第12話 充電

「う……うーん」


 目が覚めた。暗闇から急に明るい世界に引っ張り出されていくような感覚。急に視覚と聴覚と触覚と……あらゆる感覚が一気に現実に引き戻され、繋がっていくような不思議な感覚が生じる。


 確か、みやびと買い物に行って帰ってきて、玄関に荷物を置いて、靴を脱ごうとして、それから……。


「あ、お兄ちゃん、そのまま動かないでね!」


 みやびが上からこちらを覗き込んでいた。どうやら俺は仰向けに横たわっているらしい。周りの景色からして、ここは玄関からすぐ近くの廊下のど真ん中のようだ。

 玄関で倒れたはずなのに、ちょっと移動している? みやびが移動させてくれたのか? それに、『動かないで』とは……?


「もー、心配したよ、お兄ちゃん! 突然倒れて、頭からバタン、っていったからね……」

「頭から⁉」


 それって相当ヤバくないか⁉ 人間だったら、たんこぶができていてもおかしくはない。アンドロイドだからそんなものできないけどさ。


「お兄ちゃん、記憶はぶっ飛んでない? 私が誰だかわかる?」

「わかるよ。ちゃんと覚えてる」


 今のところ、体のどこにも不調はない。突然気絶して倒れたけど、さすがは機械というべきか、頑丈な体というべきか、どこも損傷していない。


 それにしても、一番気になるのはあの時俺の身にいったい何が起こったのか、だ。理由もなく突然倒れるなんてことはありえない。絶対に何か理由があるはずだ。


「みやび、俺の身にいったい何があったの? 突然倒れるなんてただごとじゃないと思うんだけど」

「電池切れになったんだよ、お兄ちゃん」

「……デンチギレ?」

「そう。電池切れ」


 一瞬何のことかわからず聞き返してしまったが、そのままの意味だった。

 つまり、俺の動力源である電池の充電がゼロになったと。それで、俺はぶっ倒れてしまったと。


「いやー、迂闊だったよ。こうなる前に充電すればよかったね」


 電気で動いているのだから、自分で発電する術を持たない限り、外部から電力が供給できなければ、いずれ電池はゼロになる。当たり前の話だ。


 それにしても、電池残量が自分でわからない、っていうのは、なかなか大きな問題だ。せめてそれだけでもわかればいいんだけど。


「よく考えれば、予兆はあったね。お兄ちゃん、なんか荷物を運ぶときに、妙に前傾姿勢になっていたし」

「あれ電池切れの予兆だったの⁉」

「しっかりした姿勢を保てるほど電力がなかったのかもね」


 確かにみやびに指摘されれば納得できるが……そんな細かいのわかるはずねーじゃん!

 後で、自分の電池残量を自分で把握できるようにしてもらおう。


「お、あともうちょっとで充電完了だね」


 そう言うと、みやびは俺の方へ手を伸ばす。

 その手の先っぽを追って、俺は少し上体を動かし、視線をお腹の方に向けると、そこにはぶっとくて黒い、太いものがあった。


 ぎょっとして目を動かすと、それが壁のコンセントから延びていて、俺の腹の部分まで続いているのが見えた。そして、それはいつの間にか露出している俺のへそにがっちりとはまっていた。


「お兄ちゃん、動かないでよ。充電ケーブルとれちゃうから」

「あぁ……ごめんごめん」


 何かと思ったら、充電ケーブルだった。

 俺がいるのが玄関先の廊下。コンセントがあるのがリビング近くの壁だから、かなり距離がある。その割には、充電ケーブルはあまり長くないようで、ビンビンに張っていた。


 さっき、みやびが『動かないで』と言ったのは、こういうことだったのか。

 それにしても、俺ってへそから充電する方式だったんだなぁ……。しかも、家庭用電源で充電できるのかよ。それで一回充電すれば一週間は動けるとか、めちゃくちゃ電池の持ちがいいじゃないか。


「もう満充電かな。よいしょと」


 みやびが俺のへそからプラグを引き抜く。充電している間と特に何も変わりはないが、これで電池は満タンになったらしい。


「ありがとうみやび」

「どういたしまして……いてて」


 そう言うと、みやびは顔をしかめて、肩の辺りを押さえる。


「大丈夫⁉」

「うん……お兄ちゃんを運んだときにちょっと痛めたかも」

「そ、そうなの?」

「うん。お兄ちゃん、うつぶせで倒れたでしょ? そのままじゃ充電できないから、体勢をちょっと変えてこっちに引っ張ってきたんだよ」


 確かに、玄関に倒れていてはケーブルの長さ的に充電することができない。どうにかして、ギリギリ届くこの位置まで引っ張ってくる必要があったのか。


「いやー、お兄ちゃん、重たいから運ぶの大変だったよ」

「う……そうか」


 自分でも重さで動きにくいと感じていたくらいなのだから、他人が動けない俺を動かすのはなおさら大変だろう。しかも、非力のみやびとなれば、言わずもがなだ。


 とにかく、家に帰ったら突然ぶっ倒れた件についてはめでたく解決した。

 さて、そろそろお昼ご飯の支度を始めることにするか!


「あ、後でお兄ちゃんのスマホで電池残量を見れるようにしておくね」

「う、うん。ありがとう」


 これで、充電のことは気をつけていれば、これから問題になることはなさそうだ。電池切れにはくれぐれも気をつけよう、と俺は思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る