第10話 買い物

 翌朝。俺たちは朝ご飯を済ませると、早速出かける準備をする。


 いや、実際に朝ご飯を済ませたのはみやびだけだ。しかも、昨日のうちに食材をすべて使ってしまったので、朝ご飯はエナジードリンク二本。みやびは『研究で慣れているから』と言っているけど、それだけだと絶対に足りないし、体を壊すと思う。まだ中学生なのに、どうしてこうなってしまったんだ……。


 とにかくこの状況を打破すべく、俺はさっさと準備をすると、買い物袋と財布を持って玄関に向かう。

 みやびは、服がない! と言って、まだ二階の部屋に籠っている。


「ほら、行くよ、みやび!」

「あぁ~ちょっと待って~」


 ドンドンという音と一緒に、みやびは階段を下りてきた。

 ずいぶん時間がかかっていた割には、案外普通の服装だ。違うところと言えば、みやびにしては珍しくスカートを履いているところだろうか。


「ゴメン、服を選ぶのに時間かかっちゃった」

「だいぶかかってたね」

「それはまぁ……いつも研究所の誰もいないところに籠っているから、人の目を気にしなくていいんだよ」


 確かに、みやびはいつも白衣を着て研究しているイメージがある。そもそも年頃の女子の服装でいることが皆無なのか。


 俺たちは家を出発すると、真っ先に最寄り駅へ向かう。目的地のデカいスーパーは、二駅先の駅前にある。


「お兄ちゃんとお出掛けなんて久しぶりだね」

「確かにそうだな」


 二人きりで出かけるなんて、数カ月ぶり……いや、数年ぶりかもしれない。


「あとさ、これからお兄ちゃんのこと、『ほまれちゃん』って呼ぶから、よろしくね」

「え? なんで?」

「だってさ、その見た目で私が『お兄ちゃん』って呼んでいたら明らかに変に思われるでしょ?」

「確かに……」


 つい忘れがちだが、中身は男でも俺の外身は完全な女の子。どう見ても男には見えない。そんな俺に向かって『お兄ちゃん』と呼びかけていたら、そりゃ変に思われるだろう。もし俺が部外者だったら、いったいどんなプレイをさせられているんだ⁉ って勘繰りたくなる。


「というわけで、よろしくね、『ほまれちゃん』?」

「わかったよ、みやび」


 そうこうしているうちに最寄り駅に到着した。通勤通学ラッシュを少し過ぎた時間帯だが、サラリーマンや制服姿の人はまだ多い。


 そういえば高校はどうなっているんだろう。そもそも今日は平日だから、学校に行かなきゃいけないんじゃないのか? 授業はいったいどこまで進んでいるんだろうか……。単位が心配だ……。


 そんなことを考えていると、駅のホームの方から電車がもうすぐ到着する旨のアナウンスが流れた。


「ほまれちゃん、急ぐよ!」

「う、うん……!」


 みやびが俺の手を引っ張って、前へ進んでいく。そして、改札を急いで通り抜けると、ちょうどやってきた電車に飛び乗った。

 背後でドアが閉ま理、ゆっくりと電車が動き出す。


 車内はずいぶん混んでいる。ラッシュの時間帯は過ぎたとはいえ、都心に向かう電車なのでまだまだ人が多いのだ。当然、席は空いていないので立つことになる。


 だがしかし。


「……っ、くっ……」


 くそぅ! つり革まで手が届かねぇ! 優先席付近のつり革ならまだ届くけど、出入り口付近は高くなっているから指先が掠るだけだ。背伸びをしないとまともに掴めない。

 ああ、身長が二十センチ高かったあの頃に戻りたい。


 そんな俺の様子を見かねたのか、隣でスタンションポールに掴まっているみやびが小声で訊ねてくる。


「私に掴まる?」

「……そうする」


 俺は、みやびの腰の辺りを片手でギュッと掴む。

 くっ……妹に頼ることになってしまうとは。やはりこの体はデメリットが多すぎる。


 そうこうしているうちに二駅分進み、電車が目的の駅に到着する。俺たちは人の波をかき分けて、どうにか電車の外に脱出した。


「ふぅ……着いたね」

「こんなに電車がつらいとは思わなかった……」


 電車はかなり大きく揺れるので、体を動かしにくい今はバランスを取るのが大変だった。それに、つり革もまともに掴めないのが、大変さにより拍車をかけている。座れたらベストだが、ラッシュ時はたいてい席が埋まってしまっている。

 もし、この体で再び学校に通うことになったら、俺は電車通学だから先が思いやられる。


 俺たちは改札を通り抜けると、目の前のスーパーに直行する。


 今日は特売日のようで、朝早くからスーパーが開いていた。中は結構たくさんの人で混雑している。


 俺はカートを取り出して、買い物カゴを中に放り込むと、カートの持ち手に持ってきたマイバッグを引っ掛けた。


「それじゃ、行こっか、みやび」

「うん」


 俺たちは近くの野菜コーナーから回って必要なものを買っていく。

 俺は今日の昼飯と夕飯のメニューを考えながら、頭の中でリストを同時並行で作っていく。この体になる前から、買い物の時にはいつもやっていることだ。


 次々とコーナーを回り、どんどんカートの中身が増えていく。そして、レジに向かう頃には、カートの中はすっかり満タンになり、溢れんばかりの商品の山が築かれていた。

 それでも、カートはスイスイ進んでいく。この体になってパワーが増したからだろう。


「あ、みやび、あのキュウリ取って」

「はーい」


 ただ、棚の上の方のものが自力で取れなくなったので、そこはほまれ的にポイント低い。


 みやびが駄菓子を買ったり、マークしていなかったよさげな商品を買ったりして、少々予定外の出費はあったが、それでも予算の範囲内。レジでかなりの金額を請求されたが、俺は難なく代金を支払うことができた。


 問題なのはここからだ。


 荷物を載せたカートをサッカー台に横付けする。

 カートは当然ながら店外持ち出し禁止。この量の荷物を、今から人力で持って帰らなきゃいけないのだ。


「ちょっと買いすぎたかもな」


 俺は買って来た食材を、レジ袋の中に詰め込みながら呟く。

 持ってきた買い物袋の中はもう満杯だ。みやびが今入れているのと合わせると、これで三袋目。あと一袋は必要そうだ。


「大丈夫だよ。おに……ほまれちゃんの腕の耐荷重量は大幅アップしているから。これくらいならいけるって!」

「そうだといいけどね」


 ちょっと気が滅入るけど、やっぱり持つしかないのかな。

 あと一つ、心配なのは買い物袋の体積だけど……。まあ、そこは周りに気をつけて歩けば大丈夫かな。


「終わった……!」

「改めて見るとスゴい量だね……」


 とりあえず、俺は一番重そうな、牛乳や米が入った袋を持つ。ズン、と一気に腕に負担がかかるが、持ち上げられないほどではない。

 他の三つの袋も持ち上げる。合わせて二十五キロ三百五十グラムだ。


「一個持つよ」

「じゃあ、これお願い」


 俺はみやびに一つ、一番軽い袋を手渡す。それでも重かったようで、渡した瞬間、みやびは前につんのめる。


「お、おもっ……」

「みやびは研究ばっかしてないで、もう少し体を鍛えた方がいいよ……」

「そ、そうだね……」


 プルプル震えてつらそうだったので、俺は袋を回収する。


 とにかく、これで買い物も終わったことだし、家に帰るか!

 こうして俺たちがスーパーの外に出て、駅に向かおうとしていたその時だった。


「あれ? みやびじゃん!」


 突然、俺たちの後ろからみやびを呼ぶ声がした。

 名前を呼ばれたみやびがさっと振り返る。その先にいたのは……。

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