第2話 歩く、歩く
目が覚めたら、美少女アンドロイドになっていた。
二日前、トラックに轢かれた一般高校生である俺、天野ほまれ。
全身複雑骨折、血まみれ、そしていくつか内臓が外に飛び出るという瀕死状態になりながらもなんとか一命をとりとめた俺は、ロボット工学の天才である妹、天野みやびにより、美少女アンドロイドに意識を移されたのだった!
……らしいのだが、事故の後遺症なのか、記憶が飛んでいるので、俺はまったく覚えていない。
みやびは、さっき外した俺の左腕を元に戻す。ボールなどが当たったらまた外れてしまいそうだけど……強度は大丈夫なのか?
「とりあえずお兄ちゃん、立ってみようか」
「うん」
俺は相変わらず重たい体をノロノロ動かして、自分にかかっている布団をどけると、ベッドの縁に腰掛けて、足を片方ずつ床につける。
「無理しないでね」
「わかってるよ。てか、一人でこれくらいできるって」
そう言うと、俺はそのまま勢いよく立ち上がった。
そして、そのまま前にバランスを崩した。
「ほら、余裕で立ち上がれるって……おおぉぉおお⁉」
「危ない!」
バフン、と柔らかい何かに俺の顔は突っ込む。
なんか柔らかいだけじゃなくて、いい匂いもする気がする……。
あっ、コレみやびの胸じゃん。今の俺ほどじゃないけどちょっとだけあるな。昔に比べて妹の成長を感じる……。
いやいや、兄貴が妹の胸に顔を突っ込んでいるって、これいかに。
「だから言ったでしょ? お兄ちゃんったら……」
そう思っていると、みやびは俺の両肩を掴んで、よいしょ、と俺を真っすぐ立たせる。
「ごめんごめん……」
「やっぱり、まだ体が意識に合っていないのかな?」
「どういうこと?」
「お兄ちゃんの体を動かすイメージと、実際の体の動きが合っていない、っていうこと」
「えぇ……それは大変だ」
気持ちに体がついていかない、とよく言われるが、今まさに俺はその状態にあるわけだ。
「こればっかりは、お兄ちゃんに慣れてもらうしかないよ」
「うん……」
俺はみやびを見上げる。
立ってみて初めてわかったが、俺が見ない間にみやびはかなり成長したようだ。いつの間にか俺と同じくらい、いや、俺より身長が高くなっている。
ん? 俺より高い身長?
「ねえみやび」
「どうしたの?」
「みやびの身長って、百五十九センチだったよね?」
「チッチッチッ……お兄ちゃん、それは正確じゃないよ……」
みやびはカッコつけて俺の言葉を否定する。
「この前計ったら、ついに百六十センチになっていたのです!」
「おお! おめでとう!」
ついにみやびも百六十センチ台に到達したのか……! この年齢の女子にしては高い方だとは思っていたが、まさかここまで伸びているとは! 兄としては感慨深いものがある。
ってちがーう! そうじゃない!
「なんで俺がみやびより身長が低くなってるの⁉」
直立したとき、身長百六十センチのみやびよりも、明らかに俺の目線が低いのだ。最初はみやびが大きくなったのかと思ったけど、違う、そうじゃない。俺の身長が低くなっていたんだ!
「それはもちろん、お兄ちゃんがアンドロイドになったからだよ」
「元の身長じゃないの⁉」
「使える機体がこれしかなかったの! 我慢してよ~」
「えぇ~、そんなぁ……わかったよ」
こうして体を貰って動けているだけありがたいのだから、俺は文句を言える立場にない。
「ちなみに、この体って身長何センチ?」
「百五十五センチだよ」
「想像以上にチビ……」
俺の本来の身長は、百七十五センチはあった。つまり、そこから急に二十センチダウンしたことになる。全然ちげーじゃねーか!
アンドロイドになってただでさえ動きづらいというのに、体の大きさまで違うとは……。これからの生活は想像以上に大変になりそうだ。
「ま、私はお兄ちゃんを撫でられるからいいんだけどね」
そう言うと、みやびは俺の頭を撫でる。
今までと立場が逆転してしまった。なんだかとても恥ずかしい……。もしかしたら、昔、俺がみやびの頭を撫でていたとき、みやびはこう感じていたのかもしれない。
「はー、なんか妹ができた気分」
「やめなさい」
みやびはそのまま俺を抱き寄せると、ワシワシと頭を撫でてくる。
兄としての威厳がゼロじゃないか……。
「とりあえず、歩けるようにはなろうね」
「わかってるよ」
ああ……なんだか赤ちゃんまで戻ってしまった気分だ。歩くことからやり直さなければならないなんて。運動神経が退化しきっている。
みやびは再び俺を真っすぐ立たせる。そして、今度は慎重に、俺は一歩を踏み出す。
思っているよりも、ずっと動作が鈍く、そして体が重い。意図した動きの半分くらいしか体が動かない感じだ。
だが、動けないことはない。半分しか動かせないならば、その分二倍の動きをイメージすればいいだけだ。
順調に歩き始める俺の様子を見て、みやびが後ろからコメントする。
「……結構歩けるじゃん」
「まあ、歩くだけだからね」
「これだったら、思ったより早くリハビリが終わりそうだね」
「本当⁉」
その言葉に俺は勢いよく振り返った。いつまでもこんなところにはいたくない! 早く家に帰りたい!
そして、振り返ったその瞬間、俺は勢い余ってバランスを崩した。大きく挙動するよう心がけていたら、逆に大きくしすぎたようだ。
「お」
「あ」
どしーん! という派手な音とともに、俺の体に衝撃が走った。
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