第15話 登校再開③
朝の
しかも、クラスの女子が「かわいい……」とかぼやいているから余計に恥ずかしくなる。そんなこと言われたら照れるだろ……!
あと残りの男子! めっちゃ熱のこもった視線を向けてくるんだけど。いや、こんな出ているところが出ている体も悪いんだけど! 女子ってこんな気持ちで生活していたのか……。この体になって、その気持ちが少しわかった気がした。
それと、そういう男子と同類の視線を向けてきている一部の女子はいったい何なんですかね? 考えたくもないけど。
そんな俺を横に、斎藤先生は俺の事情を話し始める。
「えー、今日から天野が復帰する。彼が交通事故に遭って休んでいたことは前に話したはずだ。んで、それからいろいろあって、今は機械の体を借りて、生活している……ということも言ったはずだ」
どうやら先生はクラスの皆にきちんと話をしてくれていたようだ。
「まあ、こんな見た目になっても、天野は天野だからな。皆はこれまでと変わらずに接してくれればいい。私からは以上だ。天野、何か言いたいことはあるか?」
「えっと……」
突然話が振られる。どうしよう、言いたいことは山ほどあるはずなのに、パッとこの場で思いつかない。
「こんな風になっちゃったけど……これからよろしくお願いします」
この場で取った行動は、頭を下げることだった。とにかく、今はクラスに受け入れられることが先だ。俺が今できることはこれくらいしかない。クラスの皆が快く受け入れてくれるかどうか……俺のこれからはそれに懸かっている。
すると、誰かが拍手を始めた。その音につられるように、拍手の音はクラス全体に伝播していく。
「天野おかえりー!」
「待ってたぞ!」
「ほまれー!」
誰かをきっかけに、クラスのそこかしこから声が投げかけられる。たとえ当人たちにとっては軽い気持ちで投げかけられたものだとしても、俺にとってはスゴく温かいものだった。クラスに温かく迎えられている。そのことが俺の心にとても響いていた。
俺、本当にクラスメイトに恵まれているな……。このクラスで本当によかった。
「天野可愛いよ!」
「ばっ、今の誰だよ!」
その声に対してだけは、俺は顔を上げてツッコミを入れた。クラスから笑いが巻き起こる。そんなこと言われたら照れるだろ!
そして、クラスがいったん落ち着いたところで、先生がSHRを締め括った。
「これでSHRは終わりにするぞ。じゃ天野、席に戻れ」
「はい」
一時はどうなることかと思ったけど、とりあえずこのクラスではやっていけそうだ。本当によかった。
俺は気が緩んでいた。気が緩んでいると、この体に慣れきっていないために、思わぬところでボロが出てしまう。
この時、俺は教壇と教室の床との段差をすっかり忘れて、地面が平らなつもりで足を踏み出していた。当然、あるべきだと思っていたところに床はなく、足は空を切る。
「うおおぉぉおおっとっと⁉」
一応着地はしたが、変な風に足に自重がかかった。当然、動かしづらいこの体ではバランスを取り戻すことはできず……。
「のげへっぷ!」
あっけなく俺はコケて、派手な音を立てて倒れた。
体だけは丈夫なので無事だったが……めっちゃ恥ずかしかった。
俺はすぐに立ち上がると、自分の席へいそいそと戻る。
俺が着席すると同時に、チャイムが鳴って休み時間が始まった。
次の瞬間、クラスメイトたちが俺のところへ集まってきた。一斉に俺の机の周辺に集まってくるので少々ビビる。
なんか、マンガでよくある転校生の立場になった気分だ……。
早速、俺の友人で、クラスのムード―メーカー的な存在の男子である佐田から質問が飛んでくる。
「なぁほまれ、ロボットになったって本当かよ?」
「あ、ああ。マジだよ」
「へぇ~そうは見えないけどなぁ」
「あはは……」
そりゃ、俺だって鏡で初めてこの体になった自分を見たとき、アンドロイドだって気づかなかったんだもん。それくらい、見た目では人間と区別がつかないのだ。
佐田の声を皮切りに、他の男子たちからも次々と声がかけられる。
「やっぱりロボットの体になったから、計算が速くなったりしたのか?」
「うーん、どうだろう」
時刻や気温気圧湿度などは正確に計測できるようになったけど、計算が速くなったかどうかはわからないな……。俺の中身はコンピューターだから、そうなってはいそうだが、今のところ特に計算能力が変わったようには思えない。
「Wi-Fiに繋がらないの?」
「インターネットに繋がったりしないのか?」
「授業中とか脳内でゲームできそう」
「繋がんねーよ! そこまで万能じゃない!」
思わずツッコんだ。Wi-Fiが利用できて、インターネットに繋がることができたらどんなに便利なことか! ……いや、もしかしたらまだ解放されていないだけで、実はもう俺の体には備わっているのかもしれない。今度ちょっとみやびに聞いてみよう。
「ほまれは何をエネルギー源にして動いているんだ? 食べ物か?」
「何か未知のエネルギーなんじゃないか?」
「充電式ですが何か」
「じゃあスマホ充電させてくれ! あと五パーセントなんだ!」
「俺はモバイルバッテリーじゃねぇ!」
そもそも、俺のへその端子は特殊な形をしているから、専用のケーブルがないと充電できないぞ!
男子たちは俺のツッコミが追いつかないくらいほど、盛り上がっている。俺が話題の中心人物のはずなのに、その当事者たる俺がおいてけぼりを食らっていた。
「やっぱりロボットになったんだし、目からビームとか出せるの?」
「いやいや、手からビームかもしれないぞ!」
「へそからビームなのでは?」
「てめぇら俺を何だと思っていやがる」
俺は何かの戦術兵器かよ! こちとら普通のアンドロイドだぞ⁉ ビームなんて出せるはずないだろ! 確かに出せたらカッコいいけどね! 使い道なさそうだけど!
俺がツッコミに疲れて一息ついていると、今まで男子たちのせいで遠巻きに眺めるだけだった女子たちが近づいてくる。
「天野、あんた髪さらっさらじゃん……羨ましいなぁ」
「あ、ありがとう……」
そう言いながら、クラスの女子の筆頭、檜山が頭を撫でてくる。そんなに撫でないでほしい……。女子に撫でられるのには全然慣れてないし、なんか恥ずかしい。
「しかも顔、めちゃかわいいじゃん!」
「ホントだ……羨ましい限り!」
女子たちが口々にそんなことを言う。檜山はそのまま俺のほっぺたを両手で挟み込んだ。そんなに褒めても俺からは何も出てこないぞ! ぎむむむむ……。そんなにほっぺたを潰さないでくれ……。
すると、さっき俺に声をかけてきた飯山が手を合わせて謝ってきた。
「さっきはごめんね、天野くん」
「あー、別にいいよ。一目見て俺だってわかるはずないじゃん」
逆にわかったらスゴいと思う。こんな見た目なのに中身は男子だからな。
「それにしても、この見た目で一人称が『俺』だとなかなかギャップがあるよね」
「え⁉ 『私』に変えた方がいいかな……?」
「いやいや、そんなことないって! その方がギャップ萌えするから」
「ぎゃ、ギャップ萌え……?」
なぜか知らないが、スゴく不穏な気配がする。それを裏付けるように、なんか女子の中で一人だけはぁはぁしだしているんだけど!
さらに、何か俺の本能のようなものが身の危険を感じている。
「しかもスタイルまでいいとか最高じゃん! ちくしょうめ!」
予感的中。いつの間にか後ろに回っていた檜山が、手を回して俺の胸を鷲掴みにしたのだ。
「ぴゃ!」
「こ、これは……最低でもEはある……!」
その言葉が発せられた瞬間、俺から少し離れた場所で内輪で盛り上がっていた男子たちが、一斉にバッとこちらを向く。おい! 男子ども! そこに反応するなよ! 皆どんだけ変態なんだよ!
というか胸を揉みしだくのはやめてほしい……。これまで妹にも二回やられるわ、今こうしてクラスメイトにもやられるわ……なんでこういう目に遭うんだよ! いい加減セクハラで訴えたい。
「ひ、檜山……やめ、やめって……」
「ごめんごめん、立派だから、つい、ね?」
「ね? じゃないって!」
同意を求めないでくれ! マジでセクハラだ……。
そんな俺を差し置いて、檜山は言葉を続ける。
「ところでさ、みなっちゃんには伝えたの? 学校に復帰すること」
「え? いや……まだだけど」
その名前を聞いて、俺は一人の女子生徒を思い浮かべる。
思い返せば全然連絡を取っていない。いろいろとドタバタしていて、そこまで気を回す余裕がなかったのだ。
「あの子、今日学校を休んでいるんだって」
「え……そうなの?」
体が硬直する。
そ、そんなに、学校を休むほど俺のことを心配してくれているのか……? 連絡を怠った俺はこんなに元気に学校に来ているのに。罪悪感が俺の中に渦巻き始める。
「あー、えーっと今日はただの風邪だって」
「あ、焦ったぁ……」
檜山が言い方が悪かった、と言葉を付け足す。心臓に悪い……。そもそも俺に心臓などないんだけれども。
でも、心配していることには変わりないだろうから、早めに一本連絡を入れておかないとな。
再びチャイムが鳴り、一時間目が始まりを告げる。
クラスメイトたちが慌てて自分の席にバタバタと戻っていく。俺もきちんと座り直す。
登校初日でも、今日は普通に授業が六時間ある。俺が今日復帰しようと関係なく、学校は待ってくれない。当然、俺が休んでいた間にも授業は行われている。
授業のことを考えると少し憂鬱になる。本当についていけるのかな……。ただでさえ単位が危ない教科があるので、とても心配だ。
ガラガラと教室前方のドアが開き、先生が入ってくる。
こうして、少し不安を抱えたまま、俺の学校生活は再開したのだった。
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