起こる。俺は頭を抱えた。


 こうして、サーシャが俺のクラスに来たのだった。

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