第105話 麦わら帽子の少女③
昼ご飯を食べた後、俺たちは家の中をサーシャに紹介する。
「ここがトイレで、こっちが洗面所、こっちがトイレね」
「了解デス!」
「じゃあ、次はサーシャに寝泊まりしてもらう部屋に案内するよ」
みやびを先頭に、俺たちは階段を上る。サーシャはみやびについていく。俺はその後ろでサーシャのスーツケースを持つ係だ。力は他の人の何倍も出せるので、自分から申し出たのだ。自分の特長は役に立てるときに発揮するべきだからな!
階段を上っている最中、サーシャがそういえば、と呟く。
「ここのお家、まるで要塞のようデス」
「それはどういう意味?」
「外から見た時、カメラありましたし、窓にも鉄格子がはまってるデス。それに、ほら、ここにもセンサーあるデス」
そう言って、サーシャは廊下の壁の、床の近くに設置されている白い小さな突起を指差した。
「え、みやび、これセンサーなの?」
「うん……よく気づいたね」
「ふふん」
まったく気がつかなかった……。家のセキュリティを強化していたことは知っていたが、こんなところにセンサーを設置していたとは。サーシャの観察眼はスゴいな。そんな彼女はちょっと得意げに胸を張った。
俺たちは廊下を進んで、一番奥の突き当たりの部屋に入る。
ここは母さんの部屋だ。普段からめったに立ち入らないし、そもそも母さんは家を空けていることがほとんどなので、本来なら埃が溜まりっぱなしだっただろう。
しかし、前日の夜から徹夜でみやびが掃除してくれたおかげか、部屋はとても綺麗になっていた。母さんの私物もどこかに移したらしく、来賓を迎える準備はすっかりできている。なんだか、まるで母さんの部屋でないみたいだ。
「サーシャ、今日からここで泊まってね」
「おお、綺麗なお部屋デス! ありがとうございマス!」
荷物を運び入れると、サーシャは早速スーツケースを開く。そして、私物を並べて整理していく。
しかし、彼女は途中で手を止めると、俺たちの方を向いて言った。
「そういえば、ほまれとみやびのお部屋も見たいデス! 気になるデス!」
サーシャはよほど興味があるのか、目をキラキラさせて俺たちに迫ってくる。
それに対して、みやびはちょっと嫌そうな笑みを浮かべる。
「え〜……」
「……ダメデス?」
「……ちょっとならいいんじゃないか、みやび?」
俺がそう言うと、みやびは困ったような顔をする。しかし、最終的に頷いた。
「……わかったよ。じゃあ、私の部屋から案内するよ」
「ありがとうございマス!」
サーシャはウキウキでみやびについていく。俺はその後ろをついていった。
「ここが私の部屋だよ」
「хорошо!」
みやびの部屋に到着して、ドアを開けると、サーシャは興奮したようにそう呟いた。
机の上にはノートパソコン、さらにデスクトップパソコンもある。モニターはそんなに要らないだろ、と思うくらいたくさんあり、その他にも壁際には何に使うのかわからない機械が散らかっている。
みやびの部屋に入るのはかなり久しぶりだが、やはり中学三年生の女子の部屋とは思えないな……。前回よりも機械が増えているような気がする。
「これは何デスか⁉︎」
「あ、触らないでね」
「ご、ごめんなさいデス……」
同じロボット好きだからか、やはり興味をそそられるようで、サーシャは放ったらかしにされている機械に近づくと、興味津々で見つめる。
「研究のためにいろいろ使っているから、あまりこの部屋には入らないでほしいな。それにプライバシーの問題もあるから」
「了解デス」
みやびにそう言われて、サーシャはちょっと残念そうだった。
次に俺の部屋に向かう。とはいえ、みやびとは違って特に何も面白いものはないのだが……。
「ここが俺の部屋だよ」
「おお……」
すると、何を思ったのか、サーシャは俺のベッドの下に上半身を潜らせる。
「ちょ、何をやっているんだよ⁉︎ サーシャ」
俺が慌てて止めるも、サーシャは何かを探しているようで、ゴソゴソしている。
そんなところには何も置いていないし、ただ埃っぽいだけだから!
数秒後、サーシャはベッドの下から抜け出した。綺麗な金髪に埃がついてしまっている。
「ゲホゲホ……」
「もう……サーシャ、何していたんだよ」
すると、サーシャはドヤ顔をすると得意げに言った。
「エロ本を探していたデス」
「えろほん……? そりゃなんで?」
「日本人は、ベッドの下にエロ本隠すのがお約束デス! 漫画で読んだデス」
「は、はぁ……」
変なところから影響を受けているようだ。
すると、サーシャは不満げに膨れっ面になって俺に訴えかける。
「でも、ほまれのベッド下には何もなかったデス。つまんないデース」
「あのなぁ……それは漫画の中だけだから」
「そうデスか⁉︎」
サーシャはビックリする。そりゃそうだ。
「エロ本をベッドの下に隠すのはもう時代遅れだ。隠すとしたらパソコンの中とかじゃ……」
「じゃあほまれはパソコンの中にエロ本入れてるデスか⁉︎」
「入れてないよ!」
もし入れていたとしても、入れているなんて言うはずないだろ!
「というかなんでそんなエロ本に興味津々なんだよ……」
「ロシアでは日本の『хентай』は有名デス」
「なんか不名誉だなぁ……」
それにしても、さっきからみやびが黙ったままだが……。俺は後ろにいるみやびに目をむける。
彼女はじっと一点を見つめていた。その視線の先は、先ほどサーシャが潜った俺のベッドの下だ。どこか険しい表情をしている。
「みやび、どうしたの……?」
「ん、あ、いや、なんでもないよ」
みやびは慌ててごまかす。いったい何を見ていたのだろうか……。
「ま、まさかみやびもエロ本に興味が⁉︎」
「ないから!」
バシーンと頭を思いっきり叩かれた。頭が揺れる。
「痛いよ〜壊れちゃうよ〜」
「もう! お兄ちゃんのバカ!」
みやびはプンプンして部屋の外に出ていってしまった。
そんな様子を、サーシャはキョトンした顔で見つめていた。
※
午後九時。夕飯を片付けた後、俺は脱衣所に来ていた。
もちろん、目的はお風呂だ。俺はヘアゴムを外し、服を脱いで風呂場に入る。
「はぁ……」
俺はシャワーを浴びながら考える。
昨日、突然両親から明かされた留学生の存在。そして、今日の昼間にやってきたサーシャ。
どこかズレている部分もあるが、基本的にはいい人のようだ。日本に好意的だし、俺たちにもフレンドリーに接してくれる。難儀な人が来たらどうしようか、と思っていたが、彼女とならうまくやっていけそうだ。
ただ、少し気になるのがみやびの態度だ。同じロボット好きということが判明して盛り上がっていた反面、どこか警戒している部分もあった。
サーシャのグイグイくる態度に困っていたのだろうか? まあ、研究のこともあるし、思春期特有の……というのもあるだろう。
それを除けば、懸念材料はないのだが……。
そこまで考えた時、ガチャと背後からドアが開く音。
え、と思って振り返った瞬間、声がかけられる。
「ほまれ〜、一緒にお風呂入るデスよ〜」
「え、ちょ、は⁉︎」
振り向くと、そこにはサーシャの姿があった。
水着くらいは着ていてくれ、と思ったが、その願いも虚しく、彼女は全裸だった。
民族的な特性なのだろうか、体つきはとてもグラマラスだった。そんな体を何も隠さずこちらに見せてきていて、俺は慌てて顔を逸らした。
なんで? という考えが頭の中を巡るが、その答えが出る前に、思いっきりサーシャが俺の背中に抱きついてきた。
「ほまれ、背中の流し合いっこするデス!」
「ら゚」
背中に柔らかいものが押しつけられて、俺の喉から変な声が出た。
コイツ……たぶん、俺よりデカいぞ……!
シャンプーのものとか違う、何かいい匂いを感じとる。俺は頭が熱くなるのを感じながら、必死に言葉を紡いだ。
「ちょ、ちょっと……! サーシャ、一緒にお風呂に入るのはダメだって!」
「えー、背中の流し合いっこしたいデス! 漫画でよくでてきたデス!」
「それは漫画だからであって……! というかみやびとやってくれよ!」
すると、サーシャは俺の肩に手を回すと、俺の顔を横から覗き込んできた。
端正な顔が、今にもキスしてしまいそうな距離まで迫る。彼女のブロンドの髪が俺のすぐそばを流れる。
「ほまれとじゃダメデスか?」
「ダメだよ! そもそも俺、体はこんなだけど男だって言ったよね⁉︎」
すると、サーシャは一瞬キョトンとした顔で固まる。やっぱりわかってないじゃん!
だが、そのすぐ後に、彼女はニンマリと笑った。そして、俺の耳元で囁いてくる。
「もしかして、えっちなこと考えてるデスか?」
「な、っっっっツツツ〜〜〜〜〜〜‼︎」
頭が爆発しそうになるのを耐えながら、俺はサーシャを振り切り、思わず風呂場のドアを開けて飛び出した。
「ほまれ⁉︎」
「勘弁してくれ〜っ!」
これ以上いたら、気がおかしくなってしまいそうだ! これはサーシャへの評価を改めなければならない。
彼女は、ロシアから来た、魔性の女だった。
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