今日からお兄ちゃんは美少女アンドロイドです♡
卯村ウト
第1章
第1話 美少女アンドロイド
目が覚めると、白い天井が見えた。
すぐにははっきりしない意識の中、俺は思考をなんとか形にしていく。
今、何時だっけ……?
というか俺、なんで寝ているんだっけ? そもそも、寝る前何をしていたんだっけ?
「あ、お兄ちゃんおはよう~」
六十センチ左から、我が妹、みやびの声がする。
「お兄ちゃん大丈夫? 自分で起きられる?」
俺はいまだはっきりしない意識の中、その声に応えて体を起こそうとする。
だが、なかなか動かない。何かに押さえつけられているわけではない。まるで鉛でできているかのように体が重い。
「やっぱり起きられないか。ほら、掴まって」
みやびが俺の視界に映る。いつもの見慣れた可愛い妹だ。白衣を着ている彼女は、俺の左手を握ると勢いよく引っ張る。その助けもあって、俺はなんとか上体を起こすことができた。
「はー、助かった。ありがとうみやび」
「いいんだよお兄ちゃん。それより調子はどう?」
「あー……うん、大丈夫」
妙に自分の声が高いな、と思いながら返事をする。寝すぎて耳がおかしくなっているのかもしれない。
それにしても、手を取ってわざわざ起こしてくれるなんて、みやびは相変わらず優しいな。
一言で表せば、俺は平凡な男子高校生。一方、みやびは非凡な女子中学生だ。十歳にして天才と呼ばれ、理系、特に工学系のロボット分野でその能力を発揮している。現在は義務教育を受けている身でありながら、大学の研究室にまで出入りしているという、ウルトラスーパー女子中学生だ。
それゆえ、みやびは忙しい。最近は、同じ家に住んでいるにもかかわらず、一緒に過ごす時間はほとんどなかった。近くにみやびがいるなんて本当に久しぶりだ。
「お兄ちゃん、自分の名前と年齢と誕生日を言って」
「ど、どうしたの突然?」
「いいから言って」
なぜかみやびは並々ならぬ気迫で、そうするように迫る。俺はそれに押されるようにして言った。
「う、うん……えっと、天野ほまれ、十七歳、四月十五日生まれだけど……」
「よかった……大事な記憶は飛んでないみたいだね」
「そりゃそうだよ。記憶喪失じゃあるまい……し……」
言葉の途中で、俺は自分が口に出した言葉を改めて考える。
本当に、俺は記憶喪失じゃない、と言えるのか?
確かに名前と年齢と誕生日は覚えている。妹のこともわかるし、しょっちゅう旅行に行っていて全然家にいない親のことも、友達のことも彼女のことも担任の先生のことも覚えている。自分がこの前の数学のテストで追試ギリギリの点数だったことも、百円玉を道路脇のドブの中に落として悲しかったことも覚えている。
だけど、俺は覚えていない。
俺は、なんで寝ていたんだ? 寝る前、俺はいったい何をしていたんだ?
……そもそも、俺は寝ていたのか?
俺は額に手を当てて考える。まったく思い出せない。ほとんどの記憶は残っているのに、直前の記憶だけがすっぽり抜け落ちている。持ち上げている腕がさっきから妙に重い。
しかも、ここは家ではない。辺りを見回すと、ここが病室のような殺風景な部屋だとわかる。今、俺が座っているのは、自分のものではない真っ白なベッドの上。
「みやび……ここはどこ? 俺、なんでこの部屋で寝ているの?」
「お兄ちゃん……」
さっきは気のせいだと片付けていた、妙に高い、自分のものではないような自分の声が、心に違和感の棘として刺さる。
みやびは一瞬目を伏せた。そして、何かを決心ような目で俺を見つめる。
「お兄ちゃん……今から何を言われても、それが現実だと信じられる?」
「きゅ、急にどうしたの……?」
今まで見たことがないほど真剣な表情をするみやびに、俺はたじろいだ。
「例えば、お兄ちゃんが寝ている間にUFOに乗った宇宙人が地球を侵略してきて、生き残っている人類が私とお兄ちゃんだけとか」
「そうなの⁉」
「例えばの話だよ、お兄ちゃん」
みやびは一度大きく息を吐くと、懐から手鏡を取り出した。そして、その鏡面を俺の顔へ向ける。
「これが、今のお兄ちゃんの姿だよ」
鏡に映っていたのは、美少女だった。
色素の薄い茶色の髪。その長い髪を頭の横でツインテールにしている。ぱっちり開いた二重の眼は、髪と同じくらい色素が薄く、澄んでいる。筋の通った鼻梁に、薄くピンク色に色づいた唇。白い肌。例えるなら、異国の人形だ。
そしてなにより……おっぱいが大きい!
服の上からでもはっきりとわかる双丘。しかも、今着ている服がゆったりとした大きめの白いTシャツだから、胸元が見えて余計にエロく感じる!
アマゾン式レビューで評価するなら、俺は間違いなく五つ星をつける!
「誰だコレ⁉」
「だからお兄ちゃんだってば!」
「ええええええ! これが、俺⁉」
試しに、ギュッと右のほっぺをつねってみると……鏡の中の人物も、鏡映しで同じ動きをする。本当だ、間違いなく俺だ! そもそも、自分に向けられた鏡に映っているのは自分に決まっているじゃないか!
「なんで俺が美少女になっているの⁉ 転生して異世界の伯爵令嬢になった俺を拾ってきたの?」
「夢見すぎだよ、お兄ちゃん……」
みやびは呆れ顔だ。そして、もう一度ため息をつくと。
「まあ、女の子になってもメンタル面は大丈夫そうだね、お兄ちゃんは……」
「う、うん……まだ戸惑っているけどね」
とりあえず、声が高かったことには納得がいった。突然女の子になったことでまだ混乱しているし、これから生活する上で課題もたくさんあるだろうが、そこは後でゆっくり考えよう。
「それで、もう一つあるんだけど。お兄ちゃん、ちょっと左腕出して」
「こう?」
俺は左腕の袖をまくって露出する。やっぱり腕の皮膚も、抜けるような真っ白な肌だ。みやびは力強く俺の二の腕を掴む。
「腕を動かさないでね、お兄ちゃん」
「う、うん……」
みやびは俺の腕を掴むと、力を入れて引っ張り始めた。俺の二の腕はきつく掴まれているので、当然、肘を中心に反対方向に引っ張り合うことになる。
その上で、みやびは俺の腕を外側に捻り始めた。当然、俺の腕はそれにつられて捻じれ、変な方向に曲がり、そしてスポッと抜けた。
「ちょっ、みやび、えっ……⁉」
「おー、抜けた抜けた」
俺は思わず言葉を失う。
二の腕がねじ切られるか、と思ったら分離した。しかも、ただ分離しただけじゃない。腕の中から黒いケーブルのようなものが伸びていて、それが腕と二の腕を繋ぎとめている。肘だったところからは、鈍色の金属のようなものが露出していた。
「これは……いったいどういうこと?」
「お兄ちゃんは、アンドロイドになったんだよ」
「へ……?」
俺は左手を動かそうとする。すると、腕なんかまるで取れていないかのように、ケーブルで繋がった腕の指先は滑らかに動いた。
「だから、アンドロイドだって」
「ええええぇぇぇぇええええ⁉」
どうやら、俺は機械の体になってしまったらしい。
ただ、鏡で見たときの俺の姿は何の違和感もない人間そのものだったし、自分の声も明らかな人工音声ではなく、普通の女の子の声に聞こえた。ということは、この体は人間そっくりのアンドロイド……ということか?
もしや、さっきから妙に体が重かったのは、体がアンドロイドになってしまったから? それだったら納得がいく。
にわかには信じがたい話だが……今はとりあえずそれを受け入れるしかなさそうだ。
「それにしても、なんで俺はこんなことになってるの?」
「お兄ちゃん、二日前に事故に遭ったんだよ」
「え⁉」
「トラックに轢かれたんだけど」
「そうなの⁉」
次々と明かされる衝撃の事実に、俺の頭はついていけない。
俺が事故に遭った? 二日前にトラックに轢かれた? たぶん、それは事実なんだろうけど、いくら記憶をひっくり返しても、思い当たる節は全然ない。いや、事故に遭ったから、その後遺症でその時の記憶がすっぽり抜け落ちているのか?
「それで、そのままだといろいろとヤバそうだったから、私がお兄ちゃんの意識をたまたま作ってあったこの体に移したってこと」
「はあ……そうなのか」
あまりにも現実離れしているが、言っていることはだいたい飲み込めた。
意識をアンドロイドに移すなんて、現代の科学技術はもうそんなところまで進んでいたのか……。
「で、俺はいつになったら元の体に戻れるの?」
「うーん……それはお兄ちゃんの生命力次第だね」
「なんじゃそりゃ」
なんとも曖昧な返事だ。なんだか不安になってくる。
「……そもそも、本当に元の人間の体に戻れるの?」
「うん。それは私が保証するよ」
みやびが胸をドン、と叩く。本当に信用できるのか……?
俺はため息をつくと、さっきから気になっていたことを尋ねる。
「ところで、俺の今の元の体ってどうなってるの?」
「……見たいの?」
「ダメなの?」
みやびは無表情になると、スマホをスッと取り出していじり始める。
「ダメじゃないよ……。事故直後の写真があるんだけどね、その時のお兄ちゃんは全身複雑骨折していて、血まみれで、いくつか内臓が外に飛び出ているんだけど」
「わああぁぁああ! 聞きたくない! 俺が悪かった!」
今の言葉だけで、俺の元の体が相当グロい状態になっていることは、嫌というほどよーくわかった! というかそんな状態からよく生き延びたな俺! しかもその状態でも死なないように治療できる現代医学もすげぇ!
みやびは、俺の肩に手を置くと、高らかに宣った。
「とにかく、今日からお兄ちゃんは美少女アンドロイドだから、よろしくね!」
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