第3話 体力テスト①
俺が目覚めてから二十六万四千二百九十六秒……つまり、三日と一時間と二十四分五十六秒が経過した。
その間、一日平均八時間三十分二十四秒に及ぶ過酷なリハビリのおかげで、たいていの動作は人間だった頃と同じようにできるようになった。ゆっくりだが歩けるようにはなったし、バランスを崩して倒れたり、何もないところでコケたりすることも少なくなった。
「それじゃあ、お兄ちゃん、体力テストをしよう!」
「へ?」
「だから、体力テストだよ!」
目覚めてから四日目の朝。みやびは俺の部屋に来るなり、突然そんなことを言いだした。
え? 体力テスト? なぜ突然そんなことを……。
「……俺、アンドロイドになったんだから、そんなことをしても意味ないんじゃ?」
「そんなことないよ、お兄ちゃん! これは、『お兄ちゃんが今、どれくらいその体を使いこなしているか』を測るテストだよ!」
「そ、そうなのか……⁉」
確かに、この体でかなり動けるようにはなってきた。正直まだ慣れない部分はあるが、それでも三日前よりかは確実に動けていると思う。
けれども、はたして俺はこの体の能力をすべて引き出せているのだろうか? つまり、みやびは俺がそれをどのくらい引き出せているか計測しよう、と言っているのだ。
「それじゃ、とりあえず移動しよっか」
「うん」
俺は用意されていた靴を履くと、みやびの後ろにくっついて部屋を出る。
「みやび」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「この施設って、いったい何なんだ?」
最初はどこかの病院なのかと思っていたけど、どうやら違うようだ。病院にしてはあまりにも無機質すぎるし、窓もないし、誰も見かけない。まるで軍事施設みたいな……。
「うーん……簡単に言うなら、研究所かな?」
「研究所? みやびがよく通っているところ?」
「そうそう」
それなら確かに、ずっとみやびが俺のそばにいるのも頷ける。家にいる時間よりも、ここ大学の研究所にいる時間の方が長かったような妹だから。もともと半分研究所暮らしだったのが、今じゃ本当に研究所ぐらし! だ。
「そういえば、俺って食事もトイレもしなくていいの?」
「食事はしなくて大丈夫だよ。だって、お兄ちゃん電動式だもん」
「電動式⁉」
この三日間、お腹は減らないし喉も乾かないから薄々察していたが、やっぱり俺は電気で動いているようだ。そりゃ、電気じゃなかったら何で動いているんだよっていう話だけど。
みやびはスマホを取り出すと、少しの間何かを調べる。
「お兄ちゃんの電力残量は八十六パーセントだね」
「意外と減ってない⁉」
三日間動いて十四パーセントしか減っていないということは、ずいぶん電力効率がいいんだなぁ……。電池の容量がデカいからなのか、それとも部屋からほとんど動いていないせいなのか。
というか、俺の電力ってみやびのスマホでわかるんかい! なんだか生殺与奪の権を握られている気分だ。
「それで、電力の供給方式は……?」
「もちろん充電式だけど?」
「食べ物は……」
「そんなことしたら壊れるよ?」
「ですよねー」
食べ物はいっさい食べられないようだ。どこぞの猫型ロボットみたいに、どら焼きを食べられはしないのか。ううぅぅ……非常に残念だ。
「あ、でも水は飲めるよ」
「ホント?」
「うん。体から出る熱を冷やすために使われるから」
「へぇ~」
だったら食べられない分、後で水をがぶ飲みしてやる!
そんなことを思いながら歩いていると、不意にみやびが立ち止まった。
「着いたよ」
「おぉ~!」
俺たちの目の前に、巨大な空間が現れた。天井から吊るされた水銀灯は煌々と輝き、部屋の奥まではっきりと照らしている。地面は球技コートに使われているような材質で、たくさんの白線が縦横無尽に引かれている。
一言で表すならば、そこは巨大な屋内競技場だった。
その規模に圧倒されて立ち尽くす俺の隣で、みやびはストップウォッチを取り出し、赤白帽を被る。そして、バサッと白衣を勢いよく脱ぎ捨てた。
みやびが白衣の下に着ていたのは……体育着。中学で使われるもののようで、『三年一組 天野』と胸のところに書かれている。
「ノリノリだな!」
「このためにわざわざ家から持ってきたからね~」
ここまでするということは、それだけ熱が入っているということなのだろうか。
「それじゃ、早速始めようか、お兄ちゃん!」
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