第104話 麦わら帽子の少女②
「で、あなたがウチに来るっていうロシアからの留学生?」
「そうデス!」
あのまま外に放っておくわけにもいかないので、俺たちは少女を家に招き入れた。そして、食卓に俺とみやびと向かい合って座る。
本当なら家を掃除してから迎えたかったが、あのまま外にいては熱中症になってしまいかねない。
意外だったのは、この少女は普通に日本語が喋れた、ということだ。もちろん、多少の癖はあるが理解するのに支障を及ぼすほどではない。
ならば駅で俺に話しかけてきた時、どうして日本語ではなくロシア語で話しかけてきたのか。
それを尋ねると、彼女は一言。外国人っぽく見えたから、と。やっぱり俺の予想は当たっていたわけだ。
逆に、彼女はみやびがロシア語を話せることに驚いていた。そりゃ、日本人のロシア語話者は多くはないだろうからな。
先ほどまでのそんなやりとりを思い出していると、目の前の少女は佇まいを正して自己紹介を始めた。
「ワタシは、アレクサンドラ・イリーニチナ・イヴァノヴァというデス。呼ぶ時は、ぜひサーシャと呼んでくれデス!」
そして、勢いよくお辞儀をして、テーブルの天板に頭をぶつけた。
「Ай!」
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫デス……」
どうやら気合いが入りすぎてしまっているようだ。
相手が自己紹介をしたのだから、俺たちも自己紹介をしなければ。
「俺は、天野ほまれ。で、こっちが妹のみやび」
「天野みやびです、どうぞよろしく〜」
「よろしくお願いするデス、ほまれさん、みやびさん!」
サーシャはテンション高く、それぞれの手で俺たちの両手と握手をするとブンブンと振る。
「サーシャさんは……」
「サーシャでいいデス!」
「じゃあ俺もほまれでいいよ。で、サーシャは何歳なの?」
「十七デス! だからほまれと同い年デス」
「そうなんだ。じゃあ、もしかしたら俺と同じ学校に入ってくるかもね」
「あれ? 聞いてないデスか? ほまれの学校に編入するデスよ」
「え、そうなの?」
初耳だ。ということは、毎朝一緒に通うことになりそうだな。
……となると、ちょっと面倒くさいことが起きそうだなぁ。憂鬱な気分になってしまいそうだったので、今はそんなことを考えている場合ではないと、俺は頭を振った。
「みやびさんは確か十四歳デスよね?」
「そうだよ〜、私もみやびでいいよ」
「了解デス! みやびは中学校に通っているデスか?」
「うん。まあ……よく、通っているかな」
みやびが微妙な表情をする。これまでほとんど通っていなかったので、みやびにとっては簡単に肯定しづらい質問だったようだ。
さて、ここで俺も言いづらいことをサーシャに言わなくてはならない。この家で数週間、あるいは数ヶ月過ごす以上、隠し通すことはとても困難だ。
もしかしたらすでに知っているかもしれないが、自分の口からも説明しておく必要があるだろう。
「それで、サーシャ。俺から一つ、重要なことを伝えなくちゃいけない」
「……なんデスか?」
俺の真剣な雰囲気を察知したのか、サーシャもピンと背筋を伸ばした。
俺は少し緊張しながら、言葉を放つ。
「実は……俺はアンドロイドなんだ」
「アンドロイド? アンドロイドユーザーデスか?」
「違う違う、スマホの話じゃないよ」
確かに俺のスマホはアンドロイドなのだが、今はその話じゃない。
「俺自身がアンドロイドなんだ。人間じゃなくて、ロボットっていうこと」
「……Боже, мой!」
サーシャは数秒間固まったのち、ビックリした様子で何かを呟いた。たぶん母語が出てしまったのだろう。
「それは、本当デスか?」
「うん。本当」
「スゴいデス! 初めて見ました、アンドロイドデスか⁉︎」
サーシャは俺の目の前で手を振っている。何か勘違いしていそうだったので、俺は慌てて説明を追加した。
「アンドロイドっていっても、俺自身は紛れもなく人間だよ。以前、事故に遭って本当の体は治療中なんだ。その間だけ、この体に入っているっていうことね」
「そ、そうだったデスか……それでもスゴいデス!」
サーシャは俺のことをまじまじと観察する。美少女にキラキラした目で穴が開くほど見つめられて、俺は恥ずかしくなって顔を逸らした。
「あ、あと俺は男だから……体は女型だけど……そこはよろしく」
「わかったデス!」
相変わらず目をキラキラさせている。なんだかわかっていないような感じだな……。
すると、サーシャはハッと元になると、顔を赤くした。
「す、スミマセン……実は、ワタシ、ロボットが好きで、こういうのに目がないデス……」
それを聞いて、今度はみやびが目を輝かせる番だった。
「サーシャは、ロボットに興味があるの?」
「はい! ロボットアニメとか、映画とか大好きデス!」
「へ〜、実は私、ロボットの研究をしているんだけど」
「本当デスか⁉︎」
そこから、二人はロボットについて熱く語り合い始めた。だんだん専門用語とロシア語が飛び交い、最終的にはほぼロシア語で高度な会話をしているようなありさまだった。
みやびのロシア語、日常会話レベルじゃなくて、専門的な会話もできるレベルだったのかよ……。
何を言っているのかさっぱり理解できない会話を繰り広げている二人を見ていると、俺の中の体内時計が正午を知らせてくる。そろそろお昼ご飯だな。
このまま放っておいたら、二人は無限に話し続けそうだったので、俺は少々申し訳なさを感じつつ、二人の会話に割って入る。
「あー、二人とも、そろそろお昼ご飯にしよう」
「わかったデス!」
「はーい、昼食は何にするの?」
「……早速だが、たこ焼きでいいか?」
「たこ焼き⁉︎」
サーシャのリアクションに、俺はちょっと不安になる。やっぱり無難な和食にしておいた方がよかっただろうか?
「サーシャ、嫌だったか?」
「とんでもないデス! 大阪の名物を食べられるなんて嬉しいデス! 東京を観光しているときは食べられなかったデスから」
「あー、そういうことね」
「それに、ロシアでは誰もタコを食べないデス」
「タコを食べるのは、東アジアの諸国と、ラテンアメリカ、地中海周辺の国くらいなんだよ、お兄ちゃん」
「へぇ〜、そうなんだ」
俺は台所に向かうと、上の戸棚からたこ焼きプレートを引っ張り出した。
それから食材と、スマホを用意する。そして、たこ焼きの作り方を調べて、レシピを表示する。
実は、たこ焼きを作るのは人生で初めてだ。しかし、レシピどおりに行えば少なくとも失敗はしないはず。それに、俺はアンドロイド。正確な分量はきちんと計測できるので、失敗する確率はとても低いだろう。
俺は早速たこ焼きを作り始めた。AIの補助も使いながら、サクサク進めていく。
そんな中、後ろからチラチラしてくる気配。
「……!」
「どうしたの、サーシャ?」
「ただ見ているだけデス。お気になさらずデス」
「そ、そっか……」
そんなに見られると、ちょっとやりにくいんだけどなぁ……。
それでも、俺の動作には何ら影響はなく、たこ焼きを回転させるところまできた。
ここからが腕の見せどころだな……!
俺はたこ焼きを順々に回していく。千枚通しが用意できなかったので、竹串で代用しているが、特に支障はない。
最初は比較的ゆっくりとひっくり返していったが、すぐに体に染みついたのか、だんだん速くなっていく。
「хорошо!」
「よし、できた!」
俺の目の前にはいい感じに焼けたたこ焼き。あとは適度な味付けをして、皿に乗せれば完成だ。
俺はたこ焼きが乗った皿を食卓に持っていく。食器などはみやびが用意してくれたようで、準備はすでに整っていた。
サーシャは俺の隣に座るようだ。その前に箸が置いてあるのを見て、俺は彼女に尋ねる。
「サーシャは、箸を使えるのか?」
「もちろんデス! 箸はばっちりデス!」
得意げに彼女は鼻を鳴らした。
「それじゃ、食べてみて」
「いただきまーす」
「いただきマス!」
サーシャは思ったより日本の慣習に馴染んでいるようだった。
さて、肝心のお味は……。
「ん! おいしい!」
「вкусный!」
どうやらお気に召したようだった。俺はほっと一息をつき、これなら文化祭でも大丈夫そうだ、とひとまず安心するのだった。
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