第18話 彼女、襲来

「昨日は酷い目に遭った……」


 翌朝、俺は登校しながら昨日のことを思い出していた。


 あの後、なんとか鳴門から逃げきった俺は、無事に帰宅することができた。


 一番目の珠算部と、二番目の室内遊戯部はまだいいとしても、三番目のロボット研究会はヤバかった。あの出来事は本当にトラウマになりかけている。まさか同じ学年にあんなヤバい奴がいるなんて……。今度から、知らない生徒に誘われてもホイホイついていかないようにしよう。特に変な機械を頭に被れと言われたら、絶対に拒否しよう。


 そこまで思考を進めた俺は、ふと前を見て、足を止めた。


 俺の前には、見慣れた高校の正門。今日もたくさんの生徒がその中に吸い込まれていく。

 その門の左脇。そこに、仁王立ちをしてこちらの方を向いている、一人の女子生徒がいた。


 身長は今の俺よりも高い。少しだけツリ目で、黒髪をサイドテールにしている。まるで、校門の番人であるかのように、正門を通っている生徒たちを見ている。しかし、彼女はネクタイの緩みやスカートの丈をチェックする風紀委員でもなければ、生徒に挨拶をする生活委員でもない。ただ無言で、立っている。


 当然ながら、道を行く生徒からめちゃめちゃ注目の的にされていた。だが、そんな視線を彼女が気にする素振りはない。


 そして、俺は彼女のことをとてもよく知っていた。


 ゆえに、思わず反応してしまった。視線が向けられたとき、俺は思わず一瞬動きを止めて、ビクッと肩を竦ませる。

 彼女はそれを見逃さなかった。


「見つけた!」

「ひっ」


 その瞬間、彼女は俺の方へダッシュしてきた。追いかけられると反射的に逃げようとしてしまう人間の生来の性が発動し、俺は思わず反対方向へ逃げようとするが、その前に腕をガシッと掴まれる。そのまま勢いよく腕を引っ張られて、体が半回転。逃げられないように、がっしりと両肩を掴まれる。彼女の顔が目と鼻の先に来た。そのまま食い入るように見つめられる。


「身長百五十五センチくらい……髪色は薄い茶色でツインテール……うん、間違いないわね。あなた、ほまれよね?」


 俺の特徴がばっちり捉えられていた。突然のことで、なんと言っていいのかわからず、俺はとりあえず朝の挨拶をする。


「お、おはよう……みなと」

「おはようじゃないわよ! もう!」


 そう言うと、みなとは俺をギュッと抱きしめる。突然のことで、何が起きたかを飲み込めずに戸惑っているうちに、彼女は俺を離した。その目には少しだけ涙が浮かんでいるようで、太陽の光を反射して白く光っていた。


 それを見て、俺はさっきのみなとの行動の意味を、ようやく察することができた。


「本当に無事でよかった……事故に遭った、って聞いたとき、心臓が止まるかと思ったのよ……」

「本当にごめん……でも、心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だよ」

「もう、大丈夫ならさっさと伝えなさいよね……私はあなたの彼女なのよ」


 少し鼻声気味でそう言うと、彼女は少し恥ずかしそうにそっぽを向く。


 いろいろ忙しくて、みなとに連絡をしていないのに気づいたのは昨日のことだ。しかも、自分でもすっかり忘れてしまっていて、檜山に言われてようやく思い出したのだ。嫌われてしまっても言い訳ができない。


「……とりあえず、早く中に入ろう。ほら、ここには他の人もいるからさ」

「……そうね」


 もう始業の時間が迫っている。それに、さっきから通り過ぎる生徒に、何事かとめっちゃジロジロ見られて恥ずかしいのだ。この続きは校舎に入ってから、もっと人目のつかない場所で。


「それにしても、本当にほまれが女の子になっているなんてね……」

「自分でもこの状況があまり信じられないよ」

「それはそうよ。私だって信じられないわよ。だって、彼氏が女の子になったのよ? そう聞いたときのショックはデカかったわ……」

「まあ、そりゃそうだよね」

「考えてみなさいよ、ほまれ。私がある日突然、男子になったらどう思う?」

「うーん……」


 みなとが男子になったら、か……。想像したことがないから、あまりイメージが浮かばない。ただ、みなとの今の容姿と性格から考えると……。


「なんか、スゴくイケメンになっていそうだね」

「そ、そうかしら……って、私が男子になった姿を聞いているんじゃないわよ」

「ごめんごめん」


 でも、もし立場が逆になったとしたら、俺もみなとと同じようにショックを受けるだろうな。


「ほまれは、私より身長低くなってるし、可愛いし……なんだか私より女の子しているじゃない」

「あはは……」

「しかも、私より胸が大きいってどういうことよ」

「それは知らない! この体を作った人の趣味でしょ!」


 俺はバッと体の前でクロスして胸をガードする。クラスメイトとかみやびとかに何回もやられているから、反射的に構えるまでになってしまった。もうこれ以上は絶対にやらせないぞ!


 そんな俺の構えを見て、みなとは呆れたような、俺が何をしているのか理解できないような顔をする。


「何やってるのよ……」

「い、いや、なんでもない……」


 ま、まあ、みなとはこんなことをする人じゃないって知ってるから! 今の構えは他の人が突然後ろから回ってきて、胸を揉みだしたときの対策だから! 決してみなとがそんなことをするとは思っていないから。うん。


 ……俺はいったい心の中で誰に向かって言い訳しているんだ。


 昇降口で靴を上履きに履き替えていると、みなとが話を変えてくる。


「そういえば、ほまれは女の子になっただけじゃなくて、アンドロイドにもなっているのよね?」

「そうだよ」

「スマホがなくてもネットとか使えるわけ?」

「そんな便利じゃないよ」

「手からビームみたいなの出る?」

「俺は兵器じゃねぇ!」

「じゃあ目からビームとか?」

「出ません」


 なんかいろんな人に同じようなことを聞かれるなぁ……。やっぱり男女問わず、アンドロイドにはスゴい機能がいろいろついていると思っているのかな。実際、そんな便利な体でもないんだけどね。


 ……そういえばWi-Fiが使えるのか、みやびに聞くのを忘れたな。今日こそ帰ったら聞いてみよう。


 さっきの問答を受けて、ポツリとみなとが呟いた。


「案外、アンドロイドになっても人間と変わらないのかしら」

「うーん、そういうわけでもないかなぁ」


 確かに、みなとたちからしてみれば、俺は人間と同じように見えるのかもしれない。だけど、俺はあくまで人間だった頃と同じように振る舞っているだけで、実際はいろいろと違う部分がある。ただ、外から見えない、または見えづらいだけなのだ。


「例えば?」

「そうだなぁ……今、リアルタイムで時刻と気温と湿度と気圧がわかるよ」

「それはスゴいわね。他には?」

「うーん……猫に嫌われているとか?」

「へぇ……そういえば、確かほまれの家は猫を飼っていなかったかしら?」

「そうだよ。今まで俺が世話してたけど、この体になってから妹が世話役になった」


 今やあずさは俺の前にほとんど姿を現さないし、たまに見れたとしても、俺が近づくとすぐに逃げてしまう。あー、もふもふ成分が絶賛不足中だ……。猫と戯れたい……。


 そんなことを思っていると、隣を歩いているみなとがスススと近づいてきた。そして、俺の前に出たと思ったら、次の瞬間ギュッと俺を抱きしめてきた。そのまま俺の頭を撫でたり、ポンポンと優しく手をのっけてきたりする。


 いったいなんだ⁉ 妙に抱擁している時間が長い。しかも、体が密着しているから、みなとのいい匂いが……。


 ああああ! 正気を保て、俺! 変な気を起こしたらダメだ!


「あの、みなとさん? 何をしているんですか?」

「もふもふ成分補充中」


 ちょっ、それ俺が今まさに求めているやつ! なんでもふもふ成分不足の俺がもふられているんだ! ちょっと、今だけでもいいから体が入れ替わってほしい!

 数十秒の後に、もふもふ成分を補充し終えたのか、彼女は俺から体を離す。


「はぁ、一家に一台ほまれが欲しいわ」

「俺は電化製品か!」

「体が機械なんだから、半分そうなんじゃない?」

「むぅ……」


 不本意だが、今の言葉にちょっと納得してしまった。

 俺たちは、二年生の教室がいるフロアにいる。俺はC組だが、みなとはA組。ここでいったんお別れだ。


「それじゃあ、また昼休み」

「うん」


 こうして、この体になってから、初めて彼女と会ったのだった。

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