第7話 風呂
帰宅早々、俺がこれまでやってきた飼い猫・あずさの世話は、みやびに引き継がれることになった。
くそぉぉおおおお! 俺の楽しみの一つが! あずさと戯れることができないのか! 握力が強くなったり体が柔らかくなったりいいことはあったけど、この点についてはこの体が憎たらしい!
ガッカリしながら、俺は靴を脱いで家の中へ上がる。
家にはここ最近誰も入っていなかったらしく、リビングの机の上には一週間前の日付の新聞が放置されていた。和室では、洋服が部屋干しされたままだ。
みやびがあずさを預けに行ってから、まるで時間が止まっていたかのようだった。
「とりあえず、お兄ちゃん」
「ん?」
「まずはお風呂に入ろう」
「え、お風呂?」
「そう。お風呂」
確かに風呂には、この体になってからは入っていないけど……。
「この体で入る必要ってあるの?」
「大アリだよ! アンドロイドになったといえども、汚れるときは汚れるものだよ、お兄ちゃん! 常に体は清潔にしておかなくちゃ!」
「確かに……」
みやびの言うことにも一理ある。もし機械のデリケートな部分に汚れがついてしまったら、動作不良を起こしてしまうかもしれない。だったら、お風呂に入って清潔にしなければならないな。
「でもさ、水を浴びても大丈夫なの? ショートしたり感電したりするんじゃない?」
「大丈夫! お兄ちゃんの皮膚は防水防火防塵耐衝撃素材でできているから!」
「何それすげぇ!」
押しても引っ張ってもつねっても普通の皮膚にしか思えないけど、そんな多彩な機能がついていたのか! 高性能だな俺の体!
どうやら、俺がお風呂に入っても問題はなさそうだった。それに、風呂に入らないにしても、清潔さを保つため、濡れタオルで拭くなど、それに代わることはした方がいい。
「それじゃ、お風呂に入ってくるね」
「うん。着替え用意しとくね」
みやびが階段をバタバタと上がっていく。俺は、風呂のガスをつけると、脱衣所に引っ込んだ。
左右でツインテールを作っているヘアゴムを外し、服を脱いでいく。
全部脱ぎ終わったところで鏡を見ると、そこには髪を下ろした美少女の姿。
ツインテールでも可愛いと思うが、この髪型もなかなかだ。あと、やっぱり胸がデカい。
俺はひとしきり鏡で自分の姿を堪能した後、風呂場に入って早速シャワーを浴びる。
生ぬるいお湯が、俺の体にかかっていく。数秒もしないうちに、俺の体はびしょ濡れになったが、何かエラーが起きるわけではなく、違和感も起こらない。疑っていたわけじゃないけど、みやびの言っていたことは本当だった。
それにしても、髪が結構長いから、頭を洗うのが大変だな……。
「やっほー、お兄ちゃんお困りですか?」
「みやび⁉」
ガチャリ、と脱衣所に通じるドアが開き、背後からみやびの声とともに人の入る気配。
俺の考えていることを察するとか、エスパーなのかみやびは⁉ まさか、本当にスマホか何かで俺の思考を読み取っているんじゃないだろうな⁉
というか、そもそもみやびがお風呂に入ってくるのは、いろいろとマズいんじゃないのか? 風呂場なんだから、みやびの格好は俺と同じく素っ裸になっているはずだ。
今こそこんな体になっているけど、俺は健全な男子高校生だぞ⁉
「あれ? お兄ちゃん、まさかエッチなこと、考えてる?」
「なっ⁉」
「お兄ちゃんが、まさか妹に欲情するなんて、そんなことないよね~」
みやびは、俺が考えていたことをそっくりそのまま皮肉りながら言っていく。もしかして、全部口に出してた? 言っていないはずだけど、自信がなくなってきた。
「そ、それは……」
返事に窮して俺はしどろもどろになる。
「冗談だよ、お兄ちゃん。ほら、水着を着ているから」
そこで、俺はようやく振り返ってみやびを見る。俺の後ろには、確かに水色のビキニ姿の我が妹の姿があった。
水着姿なら、先に言ってくれよな……。無駄にドキドキしてしまったじゃないか。
「なんだ……心臓に悪いな」
「お兄ちゃんの体に心臓はないよ」
「現実的なツッコミはいらないよ! 確かにそうだけどさ!」
……俺は、この体になってよかったのかもしれない。今、こうして久しぶりに兄妹間で会話が生まれているのだから。そう考えれば、悪い気はしない。
「それじゃ、お兄ちゃん、頭洗おうか」
「うん」
そう言うと、みやびは俺の頭を丁寧に洗っていく。さすがは女子、長い髪の扱い方は充分に心得ているようで、手際がいい。
「私が言うのもなんだけど、お兄ちゃんの髪って、ホントサラサラだね」
「そう?」
全然意識していなかったけど、言われてみれば確かにサラサラなのかもしれない。ベッドで寝ている時も体力テストの時も、絡まることもなく、変な髪型になることもなかった。
「それに、おっぱいも大きいしね」
「うひゃ!」
頭を洗うだけだと思っていたのだから当然、何の対策もしていない。なすすべもなく、無防備な胸を揉みしだかれる。
さっきまで俺を変態みたいな扱いをしていたくせに、当の本人が変態じゃないか! セクハラ、セクハラだぁぁああああ!
「ちょ、やめ! やめろぉぉおお!」
俺はその手からなんとか逃れようと、とにかく体を捩って抵抗する。
座っていたバスチェアから立って、みやびから距離を置こうとしたその瞬間。
お風呂の床が濡れていたせいで、何の予兆もなく俺の足がツルンと見事に滑った。中途半端に体勢が崩れ、後ろに体が傾く。
この時、俺のちょうど真後ろには、バスタブがあった。
俺は頭からバスタブの中にひっくり返り、大きく水しぶきを上げたのだった。
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