第20話 部活動
チャイムが鳴り、放課後になった。
SHRが終わり、各々が放課後の時間を過ごすために荷物を片付けて席を立つ。俺もその流れに乗って、机の上に広がっていた勉強道具を片付けると、バッグに突っ込んだ。
思い返してみれば、今日もいろいろとドタバタしたな。この体になってから、初めてみなとに会ったし、なんだかデジャブ感満載のやり取りもしたし、トイレに行こうとして男子トイレに入っちゃいそうにもなったな……。みなとが引き留めてくれなかったら、痴女扱いされるところだった。中身は男だけど。
とにかく、今日は精神的に疲れたからさっさと帰って休もう……。それに、みやびにこの体について聞きたいことがいろいろある。
そう思って席を立とうとすると、横から声がかかる。
「そういえばほまれ、今日、お前部活来るの?」
「え?」
見ると、佐田がバッグを抱えて立っていた。
「男バスだよ。今日は部活の日だぞ」
「そういやそうだったな……」
ずっと休んでいたので、頭からすっかり抜け落ちてしまっていたが、俺は男子バスケットボール部に所属している。学校にも復帰したし、この体でもまあまあ動けるようになったので、そろそろ部活に復帰してもいい頃ではある、のだが。
「でもさ、俺、こんな見た目なんだけど」
「それなんだよなぁ」
佐田もため息をつく。
そう、俺の見た目は完全に女子。それが、『男子』バスケットボール部にいてもいいものなのだろうか。普通に考えれば、復帰は無理だろう。だって、俺の体は女の子だし。トイレも女子トイレを使うくらいだ。
それでも、一応部員には事情を説明しておかないとなぁ……。それに、これからどうなるかはわからないけど、とりあえず一回部活に顔を出しておいた方がいいだろうな。
「じゃあ、とりあえず行ってみるよ」
「そっか。じゃあ先に行ってるな」
「うん」
今後の処遇を考えるためにも、今日部活に行っておこう。予定変更だ。
俺はバッグを掴むと、教室から体育館へ向かう。
……とその前に、一応、部活着に着替えておくべきだろう。確か洗濯後に一度も着ていないのが、ロッカーの中で置きっぱなしになっているはずだ。
俺は自分のロッカーの中から部活着を取り出すと、更衣室へ向かう。
もちろん、男子更衣室に入ったら大変なことになるので、女子更衣室に入る。
女子更衣室の中は、ロッカーの配置やゴミ箱の配置は、男子更衣室とまったく同じだった。案外、違いがなくて一安心だ。幸いにも、女子更衣室の中には誰もいなかったので、誰かが来る前にちゃっちゃと部活着に着替えてしまう。
身長が低くなった分、大きく感じるかなとは思ったけど、胸のふくらみのおかげで、ちょっと大きいかな、程度のサイズ感になった。
着替え終わった後、俺はようやく体育館に向かう。普段ならもう練習が始まっている時刻なので、俺は駆け足で階段を上っていく。
体育館に着いた時、俺の予想どおり、男子バスケットボール部の練習はすでに始まっていた。少し遅かったようだ。
「お、ほまれ! 来たか!」
すると、早速佐田が俺に気づいて大声で俺に向かって言う。その声につられて、次々と部員が俺に視線を向ける。
「わざわざ部活着まで着てきたのかよ! やる気満々だな!」
「ま、まあ、一応ね……」
佐田はバンバンと俺の肩を叩いて、体育館の真ん中まで手を引っ張って俺を連れてくる。それと同時に、練習を中断した部員たちが集まってきた。俺はあっという間に囲まれる。
「お前、本当に天野なのか……?」
「マジで美少女になってるじゃん!」
「噂になっていたけどマジだったのかよ」
「え? めっちゃ可愛くね?」
ずいぶん驚かれているな……。まあ、反応は予想どおりっちゃ予想どおりなんだけど。
「天野先輩、怪我は大丈夫なんですか?」
「え? まあ、うん。大丈夫、だよ?」
大丈夫じゃないからこの体になっているんだけど、全身が機械になった今は、怪我もなく普通に過ごせているから一応大丈夫、なのか? そこのところは微妙だ。
そんなこんなで、部員に囲まれてワイワイやっていると、部長がパンパンと手を打ち鳴らす。その音に、他の部員たちは一瞬でシーンと静まり返った。
部長がゴホンと咳払いをして、説明を始める。
「とりあえず、天野は、男子バスケットボール部に復帰することになりました、でいいんだよな?」
「はい」
部員たちから俺に盛大な拍手が送られる。俺、復帰するとはまだ言ってなかったんだけど……。まあ、復帰したいとは思っていたから別にいいか。少しタイミングが早くなっただけだし。
「ただ」
部長は話を続ける。
「天野は、見てのとおり事故に遭って、今はこんな風にロボットになってしまいました。俺たちは『男子』バスケットボール部。一番の問題は、天野が完全に『女子』に見えることです」
チラッと部長が俺の方を見たので、俺は小さく頷き返す。まさに俺が気にしていた問題点を、部長は代弁してくれた。
「これから、天野をどうすればいいと思いますか?」
その言葉に、部員一同黙り込む。
これは非常に扱いにくい問題であることははわかっている。普通に活動していきたいけど、『男子』と銘打っている部活に、俺みたいな『女子』が在籍していていいのだろうか?
すると、部員の一人がおずおずと手を挙げた。
「女子バスケ部に入るのは……」
「まあ、確かにそれは一つの手だなぁ」
誰かがその意見に同意する。
確かに、見た目の性別が転換したなら、女子の方に入れてもらえばいい。単純な話だ。
佐田がこちらを見て、問いかける。
「ほまれは、どうしたいんだ?」
「俺は……」
湧き上がるいろんな思いを、数秒かけてきちんとした言葉に、頭の中で整理していく。皆が俺を見つめる中、俺は皆に聞こえるように、ゆっくりと、そしてはっきりと言った。
「自分勝手なのはわかってますけど……俺は、この部活に残って、皆と一緒に活動したい、です。たとえ、試合には出られなくなっても……」
確かに、さっき挙げてくれたように、女子バスケ部に移籍するというのが、一番現実的で合理的な案だと俺も思う。たとえ試合に出られないとしても、最大限整った形で俺がバスケを続けるのであれば、それがベストだと思う。
しかし、俺の本心は違う。この体になっても、俺はこの部活に思い入れがある。このメンバーで活動したい。この部活に残って、ここでバスケをしていきたいのだ。
場が、再び膠着状態に陥る。やっぱり、俺の理想は諦めるしかないのかな……。
そして、場の雰囲気に負けて、『やっぱり俺、女子の方に移籍します』と、喉まで出かかったその時だった。
「あっ」
突然、佐田がポンと手を打った。皆の視線が一斉に佐田へ向く。
「マネージャーになってもらうのは?」
「「「「「ああ~」」」」」
部員たちから一斉にその手があったか! と言いたげな声が出た。佐田が続ける。
「それなら、女子のまま活動できますよね? 試合には出れないかもしれないけど……外野から支援することもできるし、試合に関わることもできます。それに、今ちょうどマネージャーを募集しているところですし、そのマネージャーは男子しかダメ、という規定はない」
なるほど、マネージャーという手があったか! これなら正当な理由で男バスに残ることができる。バスケットボールに触れる機会は減ってしまうかもしれないけど、完全にバスケに触れる機会が断たれるよりかはマシだ。
「それいいな」
「いいんじゃないか」
「マネージャーか……確かに募集中だったな」
「部長、どうでしょうか?」
賛成する声があちこちから相次ぐ中、佐田が部長に確認を取る。皆の視線が部長に集中する。
「いいんじゃないか? まあ、天野がいいなら、だけどな……」
そう言うと、部長が俺の方を見る。皆の視線も俺に移動する。
「俺は……男バスに残って皆と活動できるなら」
「それなら決まりだな。天野はマネージャーということで。よろしく」
部員全員が賛成の意を示す拍手をする。俺は感謝を込めて頭を下げた。
皆が俺のことを受け入れてくれて、俺のことを考えてくれたのだ。そのことが、心にジーンと響いてくる。
この部活で、本当によかった……。俺、恵まれているなぁ……。
こうして、これからはマネージャーとして、俺はこのまま部活動に参加することになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます