第21話 イチャコラ
「そういえばさ、ほまれ」
「どうした?」
ある日の放課後、俺が帰る支度をしていると、何気ない感じで佐田が尋ねてきた。
「お前、A組の古川さんと付き合っているんだよな?」
「ああ、うん。そうだけど」
古川というのはみなとの名字だ。
「俺、お前らが一緒に帰っているところとかいちゃいちゃしているところとか、あんまり見たことないんだけど」
「ばっ……そんなところ見せるわけないだろ!」
なんでそんなところを見せなきゃいけないんだよ……。恥ずかしいだろ!
ただ、確かに毎日いつも一緒にいるわけではないから、佐田がそう思うのも無理はない。お互いなるべく予定を合わせようとはしているけど、無理してまで合わせているわけではないからな。
それでも、部活がどっちもない日とか、部活が終わる時間が同じ日とかは一緒に帰る。それに、月一くらいで一緒にどこかへ出かけたりもしているし、俺が一番連絡を取っている女子はもちろん、みなとだ。
それでも、佐田にあまり目撃されていないということは、俺たちの付き合いがうまく世間から隠れているということなのだろう。芸能人でもあるまいし、隠れて何になるのかは知らんけど。
「んまあ、それは置いといてだな……でさ、このまま付き合っていくつもりなんだよな?」
「そりゃもちろん」
少なくとも俺は、みなとのことが好きだし、このまま付き合い続けていくつもりだ。
すると、佐田は顔に手を当てて俯きだす。手の隙間から見える表情は、ちょっとニヤニヤしていた。さては佐田、何か企んでいるのか⁉
「……どうしたんだよ、何が言いたい?」
「いや、そのな……お前ら、完全に百合じゃんか」
「ゆり?」
ユリ目ユリ科ユリ属の多年草で学名をLiliumというあの百合ではなくって?
「俺からしてみれば、完全に女子どうしがイチャイチャしているようにしか見えない、ってことだ」
「た、確かに……」
「ほまれは男、だが見た目は完全に女子。つまり、お前と古川さんは合法百合カップル、ってわけだ!」
「お、おお……?」
勢いよくビシッと佐田が指摘する。俺はその勢いに思わず飲み込まれそうになった。
確かに、もし俺とみなとがイチャコラしているのをはたから見たら、完全に百合だよなぁ……。
俺は体が女子みたいになっても、自分は男である、って言う認識でいるから、みなとと付き合うことに特に問題は感じていない。しかし、みなとはどう思っているんだろう。自分も女子だし、相手の見た目も女子だ。
考えたくないことを考えようとしている。心がきゅぅっと萎むような感じがする。なんだか急に不安になってきた。これまで、この体になってから、みなとは俺に対して平然と接してきているけど、内心ではどう思っているんだろう……。
男女が付き合う、っていうのは、お互いの合意の上で初めて成立する状態だ。その合意が揺らいでしまっていては、本当の意味で付き合っているとは言えない。それだったら、無理をしてズルズルと付き合うよりも、スッパリと別れてしまった方がまだマシだ。
「お、噂をすれば……」
内心でそんな不安を抱えていると、ちょうど教室の後ろからみなとが入ってきた。そのまま真っすぐ俺の方へと向かってくる。
「ほまれ、一緒に帰りましょう」
「う、うん……じゃあね、佐田」
「おう、また明日な」
俺たちは教室を出て、廊下を歩く。
不安で堪らなかった俺は、すぐにみなとに話を切り出した。
「ね、ねえみなと」
「どうしたの?」
……やべぇ、話を切り出したはいいけど、気になっていることをどう表現すればいいのかわからない! 言葉が詰まって出てこない。だからと言って、このまま黙っていては気まずい。俺は限界まで間を引っ張った後、やっと一言だけ、絞り出した。
「……俺のこと、どう思ってる?」
頑張った割にはものすごく抽象的な質問になってしまった。もし俺がこんな質問をされたら、めっちゃ戸惑う。みなとも戸惑っているだろう。
みなとは、はぁ……と軽くため息をついた。そして、ちょっと呆れたような目でこちらを見てくる。
「ほまれ、あなた何か変なことを考えているでしょ……」
「う……」
お見通しだった。予想外の返しに、俺の言葉が再び詰まる。その反応を見て、みなとの呆れ顔の中に、妙に納得したような表情が混じる。
なんか心を読まれているんだけど……。
俺が黙っていると、今度はみなとの方から問いかけてくる。
「で、いったい何が聞きたいのよ? 曖昧な質問じゃなくて、もっとはっきりしたものを頂戴」
「う、うん……その」
俺は一回深呼吸を挟むと、言う覚悟を決める。
「あのさ、俺って事故に遭って、それからこんな女子みたいな体になっちゃったじゃん」
「そうね」
「こんなに声が高くなったし、身長も低くなったし……そもそも人間じゃなくなったし」
「そうね」
「だけど、みなとは相変わらず俺に優しくしてくれて……それはもう、本当にありがたいことなんだよ」
「……照れるわね」
「けど、みなとは、俺に無理をして合わせているんじゃないかって。ほら、俺の見た目は元の面影がまったくなくなるほど変わっちゃったし、そのせいで周りから見れば俺たちは完全に百合カップルだし……。その、みなとは、俺と付き合っていたら嫌なんじゃないかって……」
今の俺の心境を、全部言葉として吐き終える。その直後に、俺に後悔の念が押し寄せてきた。ついに喋ってしまった。いったいみなとはどんな顔をするのだろう……。
すると、みなとは急に立ち止まった。俺は余分に数歩歩いてからそれに気づいて立ち止まる。振り返るのが、今はとても怖い。
「あのね、ほまれ」
俺はおそるおそる振り返る。同時に、両肩をがっしりと掴まれた。
「あなた、そんなつまらないことで悩んでいたの?」
「……え?」
まったくしょうがないわね、とみなとはため息をつく。そして、言葉を続ける。
「私は、ほまれと一緒にいて、周りにいろいろ言われて付き合うのが嫌だとか、つらいとか苦しいとか、思ったことは今まで一度もないわよ」
「……え」
「第一、私たちは……その……お互いがお互いのことを好きだから、こうして付き合っているんでしょ……」
みなとはそう言いながら、ちょっと顔を赤くして顔を逸らした。
そんな姿を見せられたら、俺まで恥ずかしくなってくるじゃん……。
廊下のど真ん中で、片方がもう片方の肩を掴みながら、両方とも顔を赤くしながら目線を逸らしている女子二人。はたから見たら異様な光景に見えるに違いない。
「じゃ、じゃあ俺が女子に見えても、みなとは嫌じゃないの……?」
「もちろんよ」
「俺、こんなに身長が低いけど……」
「関係ないわ」
「おっぱいデカいけど……」
「それはちょっと分けてほしいわよ」
「それでもいいの?」
「もう! どんな見た目になっても、私が好きなほまれはほまれに変わりないじゃない!」
問答に痺れを切らしたかのように、みなとは俺の肩をガッチリ掴んで顔を近づけてくる。
「なんなら、ここであなたとキスしてもいいわよ!」
「ええぇぇええ⁉」
突然の爆弾発言に、俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。今、絶対みなとは、自分が何を言っているのか理解していないと思う。普段ならこんな発言、飛び出すはずがない! 興奮して羞恥心のバルブがどこかに飛んで行ってしまっているようだ。
俺がアワアワと動揺していると、みなとは俺の肩を掴んで半回転させると、そのままの勢いで、廊下の教室側の壁際に並ぶロッカーに、俺の体を押しつけた。
「ちょっ、みなと……? どうしたの⁉」
「ふふふ……キス……いつぶりかしらね……」
ヤバいヤバい! なんかみなとがおかしくなり始めた! いつもは冷静沈着なのに、今は妙に顔が赤いし、なんか息が荒いし……。周りの人が何事かとこちらをジロジロ見ているにもかかわらず、みなとは全然それを気にしていない。
みなとの変なスイッチを入れてしまったことを、俺は後悔した。
皆にジロジロ見られて恥ずかしいし、なにより目の前のみなとがちょっと怖い。
「ちょ、古川みなとさん、落ち着いてくだ」
ドンッ!
「ひっ」
次の瞬間、俺の顔の右横数センチを、みなとの左手が通過した。
か、壁ドンならぬ、ロッカードンだ……。
みなとの顔が迫ってくる。否応なしに、俺も緊張する。顔が赤くなっていくのを感じる……気がする。
みなとの吐息が仄かにかかる。俺がギュッと目を瞑った。
そして、俺たちの唇が触れ合おうとした────まさにその時だった。
俺の頭を突然、ものすごい衝撃が襲った。
ガツンと、まるで石と石が思いっきりぶつかったような音が聞こえる。
同時に、俺の頭の中で、何かが切れたような気がした。
そして、目の前が真っ暗になった。
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