第11話 友達

「やっぱりみやびじゃん! 久しぶりー」


 そこにいたのは、みやびと同年代くらいの女の子だった。フランクな口調でみやびに話しかけている。俺は彼女を見た覚えはない。みやびの友達だろうか。

 その子には聞こえないように、俺はみやびに小声で尋ねてみる。


「知り合いなのか?」

「うん……たぶん、私の知り合い……だと思う」


 なんでそんなに自信なさげなんだ⁉ 自分の友達ぐらいさすがにわかるだろ!

 はっ、まさかとは思うけど……。


「もしかして、学校に通わなさすぎて、誰だか忘れちゃった……?」

「うん……恥ずかしながら」


 なんということでしょう。こんなこと、絶対に本人には言えないな。

 すると、その女の子が声をかけてくる。


「……もしかして、あたしのこと忘れちゃった?」

「そ、そそ、そんなわけない……よ……? 今思い出しているから」


 嘘つくの下手すぎかよ! なんで目を泳がせながら言っているんだよ。しかも、最後に自分から忘れていることを言っちゃっているし! 墓穴掘ってる!


 そんなみやびに怒るのかと思いきや、その子は、苦笑しただけだった。


「ま、そうだよね。みやび、もう一カ月くらい学校に来ていないもんね」

「い、一カ月……⁉」


 俺はみやびの顔を見る。みやびは素知らぬ顔で口笛を吹き始めた。

 最近は学校に行っていないのかな……と思っていたけど、まったく行っていなかったのか! 研究ばかりしていないで、もうちょっと学校に通った方がいいんじゃないか……? いくら学校の勉強が簡単でバカバカしく感じられても、まったく行かないのはよくないと思う。


 ところで、結局この女の子は誰なんだ?


「あたし、古川なぎさっていうんだけど、これでもまだピンとこない?」

「……あっ」


 そこで、ようやくみやびは得心がいったような声をあげる。


「もしかして、二カ月くらい前の国語の授業の時、ルーズリーフ一枚くれた?」


 覚え方! 覚え方が謎すぎる! なぜそれで覚えているんだよ。というかそんなことよく覚えているな! みやびの記憶力に驚嘆だ。


「う、うーん……そう、だったかな?」


 ほら、あまりにも変な覚え方をしていたせいで相手が困ってるよ! 二カ月前にルーズリーフをあげたことなんて、普通覚えていないって!


「ま、とにかく思い出してもらったようでよかった」

「ごめんね……」


 そりゃ、一ヶ月も学校に通っていないなら、思い出すのに時間はかかるだろうな。それに、みやびは周りの人にあまり興味関心がないタイプだから、余計に時間がかかっただろう。


 ところで、確かこの女の子は古川なぎさ……と名乗ったっけ。なんかどっかで聞いたことがある気がするなぁ……。どうも思い出せそうで思い出せない。気のせいかな?


「それにしても、こんなところで何しているの?」

「買い物だよ。冷蔵庫の中身が空っぽになっちゃってさ……」

「そうだったんだ。お兄さんにでも言われたの?」

「んーまあ、そんなところかな?」


 ここで唐突に俺が出てきた。みやびは学校で俺の話をしたことがあるのか? どんな風に俺のことを言っているんだろう。ちょっと気になる。


 いや待てよ。そもそもみやびが最後に学校に行ったのは一カ月前、つまり俺の話を聞いたのは、どんなに最近でも一カ月前ということになる。つまり、この女の子──なぎさちゃんも相当記憶力がいいぞ。


「それで、隣にいるその子は?」


 そんなことを考えていると、話の主題が俺に移り変わった。視線を向けられて少し焦る。


「おに……んん゛っ、親戚の子だよ」


 あ、危ねえな! ボロを出しかけたがなんとか引っ込めたぞ。肝が冷える。

 違和感を覆い隠そうと、みやびが言葉を畳みかける。


「ちょっといろいろあって家で預かることになったんだよ、ね!」

「う、うん! そうだよー」


 親戚というか、この人の兄なんですけどね。

 けれど、この場では話を合わせる以外に選択肢はない。だって、この見た目でみやびの兄です、なんて説明したら兄妹ともに頭がおかしいと思われるからな。


「そうだったんだ~。今何年生なの?」

「こう……小学六年生だよー」


 これまでよくそのごまかし方でやっていけたな! 絶対今、俺の本来の学年の『高校二年生』って言おうとしただろ!


「そーなんだ! それにしては身長高いねー」


 幸いにも、なぎさちゃんは特に引っかかることなく、納得してくれたようだった。


 みやびより背が低いと言っても、その差はせいぜい五センチくらいだ。この身長で小学六年生は確かに大きい方だと思う。なんとか押し通せたからいいけどさ。


「そういえば、お兄さん、学校に来ていないみたいだけど大丈夫なの?」


 反射的にビクッとなってしまう。な、なんで俺が学校に行っていないことを知っているんだ⁉ この子何者⁉


「え⁉ あ、ああ。大丈夫だよ。今いろいろあって行けていないけど、そのうち復活するから!」

「そっかー。あっ、こんなところで道草食っている場合じゃなかった。じゃあ、あたしは学校があるからこの辺で。学校来るんだよ~」

「うん、じゃあね~」


 古川なぎさという少女は、嵐のように俺たちのもとから去って行った。登校途中だったのか。この時間帯だと……遅刻だろうな。確かに俺たちと呑気に話している場合ではない。

 それにしても、かなり危なかったな。みやびが何回もボロを出しかけたから、怪しまれるかとヒヤヒヤしたぞ……。


「それじゃ、私たちも帰ることにしますか」

「うん」


 俺たちは駅に入ると、タイミングよくやってきた電車に乗り込む。下り方面なので車内はガラガラで、すぐに座ることができた。


 落ち着いたところで、さっきから気になっていたことをみやびに尋ねる。


「そういえば、なんでさっきの子、俺が学校を休んでいることを知ってたの?」

「ああ、えっとね、なぎさちゃんのお姉ちゃんって、お兄ちゃんと同じ学校なんだよ」

「なるほどね~」


 つまり、姉経由で俺の現状を知った、ということか。


 妹は有名なのかもしれないが、だからといって兄までもがそうであるとは限らない。俺の高校には千人近くの生徒が在籍しているので、同じクラスになったことがある人か、同じ部活の人くらいしか俺のことを知らないはずだ。

 俺ってそんなに高校の中で有名だったかな? 妹のことを自慢することもないしなぁ……。


 少し引っかかりを覚えたが、電車が自宅の最寄り駅に着いたので、慌てて思考を打ち切って荷物をまとめ、下車する。


「……やっぱり少し持とうか? なんかへっぴり腰になっているよ」

「いいよ。俺が持つって決めたんだし」


 確かにさっきから体が妙に前傾姿勢になっている気がする。だけど、持てないほどではない。それに、みやびに渡したって、数メートルも進めないだろうし。


 駅から徒歩数分。ついに自宅に到着する。両手が塞がっている俺に代わり、みやびが門を開けて、そして玄関のドアも開ける。


「ただいまー」

「お兄ちゃん、お疲れさま」


 玄関の先に、俺は持っていた荷物をドサリと下ろす。みやびが労いの言葉をかけながら、俺の横を通って家に上がっていく。


 さて、これからこの荷物を台所に運ばないと。もうひと踏ん張りだ。


 そう思って靴を脱ごうとしたその時だった。


 急に全身から力が抜けていくような感覚が俺を襲う。全身の至るところについているバルブから、急にシュー、とガスが抜けていく感じだ。ガクン、とバランスを崩す。


「お」


 そのまま視界が暗くなっていく。音も遠くなっていく。現実世界から急に遮断されていくような感覚。

 膝をついた。そのまま前のめりに倒れていく。


 いったい俺のからだになに が お  こ   っ      て

 い               る

       ん


                 だ



       ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る