第13話 登校再開①

 翌朝、ガクガクと揺さぶられて、俺は目を覚ました。

 すぐそばでみやびの声がする。


「お兄ちゃーん、朝ですよー! 起きてー!」


 なんだ……? まだ午前六時だぞ……。


 昨日みやびが起きたのは午前八時だったはず。そこから朝食を準備する時間を考慮して、午前七時くらいまでは寝ていてもいいと思っていたんだけど。


 この体の悪いところは、いったん起こされるとすぐに目が覚めてしまうところだ。意識がまだ朦朧としていても、体だけはいつでも動けるようにスタンバっているのだ。

 現にこの瞬間も、俺の意識ははっきりしていなかったが、体だけはすぐに動けるような状態だった。


 けれど、一度でも起きてしまえばそれで終わりだ。再び眠る気になるには、あと数時間はかかるだろう。

 よって、俺は二度寝を選ぶ。


「あと五分寝かせて……」

「何を言っているの、お兄ちゃん!」


 布団を頭まで被り直してその場を凌ごうとすると、みやびはバッと布団を引っぺがしてきた。そして、俺のお腹の上にダイビングしてくる。


「ぐへっ」


 衝撃で変な声が出た。嫌でも目が覚めてくる。

 みやびが地味に重たいんだけど……。腹が圧迫される。俺は精密機械なのだからもう少し優しく扱ってほしい。


「ほら、お兄ちゃんったら、起きて!」

「もう少し寝かせてくれよ~」

「んもう! お兄ちゃんの怠惰!」


 そう叫ぶと、みやびが手をわしゃわしゃと動かし始める。

 即座に、俺はみやびが臨戦態勢に入ったことを察した。次の瞬間、体にアレが来る……!


「それっ!」


 なんとか抜け出そうともがくが、抵抗虚しく俺の胸は妹に鷲掴みにされた、そのまま思いきり揉みしだかれる。


「やめっ、ちょっ、ヴェアアァァアアアア!」


 セクハラしない、って反省してたよなぁぁああああ!

 という俺の文句は口に出されないままどこかにすっ飛んでいった。


「お兄ちゃん、起きる気になった?」

「起きるからもう勘弁してくれええぇぇ」


 その一言で、ようやく妹は俺の上からどいた。

 完全に目が覚め、俺はベッドから床に降り立つ。


 それにしても、みやびがこんな朝早くに起きているなんて本当に珍しい。いつもならもっと遅い時間まで寝ているのに、いったいどういう心変わりがあったのだろうか。


 どうやら朝の支度を完全に終わらせているようだ。しかも珍しいことに、通っている中学校のジャージに着替えている。昨日友達に会ったから、学校に行きたくなったのだろうか。


「おはよ、お兄ちゃん」

「おはようみやび……。珍しく早いね」


 俺は自分の部屋を出ると、一階の台所に下りていく。


 いったいどうしてみやびは俺を起こしたのか。朝の支度を完全に終わらせていることから、考えられる理由は一つだ。


「朝ご飯作ってほしいんでしょ? 今から作るから……」

「ホント⁉ コンビニで済まそうと思っていたんだけど、いいの?」

「うん。みやびに時間の余裕があるなら作るよ」

「やったぁ! ってそうじゃなくて!」


 え、違うのか? てっきりその話かと思ったんだけど。


「じゃあ何の話だよ……」

「学校だよ、お兄ちゃん」

「ガッコウ?」


 カッコウの仲間か?

 ……いや、こんなところでボケてもしょうがないのはわかっているんだけど。


「そう、学校だよお兄ちゃん! お兄ちゃんには、今日から学校に行ってもらいます!」

「な、なんだと……!」


 学校に通うのは、みやびではなく、俺でした。


 なるほど、だからこんな時間に起こされたのか。確かに、起床時間は事故に遭うまではこのくらいの時刻だった。


 いろいろとありすぎてすっかり忘れていたが、俺は高校二年生。体は変わっても本業が学生であることには変わりがない。

 いずれ高校にまた通うことになるんだろうな、とは薄々思っていたが、まさかこんなに早くその時が来るとは、予想外だ。


 けれど、学校に行くにはいくつか問題があるんじゃないか?


「でもさ、制服はどうするの? ワイシャツはサイズ違うだろうし、スカートなんて持ってないけど……」

「大丈夫だよ! 全部取り寄せてあるから。サイズもぴったりなはずだよ」


 そう言うと、どこから取り出してきたのか、みやびは綺麗に折りたたまれたワイシャツとスカートを俺に見せた。いつの間に準備していたのか……。ぬかりないな。


 とりあえず、制服に関しては大丈夫そうだ。しかし、一番の問題はそこじゃない。


「あとさ、俺のことって、その……クラスメイトや先生に話はいってるの?」


 これが最も肝心な部分だ。だって、前まで男だった奴が突然美少女アンドロイドになって登校してくるのだ。何も知らされていなければ、奴らはビビる。俺もビビる。

 いったいその辺はどうなっているんだろう……。


「えっとね、校長先生とお兄ちゃんの担任の先生にはもう電話で伝えてあるよ。だから、お兄ちゃんのクラスメイトにももう言っているんじゃないかな」

「そ、そうか……」


 俺の知らないところで、すでに根回し済みらしい。

 クラスメイトには、担任の先生がしっかりと話をしていることを信じたい。


 みやびと話している間に、朝食の準備が終わった。早速できた料理を食卓に運ぶと、みやびはいただきます、と食べ始める。


 その間に、俺は自分の部屋に戻ってスクールバッグに必要な荷物を詰め込むと、再び食卓に戻る。


「みやびは今日、中学に行くつもりなの?」

「え? なんで?」

「なんでって……中学校のジャージを着ているじゃん」


 てっきり、昨日の友達にインスパイアされて学校に行く気になったのか、と思ったんだけど。


「今日は学校には行かないよ」

「じゃあなんで着ているの?」

「お兄ちゃんの登校の付き添いをするからだよ。つまり、保護者役ってこと!」

「別に私服でもいいと思うんだけど……」

「え~せっかく学校に行くんだから、この服の方がいいじゃん! TPOだよ、お兄ちゃん!」


 謎理論すぎる……。他校の制服ならまだしも、ジャージを着ていると逆にかなり目立つと思う。わけがわからないよ。

 まあ、好きにやらせるとしよう……。


 みやびが朝食を食べ終え、皿を片付けると、俺は制服に着替え始める。


 男子と違って、ワイシャツのボタンが逆サイドにあるからはめにくい。

 それに、当然ながらスカートなんて履くのは初めてだ。みやびに手伝ってもらう。


「次からちゃんと一人でできる?」

「できるよ! 子供じゃあるまいし……」


 ちなみに、スカートにもポケットが存在していることを、俺はこの時初めて知った。


 最後にネクタイを締めて着替え完了だ。俺の学校では、基本男女関係なくネクタイをすることになっているのだが、女子は希望すればリボンにすることもできる。せっかくなので、いつかはリボンにしてみたい。


 着替え終わると洗面所に移動して、鏡を覗き込む。


「おぉ……」

「スゴく可愛いよ、お兄ちゃん!」


 鏡の中には可愛い女子高生がいる。我ながら何も違和感がない。はたから見たら、俺は完全にJKだった。

 確かに、何の知らせもなくこの姿で教室に入ったら、ちょっとした騒ぎになりそうだ。もはや、俺だということをバラさずに、転校生扱いした方がいい気さえする。


 今日からこの格好で学校に行くことになるのか……。慣れるまで、なかなか時間がかかりそうだ。


「お兄ちゃん、そろそろ電車の時間だよ!」

「あ、ああ。ごめん、すぐ行く」


 鏡を見つめていると、一足先に廊下に出ていたみやびが俺を急き立てる。俺は荷物が入ったバッグを掴むと、靴を履いて外に出た。


「さ、お兄ちゃん急ごう!」

「う、うん!」


 俺たちは家を出ると、駅への道を駆け足で進んでいく。

 久しぶりの学校に緊張しながらも、俺は少しワクワクしていた。

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